それは良いものか?そう問われれば良くはない。
万能が欠落していくのだ、最早それは何の力も生み出さない、単なる個でしかない。

恐れの中、逃げようと意識は走るが体は動かない。そんな中で唯一動く瞳が辺りを見回す。
相変わらず何も無い、白い世界がそこに...広がるはずだった
しかし、逃げるように見た無の世界は既に知らない色に蝕まれ色が付いている

その色を認識して体はまた変化していく、胸がざわつく
これは何だ、漠然とあるこの付き纏い続ける重みは何だ、思考が叫ぶ。

知らない「何か」がが多すぎた、目隠しを外すことなく居続けてしまった。
段々とその存在が理解してゆく、これが人間の通常のバランスである事。

こんな不安定な物を生み出し、完璧だと、だからこそ何も与えずとも大丈夫だろうと
まるで飽き捨てるように、地上世界に放り出した事を。
強いからといって、無数の苦難を与えてより強くしようとした事実を。

...そして、己の為だけに歪な進化を起こそうとし、それを阻まれ死に直面している今の結末を。

それは後悔でも懺悔も許さない、当たり前にあるものとして降りかかり、飲み込んでいく。
その時初めて本当に理解するのだ、絶望を。

『理解したなら、もう十分だ』

声の後叫び響き、無をかき消してゆく。
無を蹴る足が、世界に無数の色を持つ道を作り上げる。
切り裂く刃が、その行く末を、叩き斬るべき相手を示してくれる。

迷いなんて物は最初から無かった。
戦いの中で理解できた...変神になる事でやっと理解できた
亜空の力は、借りる物ではなく作り出せる物だと。

そしてその生み出された力が何を成す為に存在するのか。
答えは簡単だ、眼の前の異形を叩き斬る為にある。

『お前の世界も何もかも、塗り替えてやる』

思うがままに操られる、光。あまりにも濃く色づいた悪光。
それは今までとは違う、変神が生み出す亜空の力
その力が、無の世界に広がり、その広がった力が変神に更に力を与える。

刃は巨大化し、融合は更に深く進み
一歩、また一歩と歩みを早める足の先から世界が染まり飲み込んでゆく。

無の世界を既に半分以上包み込んだ赤紫の光は
無数に折り重なり、深い黒色へと変わっている...それは、まるで亜空間と同じ深い黒。

鈍く、何よりも深く重なる光。それが亜空間の黒色の正体。
亜空とは、闇であり光。正反対であり常に同一
矛盾を抱え込んだ存在であるからこそ、目前の意識という存在ですら凌駕するのだ。

「亜空とか言ったか...それがなんだって言うのさッ」

無数の光が、本来であれば自分の力であるはず輝きが
触れるだけで焼けるように、敵対心をむき出しに火を噴く。

迫る亜空の力はまるでそれ自体が巨大な獣のように
大きな口を開けて地球意思へと迫っている。

今までの攻撃とは違う、変神自身が何か巨大な異形へと変貌した姿
それが迫っている、自分の世界を塗り替えながら襲いかかってくるのだ

地を這うような呻き声に似た巨大な音が世界を包んでいる
それはまるで侵略されているようで、体中に恐怖が張り付いて離れない

飛んでくる気配が既に、エネルギーを帯びて自分を取り込んでいく感覚
この時初めて実感したのだ、自分が知らなかった、自分以上の力に圧倒される感触

残る無の力で創りだした異形の体が伸び、放ち、攻撃する
迫る闇にそれぞれが与えられた最上の一撃を加える...効果はあるのだ

しかし次の瞬間には飲まれてゆく...闇の中に
赤や紫、様々な色の混ざり合った黒の中に溶けていく
色のない世界から生み出されたそれ等は、余りにも色付きやすく
意図も簡単に自分を裏切って対する力の方へ塗り替わってしまうのだ。

『マニック、ティポラー...これが最後の一刀両断だ」

最早その距離は刃を振るえば届くほど近く迫る。
最後に声を上げた変神、そしてそれに応える声が無数のエネルギーの中から響く。

『行け』『さぁ行きなさい』

幾つもの声が、無数の手が背中を押す。
亜空の世界に宿るすべての存在が今、変神と共にある。

幾つもの力を受け、マニックを胸の前で構えると、その巨大な口が開く。
同時にその背後で変神の胸に宿る亜空宝玉が光をあげる

変神のその動きに合わせ、周りを覆い尽くす亜空力が全て正面に向かい
それぞれが意思を保つ力として、同時に敵を斬る刃となって地球意思の方を向く

前に進むその黒い世界はその全てが今や変神自身であるように融合し
その全てが攻撃として相手に迫っているのだ。

刃に宿した力が無数の煌めきを宿し吠える
マニックの開かれた口の中に輝きが満ちるとあまりにも巨大な刀身が高く振りかざされる。

『いつでも、支えている』『どこまでもその道を切り開け』

最早収まり切らないほどのエネルギーを宿し、無の世界が歪む。
変神を守るようにティポラーが変神をその羽根で包み安定させるが
それでも抑えきれず、無数の光は寄り集まり深い闇の色を目に見せる。

最早人ではない事も、もう二度と戻れぬやもしれない戦いである事も
もう、何もかも関係ない、恐れも恐怖もない...共に生きる者達が今もこうして支えてくれている

決して正しき力ではない、だが信じている...亜空の力は己自身の全てであると。
仮面の目が一瞬大きく開いたように歪み更にエネルギーは輝きを増す
今や変神の創りだした亜空の世界がそこにはある。
亜空の獣から借り受けたわけではない、新しい力は彼が願えば願うだけ拡大し強くなっていく

『行くぞ、我らの力...亜空ッ一刀両断』

声が響く、無数の命が叫ぶ声が。
人から人あらざる者に変わった2人の人間と
それ等と共に生きる事を誓い、共に進化してきた者達の声が

「あれは...駄目だ、やめろぉぉぉぉッ」

そのあまりのも異様な力の発現を前に
最早恐怖に取り憑かれ、怯えきった地球意思が恐怖の叫びを上げる

眼の前にあったはずの自分の世界は既に見る影もない。
最早違う何かに変わり始めている、理解出来ない力が自分を殺そうと迫るのだ
死を理解していても足は動かない、対抗する攻撃も全て飲み込まれてゆく

『地球意思、お前の世界は今この瞬間終わるのだ』

斬撃というにはあまりにも巨大なエネルギーの帯が目前の世界を叩き斬る。
一閃、その力に押されエネルギーが更にスピードを上げ
変神本人から更に注ぎ込まれた力をも取り込んで更に巨大に変貌していく

変神の本来の声が、男女の重なりあった声が白と黒に変わる世界に響き
それに続くように無数の亜空からの声が地球意思を飲み込む超えとなって世界を裂く。

「私は死なない、だってこの世界は私の...あぁぁぁぁぁぁッ」

ほんの僅かな距離、一瞬の間も与えず近くに、間近に...目の前にそれは現れ
無という概念の世界を、そして地球意思を焼く
紙が焼けるようにあまりに簡単に焼け焦げ、そして溶けていく

恐怖という感触が、段々と死に切り替わり
炎に焼かれ黒く染まる体は痛みという新たな感情を教えてくれる
再生の暇すら与えない、完全にその存在を焼きつくす圧倒的な力

時間にすれば一瞬もない、言葉も負えぬまま消滅する。
まるで永遠のように長く、終わらない存在であるはずの自分が終わる。
段々と消えて行く...そしてある時、まるで切り落とされるように全てが消えた。

「...」

残された悪の光によって生まれた影が地球意思の最後を無言で語る。
叫びは途切れ、断末魔の声が叫びに変わり、刹那の中で掻き消えた。
正に一刀両断、通り過ぎた後には、世界は裂けその間にいた者は塵一つ残ってはいなかった

そんな完全に無が正しい無に帰った世界。
変神が再び刃を構え、その刀身に自らのエネルギーを込める

「この世界は、今から我等の新たな亜空間だ。世界に干渉せず、この狭間に存在し続ける」

宣言とも取れる声の後、十字に刃が伸び、僅かに残された無の世界を切り裂く。
すると、まるで合図を待っていたようにその切り裂かれた地点に向かい
無の世界は完全にその力を失う...無は亜空へと変質したのだ。

『一応俺も支配者か...最後は悪役らしかったかもな』

地球意思が存在しないこの場は、既に地球に対し何の影響力も持っていない
本来であれば地球意思が消えればこの空間も消え去り
同時にそれ相応のダメージが地球にも与えられるはずである

それを避ける為には、同等かそれ以上の力を満たす必要があった
これもまた世界と世界の間、亜空が存在出来るだけの条件も整っていた。

漠然と、亜空力が自分の中から生まれ始めていると
亜空は己自身だと気付けなければ、この勝利は無かっただろう
...偶然の勝利、だがそれに至る運命を掴んだのだ。


勿論、成功したからといって誰が賞賛を与えてくれる訳でもない
この戦いを知る者など、ほんの数人しか存在していない
このまま何もしなくても、また大災害が起きて、人はそれでも立つのだろう

『見事だったぞ、まさか亜空力にあんな使い方があるとは』

少し、破滅を遅らせたに過ぎない。
地球意志がいなくても大気や大地が存在する限り天変地異は置き続ける
人間にとっては人に与えられる進化が無くなった今、マイナスの方が大きいのかもしれない。

だが、何かに流されるだけの人間から
自分の未来を自分で見出し掴む、新たな人間の世界へと変わる事は
必ず、行く末の未来で力となり、未来へと繋がっていくだろう。

変神は、あの世界では悪役だ。悪は人間に脅威を与える。
だが、同時にそれは正義の道を示し、遠まわしに人間に警鐘を鳴らしている側面もある
何度となく立ち上がり続けた足は、今回も無意識の内に立ち上がり、先に進むだろう。

『お前達を信じていたから出来たのさ。しかしまぁ、これからどうするよ』

『元いた世界には...今は帰れないけど、他の世界になら行けるかもしれないわ』

これからも世界は変わり続けていく、変神はそれを見つめ続けていくだろう
そしていつか、元の世界へ戻り、再び人間と出会う時

彼らが真っ当にが成長していれば、これまでと同じように彼等の壁として立ちはだかるだろう。
だが、そうでなかった時は...再び彼等の力となるのだろう。
悪役が、正しき道を示す時世界は乱れている。そんな未来が存在しない事が望ましい。

『じゃあ、色んな世界で腕試しでもするか』

『ガハハ良いなぁ、どこでも付き合うぞ』

『ええ勿論、良い修行になるわよ。きっとね』

無数の色が重なり生まれた漆黒の世界
その闇の中を変神が歩き始める

新たに生まれた世界の間。
此処から先に変神は力を伸ばし歩み始める、別の世界に向けて亜空は広がってゆく。

亜空間はどの世界にあっても普遍である、その根源が生きている限り。
無限に続く時間の中で、出会い、別れ...同様に戦いも続く。

いつか、戻る日まで。変神もまた戦い続ける運命なのだ。
そして君もまた、何処かで出会うだろう。幾つもの眩い闇を纏った変神に。

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季節が変わり始めている。
精神まで焼くような熱気は去り、外は次第に鋭い冷気の中に飲まれようとしている。

最早冬に近い、秋。
葉は枯れ、風は冷たく窓を叩く。
だが、寒いという程でもなく過ごしやすい。短い安息の季節がそこにある。

「...誰か来るな」

何と言っても自分の名前と同じだ、加えて穏やかな季節である。
嫌いになる筈もなく、秋はとても好きだった。

殊更、今年の秋は今までよりもずっと気分が良い
自分の生み出した戦士が、弟子とも言うべき存在が
私でもやり遂げられなかった、正義を倒したというのだから
否が応にも、心は踊る。悪役冥利に尽きるというものだ。

「ふむ...この気配は、メイナーか」

シュリョーンは...桃源矜持と葉子、それにティポラーとマニックはもう帰らないと
自分の知る範疇の亜空間から彼等の感触が消えた事で直感はしていた。
その理由を探り、答えに辿り着いた時、私はきっと久しぶりに素直に笑っていただろう。

「詳しい話が聞けそうだな」」

轟音が風に乗り窓を叩く。
庭の方で巨大な何かが着陸したのだろう。はた迷惑な登場である。

窓の外に目を向けると、船...宇宙船だろうか
メイナーの物であろう巨大な乗り物が庭に遠慮なく降り立っていた。

「近隣に民家がなくて良かった...と言うべきかな」

街外れの手入れもされない雑木林の更に奥にある礎邸は
世間には人が住んでいるとは思われていない
当然、近隣には他の建物はなく、割とやりたい放題させてもらっている

時間だけは無駄にある私が、彼等にも同じ様な長い時間を与えて
それぞれが思う使命に、赴くままに運命に立ち向かわせた。

それを後悔していないと言えば嘘になる。
だが、今では間違っていなかったと言える、言えるよう彼らは生きてくれている。
確固たる自信を、我道を示したのだ、彼等は成した、そして去っていった。

「やぁ、大首領。相変わらず女子高生で嬉しい限りだ」

階段を降り、玄関を開け、庭の方を向くと既に赤い鎧の姿があった
随分見た目は変わったが、それは紛う事なく自分が生み出したメイナーの姿だった

「これはおっさん受けがいいからな。で、宇宙の旅はどうだった」

私達は通常の人間よりもずっと長い時間を生きる事が出来る
...と言うよりは、年も取らず死も許されない。生きるというより目に見える幽霊の様な者だ

「旅というより、第二の故郷を見つけたというべきかな。土産話なら沢山あるぞ」

穏やか過ぎる程、静かな非日常。
それが私の当たり前であり、これからも続く毎日だろう。

...だが、彼等がいないのは物足りない。
そう、思ってしまう気持ちは、まだ残る弱さなのだろうか。

メイナーを家に上げ、軽く土産話を聞く間も
どうしても気になっていた「彼等はどうなったのか」という部分。
メイナーが知っているかは定かではない、だが...聞かずにはいられなかった。

「でだ...アイツ等は、矜持達はどうなった」

2杯目の紅茶を飲み干すと、口は勝手に言葉を放っていた。
机に置いたカップは、内容物を失っても尚その残った水分から湯気を上げている

簡単な単語2つ、これだけをいうのに少し覚悟が必要だった
そしてこの2つの単語があれば、メイナーにも通じるだろう
意味を察したのだろうか、メイナーもまたカップを置き、言葉を返す。

「シュリョーンは...否。変神は地球意思..即ちこの星に挑み、どうやら勝ったようです」

今度の敵はデカいと、最後に会った時に言っていた。
だが、まさかこれ程とは。正直驚いたが私の教え子達ならばこれ位は当然だろうとも思う。
大事な事は勝った後だ、肝心要の奴等の意識が私の知る限りの亜空間の範疇では感じられない

「勝つのは当然だ。して、何処に行ったんだ」

確信に迫る、答えは解っている...だが誰かの口からその答えを聞きたい
確信させることが出来れば、次の動きにも入れる。努力はできる。

「それは解らない、決戦の場は無の世界。行けば帰れないことだけは確かだが、それ以上は解らない」

漠然とではあるが解っていた、彼らは別の世界に消えたのだと
だが、それで簡単に諦められない、彼等は最早家族だ。
失いたくない、本当ならば毎日顔を合わせたいと思っていた。
だからこそ、私の残り時間の使い道は決まった。これで次の手に入ることが出来る。

「やはり...か。では探さねばな。メイナー、君はどうする」

探すのだ、彼等を。
この世界で生きる時間、無駄だと思えるほどに途方もない時間
私にもやっと、自分の目的が出来たような気がする。

何故か、漠然とではあるが「また会える」
その一言だけが、ずっと頭に響いていた。だから探さねばならない。

「お付き合いしたいところですが...星に戻ります。
ただ、私も別の場所から彼らを追い続けますよ。大事な物を変神に貸したままですから」

不意に手をおいた腰元には空のホルスターがあった
そこには本来、収まっていた筈であろう銃の姿は無い。

色々な事があったのだろう、もう私無しでもどこまでも強くなっていく。
寂しい事だが、窮地を超え、さらなる高みに登った彼らを私は誇らしくも思う。

「そうか、戻る時は連絡しろよ。今度会う時はアイツ等もここにいる...きっとな。」

「ええ、必ず。今度は姫様もお連れしましょう...では、そろそろ」

メイナーが立ち上がると、深く一礼し、客間から玄関へ向けて歩き去ってゆく。
その背中を見送りながら、私もまた立ち上がると軽く深呼吸し
次の自分がすべき事を改めて確認し、歩き始めるのだった。

「私も置いていかれないようにしないとな、待っていろ」

穏やかな風が、僅かに開かれた窓から入り込む。
窓の外には飛び去っていく宇宙船の姿が見えた。
軽く手を振り、再び訪れた静けさの中で、風が赤と紫の結晶を一粒ずつ目の前に浮かべる

亜空間の欠片、風に舞い飛んでくるこ事など無い筈のそれは
まるで、私に何かを語りかけるように、目の前を通り過ぎ、遥か彼方へ消えていった。

微かに、「またな」と声が聞こえたような気がした。
だから私も君達を追い、探しだそう。この場所を守りながら。
どんな先の未来でも、変わらずあり、待ち続けている。君達は今日から私の生きる意味だ。

いつかまた、再び出会おう...我が友、愛すべき家族よ。
私は、いつでも此処で君を。君達を待ち続けている。

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-変神 シュリョーン 最終期 ・ 完
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