MICROMAN Re:LOAD
羅亜堕 天落編:3 [邂逅]


無や死は極限までの白だと聞いた事がある
ならばこれはその逆という事だろうか

渦巻く純白の光の中に居た
何も見えない、何も解らない精神そのもの
今度こそ、あの時失う筈だった命が尽きた
そう考えれば極自然だ...意識がなければの話だが

温かい、全身を包まれたような感覚
穏やかで、心から安心していた
そして、この身に潜んだ闇もまた体内に潜み
常に存在を感じるが何故か遠く感じる

『...』

だが、声は聞こえていた
あの闇によく似た声、しかし明らかに違う気配が
何かを伝えようとしている口元だけは知覚出来ていた

黒色に飲まれない姿
その声をまるで体に溶け込む様に受け入れていくと
それが何を言いたいのかを次第に理解出来た

『お話をしなさい』

何とだろうか...考えるもない、あの異形か
しかしこの身はまだ健在なのかも解らない
何を示したいのか、対話を拒み破壊に至ったのは黒自身でもある

「彼等を消そうとしてのはお前だろう」

『彼とあの子達と...私と...』

問答を拒むのかと、視線の先の姿を見据えるがどうも違う
これは、今の、此処に存在する者の姿ではないのか
今の黒とは違う、残された言葉

『青い光、そう貴方ね。答えはそこにあるの』

黒く霞んで見えないその顔が
最後の一言が放たれた刹那鮮やかに明かされ
視線に、脳裏に刻み込まれる

そしてまた、光は闇に
暖かな光の領域は突き刺さる様な黒に染まり
少しの間、完全な無音と暗黒の後
縋る様に体へと戻った意識が開いた瞼の先の光に安堵した。

---

『起きなさい、敵陣のど真ん中よ』

体の芯から蠢く声が響いて、目が覚めた
鮮やかな色の天井、陽の光が差し込む見知らぬ景色
いつ以来だろうか、いつの間にか流体金属の仮面は解除され
本来の顔が顕になっている事に気付く

「敵陣...?そうか此処は...闇の向こうか?」

『そう、ここは貴方にとって敵陣』

やたらとはっきりと黒の声が聞こえる
意識を取り戻した本能が仮面を再び呼び起こし
世界は一瞬閉ざされフィルターを通して世界を見せる

サイズ感の歪んだ世界、まるで地球人と同じサイズの様
...故郷での生活環境に近いと言うべきか
今となっては違和感しか無い世界

黒の声もまた以前よりも近く、まるで自分の声の様だ
思考が完全に溶け合いそれでいて個として存在している

何が起きたのか...そんな事を考える暇はない
黒が言う通りなら今体が横たわるこの場は敵の手中

「おや、目が覚めたか...元気そうで何よりだ」

視線の先に存在する歪
編み込まれた樹木の腰掛けに深く腰掛けた
異形の存在が余りに優しく声をかけ此方を見ている

『ね?居るでしょう?敵が目の前』

有と無の入り混じった存在、異形。
無機質なその表情はこの仮面と同じ
戦うべき驚異であり、忌むべき破壊者
そして、本来であれば人類と我々の未来の姿

「アクロイヤー...」

「それは君もだろう?...厳密に言えば、君の中の君か」

意識を感じさせない筈の表情が笑みを浮かべた様に見えた
気配、その者が持つ色が、それが悪意ある者ではないと示す

そして困惑する意識の中に、記憶の中では直前である
闇の中で出会い対した存在が目前に居るのだと理解する

「私はバートル、この地を統べ護っている。民は私を神などとも呼ぶ」

大袈裟に広げた腕は陽光に照らされ
その異様な姿へ感じる筈の威圧感を薄れさせる

光に描かれた輪郭は幾つかは己の体と同じ
生命維持装置を兼ねた外装と...同じ様に見える

「声に導かれ此処にやってきた、そうだろう?」

同意を求める様にオーバーなアクションを見せながら
バートルが立ち上がると、室内の景色がそれに合わせる様に変化する
歪む感覚、一瞬の微かな鈍い痛みに目線を逸した後には
既に室内の景色は一変し、思考を停滞させる。

『あの男、私に話しかけてきてる』

「見えているのか...お前が?」

穏やかで懐かしい気配は近代的な設備の室内に変わり
そうかと思えば刹那、吹き抜けた風と共に草原の中へと
まるでチェンネルを変える様に理解を許さぬまま変わる

「ああ、見えているし聞こえているよ。ただこの場にいる時だけだがね」

呼吸しているとは思えないその口元から言葉を息を吐き出しながら
勢いよく変質仕掛けた地面に腰を落とすと、言葉は続く

「私も君達と同じ、一人であって一人ではない者だから解るよ」

言葉と共に景色の変化は止まる。
無機質な金属の机、革張りのソファー
今度はそれらが地球人想定のサイズで存在し
だだ広い室内の卓上に対峙し、僅かな静寂が気を尖らせた。

「此処は置き去りにされた世界、捻じれていた世界の忘れ形見」

刹那の間を軽く破る声、語られる言葉。
ここから先、思考という己、個の記憶が幾つかが曖昧となっていく
自分と、黒と、バートル、そしてその中にあるという何か

それ等が一つに混ざり、初めて見える
そして解を知る者が語る事により、理解する。

「---進化とは如何なる者を指すと思う」

響いた己の誰かの声、この先はただ共有する。
曖昧である事を自覚する違和感、未来としてそれを見る
ならば今は過去なのか、それとも目前の存在が知る記憶を見ているのか。

---

歪む、霞む、二つの螺旋が虚空に浮かぶ
あれが概念的な世界で、かつては二つあり絡んで
互いに干渉しながらそれでいて混ざる事なく共生していた。

まずはそれを理解しよう。そして、知る顛末を語ろう。
変わる景色を想像し受け入れ、君が看る世界を描けば解る。

「世界の中に我等は居る、二つから一つへ今はなった」

---我々は進んだ科学の力で
長い旅をせねばならぬ時、もしも帰る場所を無くした時
自らを過酷な宇宙空間に適応した存在に作り変える
そんな装置を開発し皆が一つ所持していた

「...」

神と呼ばれた存在、バートルは柔らかな仕草で両の腕を掲げた
室内に漂う鋭い気配と歪んだ意識下に花の様な香りが常に纏わり付いていた。
記憶の奥底を撫でる懐かしさを覚えた事に胸がざわつく

「何とでも変わる、危うき存在の僕達がする進化とは。」

「者と言ったな。進化とは、総ではないと考えるのか」

声を発した事に驚いたのか、その声色に興味があるのか
無機質なその表情が微かに緩んだ様にも感じられる

バートルの言う進化の先、確かに個のレベルならば幾つか想像がつく
だが、明確な解を応えよと言われれば応えようがない

「どうだろうなぁ...まだ総というには...そう理解するが」

薄く日差しが差し込むこの体にとっては広すぎる室内
牧歌的な懐かしさすらある家屋だが、その中はまるで近代的で
この世界というべき闇の向こう其の物といった違和感がある

それでいて心地が良いとも感じる
この違和感の正体は...空気の流れの違いだろうか
芯身に宿る黒が微かにざわめいたまま妙に静かである事実が気にかかる

「君も、真っ黒な君もそして私も進化の先に居る。二つであることは意味がある」

無機質な表情は再び笑った様に見え
その穏やかな気配はこの地の人間に神と崇められ
それに見合う力を与えてきた事実を否応にも理解させる

『あの男、確かにその力はこの周辺から与えられてる...何なの』

あの闇、禍の中にあるこの世界は彼に力を与えている
操作し、変質させる力はあの存在固有の物だ
...黒はそうとでも言いたいのだろう、無言を止め語りかけてくる
確かにその気配は異様、背後の色が無数に折り重なって見える

軽妙にすら見えるその存在感に見合わない程の背後の気配
...まるで、この身と同じ別の何かが居る
彼が言う事は事実であると実感させる

「遙か先、今の生命が至る筈の先の存在になったという事」

右腕を翳すと世界は再び懐かしい様な気配を
空間は歪み、不安定な場はバートルの姿を単なる個人として写す

「私や君は、『もしもの時』の道標、何方が本当の自分か看える様に」

左腕を翳せば無機質な、歪みのない景色が映し出される
空間は白く、光の向こうには禍々しく変貌した姿が見える

「そして、狭間にこの世界が落ちた事で『もしもの時』が来てしまった」

空間が捻じれ、バートルを軸に左右で異なる世界が重なる
これが彼の言う捻じれていた世界なのだろうか

捻じれていた...今は違うというのか
もしもの時、迫られた選択があったというのか

思考する意識の先、神と呼ばれる存在の中心に
微かに青く鮮やかな光が燃えるように輝いていた

「何を言いたい?二つの世界とは何だ、今は違うのか」

『...待ちなよ、私達は知ってる...青い光がやった事』

青い光を持つ者、概念すらも切り裂き未来を、進化を促す光
その輝きに選ばれた戦士がこの世界の根源に宿る魔を切り裂き
永遠と言われた輪廻を切り裂いた世界...

...この物語、否、この記憶はいつからある?
確かに、我々皆が知る戦士の記憶、バートルはこの事を語っている
そしてその光の影で生まれた影を...指し示している

朧気に彼の語らんとする真意を理解した時
混ざりかけていた知識は刹那の間に強く融解を進め
意識はバートルの語る世界へと視線を落としてゆく。

「此処は停止した世界、置き去りにされた我等の世界だ」

我等、解るだろうか
今存在する我々の事では無い
存在していた、これまでの世界だ

捻じれていた二つがついには完全に溶け合った
そう見えていたが一つに統合されもう片方は消え去った
しかし僅かに、その欠片が新たに生まれた世界に取り込まれた

「此処はその欠片、不安定な捻れを保持した世界」

偶然だった、意味も解らぬまま変貌した体は
知覚できないこの世界を見る事が出来た

持て余すほどの力、帰る場所のない異形にとって
まるで助けを求めているような世界の声が聞こえた
この中には変わらない永遠を生きる人々がいる
助けを求めているのだと...そして辿り着いた

「此処は存在していた嘗ての世界の欠片だ、だが人々は確かに生きている」

か弱き生命はそれが例え世界の残り香として存在する仮初だとしても
確かに存在し、閉鎖された世界の中で、不安定な変質する世界に怯え生きていた

身体の変貌は彼等を救う為の天命
変質に伴う痛みは彼等の恐怖、蝕む精神の壊れる軋みは彼等の絶望
其れ等を理解した時発狂する程の転換の渦の先に炎を見た

青く燃える煉獄の炎を解して私は進化を理解した
溢れ出そうとする力はこの体を守る鎧の奥に拘束し
この世界を自らの体と融合させ事象を安定させる柱となった

「この世界は私が居る限り触れ得ざる存在しない世界となった」

体感ではほんの数ヶ月の出来事
しかしこの小さな世界の中では数世代の時間の出来事
だが、繰り返す彼等は入れ替わらず何度も生まれ、死を繰り返す

『本当に神を演じていたのね』

引きずり出すように、黒の言葉が融解した意識を個へと戻す
鈍い痛みが頭に残り、バートルの記憶を否応にも記憶させる

「バートル、貴方はこの世界を護って何がしたいんだ」

ユラと幾つかに重なって見えたバートルの体が明確な線を持って
元の姿へと戻ると、その無機質な仮面の様な顔は
出会った時と同じ様に微かに微笑んでいる様に見える

「神という名の強すぎる力を得た群体、個であると錯覚したか弱き者
今の彼等を、未来を得た彼等の時代を教えて欲しい」

再び、言葉と同時に彼の精神、記憶が語りかけてくる
...むしろ見せられていると言うべきか
いまはただ、それを見て、真意を知る事。
それがこの世界に呼び込まれた理由と理解できる。

「私はか弱き群体等とそう言いながらも、彼等が愛おしい」

何かを、事を起こそうという訳では無い
ただ、看て知りたいのだ「正しい」方向に向いた針が
この眼で見て尚正しく映るのかを

「なぜ、かの炎...光...か。
光が進化を早める為降臨したのかそれが解るかい?」

早めなければ、私や君になる存在は捻じれのない世界では
平穏なままあまりにも早く堕落し進化しない

私はそう判断していた、そして、今も其れは変わらない
だからこそ捻じれたままの世界であっても良いのではないかと

この世界を介せば世界を再び捻じれの中に置く事もできる
私がその歪みになれば良いのだから

「だが、そうはしない」

光と呼ばれた存在は勇敢にも運命を壊した
それを成す力と使命を持っていたからだ

私は光と同じ体が、外装が汚泥に塗れて気づいたのだよ
選択しなかった選択肢にも未来や可能性はあった
そして光によりそれ等は消えるのだと知った

「ここからは自惚れた神の話ではない、私の主観の話だ」

強い光に淘汰される影の様な彼等を
私は見ていた、見る事が出来た、見ているしか出来なかった
幾度となく繰り返す嘗て存在した世界のレプリカを得た事で知る事が出来た

未来にある眼は解ける輪廻の中から跳ね出された世界を
知覚は出来れど、触れられなかった
だからこそ、そこに選ばれた私は此処にしか居てはいけないのだとも理解した

「どの考えも、意識も、同居していいのだ。だが、否定したくなる」

少しだけ声色が沈んだ様に感じられる
同じ景色を共有し、彼の過去を覗いている
それは同時にその時の彼の意識を理解するという事

「何故か、羨ましいからか妬ましいからか」

この状態で尚、意識が保てているのは黒の力なのか
黒もまた彼の語る過去と意識を見据えている
姿こそ完全には見えないが、その存在を感じていた

「どんなに強くなろうと変わらない。常に半分は闇だ、進化をしたのにだよ」

意識は空を見せる
青い穏やかな空、この時だけはこの小さな世界は平穏

此処に至るまでの圧縮された激動の歴史
強制された使命を天命として受け入れた異形の存在

「バートル、貴方もまた進化態としてのアクロなのだな」

再び意識はそれぞれの形へと帰り
青空を見据えた視線を目前へと下ろすと
景色はいつの間にか穏やかな風の吹き抜ける草原の中にあった

「君はそう言ってくれるか...ありがとう」

我々は辿り着いた惑星、世界に適応し変化する
生きる為、その言葉は幾つかの意味を持ち
ただ環境に合わせた生存本能でもあれば
その土地に存在する生命と共に生きてゆく可能性の為とも言える。

ある者はその惑星の鉱物や不可思議な力を解析し
目覚めた時には体を分割し再構成する力を得た
ある者は極寒の世界に合わせ本来よりも大き体を得
逆に適応の為、外郭を纏い小さく変質した者も居た

惑星に適した進化を外郭の中で享受し、より最適化された生命へと変貌する
ならば、この意識すらも介し精神を垣間見せる異質は何を意味するか

神となり、その変貌の意味を理解した存在、
進化態としてのアクロは、彼だけが出せる解を示す。

「我等は争わない為に力を捨て無となる、望んで今の無である事を選ぶよ」

存在は罪、無は逃避...そうかもしれない
しかし、彼等を守り生かす為には無になる事が最適解なのだ
それが神を演じ本当の意味で神に近づいたバートルの今の解だ。

「だからこそ、君達の出現は待ち遠しかったのだ。我が我等になる」

作られた空、まるで作り物の様に見える
それはこの狭い世界の外の世界でも変わらない
誰かが作り、何かの意思によって廻る世界

その全てには理由があって、その理から外れても尚
誰かが運命をかけて世界の為に存在する理由を作り上げる。

「そして君がこの世界に来た理由はそれだけじゃない」

神に至る存在は此方を向くと、胸元に腕を翳すと
無数の青い炎が激しく輝き、結晶となって手中に宿る
あれが進化を促した光、その物の結晶

「これを取りにおいで、君達二人でね。皆が導いてくれる」

言葉が終わるか否か、強烈な輝きがバートルを包むと
刹那その姿は既に眼前になく、声は遙か空から響いていた

『試そうって事かしら?面白そうじゃない』

何を成すべきかも見えないままただ突き動いていた
だが、今では明確に感じる黒の気配
これがより一層明確になった時、己の解も見えるだろう

明かされた世界の中で、今再び歩みを始める
その先にあるのは、光か闇か
天に落ちた者が神と対話する時、世界の解は少しだけ形を変える。