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アンチヴィランが飛び出した先
突進し、ぶつかり合ったその存在の体は極めて冷たい
そして異様に固く、重い...しかし眼に入る映像からはそれが実感できない

異形である、自分自身を見ても明らかに人間ではないアンチヴィランが
その全力を使い激突しているにもかかわらず、
その体全てで放つ攻撃がダメージとして相手に与えているとはとても思えない

その雰囲気から感じた物と同質の違和感が、腕から体全体から
アンチヴィランに伝わってくる、それは電子パルスの交信に感覚を移し変えた
機械の体であっても気持ち悪いと感じさせる、明確な嫌悪感を頭が感じ伝える

『何だコイツら...取り敢えず広い場所まで誘導しないと』

自身の放った攻撃の一つ一つが効果しているとは思えないが
相手を動かすことには成功している、次第にその体は後退し
当初はドアの目前にいた者が既に少し進んで再装填社前の路地まで押し戻している

「あら、随分と元気の良い...これは人間かしら?」

アンチヴィランの突進を両腕で受けたエレジーがまるで表情を変えず
ただ興味深そうにアンチヴィランと顔を合わせる
その顔は確かに人間だが、何か現実離れしている

目を合わせたまま、エレジーが不意に笑みを浮かべると
アンチヴィランを軽く指で突付く様に押す
すると、まるで何かが高速で衝突したようにアンチヴィランが跳ね飛び
道を遮るフェンスに激突し、そのまま下にずり落ちる

『んなっ...っ痛..この力、アウトゥラをあんな姿にしたの君達なのか』

アウトゥラの体の異質な要素は、目前の人間のようなものからも感じられる
解ってはいるが、確認することで強大な力を持つその的に向かう覚悟を
まるで自分に問いかけるかのように、その真意を問う

「その問に答えるのは私の役目...ですが最後まで聞ければ、ですがね」

エレジーの横で待機していたレガシーが飛び上がり、そのまま下降してくる
巨大な刃となった腕がアンチヴィランをまっすぐに捉えている
明確な破壊、圧倒的な力による支配にも等しいその力

しかし迫る刃を受け止めるもう1本の刃がアンチヴィランを救う
緑色に輝く刀が、レガシーの腕をなぎ払い、そのまま後方へと投げ伏せる

「貴方達から、アウトゥラを守る事になっているので倒させて貰います!」

間髪入れずシュリョーンが刃を振るい、レガシーを後退させるが
レガシーもそれに対応し腕の刃をシュリョーンのアクドウマルヘ叩きつける
力はほぼ、互角。レガシーは様子を伺っている分まだ何かを隠しているようにも見える

「出来るのならば好きになさい、容赦はしませんわ」

その二人の間を裂くようにエレジーもシュリョーンに向け刃を振り下ろす
2本の刃はお互いを補佐し合うように一切の隙なく乱舞する

激しい斬撃の乱舞に、シュリョーンの体が揺らぐ
猛攻に対し何とか持ちこたえるが、次第に威力を増す刃に対応するのが精一杯である

「ぬっ..この二人、動きが完全にリンクしている!?このままだと不味い、亜空の扉をっ」

一切乱れること無く繰り出される斬撃を受け流し
後方に飛び距離をとると、亜空間の扉を開き、四方より亜空スライサーを発射する
不規則に放たれたスライサーが飛び込みエレジーとレガシーの動きを乱すと
シュリョーンが再度2つの影に向かい、亜空力を載せた斬撃を放つ

「亜空断絶、一刀両断!」

迫る衝撃波を前にエレジーとレガシーも腕の刃を構え同様にエネルギー波を放つ
2人分、より強力な力が激突し、空中で砕け散る

「何と、私たちの力と互角...興味深いわ、でも吹き飛んじゃった?...?何っ!?」

「やられましたわ、まさか人の形をした物から縄が飛び出すなんてっ」

爆炎の中からシュリョーンが落ちる影が見える
しかしその影から2本の鋭く伸びる影が2人に迫る
亜空アンカーがエレジーとレガシーを捕らえ、縛るように絡まるとシュリョーンは声を上げる

「アンチヴィラン、力を貸して!できるだけ全力で」

その声を受けバイク形態へと姿を変えたアンチヴィランがシュリョーンが降り立つ地点に走る
そして、背中のホイールユニットを展開すると、高速回転させる
その間にもアンカーが絡まり動きがとれないエレジーとレガシーへランチャーを放ち続けている

『任せて、このまま全力で奴等に向かってアタックを掛ける』

声を上げたアンチヴィランがウィリー状態となり前輪ユニットを高速回転させる
そしてその中心点にシュリョーンが降り立つと、エネルギーを全て開放し
エンジンをフル回転させ、シュリョーンとともに高速回転したまま猛然と突撃を仕掛ける
いわば2人の力を最大限に放つ人間大砲とも言うべき姿

『「悪道我外、亜空一閃斬!!」』

赤紫の光の帯を纏い、渾身の一撃がエレジーとレガシーに迫る

「んもう、動けないじゃない!さすがに不味いわ」

「しかし、動けないのでは術もありませんわ...己っ!」

迫る巨大なエネルギーの塊に、為す術も無く飲み込まれるエレジーとレガシー
無数のエネルギーの並が刃となりその体を切り裂き
通り抜けると、2人の背後に、シュリョーンとアンチヴィランが浮かび止まる

「...手応えはあった、けどまだ」

シュリョーンが振り返ると、エレジーとレガシーは腕や足が吹き飛んだ状態ではあるが
先程までと変わらず、一切表情を変えずに、シュリョーン達の方へと向いている
ダメージをダメージとも思っていないのだろうか、感覚や思考が一切読めない

「随分と派手に壊されてしまいましたわ」

「それに朝が近い、時間切れです、今日はこれまで」

「またお会いしましょうね、それまでアウトゥラはお預けしますわ」

2人が声を放つと、一瞬にして姿が消える
まるで存在しなかったかのように、存在そのものが消失している

「あっ待て...消えた!?」

『奴等、どうもまだ力は全然出してないみたいだね...何なんだ一体』

シュリョーンとアンチヴィランが地上に降りると
既に遠くの空に微かに太陽が見え始めている
新たな日に残されたのは新たなる脅威の圧倒的な力の存在証明
そして、それが産み出した機械人形、果たしてそれが意味するものとは何なのであろうか

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残されたヒントは二つ。
「朝が来れば消える」そして「こちら側を探りながら戦っていた」
この2つ、激しくも極短い戦闘の後朝を迎えた街には
そんな戦いの気配など微塵もなく、葉子やアキ、アンチヴィラン以外は何も知らず
何時もと同じように朝を迎えている。

それで良いのだ。シュリョーンが悪としてこの狭い世界でバランスを取ることで
少なくとも街は何時もと同じように回っている
必要悪というほど立派ではない、だが正義を失った空の世界には秩序がない
そこに入り込もうとする歪を排除するためには力が必要だ、それも破壊の為の。

何かを排除する力は何かしらの悪意によって成り立つ
だからこそ悪でなくてはならない、シュリョーンはだからこそ悪として存在する。

「厄介な事だが、奴等はまだ全力ではないようだな」

日が昇り、どこか騒がしい気配が溢れる外の景色を横目に眺め
事務所内の作業机に座るアキが先程までのまるで嵐のような異形の影をどう倒すべきか思案する
その目前のソファーにはアウトゥラが座り、葉子は新聞に目を通している。
アンチヴィランは戦闘でのダメージ修理のついでに整備中だ。

「戦った限りでは、まだまだ余裕って感じでしたね。最後は焦ってた感じでしたけど」

力はシュリョーンと互角にように感じられた
...が、あれが全力であるとは到底考えにくい
そうであったとしても一人で互角、2人相手となれば最低でも倍以上力の差がある

勿論、アンチヴィランが仲間にいることは想定し、パワーバランスはほぼ互角である
そう楽観的に戦略プランを立てることも出来るのだが
最悪の可能性から活路を見出す、アキの癖が頭を悩ませている

「勝てない相手ではないのが救いだが、如何せん情報がない...まず何者なのか。
アウトゥラ、その点は詳しく聞かせてもらう、葉子も付き合ってくれるか」

答えは見つからないが、取り敢えずヒントを得ることも重要だと判断すると
アキは目前のノートPCを折り畳み、会話の準備を始める。

「はいはい、何時でも良いですよ!」

声を受け葉子は新聞をたたみ、アウトゥラは背筋を伸ばす
アキの視線はアウトゥラへ向かうと、そのまま言葉が投げかけられる。

「聞きたいことは...まぁ山ほどあるが、取り敢えずあの2人についての詳細が知りたい
アウトゥラ、知っていることなら何でもいい話してくれないか」

ソファーに正座する形で座っていたアウトゥラがアキの方を向き頷くと
その、どこか無機質な声でその過去を語り始める
それは、アウトゥラの改造された体と改変された記憶の中にある
様々な「彼女を構成するパーツとなった者」の繋がりあった...無数の記録

「私は、あの二人..名前はエレジーとレガシーによって作られたオートマタ・ヒューマンドール。
自分でも良くは解らないのだけど、この体はあの二人が集めた最も理想的な別世界の人間を基本に作られている」

「別世界の人間?それがメアリーの世界だというのか?」

「そうだ...と思う、かすかな記憶しかないから断言はできないが」

別世界、彼女がいた世界だという「メアリーの世界」の事を指すそれは
亜空間から繋がる無数の世界の一つなのかも知れない
しかし、亜空間へ干渉出来る人間は再装填社にしかいない、如何様にしてその体を得たのだろうか

「体のパーツはバラバラに分解された、勿論生きたままで。
そしてこの世界で彼女たちが集めた、あれ等の言う<もっとも美しい>パーツと取り替えられ
私は次第に元の姿から段々と違うものへと変えられて行ったのだ」

そう言いながらアウトゥラは自身を覆うボロボロになったマントを脱ぐと
継ぎ接ぎのように機械と生身が入り交じった体を露出する

「腕や足は機械に、体は上半分が人間、下半分は私自身の元の体だ。
何が起きて分解されたのか、何処をどう繋げたのかは解らないが
この体は、漠然と繋がっている感覚がある、頭が指示を送れば自由自在に動く...それが気持ち悪い。」

アウトゥラが自身の腕を動かしながら説明するのだが
余りにも奇妙な話と、アウトゥラの生きているのか死んでいるのかも解らない
その存在その物が曖昧な状態である事実が違和感を産み、理解に時間がかかる

「なるほどな...詳しい事はまた調べさせてもらいたいが。問題はあの二人だ
奴等が何者なのかは解るだろうか?何か情報があればすべて教えて欲しい」

アウトゥラの出自を大まかではあるが聞き、自分なりに理解すると
アキは続けてエレジーとレガシーと呼ばれる存在に付いて問う

「彼女らは人間だ、この世界の。明らかに思考や気配が違うから解る。
だが、彼女らも何か改造されいるようだった、私と同じ気配も体一部からしていた...
詳しいことが解らなくてすまない...だが、私と同様ならば大きな弱点があるのは確かだ。」

未知なる力を持つ人間、亜空力ではない力があるのであればそれは新たな脅威となる。
だが、アウトゥラから出た言葉は意外にも弱点があるという、理想的な回答であった。

「もしかして、朝に関係しているって事は..陽の光?」

「そう、それも含まれる。簡単にいえばこの世界のエネルギー源は全てがマイナスに効果する。
食事も、太陽光線も、勿論電気やガス、油などもだ。理由は解らないが私も同様だ。
だから彼女等は別世界からのエネルギー補給が必要となり、時間切れが起きるのだ」

葉子の問に答えるようにアウトゥラは敵となる存在の弱点を明かす
現状唯一の攻めることが出来るポイントとなる攻撃点

しかし、それは同時にアウトゥラ自身にも時間切れがあることを指している
同様の存在であり、即ちどちらも人間でありながら別世界の要素を持っている
別世界との融合という、禁忌かも解らない未開の融合が生んだそれは悲劇か、それとも悪夢か
アウトゥラを見る限り、幸せな結末ではないことだけが明らかである。

「なるほど...すまなかった、嫌なことを思い出させただろう。だがもう一つだけ質問させて欲しい。
率直に聞く、奴等の目的は何だ?解らなければそのまま言ってくれれば構わない」

アウトゥラの言葉を受け、大体の概要を把握したアキが
最後の質問を問いかける、あの2人は何なのか、理由があれば戦いの鍵に
無ければ...容赦をしなくて済む理由になる。

「目的...?彼女たちは愛し合うために殺していた...だが、それは私には理解出来ない感情だった
言葉にするなならば、あれは悦楽..肉欲に近しい狂った感情だ。
そしてそれを満たすために材料と称し人や機械あらゆるものを破壊し取り込んでしまうのだ」

理由付けの前者と後者ならば、アウトゥラの言う目的の部分から導きだされるのは
間違いなく後者であろう、余りにも理由なき乱暴な衝動があれ等を突き動かしているのだろうか

アキはその言葉を聞き終えると、少し虚空を見つめた後、何か考えを纏め
立ち上がると、葉子に向かい声をかける

「葉子、奴らはまたすぐ此処に来るだろう。奴らは私たちが倒すべき相手だ。準備にかかるぞ」

アキの指示を受け、その真意を理解した葉子もまた立ち上がると
アウトゥラに手を差し出し、その体を立ち上がらせ、そのままアキに続く
強大な力に対抗するために、シュリョーン達を強化せねばならないのだ

「さぁ、アウトゥラさん。貴方の自由は私たちが取り戻します安心してください」

アウトゥラの背を押しながら、葉子が彼女を異形から救済することを約束する
シュリョーンは正義ではない、だが、歪んだ異形を切る刃である
アウトゥラは歪という闇に包まれ身動きが取れないでいる、救うことが出来るのはシュリョーンのみだ。

「...あぁ、ありがとう。しかし敵は強力だ私も戦う。力がないわけではない」

アウトゥラもまた、自ら戦う意志を見せる
彼女の体は敵と同様に強力な力を秘めている
しかし弱点も同様である以上、危険な戦いになるのは明白である

「厳しい戦いになることは間違いない、だが奴らに思い知らせるべきだろうな
我々のテリトリーに入り込んだ事が人生最大の失敗である...と」

決意を固めた二人にアキが更に後押しをすると
地下の整備室に3人は降りてゆく、激しい戦いを前に出来ることは少ない
しかしその決意を、意思を固めるには十分すぎる時間は幸いにも残されている。

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この世に明暗があり、そのいずれかが人に適しているのだとすれば
間違い無く暗が人に対応した時間であり、感情であるのだろう
本能に赴いたとき、人はその暗に身を委ね、平常という名の狂気へと変わる

人は皆狂っている、だからこそ他人を許容できない
だがそれは当たり前のことであり、それ即ちが人であるのだろう。

「私達は違うわ、正常なのよこの世界で唯一」

「だからこそ狂人共を斬り殺すだけに力を得た」

「そうであるからこそ、理想を創り上げるだけの知識と財を得た」

エレジーとレガシーは言うならば全てを持っている
全てがあるからこそ、何もかもを手にし愛されている
が、同時に、狂っているのだ皆狂い咲いたこの地球上の人間の楽園の中で
彼女等は正常という一直線に立ち、帰って際立つ気持ちの悪い生き物なのだ

正常というのは正義とよく似ている
行き過ぎればそれは歪な思考、狂った思想でしかなくなる

「あの人間たち、結構な力を秘めているわ...興味深いわね」

「油断すればこちらが危ういほどの力...今までとは違うスリル」

互いが手を取り合うと、まるで少女らしい笑みを浮かべ
新たな考えが頭をめぐっては消え、その先にある未来を浮かべる
仲の良いクラスメイト、傍から見れば微笑ましいそれは
大量の人間を殺し、異世界の人間を破壊した人間の形をした化物である

「もう我慢出来ないわ、日も落ちてきた..もうダメ、行きたいわ」

「そうねぇ、まぁもう良いでしょう昨日と違って時間はたっぷりあるわ、じっくり行きましょうね」

無駄に広い部屋の中で、その広さを完全に殺すように
密着した姿勢の二人が、絡み合ったまま会話を結んでいく
彼女等にとって、それは愛の証明であり性交渉以上の快楽であり娯楽である

人間であるはずの彼女等が、人間ではなくなって得た「正常」
それは人間の世界では薄汚れた欲求でしか無い
だがそれが彼女等にとっては崇高な理想でありなにより快楽である。

「あら、そう。じゃあ行きましょう。きっともっと気持ちが良いのでしょうね」

「我々も様子を伺う理由はありませんし、好きなように動きましょう」

昨日と変わらぬ服装、変わらぬ表情
化粧など施さなくても透き通る肌、整った表情
完璧であるがゆえの違和感、世界に適さない存在
そんな二人が、今日もまた闇夜の中へと消えて行く、快楽をただ得るために。

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闇夜、それは悪の世界。
闇夜、それは自由と狂乱の世界。
すべての色が混ざり合い、生まれた色で染め上げられた
余りにも混沌として、その結果何も無い世界。

そこに向かう影一つ
それはかつて、この街を駆けた影
懐かしいその色は、悲しいことに誰も覚えていないだろう。

赤と紫の影が踊る
その姿はかつてと同じのようでいてどこかが違う
何処を目指しているのだろうか、何かを感じ取ったのか
その足は、その意識が赴く方へと足を向ける

「なんだ、何だかヤバそうな気配がするな。平和になってないのかよ」

影の姿が一瞬揺らいだかと思うと
その表面がまるでガラスのように割れ、その中から人間の姿が現れる
...桃源矜持、亜空人間となったかつてのシュリョーン。

「...で、ここ何処だ?嫌な気配がムンムンだぁね」

上着が風になびくと、駆け足で気配のする方へと走り去ってゆく
亜空へ消えた筈の彼が何故舞い戻ったのか
亜空間での戦いを経て、何が起きているのか...それはまだ解らない

「早く葉子に合わないといけないんだけど、まっ帰る前に力試しも悪くないか」

暗闇落とす影の中の街。
そこに蘇る金十字の魔神、それは希望か絶望か。
悪として生まれ、悪として活動するそれが意図せず正義を行わざる終えなくなる時
それはまさに世界に異変が起きた時であることは間違いないだろう。

この世界には、この街には相変わらず正義はいない。
だからこそ、またしても彼は今世界に舞い戻ったのだ
何分、この街には狂った自称正義がまだ沢山いるのだから。

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-Episode:04「狂者と悪者」 ・終、次回へ続く。
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