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羅亜堕 天落編:1 [天落]


光、薄く暗い雲の向こうに隠れ
刺す様でいて、あまりにも命その者を刺激する
言うならば力の根源たる輝き、それが今は遠く弱い

淀んだ空気、諦めにも似た感情の渦
溢れる木々が世界を遮り、激しい風が意識を遠ざける
高低差の激しい地形は一見すると美しいこの星本来の環境
しかし、そこに生きる命にとっては試練として立ちはだかる驚異

その僅かな谷間に、まるで取り残された様に
人々の世界、彼等の住む領域が存在する

全てを知る者は禍とそれを呼ぶ
だが、視界から得られる理解では把握に至らない。

あまりに異質な平穏、世界は鮮やかに見える
激しい環境に屈しない、美しい輝き
驚異すらも楽しみ乗り越える精神性
閉鎖された世界の中で形成された強固なる魂

魅力的な、それはあまりに輝いた「何か」
ごく普通の人間が、そこで生まれ生命を循環し
引き継がれた過去を輪廻の中で未来へと昇華する

触れてはならない聖域、輝ける者達の住む場所
語り噂されるその世界を目指し生命は禍に挑む
そして知るのだ、その輝かしい「何か」の答えを

『あぁ、あまりにも鮮やかに眩い貴方』

眩い輝きは世界を見る筈の眼を焼き
正しい筈の理解を歪ませ、新たな眼を与える
貴方は輝かしい、そして私もまたその一つ

禍の中心に輝かしい光一つ
それはそれは触れ得ざる地上に存在する未来
何を求めて引き起こされるのか、輝きが命を呼び
その輝きは本来起こり得ない遙か先への道程を示す

己という形、そして世界に宿る輝きを理解し
影すら消失する光の中に唯一立つ影
お前が、ただ一人その領域を、そこに待つ存在を看る。

---

駆ける。
ただ迫り来る意識の矢を掻い潜り地を駆け抜ける。

乾いた風、視線の先にはこれまで僅かにあった人工物は既に無く
無限とも思える自然環境が作り出した迷宮が広がる

背後の影の数は二つ、常に距離を取りながら動き続けている
目的があるのか、ただこの密林に潜むさもしい異形か

其れ等にとってこの体は久しい食料かもしれない
それとも動く玩具の様な認識かもしれない

思考など無いと言い放つ規則性のない動き
呻きの様な声だけが上下左右跳ね、二つが自在に周囲を巡る

駆ける景色、此処が何処かは自分でも知らない
漠然と、これは窮地だろうかと問が浮かぶ
自分の思考ではない、後頭部に絡みつく様な違和感が聞いている

意識が問い掛ける、体を流れる血液の様に体を巡る
自分の中のもう一つの真っ黒な何かがいつも語りかけてくる
この体に居るのだから、此処までの動きも見ていただろうに

「もう飽きたのか?」

二つの影を始末するのは造作無い、だが四肢がそれを拒んでいた。
まるで道案内をさせている、そんな風に地を蹴り方向を変え
勝手に行く先を決めていた手足がいつの間にか主導権を此方に委ねている

同時に追る音、それに合わせ速度を上げる
...が、仕掛けてくる気配はない
その動きと呻きを聞くに明確な意識もない

相手の実態が掴めたのだろう、意識の薄い異形だと
そんなただの野獣の様な何かに付き合うのも飽きたのだ

『収穫がないもの』

後頭部から張り詰めた薄い膜から響く...そんな声が聞こえる
体を支えるスーツのインターフェースがそれを文字情報で表示し
その声が本当に存在するのだと少し安心すらもする

刹那、規則的だった異形の足並みは加速度を増す
瞬く間に距離を詰め、遙か先へ姿を見せぬまま異形が駆け抜け
軽快な跳躍音が響くと共に交差するように木々の影からその姿が飛び行出る

『実験体かしら、虫みたいな...怪物?』

白々しく声は言う、それを無視する訳ではないが
今正に体めがけ飛び込んでくる異形に対し姿勢を整える
右の足首を左の足首の後ろに擦り寄せ
左腕を胸の前に掲げ、思い出したかの様に息を吸い込む

その間にも異形は上下に口を醜く開き
悲鳴と液を撒き散らしながら距離を詰め
獲物に喰らいつかんと殊更大きく顎開いた

己が獲物である最後の瞬間、形成は逆転する。
全身を構成する筋が伸び跳ね握り込まれた漆黒が目掛けた先へ飛ぶ
周囲を微かな冷たさが抜け、鮮やかに弧を描いた腕が、体が
まるで目覚める様にパキと音を立てた

一旦の静寂、直後炸裂音だけが嫌によく響く
獲物だった筈の存在、その左右を抜け落ちた異形は
方や地面に衝突する様に崩れ、方や虚空に押し飛ばされ跳ね跳ぶ

理解も出来ぬまま衝撃に飲まれ声にならぬ悲鳴を上げ
異形の姿は既に形すらも保ってずそのシルエットは歪む

『何が良いか解らなかったから剣にした』

声は頭痛の様だ。ハッっと音を立て息を吐いた後、腕の漆黒を理解する
黒い靄に見えたそれは嫌に光り次第に物体の体を成す

抜き止まった瞬間それが刀の形であると頭が理解していたが
半円を描き上から下へ、振るい回した刃が鈍く光って初めて実感出来た。

更なる間、異形の身が震え、跳ね、崩れる
刃が切り裂いたその身に黒い痣が模様を描いてぼうっと浮かぶ
まるで呪印だ、それは異形を瞬く間に包むと爆裂し異形を消滅させる

流れる動き、そして意にも介さぬまままた歩き始める
白銀に光る無機質な仮面から残った靄が立ち上り
ほんの数秒前の激動をまるで幻とでも言う様に道を征く。

『道を、示すより走らせた方が楽だ』

彼にとって、それは無意識に近く
思考はこの旅の行く先、遥か巡礼の地へと向き続けていた。
この大地により存在する無数の生命の先、進化へ至るとは何か
声が言う、征くべき場所があると。

地球という星、我等が後に生まれるだった星
本当の意味でのかつての故郷であって
我等が生きたあの世界は二度と取り戻す事は出来ない

「無意識でいるこの間は、実際何より意識し考えている」

昔、青い光が言っていた、君なら全てを使いこなせると
無意識で居る時、何時も頭にあるのは鮮やかな青い光、炎。

「覚えていなければ、意味の無い事かもしれないが」

懐かしくも感じる湿度のある空気と熱を持つ高い光線
自らの物ではない四肢でもその気配を感じ生を実感する
だが同時に異様な声が囁きかけ、その実感を揺るがせ続ける

『意味がわからない』

興味のなさそうな声だった。
もうどれ位だろうか、体に宿る青い輝きが指し示し声が導く
目指す場所、漠然としたこの旅路。歩みだして暫くが経つ。

『この山を超えた先、目的地点』

先程とは違う穏やかだが淡々とした指示の声が脳内を巡る
スーツに内蔵されたシステムが視界に情報を表示し
常にその生命状態を数値化し見せつけてくる
「No.00-UN」「適合異形態」ちらつく表示にも慣れてしまった

大地を踏めしめる足、振るう腕その全てが己の物ではない
火の七日間と呼ばれる悲劇の中で焼き尽くされた体
それを再生したのは悲劇を起こした者達の力
そしてその身に宿るのもまた奴等と同じ怪物

液状化し意識すらも溶けた「アクロ」が体内を流れ
黒いそれは自身の手足を形成し、焼けた喉を支配し声を出す
もう自分の声が本当はどんな物だったか思い出せない

そしてそれを観察する意味で特注されたスーツは
常に生命データを送信し、見る世界を送信する
それが何処へ飛んでいるかは、完全に把握していない

「知った所で何が変わるか」

男性とも女性とも判断の付かない声が微かに漏れた
淀んだ色の視界は本来死んだ筈の体を巡る力を実感させ
疲れる事を忘れた体は魔が差せば精神を突く様に心を蝕む

ただ、ただ目指すべき道を進む、それだけが精神を研ぎ
体内に潜む幾つもの自分とは違う何かを従える術だった

『光が指し示す先、内面の闇が囁く先、偶然同じ禍』

無意識の先に声が聞こえた気がした、懐かしい様な声
思い出せない程遠くなった郷愁を煽る様な何か

ビッと音を立て風が抜け、雲すら近い頂から視線の先
遥か遠く神の存在する場所と呼ばれる谷が覗く
風に視線を誘導されたまま遙か先を見据える

『目標地点』

優しく無機質な声が見れば解る事実を伝える
そこに何があるのかは人間社会に存在するデータを集めても
宛ら都市伝説かと思わせる物しか存在しない

本当にあるのかも解らない世界
だが、体に宿る力の光そしてもう一つ宿る者
失った四肢を形成するもう一人の己が
その場所へ向かうべきだと、今も言う

「...」

広大な闇、遥か谷底
そこにあるのは希望なのか、それとも無か
答えはどうでもよく、ただ先が欲しい。本心はそれだけ

無数の黒い煙の様な何かが薄絹のようにまとわり付いて体に絡まる
刹那、地を蹴った脚は空を切りまるで重さを忘れた様に跳ねた
無数の黒い帯がまるで彼を次の世界へ落とす様に谷の先へ導く

『羅亜堕、私は好きよ貴方の名前。だってそうだもの』

堕ちて征く風の音、溺れる様な渦の中でまた声が囁いて
この瞬間、自分の名前を思い出した。
「ラアダ」それが、今の私の名前。

忘れていた事も忘れていた、己が何なのか。
暗闇に上下はなく、落ちていくが登っていくその感覚だけ
その感覚に身を委ねた頃全ては闇に飲まれる
この世界では微かでしかない体が渦を巻く舞台へ溶けてゆく。

---

輝ける人々、病や怪我そういった物が消失する奇跡の地
この場所は、歴史に記された桃源郷そのもの

選ばれし民はその生命を完全な形で全うする時まで健全
老いとの争いも遠く、隆盛の季節は長く続く完全な人間の形
理想の世界が此処にあり、彼等はこの場を秘とし外界とは交流もない

約束された完全、平穏。
しかし新たな命の誕生率は極めて低く
老化が遅いと言え、次第にその全体数は低下している。

「神様、私達は消えてしまうの?」

緑溢れる穏やかな丘
その頂点に石積みの祭壇が唯一、人々が願いを捧げる場
その場に、楽園の子が跪き祈りを捧げている

楽園の子は神に問う、表情は暗く不安気に重い
遠目には虚空に問い掛けるような姿
それは願いだろうか...否、その目前には小さな歪がある

遥か遠くに存在するかも解らない偶像の神ではない
彼女が問う神は直ぐ側に、目前に存在する

『それは私がさせないよ、安心していい』

眼前の蜃気楼とも言うべきか
空間が揺れ、その中心に小さな人の形が浮かぶ

ゆらと浮くそれは光に照らされ青緑の体を透かす
輝きを放つ体をまるで拘束するように機械的なパーツが浮かぶ
人間に近い様でいて明確に違う何か
それを少女は「神様」だと、愛おしそうに呼ぶ

「うん、信じてるよ神様!皆も伝えてって」

他愛のない話、平穏な閉鎖世界で起きた出来事を楽しげに話
それを一つ一つ興味深そうに聞く姿は
確かに自愛と慈悲に溢れた上位存在に見える

しかし、その姿は外の世界では畏怖の象徴
無機質な異形は幾つもの時代で地球という惑星を
そしてそこに生きる者、それを救うべく現れた存在に牙を剥いた
破滅の象徴「アクロ」その者である

鈍く光り、放つ気配は異様で光とも闇とも取れる
見る者が見ればそれは誑かす悪魔にも見える

幾つかの会話が続き、その評定も軽く穏やかになった頃
周囲は既に陽も落ちかけた暮へと至っていた
それでもなお、異形の神の周囲は穏やかに光り闇は遠い

『風が冷えてきた、今日はもう帰りなさい』

異形の神、その形容し難い長く伸びた腕から
光の玉が幾つか浮かび、少女を守り照らす
畏怖の象徴...それとはまた違う何か、そう見える

『皆に異常があれば、変化があれば直ぐに言うのだ、良いね』

まるで光が守護するように少女を守ると
異形は言葉と共に街明かりの方を指し行く様に示す

少女はその輝きを嬉しそうに眺めながら
神と呼んだ存在に深く頭を下げると何度も振り返りながら
大きく手を振りながら人々の世界へと帰ってゆく

変わらぬ世界、永遠の平和と繁栄の世界
そこに存在する異形の姿をした神と呼ばれる存在
沈み込む様な平穏に突き刺さる違和感は
我々の概念が生むものなのか、それとも...

神と呼ばれた存在は空を睨む
同じ世界、巡る毎日、永遠の繁栄
それが終わる時が来た...否、もう終わっている事は解っていた

『来てしまったか...本当に、無限の輪は途切れたんだね』

指...の様に見える異形の先がクルクルと円を描いて
遙か空に流れた星を見据えている
何故だろうか、その表情はまたしても豊かで悲しく見えた。