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羅亜堕 天落編:6 [羅亜堕]


そこに看る存在、君という存在。
君は光か闇か、余りにも狭く浅い問い
そんな物の答えは簡単で、両方だ。

全てが正しい、そんな精神を持つ者は存在しない
同時に全てが間違った存在もこの世には存在しない

幾つもの闇が澄んだ光が曇り掠れ、その色を濁らせた
彼らは行動を、精神性を一瞬間違えたかもしれない
だけど、それは罪ではあっても根本のその生命は間違いではない

救い様のな無い魂等存在しない
だけど許せない心は此方にも有る

だから、世界は常に均等ではなく
間違いを悪として否定し、心の平穏を保つ
正義を振りかざし、異形となった君を破壊する私もまた
明日の君で、今の私は今日の君だ。

姿が変わった時、どう思っただろう
モヤの掛かった様な思考は何が正解に見えたろう
本当は、その薄くボカされた怪物の心こそが正解で
怪物と思った我々が不正解かもしれない

答えはない、あるのは血なまぐさい生きるという目的だけで
どんなに諦めようと絶望しようと明日は来る

絶望を口から漏らせば諦めは背中を叩く
悲しみを撒き散らせばそれは世界へと伝染してゆく
彼等は泣いていたのだろう、藻掻いていたのだろう

大枠の原理を説明されて解ったつもりでいた
その「つもり」を、体で実感することで
互いの場を、仲間を、命を奪い合う事で事象として刻んで
この体は漆黒の心を受け入れた

今も未だ、己が今何者なのかは解らない
解った事は自分も選んだのだという事
そして、救い...救われたのだと理解した。

あの場所に今も君達はいる

己と近く、されど遠き者達の聖域
いつか全ての事が済むまで、相見える事無き様願う
それこそが、あの場所が平穏である何よりの証明になるのだから。

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感覚の薄い瞼がゆっくりと開く
刹那、世界は炎の中にいて、手も足もない
消し炭のような自分が目前に見えた

『...』

浮遊する意識、言葉は発せない
見下げるその最早生命とは言い難い塊を見て
この意識は、唸りを上げていた

泣く事も出来ない、助ける事など出来様筈もない
無力な暗闇でしか無い己が惨めで悔しくて
地響きのような唸りが、それを見ていた

幾つもの悲しみが、押さえていた実感が
幾重に交わる命の色が輝かしかった日々が
目前の死という実感を前に混ざり合い黒となる。

『泣かないで、泣かないで私の可愛い子』

途切れ途切れの感覚が焦り怯える様に塊を抱く
混ざりあった意識は自分が何だったのかも理解しないまま
無意識に消え果てそうなその生命を愛おしく包み混んだ

壊れ、燃え、全てが砕け落ちた破滅
血と火とかつて思い出だった全てが崩れ果てる吐き気を催す臭い
客観視した己に迫る終わりの瞬間がまるで手に取る様に解る

『いかないで...もう嫌よ、私をあげるから行かないで』

時間のもう少ない体に闇となったそれが手を伸ばす
歩み寄る死、失われていく感覚がその刹那、穏やかな熱を覚え
突き刺す様な刺激臭は花に包まれた様な甘い香りに塗り替えられる

浮遊した意識が体へと帰る感覚、消し飛んだ手足の感覚が戻ってゆく感覚
塊を抱き抱えた漆黒が一つの塊へと変質してゆく
幾つもの穏やかで優しい腕の中に抱かれて、命は繋がり蘇る

「きらの織をあげましょう、もう悲しみにおちぬよに、次に歩いていけるよに」

少しの間、混ざり合った異質な声では無い誰かの声が
唄の様な音と声が脳裏に響いて焼き付いた

覚えていた、覚えていたが見えなくなっていた、これがあの日の記憶。
これは、星が破滅した日の記憶

「...そうか、これは黒の、あの時の景色か。」

誰の物でもない声が口から漏れて
ほんの数分の微睡みは永遠の様にも感じられた。
最後に聞こえた歌が覚醒しないままの口元から漏れその意味を編み上げる

「「綺羅の織、亜の悲しみに堕ちぬよに相護、唯そこに我が愛しき生命。」」

漏れ出た声に、歌に重なる声が聞こえた気がした。
全身に流れる血と混ざり合う異質な黒い生命
それがまるで愛おしいと感じたのは向こうもまた愛していたから

例えそれが深い悲しみの果て、混ざり合い過ぎた魂が看た幻だとしても
そこにある生命を守ろうと、希望をつなごうとした事実は現実
そこにあったのもまた、揺らぐこと無く誇るべき意思がある

そこに生まれた黒が異形に見えても
繋がれた生命であるこの身が忌むべき存在を形取っても
今なら言える、これは願いが生んだ未来への姿だと。

『時が来たら、また向かい合いましょうねぇ』

意識が体へと戻る感覚
先程まで狭間の世界にあった体は世界の外へと飛ばされ
元の居場所、輪廻を無くした世界へと還っていた

視線の先には空、仮面の目に現在位置が表示され
全身に起きる極端なエネルギーの動きに警戒を促すメッセージが煩わしい

夢幻から現世への帰還。
表示をすべて消し、ただ蒼を写す視界
その中心に黒い点が跳ね、聞こえた黒の声は脳裏に焼き付いた

「馬鹿を言うな、いつでも此処に居る」

大地に溶けてしまおうかと思う程に激しい衝突の後
気怠いと精神では感じていても尚、体は軽く身を立てる

応える様に手足は元の形を形成し
体を抱き締めるようにシュウと音を立てながら擬態する。

溶け合うという表現が近く、それは完全に一体となった。
その溶け合った生命が光に踊る、まるで薄光の衣を纏う様
鋭い音が瞬間響き天を舞う。堕ちた奈落から天へと伸びる光がそこにあった。

---

残された世界、輪廻の残照
あいも変わらず平穏という時のまま止まった狭間の世界

その世界の寿命はもう長くはない...筈である
取り残された狭間の世界、本来あってはならない世界
その存在は使い方次第では希望とも絶望ともなるという。

「良かったねぇ、彼の存在を経て君は選ぶ事が出来た」

平穏な丘の上、石を積んで作られた小さな舞台に光が降りる
その前には祈る様に膝をついて光を見つめる少女の姿が有る

選択肢に希望と絶望があるとすれば
選ばない事とは何だろうか、彼女はその選択肢の中にあって
外部からの訪問者との邂逅を経て自らの答えに辿り着いた

その事が神は嬉しく、彼女の存在が此処に残った事
進化態ではなく人の姿のまま祈るその姿に希望を見ていた

「はい!!...しかし此処に残って良かったのですか」

神...バートルの仮面の様な顔が優しく微笑む様に見えた
見つめる先、小さな腕が差し伸べられ微かに光が宿る
ぼう、と揺れる光が鼻先を踊る様に舞うと
バートルは手を大きく広げ、丘の上から見える街並みに光を降らせる

幾つかの光線が忘れられた世界を駆け抜け
それを見据えるこの世界の戦士達の視線を鮮やかに照らす

現世との境界、川を隔てた遠い街の先、失われ砕けた世界の壁
その全てに光は飛び、この儚くも眩い世界を抱き締める様に覆う

僅かな時間の光のショー、その意味も解らぬまま
少女は小さく手を叩き、楽しそうに笑っていた

今はただ平穏、ほんの一時訪れた空白の時間新見を見出す。
しかし時の流れの早い人間という生命を看るには十二分な狭間の時
いつか来る別れもまた、超越存在である自分を生命たる感情へと縛るだろう。

その時まで、彼女達の世界を護る
使命なんて言うものはその程度で良いのだろう
君達はそう呼んでくれるが、私は神などでは無いのだから

「勿論だよ、この領域は私がずっと看ているから安心して暮らすと良い」

石の舞台に降り立った小さな神は、普段ならもう帰ってしまう
しかしどうだろう、この穏やかな光に寄り添うように
今日はその場に腰掛け、言葉を続ける

「何だか久しぶりに腹が減ったな、良い店を知っているかな?」

突然の言葉に、その予想とは遥かに離れた内容に少し驚いたけれど
あのもう一つの目線から見えた景色と今の景色を見比べて
ここに居て良いのだという安心感と、少しだけ近づいた距離感が
引き続いていた緊張感を解いて、息と共に笑いが漏れた

「お店...もうこの辺は私しか居ませんよ~?私が作るのでしたら!」

既に殆どの生命が次を選び消えていった世界
彼女の周りもまた元居た人々は存在が消え、羅亜堕もまた旅立っていった

平穏に一人残る事は、戦い続ける不死身の異形となる世界と
どちらが幸せだったのかは分からない
あの世界も永く続いた平和や幸せの後に
相応の決意や理由があって、あの自分があったのかも知れない

それにあの可能性は一つの結果にすぎない
本当に選んで見れば何の事はない幸せな一生があったのかもしれない

だけど、自分で選んだこの答えで良いと満足していた
此処で、この世界を最後まで見つめ、この世界になって
終わりの時まで神と共に生きて行こうと決めたのだ

「君が良いのであれば、少し...否、永く沢山の話をしよう」

少し陽が陰り、世界は繰り返しの黄昏を迎える
鮮やかな橙がもうすぐ空を染めるだろう
同じ枠組み、一日の繰り返しが当たり前の様に過ぎていく

激動も悲しみも当然の様にそこにはあって
今通り過ぎた時間の中に本当は居た筈の私と君がいる

悪戯に絡み合い、強引に修正された世界の果てに
泣いているその姿を見て私はやっと思い出せた

数億の声が聞こえる中で何を救いたかったのか
進化を果たした体が、機能が追いつかない精神と頭脳を歪め
怪物となりかけた私に、何がしたいのかというシンプルな答えを

「君は、私と同じ答えを出した。それで十分だ」

彼女には聞こえぬ程小さな声で呟いた
選ばないという答えを選んだ君は私から見れば
この世界の、私という精神の征くべき先を示す象徴なのだと。

「さぁ、行きましょう神様!」

歩みだした足と、それに寄り添う浮遊する淡い輝き
歪み無き世界の中では二人並び、こうして歩む事も叶わないだろう

この世界にはもうドラマは必要ない
この先は穏やかな毎日があって、その幸せな最後が記されて
全ての後、私の胸に痛みと共に前を向く指針を残す、それだけで良い。

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あれから幾つかの日々が過ぎ
夜を駆ける青く鈍い輝きは様々な世界を駆け抜けた。

覚めた意識は妙な程に克明に、夢幻の世界を記憶し
その行動には常に漆黒の手足が自在に変幻し寄り添い続けた。

ある一時、目前に空が広がる
鮮やかな青と、平穏の香りが硬い地面と体を結びつけ
このまま意識を遠ざけてしまおうかとも思考は巡る
これまでの激動を思い返すように、ほんの僅かな間が訪れていた。

「バートル...それにあの世界はこの先どう歩むのだろうな」

気だるく重い頭を微かに傾け虚空に問いを投げかける
当然の様にある筈の答えは何処からも帰っては来ない
黒の声はあの日以来聞こえなくなった

その代わりに、黒が与えた何者とも付かない声が
焼失した器官と結びつき、声が己に帰ってきた
両手足も未だ黒自身であろう不定形の生命が補い機能し続けている
声だけが...その意識だけが解らなくなった

「おや、羅亜堕。そこにいたのか」

背後から声が抜け、体を反らし背後を覗くと
逆さまに見えたのはエルブの姿がそこにあった

「...少し、景色を見たくなってね」

ドクターマンと呼ばれる医療のスペシャリストであり
今は異形と融合しているこの身を監視する...否
この異質を認め、友に歩む数少ない仲間と呼べる存在だ

「体もかなり動く様になったみたいだね」

取り残された世界から戻った後
少女やあの世界の人々の痕跡が現世界に残っているのでは無いかと
推測できるその生命があった筈の場所を旅して回った。

各地を渡り歩き、エルブを始め無数に今地球に潜伏している
公ではない戦士達と接触し、彼等の話を聴き
自分なりの解をその身に飲み込んでいった。

「エルブのおかげだ、腕も足も随分素直に動いてくれる」

この姿に驚く者、当初は対立した者も居た
最終的に理解し合えない者も居た
だが、極僅かでも理解し協力し合える仲間も生まれた

それぞれに理由があり戦いがある
それは決して拳を上げ武器を持つ事だけではない

「随分ボロボロで繋がり方も強引だったからね、良かった良かった」

エルブはお人好しが過ぎると言ってもいい
同族でも地球の人間、動物であっても構わず救う
それが例え異形の様に見えてもだ、考えよりも早く手が動く

「声は...未だ聞こえないままかい?」

「全く、だけど次はこうしろって指図されてる気はするよ」

数ヶ月...一年程度だろうか、決して長くはない旅路で
幾つもの生きるという事へのあり方を看た

この星の人と生きる道を探す者、帰る世界を探す者
ただ生きたいと願い、激情のまま先を見据えない者もいた
かと思えば穏やかに地球に根付く者も多く存在していた

その全てが、どこかあの日の彼等と重なって見えて
黒ならばどう感じるのだろうかと、帰らない問をし続けている。

「...また行くのかい?僕的にはもう少し休んで欲しいのだけど」

笑顔のままだが少し困った様な表情に
やや大きめなアクションが合わさる、医者の職業病だという
相手に伝わる様、怖がらせない様にこうなるのだと

穏やかな存在だ、素直に救いと言っても過言ではない
彼や彼の協力者を守って生きていく事も出来るだろう
だが、それではもうあの声は聞こえない...そんな気がする

「そうだ、だが必ず戻るよ。また診てもらわないとならないだろう」

「そりゃぁ...傷つく前提なら尚更行かせたくはないがねぇ」

答えが欲しいとは思わない
だけど、少しだけ自分とは違う言葉が、主張が欲しかった
自分だけでは彼等が残された世界とその未来を飲み込みきれなかった
だから、これからも理解する為に戦い、生きて征く。

『次はそうね...光の方へ』

耳元で声が聞こえた気がした
数歩足を進め、跳ねた体は地を、壁を蹴り、鉄柱を掴み回る
闇の中に風の香りと気配が抜け、その先へと導いてゆく

指し示す方へ、決められた運命という行動の先へ
枠組みの先、進化の先へ、辿り着いた者達は駆けて往く

いつかまた出会う時も来るだろう
その時、争うのではなくただ互いに歩み寄り
「あの時」を理解し共にその少し先へと向かえる様に
新たな地平へと、青く燃える光は夜の空を駆け抜けた。