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一方でその頃桃源は別行動をとり
老人達が住んでいる立中の中心部から少し離れた場所にある
災害から立ち直れていない隔離地域、通称「ヘローゲート」に到着していた

数日前にギーゼンとの戦いでもこの周辺に降り立ったが
明らかにこの地域は宇宙人の手が入っており
明るい時間は問題ないが、深夜にもなれば小円盤等が飛んでいる。

大きな入口であるゲート、HELLOの電飾のOが消えた地獄門
ヘローゲートと言うのはハローとヘルの中間点
楽園であり、地獄である事を示している

崩れ落ちかけたビルや住居は先日と変りない
違う事といえば、賑やかに人々が活動している事だろうか

「意外に人がいるんだな...そりゃそうか、ここに住んでた人はここが帰る場所だ」

辺りを見回すと、痛んだ建物は今にも崩れ落ちそうに見えるが
しっかりと補強され、電線などもしっかり修理されている
政府の手が入ったという話はない...即ち、この生活の保証こそが宇宙人の取引対象
彼等を事実上の実験材料にする餌だったのだろう

「表向きは壊れたまま、中身は支配済みねぇ、どうにも周到と言うかタチが悪いねこりゃ」

ゲートを潜り、メモ書きの老人の住所を目指し足を進める桃源だが
その目前に、高校生ぐらいだろうか、一人の少年が立っている

割とお洒落な格好だが、ボロボロな箇所もあり修羅場をくぐり抜けて来た感がある
老人が言ったいた子供達の一人であろうか?
無視してもいいか...と軽く会釈をして通りすぎようとした桃源だったが

「お兄さん、こんな所に何の用だい?」

予想外なことに少年に呼び止められ、その足をとめる
少年はこちらを見ると、良い笑顔を見せ握手を求めてくる
フレンドリーすぎやしないかと少々押され気味になるが、悪い気はしない

「いやね、便利屋なんだけどちょいとご依頼を受けてね、ここら辺に老人...そうだな、妙に背筋がいい
親切そうなご老人がいないかね、その人に会いに来たんだけれども」

折角話しかけてくれたのだ、彼が知っていればこの上なく手間が省ける
それに、彼が「子供達」の一人であればいきなり答えに到達している訳だ
場所も近いしその可能性は極めて高いだろう

「もしかして、それ父さんの事かな、知ってるも何もここら辺の俺達行き場の無い子供にとっては
本当の父親みたいな存在なんだ、今呼んでくるから待っててよ」

想像以上に事は手間なく進む、予想通り彼は老人の言う子供達の一人であった
そして、気がつけば周囲には数人の子供達が顔だけ出して様子を伺っている

...と言う事は彼は子供達の中でも兄のような存在なのかもしれない
最初から老人の手配でここで待っていた可能性も存分にあり得るだろう

しかし、それと同時に気を付けるべきは、これが「罠」であった場合だ
そうであった場合、敵の渦中に一人で突撃したことになる、非常にシビアな状態だ
だが、今はそんな風な空気は、とりあえずは感じられない

「...おいで、ほら怪しいもんじゃないさ」

老人を呼びに行った少年を待つ間
まるで双子のようによく似た兄妹と目が合い
桃源が呼びかけると、様子を伺いながら向かってくる

小学生、それも低学年ぐらいだろうか
自分もこれぐらいの子どもがいても違和感はないか、等と思いながらも
桃源が彼等の前に手を出すと、その場から小さな花が無数に飛び出す
亜空間を利用したちょっとした手品と言ったところだろうか

「宜しくな、お坊ちゃんとお嬢ちゃん。それはお近づきの印のプレゼントだ」

言葉こそ発さないが、出現した花に驚き満面の笑みを見せる二人の子供
その一発で心を掴んだようで、桃源の周りを様子を伺い隠れながら囲んでいた
他の子供達も少しずつ姿を表し、賑やかな状態となる

「こんなにいたのか、じゃあ皆に一つずつ花を出してやるから...あっこら順番だ」

花に囲まれ、廃墟のような街並みが一瞬華やぐと
少年少女の少し高く安心感のある笑い声が木霊する
いつの間にかすっかり子供達に囲まれた桃源だったが
まるで、その時間も終わりと言わんばかりに、先程の少年が遠くの一室より姿を見せる

「おっと、今日はここまでだな...はて、一人ということは...やはり罠か」

そう言うと桃源は、少年の方へ歩み寄る
周りを囲んでいた子供達も、その空気を察したのか
それぞれが貰った花を大事そうに抱えながら元いた場所へと消えていく

少年の姿は先程とは何かが違う
何かが重なっているような、言うならば黒い鉄骨の集合体のような
何とも言えない物体のシルエットが見え隠れする

「あなたが父さんが言っていた便利屋さんなんだよね?...じゃあ僕たちを倒しに来たんだよねッ!!」

少年の目が赤く輝くと、先程まで重なっていたシルエットの物体に
その体が見る見る内に変貌して行く、黒い怪物、骨の異形
体中同じ素材だが腕や肩は武装されているようにも見える

叫びと共に猛スピードでこちらに駆け出した黒い異形は
高く飛び上がると、桃源目掛けて右腕のハンマーのような腕を大きく振り上げ落下してくる
高速回転するホイールのようにも見えるそれは、当たれば生身ではタダで済まないだろう

『このまま此処から居なくなれぇぇぇ!!』

先程聞いた優しそうな声に金属を刺でキリキリと削るような嫌な音が重なっている
明らかに正常じゃない、人間の姿ではないがその雰囲気は変わらない
変わった事はその向こうに人間らしい空気、意志が感じられないことだ

そうこう思考する内に猛烈な勢いで落下してくる黒い異形
桃源はそれに向かい腕をかざすと、そのまま受け止めるような姿勢を取る

その刹那、異形のハンマーが接触し激しい音と炸裂した爆発、激しい発光で一瞬世界が白く消える
立ち登った砂煙、連なるシルエットは2つ...受け止められているのは黒い異形

「おうおう、随分と気が短いお兄さんだ...なめられてるようだが、こっちもバケモンでね」

ハンマーを掴んだ手がそのまま黒い異形を近くの壁に叩きつける
その勢いは壁を破り、1枚、2枚と遙か向こうまで吹き飛び砕けた壁が崩れ落ちる

『グッ..ギギッ!?なっ何故だ!?人間ならあれで即死のハズだろうがぁぁっ』

遥か遠く、砕けた家屋の向こうから雄叫びが上がる
黒い異形が、その予想だにしない状況に、先程確か攻撃を直撃させた筈の桃源がいる方向を見る

まだ砂煙が上がっているがそれが途切れるたび、桃源の姿が見えるが徐々に”何か”に変貌している
腕が、足がなにか違う者に変貌している
頭を打って幻覚でも見ているのかと目を凝らしたが、最終的には彼の目には黒い鎧の男が見え
そしてこちらを睨んでいる、赤い目、その目に少年は恐怖を覚えた。

「「言っただろ、私もバケモノだと。死にたくなければもうやめろ」」

穴の開いた壁をくぐり抜け、黒い異形の目前にシュリョーンが立つと
その首元に刃を向け、その判断の答えを待つ

『冗談じゃない、俺達はお前を倒すために作られた正義の戦士なんだ!!』

帰ってきた答えは予想外のものであった
老人が言うように彼等は既に操り人形と化していると思っていたが
どうやら自分の意志で...と言うより意思自体が長い歴史で書き換えられているらしい
違う意味で操られている、時間をかけ行われた洗脳状態であるらしい。

シュリョーンの事を知っている、そしてそれを倒す事が目的だとすれば
この変貌の能力も、各部に与えられた銭湯の為の装備も
極めて最近、彼等に何らかの処置をして「シュリョーンを倒す兵士」に仕立て上げるために与えられたのだろう

「「そうか、ならば敵同士か...残念だ」」

あくまでその意思を貫こうとする黒い異形に対し
シュリョーンが最後の一撃を放たんと大きく刀を振りかざし
そのまま一直線に振り下ろそうとした、その瞬間、その状況にありえない者が目前に出現する

「待ってくださいっ...ッ!!」

刀を構えたところで、黒い異形の前に先程の少年と同じ位の年齢の少女が立ち塞がる
それまで気配すらなかったが、唐突に現れた少女の目前で刃が止まる


「「何ッ...!?君は...何者だ?」」

それと同時に、刃がまるで煙になったように風に消えると
少女の目前に立ったシュリョーンは危害を加える意志がないとでも言うかのように
軽く手を上げ、少女の方を見る。その背後の黒い異形は既に恐怖に負け気絶しているようだ。

「私はサナエ...彼の兄妹です!えっと..その、お願いだから、もうやめて!!」

大きくてを広げ、タカヒコと呼ばれた黒い異形を庇うようにサナエが立ち塞がる
シュリョーンはもう既に攻撃の意思を見せていないのだが
瞳の端に涙を浮かべ、恐怖に抗うその姿は先程のタカヒコと同じく異形の姿が重なっている

「「君も同じか...その言葉に嘘はないな?」」

サナエが大きく首を縦に何度も上下させると、その瞳からは雫が落ち
恐怖に怯えたその体は増え上が止まらず、小刻みに動いている

「「何もしやしない、私は君達を殺す気なんて無い、もう刃も向けないよ」」

「...本当に?じゃあそこから動かないで」

そう言うとサナエは、気絶したタカヒコを何とか持ち上げ、引きずって、元いたであろう家へと歩みを進める
ゆっくりと重い足取り、異形へと変わり重さも増したタカヒコの体は少女には重い
が、少し進んだところで急にその足が軽くなる

「あれ?...あっ、えっ!?手伝ってくれるの?」

サナエに覆いかぶさるような形で運ばれていた異形化したタカヒコが不意に空中に持ち上がる
何が起きたのかとサナエが後ろを振り返ると先程まで彼を殺そうとしていたシュリョーンが
タカヒコを持ち上げ運んでくれている、少々混乱はしたがその意志はすぐに理解出来た

「「理由あって暴れさせられていただけなのだろう、最初から殺す気など無かったよ」」

仮面の向こうでは分からないが、何故か機械的な表情が笑った気ように見えた
この人は本当に敵なのだろうか...教え込まれた事実は全然違う
さっきまでの戦っている姿は確かに怪物そのものだった
でも...それは、もしかしたら私達が間違っているからなんじゃないのか

あらゆる考えが、サナエの頭の中で交錯する
戦うことなど知らない、生きる意味など知りもしない筈の彼等に与えられた物
それは、命を引き伸ばしてくれた存在に対する脅威の排除
だが、本当に「彼等」は良い人なのだろうか...

少なくとも解るのは、力なく垂れた背中の重みは、怪物に変わった体は...生きていくには余りに歪
しかも一度変貌すれば二度と元の姿には戻らない、狂乱の果てに唐突に死に至るのだ
まるで病気のようなこの体は、私達を「救う」物だとは、もうずっと前から思えないでいた

「あの、あなた名前は?...その、私達..生き残りたくて...ごめんなさい
さっきタカヒコは酷い事を...あなたを倒せば私達は認められる、そう教え込まれているんです」

なんだか申し訳なさそうな表情を浮かべている少女
彼女はきっと、今は意識のないタカヒコと同じく改造された子供なのだろう
それなのに同じ状態にはなっていない、むしろ好意的なほどだ

よく見れば体中に傷跡があるのが見える、異形となった少年の体も同様に
一体彼等がどれだけの苦行を越えてきたのかは分からない

「「生きる為だ、私だってそうしただろう...立ち向かった君は..君達は立派だよ」」

だが、大災害がなければ、エイリアンが現れなければ...
彼等は今も自分の家で、家族と共に幸せに暮らしていたのではないだろうか
「もしも」の話は意味など持たないが、彼等を見ていると考えずにいられない

「「して、教え込まれた...というのは、エイリアンにだね?
..私の名はシュリョーン、信じられないだろうが君達を救いに来た」」

シュリョーンが悪であるならば、本来生きてはいけない物を「生かす」事が
この世界にとっての悪行なのではないだろうか
彼等は生き続ければいつか自我なき化物になるという、だが今ならまだ間に合う

「私はあなたの言葉を信じます。だってタカヒコを殺さなかった、それにあの姿は明らかにおかしいもの
...あっ!あそこです、あそこまで運んでもらえれば、もう...大丈夫」

正義を振るうものなら先程サナエが現れる前に、最初の一撃でタカヒコを殺しただろうか?
葛藤が無いわけではない、ここで殺さねばこの周辺の人々全てが死ぬことになるかもしれない
そうなればこの行いは愚か極まりない、そんな行為なのかもしれない
だが、まだ起きていない事のために、彼等を斬る理由も、そんな考えも持ち合わせてはいない。

シュリョーンはサナエの頭にそっと手を添えると、軽く撫で
彼等が住んでいるであろう家の中に入りタカヒコを降ろすと、その場から立ち去ろうとする

「あっ待ってシュリョーン、多分あなたなら...見て行って欲しいものがあるの」

扉から外に出ようとしたシュリョーンを呼び止めると
サナエは部屋の床に隠された扉を開け始める

地下室へ繋がる扉だろうか、開けられた先にはかすかな光と階段が見える
妙に機械的なしっかりとした、その闇の先は明らかに他とは違う異質さがある

時間制限を考えると一度退いた方がいいのだが
彼等の謎、そしてエイリアンの目的に迫るチャンスを見逃すわけには行かない
幸いタカヒコとの戦闘は変身前の一撃で済んでいる...が一度変神は解くべきだろう

正体はいずれどう頑張っても明かされてしまうであろうし、問題はないだろう
シュリョーンは思考の後亜空ブレスの手を添えると、変神解除の操作を行う

「変神解除...おや、驚いたかい?」

黒いガラスのようなものに覆われたシュリョーンが
瞬時に砕けたかと思うと、その場に見知らぬ青年が立っている
至って普通...少し不思議な感じはするがそれがシュリョーンだとは思えない

「うん、驚いた!人間だったの!?...あっ、だからさっき”同じだ”って言ってたんだね」

「まぁそんな所かね、で、見せたい物ってのは?」

サナエが小さく頷くと、タカヒコをベットまで引っ張り布団をかけ
小走りに桃源の方へと戻ってくる、その行動や仕草は年相応で
とても改造されエイリアンの兵器にされた人間だとは思えない

「この下にギンゼーさん...私達の体を今の状態にしてくれた人が作った施設があるんです」

「ギンゼー...その男は人間の姿だったか?宇宙人のような姿だったりとか?」

「いつも全身を覆っていたから...でも雰囲気はなんだか変で、私は怖い人だと感じてた」

サナエの言うギンゼー、怖い人というのが以前倒したギーゼンで間違いないだろう
奴を倒した場所もこの周辺だった、即ち、あの時も改造手術を行い
そこでシュリョーンの存在を察知して襲いかかってきた、と言う推測で全てが繋がる。

「ここです、この階段を降りて地下に降りてください」

サナエに連れられるまま、薄暗い階段を降りると
かなり広い空間には様々な機械とカプセルのような物
人間を改造するのに使うのか、完全にガラスに覆われたベット等
所狭しと配置され、少し上の世界とはまるで別の空間が出来上がっている

この機械を稼働させるには通常のエネルギーラインでは足りるはずも無い。
膨大な電力を得るために、町中に伸びているパイプラインが通されているのも納得できる
崩れ落ちた家屋、ビルなどの合間にそれらがあれば、誰も怪しむことなど無く、気付かれもしない
この街は復興出来るはずなのにエイリアンの手によって「復興出来ない」状態になっているのかも知れない

「この機械がなければ君達の生命活動に影響があるとか...そんな事はない?」

これらの機械を破壊しなければ、間違いなくこの街の子供達は今後も改造され続ける
既に全ての子どもがそうなのかもしれない、大人だって分かりはしない
破壊せねばならないが、もしこの機械がなければ彼女たちの生命維持に関わるのだとすれば迂闊なことは出来ない

「新しい機能を与える時しか使わないから...問題ない、はず」

ヒーポクリシーの人間は元は地球人に近かったが、進化の過程でエネルギーと融合し
それ以外にも様々な要素を取り込んだ結果、全身が機械的な皮膚に覆われた生命体
即ち生命として増え増殖するエネルギーを持つ金属生命体へと進化した者である
...という結果がイツワの協力で彼女を調べることで判明している

イツワによれば、そういった進化していない者でも
人間と変わらないヒーポクリシー星人に装置でこのエネルギー結晶を融合させることで
機械の皮膚や、強靭な肉体、驚異的な生命力を得るような事もあるのだという

機械も同様で、この結晶体に電力等の物理的なエネルギーを加えることで
数百倍にも増幅され、少ないエネルギーで膨大なパワーを得ることが出来る
本来はどちらもヒーポクリシーにおける宇宙開発の道具であったらしいのだが
気がつけば侵略の道具になっていた...とイツワは語っている

黒い異形達はこの技術を地球人にそのまま行った物ではないか
と言う推測で動いていたが、どうやらその線で間違いはなかったらしい。

桃源が制御パネルを操作すると
パネルの少し上にある円形のエネルギーホールが展開し中から赤い宝石のような
エネルギー結晶の塊が出現する、これさえ破壊すれば施設は死んだも同然だ

「問題はこのエネルギー結晶をどう破壊するか...だな」

手近にあったカプセルにエネルギー結晶を封印すると
再度、機械達はその動きを停止し、辺りは薄暗く光を失う

「ここは嫌だ...シュリョーン、早く上に上がろう。やっぱりここは居心地が悪い」

サナエが気分が悪そうに、今降りてきた入り口の目前で待っている
自信が異形へと変えられた場所、彼女は改造には前向きではなかったらしい
あくまで生きるために、今の姿になったのだろう
そんな場所からは一秒でも早く出ていきたい、そんな風に感じられる

「大丈夫か?よし、急いで戻ろう...また、変貌しているのか」

青ざめ、力の入らないサナエを桃源が支えるように並び
今きた階段を登る、また体がぼんやりと黒い異形の姿と重なっている
自身の危機を守る...と言うよりは弱った精神に呼応し暴走促すのだろう
内部に何らかの装置があるはずだが、外見からでは判断出来ない

「私は...いいんだ、それよりアサコとシンヤ、あとタカヒコを救ってあげて
まだ小さい妹と弟、皆..血は繋がってないけど大事な兄妹なんだ...お願いだ、シュリョーン」

今にも消えそうなほど儚い命、彼女は元からそう体が強くないのだろう
いくら改造されているとはいえ、エイリアンにとっては使い捨ての道具
彼女の体が完全に良くなっている...なんて事はあるはずも無いだろう

「全員助けてやるさ、後シュリョーンなんて呼ばなくていい。俺は桃源...桃源矜持、名前で読んでくれればいい」

桃源が自身の正体を明かすと、サナエは微かに笑顔を見せる
今までどこかでまだ怖い存在だと思っていたのだろう
それが急に近しい存在に見えて安心した様子で、少し調子も良くなってきたようだ

「今回は一度君たちを助ける方法を調べに戻るけど、何かあったら連絡を...どうした?」

階段を登るサナエが急に階段の向こう、光の漏れた上をジッと見る
何かを感じ取ったのか、焦ったような表情に見えるがその内容までは掴めるはずも無い

「この感じ!?嘘でしょ...また誰かが、バケモノになっちゃった...」

壁が何かの振動でビリビリと揺れている、そして禍々しいほどの気配も感じられる
サナエの言う「誰かが化物になった」と言うのはこの事だろうか
だが、タカヒコが変化した時にはこんなにも強力な気配は感じられなかった
...明らかに何かが違う、本当の意味でこれは”より強い異形”の気配だ

「とりあえず急ごう、まだ変化が進んでいなければ間に合う!」

桃源がサナエを抱え上げると猛スピードで上階へと駆け上がる
室内からは見えないが、ドアの向こう、広場のようになった空間に
明らかに現世にはありえてはならない不穏な、そして明らかに凶悪なオーラが感じられる

「桃源...タカヒコがいなくなってる、でも外のは違う気配だ...なんで...」

さきほどタカヒコを寝かせたベットを見ると、確かにその姿は無くなっている
この凶悪なまでのオーラをタカヒコが放っているのだろうか
いくら操られ暴走していると言ってもそこまでの力が出るものなのだろうか

桃源が亜空ブレスのダイヤルを回し、亜空間の力を開放する
「変身していなければマズい」そんな相手がドアの向こうには確かにいる
ドアノブに手をかけ大きく開いた瞬間、黒色に覆われたその姿が割れ
外の世界の光が入ると同時にシュリョーンの姿が現れる

「「...っ!?これは...なんだっ?」」

目前に存在しているモノ、黒い骨のようなものが集合して生まれた
巨大な異形の怪物、それは既に人ではない、がタカヒコが変化した姿とパーツの形はよく似ている
そして、その目前にもう一つ影が見える...そちらは人型、比べると怪物はその倍近くある

『くそっ言う事聞いてくれシンヤ!アサコ!!』

黒骨の異形に襲われているもう一人、その姿は各部の装備のような物が取れているが
先程まで倒れていたタカヒコであった、既に相当なダメージを受けているらしく全身がボロボロになっている

だが、何故か彼は攻撃をしようとしない、そして何かを呼びかけている
「シンヤ」そして「アサコ」、名前だろうか...

「「シンヤとアサコ...サナエの言っていたの兄妹の名前、アレがそうなのか!?」」

異形に向かい駆け出したシュリョーンの頭の中で思考が交錯する
目前の異形は既に人型ですら無い、そして兄妹である人間を今まさに殺そうとしている
一体何が起きているのか、その答え...推測での判断を出す時間さえも用意はされていない

異形が大きく伸びた爪でタカヒコの体を貫かんと体を振るう
少し跳躍しその爪が振り下ろされ、タカヒコの体目掛けて落ちてくる
もはやこれまでと抵抗をやめたタカヒコの目前を黒い影が覆い隠す
シュリョーンがその爪を受け止めているのだ

「「...ぐっぬぅ!!今の内に退け、部屋の中でサナエが待っている」」

『シュリョーン!?お前助けてくれるのか!?...すまない』

黒骨の異形を目前に、その巨大な羽をアクドウマルでシュリョーンが受け止めると
そのまま後方へと異形を押し飛ばすと、そのまま猛烈な勢いで刃を振るう

タカヒコが逃げる時間を稼ぐのが目的だが
それ以上にこの異形を破壊するには相当な力であることは明確
そう気に弱点を発見し、相手の力を落とさねば”殺さずに救う”など到底不可能だ

『『タイッ...ノルスニナ!!...イロク?エマオ..シュリョーン!?』』

何を言っているのかは解らない、覚醒しきった怪物は人間ではなくなるのだろうか
しかしタカヒコやサナエの言う”二人の兄妹”なのだとすれば目前の異形はは二つの異形の融合体
他とは違う物となっているのか...少なくとも解るのは、シュリョーンを倒すよう植え付けられた洗脳はそのままらしい

刺さるほどに凶悪な気配、そして変貌しきった異形の体
まるで同じ異形が集まって出来た集合体のようなその姿を、アクドウマルが何度も叩くが
軽く削れる程度で、ダメージはあるようだが決定打にはならない

「「随分と固い...しかしこれならどうかな」」

シュリョーンが地面を蹴り上げ高く飛ぶと、空中で回転し異形の背中に手のひらを当てる
そしてそのまま力を込めると、異形の背中にあたる部分に亜空間の黒い闇が浮かび上がる
すると、その亜空間の奥から亜空ウイングが勢い良く飛び出し異形を押しつぶすように飛び出してくる

猛烈な勢いでジェットを噴射し、地面についた異形の四本の足は折れたように崩れ
その巨大な体が地面に勢い良く激突し、ミリミリと各部が曲がりヒビが入る音が鳴り響く

『『アッギィギャァアァァァァァッッッ!!?』』

言葉にならない悲鳴のような声、男女の混声と言う意味ではシュリョーンと同じだが
その声は融合ではなく、まるでどちらも勝手にし喋っているような
単語や一個の文字ごとで声が変わる奇妙な不協和音

更にその声に合わせるように遠くに無数の声も重なっており、
まるで大人数が同時に様々な声を出しそれを繋ぎあわせているように聞こえる

「「さぁ次で最後だ、少し痛いが覚悟しろっ...っ!?」」

亜空ウイングから、離れ着地したシュリョーンが異形へ攻撃を仕掛けようとした瞬間
背後から高速回転する円盤状の物体が飛んでくる
気配を察知し何とか回避こそしたものの、背中を霞めた後には切れたようなダメージが残っている

『シュリョーン...シュリョーンを倒す、俺達が正義になる』

円盤の飛んできた先を見ると、そこには先程逃げたはずのタカヒコが立っている
明らかに様子がおかしい、攻撃をされてもおかしくはないのは確かだが
何も言わず、ただ棒立ちの状態...まるで生命的な物が感じられない
これが老人の言う「暴走」なのか、救う手立ては残されていないのか

「「しまった...遅かったか」」

何も言わずタカヒコが猛然とシュリョーン目掛け駆けてくる
そして怪物もまた亜空ウイングをはねのけ、その標的をシュリョーンへ向ける

怪物の羽に植え込まれた鋭い刃、そそてタカヒコの左腕の鎌が構えられ
双方向から迫る、絶体絶命の状況、もはや彼等を”殺さずに”倒すことは不可能なのだろうか
残された最後の手段は、イツワ、そしてアキに託した洗脳解除の方法だけだが...

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桃源が異形との戦闘を開始した頃
イツワと娯楽が向かった礎邸では巨大なアンテナ型の兵器が搬送されようとしていた

「で、本当にあの黒い結晶が人と同じ成分で出来た金属だと?」

邸宅の庭に設置されたアンテナ型の機械のスイッチを入れながら娯楽が問う
その先には珍しく普通の服装のアキが立ち、その横にイツワがぴったりと張り付いている

「あぁそうだ、構成物は同じだがそれを極端に進化させたような形跡がある
正直、地球や亜空間の資料でも何が要因かは解らなかったが...この子のおかげで何とかなった」

アキがイツワの首根っこを引っ張るように前にグイッと押出すと
何やら不思議そうな表情でイツワがアキの方を見つめる

するとアキがニヤリと微笑み、頭をぐいぐいと撫でると言うよりは押し付けるように擦る
この未知の塊とも言うべき少女をアキは大変気に入ったようである

「お姫様...なるほど、その機械皮膚と同じ性質というわけか、ではヒーポクリシー人も..?」

「奴等も元は地球人と同じような姿だった...という事だろうな」

会話が途切れると同時に、アンテナ型の兵器がエンジン音と共に起動する
一見設置型に見えるが自走式の自立機動マシンになっている
そのサイズたるや変身し2メートル近い身長になっている亜空戦士よりも更に大きく
若干扱いにくいが、今回の件では最重要な鍵となる兵器なのだ

「で、アキに娯楽よ。これはどのように使い、結果として何が起きるのじゃ?」

「うむ、当然興味があるか。どうもこの金属骨はお前の体のとは違って音を伝達するための血管のようなものがある
それも特に叫び声のような高い音域を伝達するらしい、
それを体内の装置で増幅し体中に送り込み洗脳し暴走するわけ..でだ」

アキが回収した黒い結晶を軽く放り投げると、アンテナが角度を変え結晶を捕捉し
それ目掛けて中央のレーザー装置が何かを放ったように見える...が目視できない

レーザーから出た目に見えないエネルギー波により黒い結晶はフワフワ途中に浮き
微かにレーザーの影響で振動しているように見える

「このレーザーはその洗脳に使われる音を中和し、さらに振動波で伝達の基点となる音波増幅装置を破壊する
一時的な解決にしかならないが、これで時間を稼ぐことができると言う訳だ」

現状でできる最善の方法、体内の暴走装置を破壊する事は可能である
しかし子供達は既に改造済みである以上、根本の解決策はないのかもしれない
だが、現状で暴走の可能性を破壊する事が出来れば、その間に何らかの解決策を考える時間が出来る

...と、その光景を見るイツワがふと思い出したかのように結晶を見て声を上げる

「そういえば桃源は大丈夫なのかの?あやつ一人で依頼主のもとへ向かったようじゃが...」

イツワが二人に質問すると、ほぼ同時に「ああっ」と思い出したように顔を見合わせる
そんなに急がなくても死にはしないだろうという安心感
...ではなく、純粋に忘れられていたと見るべきだろう、探究心は時に人を夢中にさせるのだ

「問題ございませんよお姫様...亜空間は便利でね」

そう言うと娯楽はメイナーに変身し機材入れの中から巨大な銃のようなものを取り出すと
目前の空間を大きく四角に切り裂く、すると何も無かった場所がバリバリと割れ
そこに亜空間が出現する、一体型では無いメイナーでは亜空間の壁を大きくは破壊出来ない
が、道具を使えばそれも可能になる、そして亜空間が開けば目的地に近い地点までレーザー装置は容易に運搬できる

「いやまぁ、本当に便利だな...じゃあ行ってこいメイナーと..あと新しい部下のイツワちゃん」

アキが二人にグッと手を握り声援を送るが、どうも違和感がある
それは彼女自信も解っているようで、何かぎこちない
その照れ隠しかそっけない感じだが、これが彼女なりの精一杯である

「じゃあ、悪者助けに行きましょうかお姫様。さぁお手をどうぞ」

「おおっすまないのぉ...しかし娯楽は何故私にそんな言葉遣いなのじゃ?」

亜空間へ入る目前、イツワがふと疑問に思ったことをメイナーに問いかける
そしてその答えは意外にも後ろのアキから伝えられる

「何故ってそれは、イツワちゃんのことが大のお気に入りだからだろ、仲良くしてやってくれい」

その言葉の意味も理解しないまま、手を光れ亜空間の闇に消えるイツワ
そしてその後を追わせるようにアキが亜空間に向けてレーザーを押し込むと
すべてを飲み込み、亜空の扉がガラスのように割れて消える

「...なるほどなぁ、ああいうのが好みなのか。まぁ奴の世界にそういう感情があるか解からんけど」

誰にとも言えない言葉をつぶやくと
アキは軽く伸びをして、結果を気にすることもなく部屋へと戻っていく
彼女にとって彼等に失敗はない...よほどの驚異が現れない限りは
そして現状ではその気配はなく、またひと眠りする準備に入るのである

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青い空、、何処までも広がるその空に
まるで絵の具をぶちまけたように様々な黒い点が広がる
電線、建物、崩れた瓦礫、まるで小さな世界を覆い尽くすように群がっている

彼等にとっての幸せの国は、その中で生まれた可能性が飛び立てない
飛び立つ先の青い空が自分たちの文化でとても狭く閉ざされていた

『消えろ悪の戦士、お前なんかぁぁぁぁ!!』

激昂と共に、人型の異形の腕から円形の物体が高速で飛び
その目前にいる黒と金色の戦士に猛烈な勢いでぶつからんと跳ねる
が、それを手に持った刀で軽く跳ね返すと、何処からか薄緑に透けるナイフを取り出し投げつけ応戦する

さらにその背後を形容し難い巨大な異形が存在し、それもまた戦士を狙う
背中から突き出た2本の羽のような物が、まるで狙いも定めず乱暴に上下左右に振るわれ
激しい風が起きて周囲の物を吹き飛ばす

一進一退、2対1の構成であるがその差は無いに等しい
どちらかと言えばシュリョーンが相手に遠慮しながら戦っているようにも見える

「「タカヒコ!正気に戻れ!!...なんて言葉、通じるはずも無いかっ!!」」

人型の異形、タカヒコと呼ばれたそれはもはや自分の意思を持たず
目前の戦士、シュリョーンを倒す自信を省みぬ兵器と化している
これが彼等の義父である老人の言う「暴走」なのだとすれば、
それは余りにも身勝手で、非道極まりない...異星人に対し道義を問うのも間違いかもしれないが

『『ヨナリナニブチイチタクボ、トサッサ!!』』

もう一つの異形、怪物がぶつかり合うシュリョーンとタカヒコの間に割って入ると
一瞬不意をつかれたシュリョーンが空中て体制を崩す

「「何!?...しまったっ!?」」

その瞬間を待っていたかのようにタカヒコが怪物の背後より飛び出し
軽く浮かび上がったシュリョーンにあわせるように飛び上がり
その腕の巨大な鎌を容赦なくシュリョーンに振り下ろす

『隙だらけだ、このまま死ねぇぇ!』

炸裂音が激しく崩れ落ちる瓦礫の音に混じって鳴り響く
一瞬の隙をついてタカヒコがシュリョーンに猛烈な一撃を加えると
防御する暇もなく猛烈な勢いで建物へ直撃し、壁が崩れ落ちる

『...やったか?』

僅かな静寂、パラパラと崩れ落ちる壁
シュリョーンが突き破った建物、それは先程までいたサナエやタカヒコの家であった

中には突然の出来事と、先程から聞こえる異様な雄叫びに反応し激しい頭痛を教われ
何とか立ち上がったサナエの姿があった

「えっ、何...痛っ!...なんでタカヒコが桃源を攻撃して...えっ?嘘?なんで?
なんで...アサコとシンヤ!?うぐっ..痛っ..もう解んないよ」

激しい頭痛に耐えながら、サナエが壁の向こうに見たもの
それは自分たちより遥か以前に暴走を押えきれずに融合し異形と化した
自分の血の繋がらない弟と妹だったモノ

それがタカヒコと一緒に自分たちを助けてくれる存在を殺そうとしている
吹き飛んだ壁の残骸の中には動かないシュリョーンの姿
サナエの顔が見る見るうちに青ざめて行く、もはや希望はない、これまでか...と

『どけ...そいつを殺せば俺達は正義の味方になれるんだ、皆に認めてもらえる』

ゆっくりと歩いてくるタカヒコ...のような何か、黒いバケモノ
これは違う、私の好きな兄弟ではない、違う

痛みと無数の映像、考えと、もう思考を止めたい気持ちが入り交じる
痛い、怖い、でも耐えなくては、彼は無関係な存在なのに私達を助けてくれると言ったのだ
私自身も戦わなければ、たとえ死んだとしても...皆が救われるなら、守らなくては

「嫌だ!アンタなんかタカヒコじゃない...此の人にはさわらせない!私の兄妹を返せ..バケモノ!」

怒りの感情が声になって目前の怪物に突き刺さる
今の自分の言葉は変貌した兄妹を最早人でないと認める言葉
自分でいった言葉にサナエは怒りと共に悲しみ覚え、涙が止まらなくなっている

『お前だって同じだろう、同じ体がその中には入ってるんだ一緒に行こう、な?』

声は同じ、だがその声色は感情が感じられない冷たい声
奴が喋れば喋るほど、タカヒコが殺されている、そう感じられる

サナエは拳をきつく握り、倒れたシュリョーンの前に手を広げ立ち塞がると
きつい表情で迫る異形を睨みつけ、一歩も退かない姿勢を見せる

「違う、私は...私達は人間だ、体が少し違うだけの人間...バケモノじゃない!!
タカヒコだってそうだったんだ、誰がこんな事した!?こんな事...こんなのないよ..」

温かな笑顔をみせていたその顔は涙で崩れ、ボロボロと雫が落ち
強く握りすぎた拳から血が滲んでいる、自分たちに課せられた望まない運命が
変貌した兄弟達が、倒れた希望が、彼女の精神を蝕んでいくように見えた

そして、彼女に迫った怪物、兄妹だったモノが
彼女の目前に高速回転するローラーを近づけ、大きく振り上げる
こんな物が当たれば、彼女は一瞬にして死に至るだろう

『そうか、じゃあお前も死ね』

単調な言葉、落ちて来る腕
怖い、誰か助け欲しい...こんなの夢であって欲しい
思い出したい記憶なんて無いから、最近の出来事が思い浮かんで走馬灯にように見える
これが死ぬ瞬間、嫌な気分だ

「「サナエ...よく頑張ったな、もう大丈夫だ」」

サナエが瞳を閉じた瞬間、その肩に手がポンとおかれると
目前の異形が一瞬で真っ二つに切り裂かれる
サナエの叫びに目を覚ましたシュリョーンが、間一髪サナエを救ったのだ

『アッ...ガッ..!?俺は...サナエを...あぁ...戻れた、止めてくれて..ありがとうな、便利屋さん...』

その命が尽きる瞬間、意志が洗脳を上回り一瞬だけタカヒコに自我が戻る
...最後の力で言い放たれた言葉は目前の戦士への礼と自信の後悔の念
それだけを呟くように吐き出すと、その体は崩れ落ち、タカヒコを黒い骨の塊へと変貌させる

「何!?..ショリョ...ン?そうか...生きてた...でも、手遅れだったみたい」

目前で起きた事実が、兄妹ではないと、最早異形の怪物だと解っていても
目前で吹き飛んだタカヒコが、最後の言葉を放ち崩れた姿を見てサナエの中にあった最後の線が切れて落ちる

それは意識という線がプツッと途切れたように、サナエが崩れ落ちるのをシュリョーンが支えるが
既にその体は段々と色濃く異形のシルエットに変貌し始めている

『...最後に、救ってくれてありがとう。でも私も時間切れみたい』

「「サナエ..しっかりしろっ!せめて、君だけでも...もう少しなんだ」」

シュリョーンの手の中にいるのはタカヒコが変貌した異形によく似た黒い異形
既に自我を失い暴れようとするが、それを抑え動きを封じる為に自分で自分の足を砕き
最後の力を振り絞ってシュリョーンに叫びかける

『さぁ私達を倒してシュリョーン!この地獄から開放して!!
約束でしょ!私たちは手遅れでも他の子達はまだ大丈夫なはず、急いで!!』

変貌した声は最早あの元気な声ではなく、何かこびり付く様な異形の声へと変わっている
激しく痛む洗脳から来る頭痛を何とか抑え、肥大した腕で姿勢を立て直すと
遙か前方に見える巨大な異形を指さし、何か意味すらも持たない叫びが発せられる

彼女が選んだ結果...それは異形となり兄弟と共に死ぬ事
そして、それを成す事こそ彼女からの命を賭けたシュリョーンへの依頼である

「「...その願い...確かに叶えよう、ここで待っていろ」」

残された最後の存在、目前にいるのは彼女達の幼い弟と妹だったもの
何やら楽しそうに、崩れ落ちたタカヒコの残骸と、足を砕き動けないサナエを見ている

『タッナニロゴベタガノモエノゴイサ!タッナニロゴベタ!』

一部始終をまるで待ち構えていたかのように、彼等の元へと駆けてくる
その姿には最早人間らしさのかけらも感じられない

今、彼女たちにしてやれる最後の事、それは此の二人を開放すること
そして残された子供達を洗脳から開放すること

「「悪道我八・亜空散乱」」

シュリョーンが猛スピードで向かってくる異形に向けアクドウマルを構えると
亜空間が幾つもの扉を開き、巨大な異形を取り囲む

何が起きたのか状況が分からない異形に
各扉から無数の刃が出現し、突き刺さり、一瞬にして全身がバラバラに砕かれる

『『...っ!!!?』』

声にならない悲鳴、硝子を爪で引き裂いたような嫌な超音波が周囲に木霊し
亜空間に残骸が飲み込まれる...2つの影ともう一つエイリアンのような影が見えたかと思うと
まるで這いずり出るかのように隙間をぬって道を探すが現れた刃に貫かれ絶命する

無数の刃が亜空間から異形を切り裂き、その姿を消すと
残された空間の跡に小さな子供が二人倒れている

「「子供...この子がアサコとシンヤ...そうか取り込まれはしたが変貌はしていなかったのか」」

巨大な異形は確かに此の二人の感応により生まれてはいたが
彼等が変貌したものではなく、そのエネルギーに飲まれたエイリアンが暴走し暴れていた
...と言う事らしい、廃材や他の異形を取り込んで肥大化し、無数の意志が集合した結果
己の体のパーツを求める巨大な怪物へと変貌していたのだ

穏やかに眠る二人の幼い子供、彼等に怪我はない
しかし、残された二人の子供を愛した兄と姉は既に人の姿を失い、その生命も最早消えようとしている

「「サナエ、君達の弟と妹は無事に救い出した」」

『...本当?良かった...痛ッ』

既にその限界を超えたサナエをシュリョーンが抱え上げると
先程まで赤く輝いていた目が青く優しい光を放っている
タカヒコが死の間際に見せた状態と同じ、最早洗脳の必要がなくなった、限界が来ている証

既に目が見えず、腕も片腕は崩れ落ち、微かに動いた体に人間だった面影はない

「「サナエもタカヒコも...君達は、愛する者を守る戦士だった
そして、君達は弟と妹を救った...何よりも強い兄と姉だった」」

『ありがとう..願い...叶えてくれて、ありがとう...でも、さよ..なら』

振り絞るように、最後の言葉を呟くと、サナエの目から光が消え
肥大した腕が力なく崩れ落ち、サナエもまたその生命を終える

「「礼を言うのは私の方だ...君達のおかげで覚悟が決まった、容赦を捨てることが出来た」」

シュリョーンがサナエを抱えたその腕で未だ目覚めぬアサコとシンヤを抱え上げると
彼等の家へ運び、無事なままのベットに寝かせる。
そしてそこにタカヒコの残された黒い異形化した体を寝かせると再び外へと足を進める。

「「これ以上、彼等のような子供達を生み出すわけには行かない」」

先程の怪物の叫びに応えるように、体を操られ
周囲には隠れるように子供達がシュリョーンを囲むように集まっている
暴走し襲いかかるのも目前といった風な子供達に、構えを見せるシュリョーンであったが

次の瞬間、その周囲をなにか生暖かいフィールドのような物が覆い隠す感覚を覚える
そのエネルギーが来る方向に目をやると、メイナーとイツワの姿が見えた

「すまない、予想以上に時間がかかってしまったようだな」

メイナーとイツワが巨大なレーザー装置を押しながらシュリョーンの元へと辿り着くと
周囲に貼られたフィールドが集まった子供達一人一人に照準を合わせ
洗脳支持装置がある箇所に振動波を掃射する

「これで暴走の症状は無くなる...ってシュリョーンよ何処へ行くのじゃ」

イツワの説明を聞くやいなや、シュリョーンはサナエの家へと駆け込む
既に振動波によって暴走装置が破壊されたアサコとシンヤが眠っている

「「サナエ...タカヒコ...もう少し早ければ君達も間に合っていたのか...」」

シュリョーンが強く拳を握る、異形の姿のまま二人の兄弟を守るように
タカヒコとサナエの体は横たわっている、無機質な表情が少し安らかな風に見えたが
シュリョーンはその時の無常さに、ヒーポクリシー非道極まりない行いに
そして何より彼等を救えなかった自分自身に怒りを覚える

「「せめて、安らかに眠ってくれ...ん..あれは!?」」

光を遮るように影が迫るのを感じシュリョーンが空を見上げると、驚愕の声をあげる
屋根が崩れ落ち、それが見える程に倒壊したサナエの家の上空に
突如ヒーポクリシーの円盤が姿を見せたではないか

そして、その姿を確認する暇もなく円盤が光を放つと
タカヒコとサナエの体、そしてサナエが持っていたエネルギー結晶を円盤が吸い上げて行く

微かに降下してくる円盤、その怪しく蠢く姿は機械のような生物のような
禍々しい姿から、一筋の光が指し、人の形を映し出す

「お初にお目にかかる、シュリョーン君。私はドクゼン。この軍団を率いるものだ、以後宜しく。
...しかし驚いた、人間でここまで私達に逆らう者がいるとは」

円盤から突如立体映像が映し出される、ホログラム映像だろうか姿はあるが半透明でそこに実体はない
一見人間の姿に見えるが、明らかに巨体であり、軍服のような物を着ている
そして...顔だけが機械の塊で形成されている、それに脳味噌が露出しているようにも見える

「「貴様はっ...タカヒコとサナエの体をどうするつもりだ」」

タカヒコとサナエの体が円盤に飲み込まれ消える
既に永遠の眠りについた彼等を一体どうしようと言うのか、シュリョーンが問いかける

それと同時に、後方で待機していた亜空ウイングが起動し、シュリョーンの目前に飛び
それに合わせシュリョーンが飛び乗ると、そのまま円盤に向け猛スピードで浮上する

「ずいぶんと短気だ、だがもう手遅れだ...彼等を持ち帰る理由、それはだね...
実験材料だよ、しかも上質な素材だ。あの洗脳で最後は自我を取り戻したのだ...素晴らしい
だから絶対に必要なのだよ、邪魔な雑魚は大人しく地面に這い蹲っていてくれるか」

ドクゼンと呼ばれたエイリアンの立体映像が亜空ウイングで飛ぶシュリョーンを指差すと
瞬く間に船体に設置された幾つものレーザーが火を噴く

その威力は明らかに今までのエイリアンの円盤より強力、そして数が多い。
何とかその猛攻をくぐり抜けるも、船体に近づくことが出来ず何度も旋回を繰り返す
その姿を見て、ドクゼンは軽く笑ったように肩を揺らしている

「人間は面白い、あのような死体をまだ大事にするのか...お前達には重要度も低いだろうに。
しかしこれでは奴が邪魔で帰れんな...ハーフヒューマンよ、行け」

声を受け、円盤の上部が開くと、中からタカヒコ達とよく似た、しかし明らかに違う
言うならば明らかに大人の姿、そして各部が装甲に覆われた異形が出現する

その背中に装備した巨大な武装、そして骨のような刃
全身がトゲトゲしく変貌したそれは、シュリョーンを確認するとまるで消えたかのようなスピードで飛び上がり
瞬時にシュリョーンの目前に出現しその刃を大きく振るい、亜空ウイングごと叩き落す

「「ぐっ...速い!?くそっ...タカヒコ!サナエ!」」

墜落する亜空ウイングを蹴り、何とか姿勢を立て直したシュリョーンだが
その目前には既に異形が迫り、刃を振るいシュリョーンの足を止める
その力こそ強くはないが、それを補って余りあるスピードに空中では手も足も出せない

その間にドクゼンのホログラムは姿を消し、円盤が高速で移動し飛び去ってゆく
残された新たな骨の異形はその姿を見送ると攻撃を止め
着地したシュリョーンの前に姿を見せ、足を止める

『...例を言うぞシュリョーン、残された子供達をよく救ってくれた』

目前の異形から出た言葉は意外な物であった
そしてその声は、姿こそ異形だが確かに依頼をしてきた「老人」の声である

彼もまた改造されているとは解っていたが
何故ドクゼンの船に、しかもタカヒコとサナエの眠りを妨げるような真似をするのか
状況がつかめないシュリョーンが、言葉を選びながら、刃を構える

「「どういう事だ、やはり貴様が仕組んだ罠だったのか!?」」

最初から信用出来る存在では無かったのは確かだが
自分たちの息子達すらも彼等には道具だったのか...だがそれなら何故礼を言う
すべてが繋がらないようにに見える、その姿すら老人だった人間の姿とは似ても似つかない

『聞け!罠ではない...タカヒコとサナエは既に手遅れだったのだ、だが彼等はまだ救う方法がある
今の形では生きられないが、宇宙人達の元で作り上げた体があれば生きることが出来るのだ
信じられぬのならば、抵抗はしない...今私を切り捨ててくれれば良い、だが良く考えて欲しい』

異形と化した老人が武器を降ろすと、抵抗しない意思を示すかのように手を広げる

既に死んでいるはずのサナエとタカヒコが生きられる
老人が言う言葉は既に理解するという次元を超えている
だが、体が変化すれば元には戻らず暴走する以上、手遅れであったと言うのは事実だろう

「「その為にあえてエイリアンの元に下ったと...それを信じろというのか」」

彼等が生きられるのならば、これほど嬉しいことはない。
だが、それが嘘だとすれば、死してなおタカヒコとサナエは蹂躙されるのであろうか

しかし、その体は既に持ち去られている
どちらにせよ奴らの元にその体を取り戻しに行かねばならないのは事実
ここで老人を切る...それよりは僅かな希望に掛けるべきなのだろうか

「「どちらにしろ2人の体を取り戻さねばならない、彼等が運ばれた場所を教えてもらおうか」」

シュリョーンが刃を仕舞い、老人の目前まで足を進めると
変貌した老人が手の中からメモリスティックを取り出しシュリョーンに手渡す

『この中に研究資料と施設の場所を示したデータが入っている。3日だ、3日後には完成する
奴らの手に渡る前に君達が保護して2人を救ってくれ』

差し出された手を骨のような手が握り締める
微かに震えたその手から感じられたものは悲しみ、それだけは嘘ではないと確信できた。

そして老人は手を離すとその刹那姿を消す
異様なまでのスピード、彼自身も暴走の恐怖に怯えながら生きているのだろうか
体が変貌したということは時間が無い証拠...残された時間はあと3日

「「取り戻す...あの二人の平穏を必ず取り戻す」」

崩れ落ちた彼等の楽園に暖かな日差しが降り注ぐ
暴走装置を外された子供達の検査が終わったのか、賑やかな声が木霊する。

だが、平和が戻った広場には、笑いあう兄弟の姿はいない
彼等の安らかな眠り、笑顔を取り戻すまで...この戦いは終わらない。

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-第7話「半人間(半人間編・前編)」 ・終、次回、後編へ続く。
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