「...ッ」

まるであらゆる衝撃と静寂を詰め込んだ無限に近い刹那の後
微かに動いた体、ほぼ同時に巨大なザクロの体と、華奢なバタラバの体が
動き、最早風前の灯であった生命活動を再開させる

「...あぁ、シュリョーン...私は一体」

真っ先に飛び起きたバタラバが状況を把握できずに勢いのまま起き上がる
小さい体、加えて若く循環の早い体は、エネルギーに順応するのが早いようだ
既に補助するように流れ込んだ亜空力と自分の中にある力は融合しているらしく
何の違和感もなく動き、以前と同じ気配を放っている

「久しぶりだな、何時から記憶が無いかは...解らないが」

差し出された腕を掴み立ち上がると
少しその記憶を整理する、ある程度記憶と言葉を組み立てると
その最後と現在を理解し、不敵に笑う。

「とどめを刺してもらって、それ以降は何も」

そう言う間も、目の前のシュリョーンに斬られた筈の腕や体が
完全に元に戻っているのを見て、驚きと違和感
そして、自分のすべき事、何故再生されたかを既に理解しているようだ。

「君はあの後、カザグルマが言うところの鍵、進化の可能性にされかけていたんだ。
まぁ簡単に言えば操り人形みたいな状態でね、もう1回戦ったんだよ俺達と」

「微かには...解るけど、カザグルマちゃんは」

「奴は死んだ、この手で斬った...最後まで君達のように変化する存在ではなかった」

言葉の後、少し俯いたバタラバは何かを理解したように感じられた
意識が飛んでいた間も漠然として記憶はあるのだろう
彼女はカザグルマのことは嫌いではなかった、むしろ良き友だと思っていた

だが、彼女が知る彼は地球意思という者に作り変えられた
要は仮面を被った出来上がった操り人形だったのだろう...という事実
そして自分も、同じ存在になりかけていたことが、記憶の中にある映像から伝わってくる

「そう、あの子死んだのねぇ...いい男だったのに」

会話を聞いていたザクロも既に意識を整え起き上がると
二人の会話に自然に収まる、その気配に以前のような重苦しさは既に無い。

「でも...確かに最後のあの子は、何かに動かされてるように無謀だったわ」

ザクロもまたどこかでカザグルマの事を友として愛していた
だからこそ、あの時も意識を戻したとしても彼に迷わず従ったろう。

これまでのように普通に指示を出して戦えば
...3人で協力すれば、シュリョーン達にだって勝てたかもしれない。
彼もまた、何かがおかしかったのだ。背後にある意識に動かされていたんだと今なら理解できた。

「私達は、友達だった...そう思っていたんだけどな...」

彼等は同じ存在に作り変えられた、奇妙な関係性の友人だった
近くて遠く、何よりも異質な関係、だが本来相容れない筈の個性が固く繋がっていた。
それは確かに進化の希望になり得る要素だった。

当然地球意思にとっても、求めていた人という種が未来に生きる可能性なのだ。
だが、そんな可能性を操り人形にすることしか出来なかった...結果が今だ
要を失い、鍵となる希望は傷つき地球意思から見れば敵の手に落ちたような状態だ。

「で、こんな化物の私達にエネルギー分け与えて、何しようってのよ。まさか善意でって訳じゃないわよね」

力が巡り、ザクロも上半身を上げると、シュリョーンに問う
二度も死に損なった、そんな自分達に
敵として立ちはだかった存在が善意なんて物を向けるとは思えない
増して今までの言動、聞いていた話では目の前の存在は悪だと言うじゃないか

「理解が早くてありがたい。まぁ善意も少しはあるがね。
簡潔に言えば、光の中...君達を作り替えた地球意思の居る場所に行かねばならない」

目の前の存在は信頼して良い者かは解らない
ただ、自分達とはあまり変わらない、最早常識から外れた存在
しかも、その外れ方が尋常ではない...強烈な何か、恐ろしい程の力を感じる

そんな物を秘めたまま、こちらには一切その矛先を向けず
無機質な筈の仮面に浮かぶ表情は穏やかさすら感じさせるのだ
次の問次第では、解り得る全てをを教えても良いと、そう思える程に。

「良いけど、会ってどうするつもりなのよ」

地球意思という存在とは、作り変えられる寸前に直面した事がある。
作り変えられた自分達ですら、何なのか理解も出来ない存在。

ありとあらゆる記憶全てを辿り、探り巡らせても、継ぎ接ぎに繋げても
それは誰なのか、何であるのかは解らない、そんな存在だった。

それに対して何をするというのだろうか、何が出来るというのだろうか。

「その真意を聞き、事の次第では消し去る。要は斬りに行くと云えばいいのか」

静かに、暗闇の中で不意に異質に触れられるような感触。
しかしそれを恐怖として与えない、ただ風が通り抜けたように感じさせる
そんな一瞬の気配が突き抜け、それは言葉として脳に突き刺さる。

答えは明確だった。そして無謀とも取れる。
だが、答えた口調は明らかに出来ると確信した確かな口ぶりで繋がる。
それはハッタリでもなく、何故か出来てしまうのではないかと思わせるには十分な力があった。

「あんた馬鹿なのね...まぁそういうの嫌いじゃないわ。方法も..まぁ、あるわね」

ザクロが巨大な右腕を上げると、その拳を開き
肥大した腕から伸びる巨大な指が、バタラバを呼ぶように少し動く

「私達は鍵その物なんだ、地球意思の住む世界と現世を繋ぐ鍵」

今までの戦いの中で鍵というキーワードは幾度と無く浮かび
それは何なのか掴めないまま戦いは混沌の中へと落ちていった

その鍵が、目前のザクロ、そしてバタラバだという。確かに、それなら合点がいく。
...というより予想通りというべきか、だが予測はできても理解は出来ない

物ではなく存在その物が鍵なのだとすれば、進化した次世代の可能性
少なくとも地球意思がそう考えて生み出したこの2人は、向こう側の世界への鍵。
だが、どんなに変質しても生命体である2人が、如何様にして鍵になるというのだろうか。

「だから、アタシたちが付いて行っていいなら、開けてあげるわ...勿論、案内位はするわよ」

シュリョーンにとっても未知の領域という表現がよく似合う
相反する光の渦巻く先、案内程度ははいてくれた方が心強い、そう思うほど異質な世界
彼らのことは最早疑うまでもなく、信用しても問題はない。

「有り難い話だ、お願いしよう...だが、帰る道は保証できないぞ」

この先に、戻れる保証はない。
地球意思という漠然とした存在が潜む光の中
鍵である2人もまた、元の世界に帰れる可能性はほぼ無いと言っていいだろう。

最早、地球意思の求めた進化からは彼らは外れてしまっているのだ
鍵を開けられたとしても、入り込んだが最後出口は存在せず
引き返すにも扉は閉じ、鍵も変えられてしまうだろう。

「私は別に、もうこの世界に未練はないわ...愛しい人は皆私の中にいるしねぇ」

変質したままの体を愛おしそうに撫で、ザクロは妖し気に笑う
そんなザクロの傍らに立ったバタラバもまた、晴れやかな程に笑顔を見せ
挙げられたザクロの拳に、自らの拳を軽く当てる。

「私は復讐を手伝ってもらったお礼もあるし、生き死によりも今したい事を優先するよ」

僅かな時間の中で、全ては変わってゆく。
その世界の中で、正義も悪も常に変化し、進化し続けている。

この空に浮かぶ船の中でもそれは繰り返し起こり
目の前のサイセイシシャと呼ばれた存在は、本来の目的を逆手に取り
創造主に一撃を叩き込む為、悪役を送り込む扉を開ける鍵となるのだ。

「行くのか、シュリョーン」

会話の一部始終を聞いていたメイナーが声をかける
これが、シュリョーンにとっても最後の戦いになるかもしれない
その予感はメイナーにもあり、理解し覚悟もしている。

だが、同時に目前の存在が負けるはずがない...そうも確信している。
だからこそ、止める事はせず背を押す事が使命だと、理解しているつもりだ。

「ちょいと片付けてくるよ、戻ったらイツワ達のの友好活動がどうなってるのか聞かせてもらうよ」

メイナーの方を向き軽く手を振って答えると、シュリョーンはザクロ、バタラバと共に背を向け歩き始める
巨大なホールのような船内、仕切りはないが道は長く、その足は下り口へと向かう。

「そうか...ならばこれを持っていけ」

歩き始めたシュリョーンが声を受け振り返ると
メイナーがその手の中を目掛け腰からリボルバーを外し、投げ込む

「おいおい...いいのか」

受け取り、僅かに銃を眺めると、その内部に宿った力がシュリョーンの手にも伝わってくる
この拳銃に宿る力は亜空の力ではない。ヒーポクリシーで得た力が宿っている。
亜空力とはまた違う、良く知った安心感のある力が感じられた。

「これは姫様に頂いたものでな、向こうには旅立つ仲間へお守り代わりに自分の武器を送る風習があるのだ。
必ず帰るよう、そしてその武器を返すことが出来るよう願いが込められている。大切な物だ、ちゃんと返せ」

漠然と、これが最後であるかも知れない...そう予感させる何かはあった。
去りゆく者へ、今自分が出来る事といえばその力を貸すこと位だと、理解している。
だが、希望を信じたい気持ちは悪役にだってある、だからこそ可能性は残しておくのだ。

「ああ、必ず返す。出来るだけ早く」

銃を腰に装着すると、再びシュリョーンは歩き始める
その姿は嘗てと同じだが、その本質にあった人間の気配は消え
今の姿こそが、その本来の姿であるかとでも言うように、さも当たり前に異形の姿が存在している。

瞬く間に外へと繋がるハッチへと歩みを進め、その反応を探知し開かれ、眼前に広がる外の世界。
もう数十歩も歩めば、最後の戦いは始まる。背後に続く二人の異形もまたその気配に口数は少ない。

僅かな距離は妙に長く感じられる、重なる足音と争いの渦へ向けて動き続ける気配
そんな前に向いた視線の先にはファクタルの姿が見える。

「俺も連れて行け」

当然、自分の力の根源である存在である地球意思の行動に対し
彼なりの答えと決着を付けたい気持ちがあるのだろう
当然といえば当然だ、本来であればシュリョーンを置いて自分が行くと言い出しても不思議はない。

「無理だ。お前の力の根源が相手だ、分が悪い...どころの話じゃないだろ」

ファクタル自信も理解はしているのだろう、地球意思の自分の力は通じないと。
理解した上で尚、拳を握り締めるとシュリョーンに対し言葉を続ける

「けどな、世界中が危なくなるかもしれないんだろ...俺だってまだ正義なんだ」

自分ではどうにも出来ない相手、そして自分に深く関わっている相手である
悔しさと、正義として何も出来ない自分が、生き返っても結局変わらない未来が
言い得ぬ重みと、無意識の衝動になって体を駆け巡るような感触を与える。

その怒りも、恐怖も、あらゆる感情を同様に理解出来るわけではない。
だが、シュリョーンも同様に戦い、進化し...人で無くなっていった
その流れの中で、たった一人、地球意思と戦える存在になってしまっていたのだ

ならば、この暴走した意志を破壊し、その先に繋がねばならない。
繋いだ先には自分はいない、では未来は誰が守るのか...答えは一つだ。

「お前は、正義の味方に戻れ。そして、元通りになった世界で未来を繋げ。」

守るべき明日を託すのには正義こそが相応しい。
こんな誰も知ることのない戦いは悪役に任せれば十分だ。

もう既に正義は帰ってきているのだ、悪は脅威と共に去るべし
未来は、良き方向に動いている...だからこそこの今が来て、先がある。

「解んねぇ、解んねぇよ...でも、どうする事も出来ねぇ
だから、悔しいが今はお前に奴の事は託した、だがな平和を守っててやるから絶対戻れ」

ファクタルの声が背中から突き刺さるようだった
良いライバルだった、何よりこれからもいい正義で居続けるだろう。

「正義の味方がそういう事言うなって」

向かう先、既に空が見える。
通りすぎていく黒い影の背中をただ見つめることしか出来ない。
あれは、何処まで行くのか...追いつき、追い越し続けなければいけない。
例え戻らなくとも、辿り着いて引きずり出す...そうすれば良いと思えば、送り出せる。

「いざ、参るか」

目前のハッチが開き、シュリョーン、ザクロ、バタラバの三人を風が包み込むと
躊躇すること無く、遙か空に飛び込んでゆく。
その3つの影が、数秒の後、光り輝くと地上からも確認できる程に激しい光の渦が生まれ広がってゆく。

遙か海上に降下していく体の周りを
まるで渦巻く力をそのまま可視化したように、眩い光が渦巻き無数に帯を形成していく。
光が通りすぎていくと一つ、また一つと、まるで生きているようにうねり、回る。

「さぁ、鍵を開けるよ悪役さん」

先に声を上げたのはバタラバだった。
大きく両腕を開いたと思うと、その体が帯の一つの中に入り込む
すると、その輝きはまるで弾け飛ぶように無数の粒子になって空を染める

「次は私ね...扉が開いたら飛び込みなさい、後でまた会いましょう」

そう言うとザクロは続くようにシュリョーンの腕を掴み、上に放り投げる。
自分はその反動で飛んでくる光の帯に飲み込まれ
バタラバと同じように弾け飛んだ粒子が鮮やかな色で空を染めていく

「...ッ」

目前の落ちゆく世界
落下の勢いで激しい風が体に当たり続けている
無数のエネルギーが重なり、色は消え白...そして全ては消える。

その瞬間、目の前には光の粒子が作り上げた巨大な扉が見え
まさに今、その輝ける扉は開き、明らかに現実とは違う世界へ体を誘う。

「あの先が、光の中...ティポラー、マニック..準備はいいか」

『ええ、いつでも』

異質な静寂の中に声が響く、光の羽がシュリョーンを覆い
巨大な繭のように形成すると、赤と紫の煌めきが周囲の光と反発し
その力を利用してシュリョーンを高速で扉の方へと撃ちこむように進めていく

『次は俺の出番だ』

跳ねるように飛ぶ亜空の繭が扉の直前で突如として割れ
全ての勢いを持ったまま、輝きの翼を持つ亜空の影がその刃を猛然と構え突撃する

「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ」


無数の光が赤紫の亜空の力と混ざり合い
無数の粒子を切り裂き、体はまるで扉を貫くように突き抜ける
扉の向こうへ、その体は遥か地平へと飛び込んで往く。

大きなたわみ、空が歪み...そしてまばゆい光は消える。
扉の向こうへと、鍵は開き、そして来訪者を招き入れ閉じたのだ。

一瞬オーロラのように無数のエネルギーの帯が揺れ
圧倒的な光と鮮やかな力が通り過ぎた空に平穏が戻る。
人も、何もかも知り得ない世界で、明日を得るための戦いがまた始まる、そんな合図のようだった

「...あの野郎、強くなり過ぎなんだよ」

現象よりも高いところから、それを見つめていた正義はつぶやく

【光の中】

それは地球のどこかにある地平。
誰もが知り、誰も知り得ない場所へ彼等は飛び去っていった。

「シュリョーン、直ぐに戻れよ。我らはお前の帰りを何時までも待つ。」

まばゆい光が消えゆく先を見つめたまま、メイナーは船を安全圏まで移動し
開いたままのハッチの先でファクタルは自分も更に強くなる事を誓い
それぞれの未来はひとつの終わりに向かい始める...後に待つ、新たな時代の為に。

「さぁ、地上に戻ってこっちはこっちで後始末があるぞ、手伝え正義の味方」

「...あぁ、だが手伝うのは今日までだからな」

既に何事もなかったように青く伸びる空
その先へ、高速で船が突き抜けてゆく。思うは一つ、行く先は無数。

遙か世界へも躊躇せず飛び込んでいくその無謀な程の力は
今正に彼を悪を演じる、悪役だと感じさせてくれる。
あまりにも飾り立てられすぎた舞台のようだ...素晴らしい去り際だとさえ感じさせる。

だが、彼にとってはまだ幕は下りていない。
逆に幕開けというべきだろうか、現世から去った悪役は光の中で最後の舞台に上る。
これより先は、終へと続く最後の戦いの幕開け。行く先はどうあっても我道のみ。


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-Ep:11「扉の向こうへ」 ・終、次回へ続く。
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