漆黒の先、虹色の光と無数の...星のような何か 私はこの世界を知っている、この世界は私の力。 そして君がいた世界、亜空...本当の名前はまだ知らない。 「何かが聴こえる...あぁそうだ、昔...葉子が歌ってた歌だ」 無となり亜空の彼方に消えた その姿は最早実体を持たぬ...筈だった 長い眠りの中で彼女の力となり、彼女を見守り続ける...そうなる筈であった だが、余りにも懐かしいその歌が耳に張り付いてその眠りを呼び覚ましている まるでその声は助けを求めるように、自分にだけ確かに聞こえている 「呼んでいるのか...俺を..シュリョーンを」 体がその存在を取り戻す感覚、無限から有限へと戻る感覚 それは再び戦いが始まる合図、そして私が亜空間の住人へと変わる瞬間 だが、その呼び声は正しい世界で待っている愛しい者からの声ではない 感覚が、そう伝えている...何かが違う、形容しがたい違和感を 立ち上がった足は、目前に広がる暗闇に覆い隠された世界を 次第にその目に移し始める、その先にあるのは無数の線で繋がれた世界図 何を意味するかは理解出来ないが、それから汲み取ることが出来る答えは一つ 「その世界からこの歌は聴こえているのか、救いを求める声が」 目を落とした手のひら、その姿は人間ではない異形を形取る その者の名は「シュリョーン」、かつて桃源矜持だった者 「幸い力は未だあるようだ、人...かは解らないが、何かを助けるのも悪くはないさ」 亜空間の闇の中、金十字が鈍く光る 赤紫に光る粒子がまるで彼に別れを告げるように崩れ、体から落ちると ゆっくりとシュリョーンは呼ぶ者がいる方へと歩み始める 彼の戦いが、また始まる。 そして、時を同じくして彼女の戦いもまた始まろうとしている。 今や二つの力となった運命は、再び一つに戻る為の新たな段階へと その足を踏み出した、一つになるには余りに厳しく遠い戦いの幕が開く。 --- 「...っ!?」 まだ空も暗い真冬の深夜 一人自室で本を読んだまま意識を失うように眠りについた葉子の耳に 不意に何かの音、歌のようなものが聴こえたような気がした どこからか聴こえたと言うには余りに鮮明で大きな音 しかし、それはどこから来たわけでもなく彼女の耳にだけ鳴り響いた音 「矜持...君?いや違う...歌、私の記憶にある歌と同じ...?」 聴こえたのは歌、余りに短かったが...記憶にある音色 幼い頃から誰に教えられたわけでもなく知っていた音、詩 何の疑問もなく口から溢れていた音が自分以外の者の声で聴こえた 「気のせい...?何も無いといいのだけど、何だか凄く嫌な感じがする」 外はまだ暗い、相変わらず平穏な静けさが感じられる 冬特有の澄んだ空気の中で街は完全に眠りに付いている 脅威が去った世界、未だに少数派未確認の宇宙人が残り 人間の中には狂気を孕んだものがいる、危ういバランスで成り立つ世界だが 少なくとも数カ月前よりは明らかに良くなった、今は世界は平穏だ 「どうも気になるな...アキさん起きてるかな」 葉子がベットから飛び起きると 隣の部屋に向かい駆け出す、ヒーポクリシー星人の事件以降 アキは葉子を守るという名目で週に何日かは再装填社 要は桃源宅で寝泊まりしている、今日は偶然にも隣の部屋で寝ているのだ 「...アキさ〜ん...おきてますかー」 半開きのままの扉を開けると 様子を探るように小さい声で葉子がアキの部屋の中へと入っていく 室内は暗いが、ベットに浅く座り、外をみているアキの姿があった 「おや、葉子どうした?こんな時間に何か用か?」 葉子に気がついたアキが彼女に声をかける 驚いた様子はないが、何か異質な気配を感じた風でもないようだ 「あっいえ、ちょっと変な感じがしたもので..アキさんも感じたかなぁと」 葉子の言葉にアキは状況が読めずにいたが より明確に亜空間と繋がり、言わば人間以上に進化した彼女が 何かを感じたのであれば、何らかの問題が起きたのであろうという事実だけは理解できる 「いや、私は何も感じなかったが...一体何を感じたのか聞かせてくれ」 先程聴こえた歌の事を話してみるが、どう説明すべきかがまとまらない 明らかに感じた違和感と、物心ついた頃から知っていた歌の関連性が見えない そしてなにより、漂う不安感が葉子の思考を混乱させる 「ん〜...何と言ったらいいのか、歌、昔から私だけが知っていた歌が知らない声で唐突に ..しかも私だけに聴こえたんです、怖い声でもなかったのに物凄く不安感のある声で」 葉子の言葉を受け、アキが思考を巡らせる 余りにワードが少なくまとめようがないのは確かだが、何かしら不可解であることは間違いない なにより葉子が目に見えて不安な顔をするというのは珍しい 「なるほど、歌...か。ここでは調べられないが明日、亜空間で何か動きがなかったか調べてみよう 今日はもう遅い、とりあえず休め...何なら一緒に寝るか?」 空気を和ませる意味も込めて軽い冗談を言ってみる 何、女同士だ問題はないだろう...多分 しかし、こんな時に、桃源がいればその心境を理解してやれるのだろうと思うと まだまだ理解しきれていないと、大首領としては悩ましく思うのである 「じゃあそうする、何だか一人じゃ寝れなそう...二人で寝るのって何だか懐かしいな」 ヒーポクリシーとの戦いから半年と少し、相変わらず桃源は戻らない 彼女にとってそれは辛い事であると同時に、極度の不安状態でもあるのだろう 今回の件もそれに関わっているのだとすればいいのだが 何かしらの異変が起きたとすれば、今の状態の彼女を戦わせるのは避けたい 「...何事もなければいいのだがな」 アキの微かな声は闇に消え 予感とともに夜は更けていく、平穏な明日を迎えるために。 --- 夜の闇の中、一つの影。 眠りの中にある立中市に何か異質なオーラを放ち 一点を目指し歩く影が、一歩、また一歩とその足を進める 暗い闇の中では解らない 微かに見えるそのシルエットは形こそ人間だが どこか細すぎるようにも見える、「明らかに異質」そんな風だ。 「力の匂いがした、いい匂いだった...何処にあるんだ、あの匂いの元は」 金属が重なりあい軋みを上げる それは本来人間からは聴こえるはずもない音 加えて歯車が回るような音もする 「もうエネルギーはもう無い、急いで帰らねば..ならっ...ないな...」 その影から放たれる軽快な足音は少し進んだ当たりから 次第に全名が切れたロボットのように力を弱め 次第にその音も、動きも小さく、そしてそのまま止まってしまう 「...やはり持たない..のか...どうすれば...」 まるで彫刻家のように動きを止めた”何か” 再装填社も程近い商店街の広場の真ん中に それは最初からあったかのように佇んでいる だが、そこから放たれる圧倒されるほどの嫌なオーラ そしてその物が生命でありながらもどこか機械であり 生と鋼の入り交じった特有の恐怖感を与える姿をしていることで その場には何ともいえない空気と、息の詰まる時間が流れていた 一瞬の静寂、止まった機械のように動かぬ体から呼吸の音が漏れる 弱々しく、今にも消え入りそうなその呼吸、そしてそれに重なるようにギアの回転音が重なる 生命と機械、二つの異なる音階がまるで何かの曲のように、その場に流れる。 突き抜けるような音、それは呼吸と言うにはあまりにはっきりとした音 『..ッ?何だろう..何か聴こえる』 突如聴こえた音、シュリョーンとの約束を守り 人の影となり街を守り続けているアンチヴィランが鳴り響いた音を感じ取る 人間とは明らかに違う姿を持つ彼は、普段は深夜に主に活動しており 街の周辺に異変がないか、新たな脅威の影はないか 誰も知らぬ街を守る正義の味方として今も戦い続けていた 『広場の方かな...また若さ故の何とやらで不良が暴れてるんだろうけど』 マシン形態のまま走っていた国道から横にそれ そのまま商店街の中へとアンチヴィランが駆け抜けてゆく 商店街のゲートを抜け、数時間前に閉店しシャッターが閉じられた 昼間の喧騒は感じられない無駄に広く見える道を颯爽と走り抜ける 『この街は早寝早起きだ、時間がないし、大きな音を立ててもいけないね..的確に最速で終らせなきゃ』 口はないがため息を吐くようにアクションを見せると 更にスピードを上げる...とはいえ商店街のアーケード内である 人や動物にぶつかることが無いよう、慎重にそして出来る限り音は立てず、目標地点へと向かう 『あそこだね...でも何か起きてるような感じじゃないな..?』 目前に映る広場には何も変わった様子はない 既に止まった噴水、商店街特有の黄色っぽい光は深夜でも消されることはない おかげで当たりは見晴らしがいいが、先程の音のことを考えると 平穏すぎて何か違和感があり、若干の不安感が募る 『気のせいだったのかな...っと、でも確かに聴こえた...おや、あれは?』 アンチヴィランが人型へと姿を変えると、そのまま辺りを見回す そこまで広いわけではないが、商店街の通りよりは広く採られたそのスペースに 明らかに異質な何か、一瞬置物に見える人影があった 『生命反応あり...人、なんだね』 アンチヴィランの目、多数のウィンドウが表示されている 高度センサーがその目標が何もであるかを分析し、その結果を表示している アンチヴィランが瞬時に、”それ”が人であると判断できたのもその為である 目前の何か、人のような物には生命反応があるのだ アンチヴィランはその目前の人影に向かうと 肩に手を置き、振り返らせるように自信の方へと向き返させる ローブを羽織ったようなその姿は妙に細く小さい気がした 「...あっ..なっ..何..者?」 振り返ったその顔は何か仮面のような鎧のような何かに覆われた顔 そして手足は機械が無理矢理繋がれたような奇怪な姿の女性であった 「女性である」という判断も胸があること、そして声から判断しているだけだが 最早性別など考える意味すら無いほどにその姿は異様である 『その体!?誰かにやられたの!?...大丈夫?喋れる?』 力なくアンチヴィランにもたれ掛かった女性 その体をセンサーがスキャンし、アンチヴィランに「体以外は機械である」事実を告げる 女性はと言えば口を何度開きはするが言葉を発生できずに動くことも出来ずにいる 最早アンチヴィランだけの力ではどうすることも出来ない状態である上に 謎ばかりが積り、シンプルだが混沌とした何かがアンチヴィランを支配する 『シュリョーンならこんな時どうするだろう...私じゃ、解らない』 力で相手を制圧し状況を沈めることは容易だ しかし、こんな不可思議な状況に対応するには経験不足 今までも何度も精神的な戦いを動かしきれず、結局は力で解決してしまった 今、この手の中で力なく震える女性もまた 何が起きているのか、どうすれば最善の方法で助けられるのか、その答えが導き出せない 「あっ...んっ..」 そんな思考の合間も、女性は何か声をだそうと必死に動き訴えかけている 急がねばならない、考えている時間など無いのだ 出来ないならば、出来るようにする可能性を作るしか無い 頼ることもまた、救うことにつながる大事な手段だ アンチヴィランがどうしようも出来ない自分の弱さを感じながらも 首を振り、女性を静かに抱き上げると、歩き始める 『今の私に出来ることをしよう、葉子やアキなら彼女のことが解るかも知れない』 女性に衝撃を与えぬよう、しっかりと腕を固定し アンチヴィランが走る、その足は夜の闇から朝へと変わりつつある街並みを抜け その外れにある「再装填社」へと向かう 『一体この人に何があったのだろう、何かの前触れでなければいいのだけど』 自身の力不足から生まれた不安感 漠然としてそれは、未来で起きる新たな事件を予期していたのかも知れない この謎の存在が新たな事件を巻き起こすとは、この時はまだ誰も知らないのだから --- ⇒後半へ |
||
Re:Top/NEXT | ||