亜空の光が駆ける。
背に宿した巨大な羽が広い空間を低空で突き抜け
意志を持つ刃は、低く響くような唸りを上げて遠慮無く室内を切り裂いてゆく。

そこまで距離は感じなかったが、どうやら感覚を惑わす仕組みがあるらしい
目前に見えているカザグルマに近づくのに随分と時間を要している
あらゆる要素が罠、だがあえて飛び込んだも同然。
そんな些細な罠など壊し、今この時決着をつけるそれ以外は見えはしない。

「悪いがその気配も、力も、全て感じ取らせてもらっている」

距離はある、だが確かに力の感覚はある
どんなに消そうと、この世界の中から...そして外からも
亜空は常に全ての物を捉え、それがいつ亜空間側に落ちてくるかを虎視眈々と待っている
それを逆手に取って、相手の位置や動きを把握する、それはカザグルマで合っても同様だ。

「奴を守る壁、その内側に入れれば...予測に狂いがなければ勝機はある」

気配や感覚は勿論だが、姿を消していようが嵐に巻かれようが
現世に存在すればその存在を認識し、的確にその存在の位置を知覚できる。

要は見えないもう一つの世界カラ針めぐる蜘蛛の糸
既に体中に巻き付いて嫌でもその存在の動きを教えてくれている

「アラララ〜?風の流れに嵐の壁、この船内は広さの感覚自体も違うのにナー
...ナンデ、そんな簡単にこっちにコレチャウのかな」

小首をかしげてカザグルマが軽く驚いた声を上げる
緊迫感のない口調と動きだが、その周囲には無数の目には見えない風の壁が張り巡らされ
あらゆる物を遮断している、まるで鋼鉄のようなその壁は斬っても即座に修復される

言うならば無敵の絶対的な防御壁。
彼にしか作れない、しかし彼にとっては手軽な小さい要塞とでも言うべきか

当初はその能力を理解できなかったが、何度か戦う内にその個性を掴んでいる
どんな物にも術者自体が存在し、その存在が動くための隙がある
本体の位置さえ掴んでしまえば、後は弱点は叩き、切り裂くだけだ

「悪いが説明する時間も、容赦をする予定もないぞ」

シュリョーンの姿が、無数の赤紫の帯となり霧のように消え去る
最初は見えていた色も次の瞬間には消え、完全に消失する

「っ!?ドコドコ!?」

カザグルマの周囲には激しい風の音が鳴り響いている
その風の音の中に、微かに違和感が交じり、それは次第に耳元に近づく感覚を与えると
次の瞬間には明確な声になって、ハッキリとその音を脳に伝える

「ここだよ」

言葉を理解した、次の瞬間には背中に激しい衝撃が走る
自らを守る風の障壁に激突し内部からそれを砕きながら跳ね飛んだ姿は
それまでの余裕溢れる言動からは想像もできないほどに驚きを感じさせる

「この壁、思ったとおり内側からは脆いな。一か八かの賭けには勝てたか」
 
カザグルマと最初に遭遇した際、カザグルマからの攻撃は効果があるのに対し
こちらからの攻撃は風の壁に防がれ、更には跳ね返して来ていた。
要は外に放ち返す力をそのまま壁型にして形成しているのだとすれば、内から外へ追い出すのは容易い

「..ッ悪役さん、そんな卑怯な手段っていいノカナー?」

「まず、悪役という言葉の意味を調べてみるといい...そんな時間はもう残っていないだろうがな」

地面に膝をついたままのカザグルマの首に我導剣の刃が翳される
常にエネルギーの放出を続けている刃は、近づいただけで焼けるような刺激を相手に与える

カザグルマも首周りに電撃のように流れるその刺激にかすかに声を上げる
無敵の壁が崩れてしまえば、後は単なる異形。脅威とも言い難い。
だが、何か策があるのか動こうともしない。そのすべてが予測不能...この期に及んでも個性は尖ったままだ

「スンごいパワー、地球ちゃんもアナタ方を選んだ方が正解だったんじゃないかしら」

突如として我導剣を押し返す強力な力が宿る
刃と首の間、その下のカザグルマの腕の中に光り輝く刃が出現する

長く伸びた針のような剣、その根本にはパズルのピースのような物がついている
風の力も入り込んでいるようだが、この剣からは明確に外的エネルギーを感じる
よく知っている力の感触、ファクタルと同じ力を放っている

「武器まで妙な...忠誠の証にでも授けられたか」

「靴は舐めてないけど体は弄ってもらったのサ!」

我導剣を力任せに振り払うと、そのまま立ち上がり、乱暴にその刃をシュリョーンに振るう
大振りだが刃の保つ力が滞留し、力の障壁となり出来た隙を補うようにその体を守る
完全に弱点を想定して作られている...が、所詮は武器頼り

「宝の持ち腐れだな」

滞留したエネルギーの壁を我導剣が切り裂き
シュリョーンの左腕が赤紫に輝くと開いた隙間をくぐり抜け
目前のカザグルマの高速で移動する影を切り裂く

一瞬の流れが終わり、その左腕、手の中には既にガドウマルが握られ鈍く光る。
同時にその刃先ではカザグルマの左腕が深く切り裂かれ
衝撃を受けたカザグルマが動きを止め、姿勢を崩しながら後方に滑り、止まる。

「ンー?ナンダ?前の時より強くなーい?」

流れる鮮血を気にする様子も見せず、クルリと半回転してシュリョーンの方を向いたカザグルマの顔には
表情こそ無いが明らかに驚き、そして違和感のある表情を浮かべているように見える

「変だぞ、あまりにも理不尽だ。その強さは何だい!?」

初遭遇の時点では容易に圧倒出来た存在に今では逆に圧されている。
少しでも油断すれば倒されかねない程になっている、あまりにも力が飛躍しすぎている。

様々な思考が巡る、改造され、飛んだ理性がこんな時にだけ帰ってきたように
カザグルマにとっては忘れていた無数の感覚が強制的に呼び戻される。


「何だって、今正に見てるだろ...悪は理不尽だ」

シュリョーンの目が光り、カザグルマを挑発すると
まるでそれに乗るように、カザグルマが無数の風の槍を弾丸のように放つ
最早戦略も何もない、目前の存在を消すためだけのシンプルな攻撃

しかし、それすらも次の瞬間には屑消える運命にある。
シュリョーンが我道剣を胸の前で構えるとマニックの口が開き
亜空間から放出される無尽蔵のエネルギーをその咆哮に乗せて解き放つ

それはまるで輝くエネルギー波の波
風の槍は全てが飲み込まれ、広い地面を覆い尽くし
そのままカザグルマも飲み込まんと巨大な赤紫の波となり襲いかかる

「っ!?ヤダヤダ!!卑怯だ!」

迫る高波を一つ飛び越え、更に迫る次の波を転がり避ける
しかし波は三つ、四つと無数に轟き、カザグルマの体を叩き切り裂く。

無数のエネルギーの波にカザグルマの体は焼かれ
どうしようにも避ける事の出来ない渦の中で全身に徐々にダメージを負っていく

一撃の筈、だがその一撃の中でまるで無限に続く地獄を与えられるような
恐怖と絶望の中に飲まれる...穏やかさなど無い破壊だけを追求する悪だけに許される攻撃
戻りつつあった無数の感覚は完全に戻り、傷がつく度にカザグルマは絶望し、その後エネルギーの渦は去る。

「卑怯と嘘は得意技だ。地球意思の居場所を話せ、別にお前を殺そうなんて気はないんだ」

瞬間的な破壊の後、そこには無残に変わり果てたカザグルマが息も絶え絶えに倒れていた。
無数の焼けたような焦げと傷、人間のそれとは違う傷の付き方
出血こそ無いが、その各部からは構成するエネルギーだろうか
無数の上記のようなものが体から飛び出し、明確にダメージを負っていると理解させてくれる

すべてが謎の存在であっても、現世で動いている以上、死はあるのだ。
改造の末、狂った異形のカザグルマは既にその死に近しい位置まで来ている

ひび割れた顔の口であろう場所
微かに歪んだその顔から放たれた言葉は予想外なものだった

「教えてあげてもいいけど、行けるところじゃないヨ」

教えるというのだ、場所をちゃんと知っていた事も驚きだが
それを教えようとしている、最早自分の限界を理解しているのだろう。

「だって、僕達だって帰りたくても帰れナイ〜」

その言葉を得る前から予想はしていた、行ける場所ではない。
彼等もその場所からではなく、拠点を持っていた。
即ち出る事はできても容易には帰れない場所。
最終的に目的を果たすまでは、戻る手段すら無い未知の領域。

「特に君には一番縁遠そうな場所サ」

進化を果たして人間では行けぬ境地に行くためのサイセイシシャ
進化を果たした後に帰る場所、常人が生きたままではたどり着けぬ境地
それでいて、一番縁遠い...不死に近しいものは遠き場所。
...天国か地獄か、要は死後の世界のようなものだろうか

「どこでも構わん、知る事さえ出来れば良い」

シュリョーンの言葉を受け、最早立っていることもままならないカザグルマは
膝をつき、震える体を引きずり、シュリョーンの足元まで来ると
その体に這い上がり、力の限り彼の顔に近づくと言い放つ。

「場所はね〜...光の中だよ、悪者サン」

最後の意地か、カザグルマが残る力で風の槍を作り出し
シュリョーンの体を押さえ、突き刺そうと振り上げる

...が、這い上がり、背後に回した腕の気配を感じたティポラーの羽が
その両腕ごと風の槍を切り裂き、切れ飛んだ最後の一撃は遙か後方に落下する

『悪いわね、私達は群体なのよ』

シュリョーンが両腕をなくしたカザグルマを前方へ投げるように高く投げると
それが落ちる前に我導剣を構え、その刀身に亜空力を集中させる

マニックの赤い瞳が輝き、巨大な顎は再び咆哮を上げる
これまで、あまりに強大な壁として存在していた脅威への最後の一撃
最早、反撃もままならない存在ではあるが、必要な情報は得た。
何より、この狂者に容赦や慈悲を与えるほど出来た存在ではない。

「我導剣...一刀両断」

赤紫のエネルギーが刃に乗り、空間ごと切り裂くかのように
カザグルマを巻き込んで正面にある物質全てを両断する

宙に浮いたままのカザグルマの体が一瞬上下に歪んだかと思うと
次の瞬間には亜空間の闇がその存在全てを喰らい、消滅させる

『光の中...不可解ね』

「今はそれどころじゃない、メイナーたちを援護するぞ」

大きく、問題を抱えた敵を排除しても戦いは終わらない。
後方でまだ激しい炸裂音が響き、激しさを伝える。
操者を倒しても、傀儡人形は動きを止めていないようだ。

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人でない何かが、常識の範疇を超えた動きで舞い
それは激しい衝撃となって周囲に、そして自分に襲い掛かってくる

弾丸を放てば、腕へのダメージを気にせずに握り止めてしまう
刃を投げれば突き刺さったまま襲い掛かってくる
まるでゾンビだ、だが、彼等はまだ生きている
...そんな存在を、救う手立てはあったとしても実現は不可能なのかもしれない。

「多少のダメージはすぐ回復するだろう...しかし」

「調子乗ってやり過ぎると、真面目に死んじまうよな」

メイナーとファクタルが背中合わせに言葉を交わす
周囲をまるで不規則に、目で追えぬ程のスピードで周回する2つの影

カザグルマによって操られた...というより暴走していると表現した方が正しいだろうか
もはや理性を持たぬ植物の魔物と昆虫の魔物が表現しがたい唸りを上げる

「方法が無いわけではない。だが、正義よ...上手く合わせられるかな」

メイナーの腕が亜空間の世界に伸び、何かを掴む
ファクタルには亜空の世界の色は見えないが、それが勝機である事
そして目前の悪は自分を低く見ている事は理解できる

「馬鹿にすんな。悪役に出来て、正義に出来ないこと何てある訳ねぇだろうが」

「...山ほどあると思うが、まぁいい。今から支援機であの二人の動きを止める。
操作されている以上、必ず何処かにその指示を受ける器官があるはずだ」

「それを壊せばいいんだろ、簡単すぎて居眠りしちまうわな」

ファクタルの言葉を聞いているのかも曖昧なままに
メイナーが亜空間からメイナードを呼び出す。
既に完全起動を果たしたメイナードがザクロとバタラバに向かい、駆ける。

それと同時にメイナーのブラスターが火を吹く。
逃げ道を奪うように天井を砕き道を塞ぎ、床を破壊して足場を奪う
メイナードの突撃に合わせ、目的の地点に異形を誘導しているのだ

目前には瓦礫の壁、左右後方は崩れた床。
行き場をなくし、異音を発するだけのザクロとバタラバがついに足を止める

「正義の味方、出番だぞ」

メイナーがファクタルに号令すると共に、待ち切れんと言わんばかりに背後から猛然と駆け抜け
見た目よりも随分と間隔の長い足場を駆け、途中少し力を込め跳ね跳ぶと
その体はザクロとバタラバの上を軽く超え、両者の背後に着地する。

自らの意識を封印されれいるザクロとバタラバは
背後に突如として現れたファクタルに気がつくのに数秒のラグがあった
その隙を突いてファクタルの腕のブレードが宙を裂く

刃が跳ね、ザクロの腕を跳ね上げ、バタラバのブレードを切り裂くと
姿勢を崩した二人の体全体をファクタルの頭部の第二の目がスキャニングする

「異常なエネルギー波...ここだな、しっかり見せてもらったぜ」

獣のような姿勢で構える、再度刃が跳ねる
微かな隙間を縫って、バタラバの右脇腹、ザクロの首筋をかすめるように切り裂くと
そのまま正面へくぐり抜けたかと思うと半転し両者の方へと向き直し、刃を立てる。
その動きにあわせるように体に宿る宝玉が輝き、無数の色を持つ光線を解き放つ

「俺と同じ光なら、全部吸収してやるよ」

切り裂かれた傷から鮮やかな輝きの結晶が霧のように舞い散り
ファクタルの胸下の宝玉に吸い込まれてゆく

カザグルマが与えた暴走装置とも言うべきエネルギーの結晶。
それを破壊され紐が切れたように崩れたザクロとバタラバをメイナードが支え
直ぐに駆けつけたメイナーにより最低限の傷の処置が行われる。

メイナードにはヒーポクリシー星で使われる応急用のリペアユニットが備えられている
通常の人間では衝撃が強すぎるが、異形化している2人にならダメージはない。

加えてファクタルの一閃も最低限のダメージで済むよう的確に行われていたのが幸いし
どれも致命傷には至らず、ダメージは大きいが両者とも死に至ることは無さそうだ。

「随分とやる、天晴だよ正義の味方」

全身のダメージを追った2人の傷をリペアユニットで再生しながら
体を崩し、全身の状態を確認していたファクタルにに声をかける

「俺もまだこの体が何なのかは解らねぇが、前よりは随分と強いぜ。舐めてもらっちゃあ困る」

鈍く輝く体は、サイセイシシャと同じ原理で作られたもの
自分も一歩間違えば彼等と同じように操られて利用されていたのかもしれない
...否、今も尚、地球意思に操られている、その可能性もないとは言い切れない

「ホントに、偶然こいつ等が暴走しただけで...俺だったかもしれないんだよな」

これまでの戦いで既に周囲は壁も天井も崩れ去り
船体の一部は完全に崩れ、外から遙か先の海上が見えている

外の世界は、内部の激しさをまるで感じさせないほど平穏なまま
異色の共同戦線を組んだ戦士三人だけがこの
世界の存続をかけた戦いの激しさを実感する。

「あれは...そうか、勝ったか」

思考の先、目の映る景色に黒い影が見える
それは遙か漠然の向こうからシュリョーンがゆっくりと飛んでくる姿だった。

「無事終わったようだな、良いコンビネーションじゃないか」

メイナーとファクタルの前に降り立ったシュリョーンが誂うと
処置を終えたメイナーも何も言わず頷く

「ふざけんな、俺はお前らの仲間じゃない。今回だけだからな」

思わぬ展開に、ファクタルが声を荒げ反論する
一時的とはいえ、善と悪が手を組み強大な敵を打ち倒したのだ
この先もう二度とあるかは解らない光景。

それはあまりに短くそれでいて鮮烈で、極めて強い。
どんな敵にも打ち勝つ可能性だが、この先にはもう無くなっていく力。

「して、あのカザグルマは」

「倒したよ。風を使うだけあって塵も残らなかった」

不可解な言葉を残し、カザグルマは塵と消えた
残る敵は地球意思ただ一人、だがそれはカザグルマの比ではない圧倒的な存在。

「光の中にいる」その言葉は何を意味するのか
そう遠くない、未来と言うにはあまりに近い、最早目前に訪れているのであろう。

その世界に辿り着いた時、この悪役の未来は...世界はどう変わりゆくのか
今はまだ解らない、だが変わり続けることを彼等は永遠の時間の中で求め続けられるのだ。

「取り敢えず二人を連れてここから出るぞ、ファクタルは亜空ウイングを」

「いらねぇよ、この程度自分で飛べる...まず、仲間扱いするなっての」

崩壊しかけの主を失った宇宙船
既に各部に穴が空き、メインエンジンは破壊されている

単なる残骸に近いそれはもう数時間もすれば完全に力を失い
そのまま海の底に消え去るだろう、当然、誰にも知られることないまま。

また本来ではありえてはいけない未知が、地球上に残ることになるが
今となってはそんな事を気にしていられる程、もはや時間は残されていない。

行き急ぐ者たちの道筋、無数の白煙が立ち込める戦場から3つの光の帯が飛び抜けてゆく
彼等が向かう先、訪れる明日は何色なのか。

進化を求めるものは、人を異形に走らせ
変化を求めぬものは、変わらぬ自分だけを愛する。

相反する意識、そのどちらも嫌う者。
この戦いもまた、悪にしか斬る事は出来ず、悪にしか裁けない。

どうにも歪な思想と理想の衝突の果て。
彼はその渦中にあって、選んでいくのだ...彼なりの我道を。

---


-Ep:10「闇に光を、安息を。」 ・終、次回へ続く。
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