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羅亜堕 天落編:5 [融双]


昨日の私、今日此処に居る私
同じ記憶を持っていて、同じ痛みを知っていたのに
人々は全て何もかもを忘れて、書き換わった平穏に消えていく

確かに残ったあの世界はなんだろう
何度も失い続け、涙を流すあの子は私なのだろうか
心も体も二つある、だけどもう一つの目が両方を見ている
私もいつかはそれを全て忘れて、平話な世界に溶けていくのだろう

だけど、まだ選べないでいる
どちらが正解で、次のステップで私は何方を芯にするのか
普通はそれに悩む事はない、覚えていないのだから

だけど、私は覚えていられて幸せだ
此処で出会った人達、消えていった人達
又いつか出会えると信じて悲しい気持ちを押し殺して
私だけは消えた事を理解していた、皆此処に居た。

「次の世界で会えるかな」

そう願い、神に祈りを捧げ続けた
神の光、見えていた。だけど声は何も聞こえていなかった
何かを言っていた、だから私も応えて一方的に願いを伝えた
傍から見れば神と対話していただろう、でも実際は違った

私は未だに破滅する世界と続く世界の間に魂がいて
取り残さえて、去っていった皆の選ばなかった方の未来を吸って
この世界に留まっていた、だから選ばせる側の神様に私の声は届かない
選ばれない世界を吸い込んだ私の声は神に届く事はない。

繰り返す生と死の境目、段々と孤独に躙り寄り音を失う世界
怪物の私と少女の私がお互いに想い合って叫び涙する
何故こんな世界があるのだろう、いっそ私がそちら側なら
その感情が無限に輪廻する螺旋を解けない呪いに変えてしまう

この狭間で、私は皆になって、一人になった
神様はこう言った気がする「君は個であり皆である」と
選ばれなかった消えていく皆が此処に居る、だから皆居るのだと
私の願望が混じった慰めだけれど
いつか私が此処に居る、捕らわれる意味が解る日が来ると

壊れていた、平穏を装った私はもう崩壊の中に居た
毎日光に話しかける私は本当に正解なのか
鏡写しの世界にいる異様な姿の私が常に語りかけている
解らない、解らない...何も見えなくなっていた

だから、あの日、もう一人の神様がそこに居て
私の声が聞こえて、私の掌に乗ってお話した時
喜びの気持ちと一緒に、地の底から無数に聞こえる皆の声が
答えと選択を急かすようで、怖かった

時が来る、運命を左右する選択をする時
それは誰だって恐ろしく本当の心の奥底では拒みたいのだろう
私の恐怖が、皆の全てが宿った戦い続けるもう一つの私が
私が本来選ばないの私が、叫びを上げて敵を

...それが本当に敵かも解らない何かを砕いている
何度も倒したアレは、本当は敵ではなく
こちらの世界であんなに話した貴方で、あんなに慕ってくれた君だ
私はそれを理解してしまった、砕いてしまった

もう終わりはないと悟った
このまま此処で、昨日の貴方を理由なく破壊する怪物である私が
それである自分を見据えながら生きる永遠の禍に私は捕らわれるのだと

『あんた、あの子でしょ?私と同じじゃない』

ある時現れた破壊対象、それは青く光る異様な何かだった
あまりに強い、だけどなぜか私を理解し語りかけてくる光

その声はあの時「神ではない」と発した声に似ていて
もう一つの私の目の前に存在する小さな存在とよく似た光

反転し刹那の内に切り替わる無限に繰り返す平穏と激情の世界に
その神様は...自分は神ではないと言ったあの人は存在して
あの人の中にある「選ばない」という答えが何方の私とも対話した

何十回、何百回と、体中を破壊し互いに血を流しながら
何日、何年と穏やかな日差しの中で対話しながら
私の世界とはなにか、私とは貴方とは何かを互いに理解していく様に

「何故、この終わらない悲しみに降りてきてくれたの?」

問いかける、それが理解されるかはわからない
だけど、今までの何人かの神様と違うその人は声が聞こえて応えてくれた
だから、僅かな理性と意識が私の皮を被った怪物が救いを求めて声を上げた

「呼ぶ声がした、同じ様に迷う声が。救いたいと思った」

日差しの中で、輝くそれはまるで宝石の様で
神様と対話する広い丘へ向かう道の先にそれは本物として存在した
それが嬉しくて、手をのばす。刹那、世界は反転し破滅の世界が映る

同じ目線の先に変わらず貴方は居る
灰色の世界に変わらぬ青い光が其処に居る
同じ問いかけを私はしたらしい、同じ事象が違う世界で起きている

『アンタが頭に響く声でずっとうるさく泣いてるからよ』

どうして、世界は二つあったのだろう
今皆がいる世界は一つに戻った世界なのだろうか
私には、どうして両方があるのだろう

教えてくれますか、神様

---

ブツと途切れる様に意識が飛ぶ
何度目だろうか、彼女と出会いこの景色を見てから
繰り返す僅かな間、意識を失う感触の先に何かが見えて
その度に強烈な悲しみ...喪失感が胸に宿る

小高い丘の上、天から落ちて辿り着いた世界の景色
穏やかで、平穏...平穏すぎる程の世界
作り物の様で、生命の気配の薄い世界

その意味が、行く束の間を経過する内に脳に過り理解してゆく
黒が、きっと何処かで対話しているのだろう
そして自分もまた対話すべき時が来ている

解っていた、声の主は彼女である事
彼女は一人でこの場所に存在する、しかしその心には無数の人々がいる
その声が常に漏れ出して、彼女を救って欲しいと願いを放つ
呼ぶ声は彼女の声であり、この世界の「皆」の声だったのだろう

この仮面やバートル達を彼女は神と言うが
彼女の側にいる声達の方が余程超常的に感じられて
護る様に背後に宿るそれは四つの輝きを持つ光輪にも見えて
人々の願いが其処に宿っているのだと見ずとも実感させる

「いつもね、ここに座って神様とお話するんだ」

丸く削れた岩、幾つかの花の欠片が周囲を染めている
時間経過の弱いこの世界で日々を示すその色は鮮やかで
日々の願いを示すそれは長い時間の中で彼女を繋ぎ止める影
この鮮やかな影の向こうに、黒ともう一つ何かの気配を感じる。

「この丘、この石碑に花を飾るの。私が育てたんだよ」

これ迄幾人もの人々と彼女自身が刻んだ記録
それは彼女達が感じる時間よりも、現実には遥かに長く
何度となく繰り返した祈りの記録であり彼女が亡くした皆の記録

「でもね、私には神様の声は聞こえないの」

バートルは確かに彼女の言葉を聞いている
では彼女はどうか、世界が二つあり捻じれたまま進む
世界はずっとそうある筈が突然大きな手に解かれ真っ直ぐに直された

「神様にだって私の声は届いていなかったと思う、でも聞いて欲しかった」

彼女は、彼女と共に居た人々は不運な事にその狭間に残され
何方かを自らで選ぶ選択を迫られ結果として消えていった
選択肢は二つ。解かれ一つになった世界へ行くか、別の始まりに帰るか。

一人になってゆく、閉ざされた広く深い閉塞
その中にあって一人になってゆく、その感覚が世界から与えられる
日に日に選べと選択を迫られる、実際の年齢よりも...人の寿命よりも
遥かに長い時間を繰り返しながら彼女だけは覚えている

そして覚えている数だけ、彼女であった筈の影が産まれ
彼女が影であるとも言える無数の枝葉が伸びてゆく

最早彼女がこの世界であり、未だ何方でも無い
誰の声も聞こえない、誰にも声が届かない
それは、彼女自身が器であるが故、神を内包する者だからだ

「聞こえていたさ、皆の声も」

その姿から見えた、言葉を交わして理解が出来た
彼女の背後にある光輪、決して怒りや悲しみではない光
その体を抱き止め、慰めるように纏わるそれを理解する時
それが彼女が道を見据える時...その時は近いという事

「だから、教えてくれ黒と居るもう一人の君が居る世界を」

振り返る人間の中では小さい方であろうその姿
光を纏うそれは中心に光を持たない器の様で
救いを欲し伸ばした腕は幾重に重なる人の意志によって重く垂れる

「やっぱり解るんだ、一緒に行こう答えを出しに」

狭間、世界は己を置いて進んで征く
取り残された事は必然で、彼女の使命であったのだろう
それは悲劇か否か、世界の目線で見れば必要な記録
そのあまりにも広く幅広い全てを記録する存在

広義で見れば必要で、同時に道具の様に扱われる
其処にある感情は無視して良いのだろうか

『んな事、解らないから戦ったんだろ』

声が響いて、思考が混ざる。
少女と己の意識の混濁、光と影の融和

刹那、世界は色と光の反転を繰り返し、違和感に頭が悲鳴を挙げ
その痛みすら理解出来ぬまま激動が言葉のままに視界を支配する

その間、背けた視線を戻せば世界は灰色の中にあり
自らの目前には銀色の異形の姿がある
そのシルエット、気配、大きさこそ変われど少女の気配を感じる

『何度も壊し合って解ったわ...終わりがないのよ、勝つまでね』

流れ込む黒の経験、此処に至る記憶
何度と無く、大きく上回るその力で異形を破壊した
その度、景色はリセットされ再び戦いが始まる

その度、祈りが頭の中に響いて、戦いの意味が少しだけ解けていく
此処は未来が途切れた世界、だがそれもまた平穏だった筈の世界

『そう、だけどこの世界は存在が消えた』

本来二つ合った軸は一つに重なり統合され未来を得た
だが、其処の時点まで存在した終りがある軸は
終わりの時までは残り続ける、緩やかに終演を迎える

本来であれば一度その生命を失えば、使命を終えれば
統合された世界に生まれ直す筈が叶わぬまま繰り返している

「神の...バートル達の仕業かとも思いはした、だが違う...これは」

バートルはただ、無で居たいと言った
それは彼自身の事、願いでは無いとしたら
いよいよ人々の記憶から片方の世界の記憶が失われる
その時に、未だ選べぬ魂が居たら...その道標は何か

『私は壊す事しか知らない...でもアンタなら答えが出せるだろ』

願い、日々繰り返される去った魂への言葉
それがこの場には戦いを告げる音色であり
彼女である筈の者にとって戦う命の素となる

「アンタじゃない、俺もお前も同じだ」

『ふふっ、そう...そうなんだ』

握り込まれた刃が軽く音を立て静寂は風音に乱された。
黒からの応えはない、だが何か高揚するような高鳴りがある

互いの願いは互いに呪いとなり深く絡んでいるとして
壊す事では終わらない、聴くだけでは落ち着かない
相互の存在を理解し、元の一つへ戻る事
噛み合わない歯車は今正しく動きを始める

「また現れた、貴方は敵?」

悲鳴の様な異形の声はそう脳裏に響く
もう言語すらも互いに違う、遥か未来か遠い過去なのか
繰り返した歴史の中に産まれたあるかも知れない狭間
そんな曖昧な物に囚われた魂の形がある

異形は手に持った刃を此方に向け
その切っ先には猛烈な力の結晶が稲妻を纏う

流れ込んだ黒の記憶には、幾つかの戦いの中で
次第にそれは進化し、今では圧倒的な力を持ち
明確に意思を、言葉を放つ一つの意志へと覚醒した

「敵ではない、君に伝えねばならない事がある」

失った筈の本来の声、黒が作る声が混ざり作る再現された声
遥か昔に黒へと差し替わった手足もまた、制御できない何かから
互いの意識を有した己の物と強い実感が帰ってくる

異形と同様に自分もまた対話と戦い、両を経て変質している
あと一歩、この最後の対峙が結末へと導いて征く事は実感がある

思考の中、目前から光を纏う弾丸が跳ね跳び
一打を避け、二打目を斬り伏せ、その動きの間に前へと進む

静寂は炸裂の前に終わりを告げ、色のない世界は赤く照らされる
世界は、破滅の中にあって色も音も取り戻し始めている
奪い合う、壊し合う事で世界もまた歩みを再開しているとでも言うのか

「選べない、私には選べない、答えなんていらない」

言葉は届いていない、無数の去りし者の意識が異形の思考を阻害する
ただ、平穏な世界の少女と同様に答えを選ばねばならない
...そう自らを呪い、そしてそれが原動力となっているのだろう

一つ、また一つ、打ち込まれる閃光を叩き伏せ
その足は前へと突き進む、次第に明確に脳裏に刻まれるその姿は
まるで自らと同じ表情を持たぬ白銀の仮面

「何故...何故終わらないの、何度戦ってもお前だけ消えない」

幾人もの愛すべき人達だった物と対峙し、二つの意識があるが故
相手を理解し、先を読み葬り続けてきた異形の中の勝者

勝ち続けた最後にそれが与えられるのは明確な敗北と死
考えなくとも解る、勝ち続ければあるのは栄光ではない事は
迫る青い輝きはそれを齎す破滅の存在である事は

度重なる戦いの中で傷つき失われつつある薄呆けた思考の中で
激しい怒りと恐怖が悲鳴になって外に漏れる

最早目前、腕を振るえばその存在を捉える距離
激しい炸裂、呻きと悲鳴と対になる穏やか過ぎる程の静寂
我武者羅に放たれる光弾は最早避けずとも当たる事はなく
進行の前に気圧され、僅かに残る意識すらも削り取ってゆく

「消えたくない...嫌だ」

終わりのない奪い合い、生命の狩り合いの中に合って
早々に終わり全てを投げ出す事で楽になりたいと
ずっと思っていた、思っていた筈だ、だがどうだろうか

目前の輝きは考える間に距離を詰め
光弾を放つ両腕を一閃で斬り飛ばし、そのまま刃を高く構えた

怖い、痛みや衝撃...そんな物はもう感じない
何度も与え、自分が行ってきた事が戻ってくる感覚
これが与え続けた事...刹那の中にまるで永遠かの様な感覚を覚える
終わる、何も理解しないまま。ただ迷い続けたまま。

「選ばなくていい」

飛び散る火花、見上げた虚空に花が咲いた
力なく落ちてゆく鋼の刃、与えられた衝撃は想像とは違う
甘く、優しい、いつかの日に皆が迎えてくれた時の様な
そっと抱きかかえる穏やかな柔らかさが体を包んだ

「出せない答えなら、選ばない事が正解にも成得る」

青い輝きが私の体を包んでいた
口、嘗てそれがあった場所から漏れ出るように微かに声が漏れ
張り詰めていた意識が抜けた体に、忘れていた安堵の感情を痛い程に満たす

「ありがとう...これが、私」

混ざりあった歪な光が異形を包んだ頃、同時に異形にもまた背後に光輪が宿る
少女の意識がこの世界の彼女である異形に宿った証

輝きは四つの花弁にも見える輝きを形成し
異形は少女という意識を得て、自らの解へと至り始める
破滅より遙か後、平穏よりも遥か前

何方が先か、何方が正解か、祈りと争いの交差
これまでの両者であり「私」である全ては混ざる

「安寧の先、破滅。だけど破滅の先に安寧。私は断片に居て」

光輪が異形の四肢に絡みながら光を放つ
まるで抱きしめ包む形にも見えたそれはまた違う相互の理解

「捻じれた両方の結末を君は見ていた、そしてそれはもう何方も存在しない」

解はあった。
選択する事に囚われすぎていたのだろうか、見えなくなっていた

気づいていたんだ、皆が居たこの場所はもう消えるのだと
だけど、私はまだ此処に居たいと思っていた
選べば消えてしまう、選んでしまえば全てはまた白く始まりへ変わる

だからそれを拒み、戦いを選んででもその輪廻の中に留まった
だけど、光は教えてくれた「選ばなくて良いのだ」と

「この世界で居て良いの」

捻じれた二本の糸が一つの円となる
それが私、私は狭間にあって残された世界となる
神様は、私に私を理解させる為に、此処に来たのだ。やっと解った。

「ああ、勿論だ」

溶け合った二色の光は粒子となって再び互いに向かい合う
二つの輝きの色、その中に意識を四つ
光と影、静と動、ときに相反し時に最も理解し合い
弾けた光と闇が羅亜堕の背に宿りその身を新たに構築する。

本来誰の中にも存在する当たり前を別の境界から得てしまった者達
ただ、還るべき場所が違っただけの近く遠い存在
交差しない運命を捻り、世界は己とその理を解する。

「帰ろう。あの静かな場所で今度は神様と本当にお話出来る気がする」

二色の光は、無数の粒子となって暗闇に溶けてゆく
形を有しながら、時に溶け合いながら
そして彼女は静寂の舞台へと帰り、神とその仲間はそれを看る

『そんな風だから何もかも無くすんだ、あの時もそう...』

...僅かな無の中、光として溶けゆく中で
声が、静かに脳裏を刺して少しだけ昔の自分に戻った様な気がした

その間、誰かが無くし筈の腕を引きながら
何かを語りかけていた、だけど今はもうそれも思い出せないでいる

『お前が、お前の見る世界が天から落っこちるまで護ってやるよ』

鮮やかな漆黒、突き抜けた先に蒼く...輝きに見えた。
焼き尽くされて全てを失ったあの日、出会った希望と同じ
お前もまた、今のこの身を抱き包む世界なのだろう

幾つかの思考と記憶と混濁した何もかもが混ざり合って
闇が解け、作り物の様な青空が視界に焼き付いた、その安堵感を最後に
その後の暫くを、この体はもう覚えていない。
だけど、聞こえた妙に綺麗な声だけは脳裏に焼き付いていた。