現世に存在する意識ある者、そのそれぞれが己にしか無い信念を持ち
それが時に激突する事でこの世に争いが生まれる。

己はどの側に立つかで、善と悪は入れ替わり
戦いの中で正義という概念すらも移り変わる時もある。
同時に悪が、意図しないままに善の方向へ進む事もあるが
そんな世界は総じて、最早手の施しようもない状態であり、手遅れなのだ。

では、「手遅れ」と判断するのは誰か。そして判断を下されるのは誰か。
前者は地球その物に宿る意志であり、後者は人間である。
この世界も同様だった、本来であれば全ては終わる筈であった世界。

終わると思われていたから正義を失なわれたまま、世界は崩れた。
その崩れた世界を悪が何とか取り持った結果が今だ、良いとはとても言えない。

バランスなどあった物ではない、不安定で野蛮で下品。まして死んでいる筈なのに未だいるのだ。
邪魔に思われるだろう、思い通りに行かず困惑するだろう。何よりもその存在に恐怖を覚えるだろう。

そんな、この世界の現状を許さぬ者。
即ち地球その者が動き出してしまった...否、実際はずっと動いていたのかもしれない。
文明の破壊を目指し、既に様々な手引きが行われているのは明白だ。

それが宇宙人であれ、蘇った男であれ。
何であっても、それは常に世界に迫り、幾多の間戦いを繰り返す内に
それらを倒す、反発の要素が次第に...明確に見え始めていた。

抗う事に特に理由もなく、「敵ならば倒す」そう考えて動く者。
地球が自身の表面を破壊する内に、人間にとって恐怖になった時

善と悪は既にすり替わっていたのかもしれない
悪役が、この世界の中心軸に位置する事になってしまったのだ。
この世界の悪役「シュリョーン」。彼にその役目が与えられてしまったのだ。

「...今度の敵は規模がデカすぎる」

ファクタルとの文字通り身の削り合い、命がけの対話を終え
その体には若干のダメージこそ残りはしたが、体は特に問題なく動いている
事務所へ戻るその足取りは軽くすら感じさせる。

人間の枠を超えた存在である彼であり彼女は
既に桃源矜持でも葉子でもない。

最早どちらが正解でもなく、あえて答えを一つ用意するとすれば
それはもうシュリョーンという存在であり、人間だった彼等は段々と遠くなっている。
おかげでそう容易く死ぬ事もなく、感覚も遠い...人間離れというより異形になってしまった。

「でも、何となく納得できる所無い?」

桃源矜持の形をした影が、少し歪むと姿を変える
女性の形の影、そこから声が発せられていた。
影が語りかけている、その黒い全身の口であろう箇所から漏れだす声が
何の違和感も感じさせないまま、さも当たり前に言葉をつなぐ。


「まぁ、確かに。いつ消えてもいいような、それでいて勝つ可能性がある奴
...と、考えたら自分でもシュリョーンを選ぶ」

葉子の声、姿を自在に変えるどころか、完全に融合した二人は
亜空間以外、要は現世ではこうして影や鏡等姿を写す事でコミュニケーションを取る。
同様に逆も可能であるし、2人の人間に分割することも出来るが
異形としての存在に馴染み始めた頃から、殆ど個を必要ともしていない。

やろうと思えば、両者のどちらでもない完全に別の人間に変わる事も出来るのだろうが
そうしたところで意味も感じられず、結局は今まで通りといった所だろうか。

明らかに人知の枠を超えたその意味不明なまでの変貌は
人間としての存在の境界が曖昧になった事で引き起こされている。
その力は増大したが、代わりに人間であった彼等は、既に存在していない。

その兆候が現れ始めたのはエレジーとレガシーとの戦いの後
真黒による変貌した体は、人間の体からシュリョーンに身を変える度
段々とその肉体と鎧の関係を曖昧にしていった、要は人を捨て異形になったのだ・

まるで男性と女性の垣根をシュリョーンの黒い装甲が
溶かし繋げるように、その存在は段々と全てが一つに混ざり
より強く、より深い...そして二度と戻ることはない深化を遂げていく、今も尚。

「どうにも調子はいいけどね、同じ存在になるってのは不自由は無いかい」

「全然。何より自由だ不自由だとか、そんな感覚もう忘れちゃったね」

現実の世界にはもう彼等の存在はない。居るのはシュリョーンという異形だけだ。
歩みを進めるその足は、大地を踏みしめている
勿論、足音が響き、砂が巻き上げられ微かだがその分だけ世界が変わっている
だがその世界を変えている存在は、それ以上に早く常に変質し続けている。

亜空間にある未知なる力、人間など容易く喰らう暴力的なまでの力を
その人間という小さな枠で扱いこなし、それは未だ人の形をしてはいるが
全く違うその覚醒を見せ更に深い異形化を推し進める

「全部終わったら何するかね、力も得て見ると次がなくて退屈なもんだな」

その帰る場所は亜空であり、現実にも彼等は存在し続けられるが
長くて数十年、それ以上はこの世界の常識の範疇では扱いきれなくなる
平穏に生きられる時間も、もう残り少ない事実だけは、漠然と理解できる。

「何だって出来るよ、その分いろんな悲しい事もあるだおるだろうけどね」

思考の中、往く道の先にこの世界での帰る場所、再装填社の影が見える。
相変わらず人通りの少なく、微かに熱を感じさせる季節の変わり目の空気がやけに重く感じられる。
薄暗さは、良く言えば喧騒から離れた穏やかさ。悪く言えば近寄りがたい場所。

空き地ばかりの街外れにあるこの事務所も
気がつけば色んな世から外れた人間が出入りするようになっている

皆、良い人間だ。些細な事で、あまりにも理不尽な理由で
人間である未来を奪われただけの、気のいい奴等。
全も悪も曖昧な世界で、今の自分の目的は彼等を救う事位だ。

幸い、誰もが異形の力で寿命は長い
しばらくは退屈しないで生きていられそうだが
それすらも壊すような存在が、今歩いているこの地面その者であるというのだ。
厳密に言えばこの地面も何もかもを構成する、魂のような物だが。

真っ黒なシルエットの葉子が映しだされたこの目に映る世界。
見渡した空、見知った人も何もかも...それを生み出した者が敵なんだという。
途方も無い、だが実感してしまえばあまりに近く、あまりに理不尽なそれが、今の敵だ。

「昔アニメで見たけどね、惑星レベルの巨人が敵だーとかそういうの」

「あったあった、何かもうホントにアニメより酷い話だよ。勝てるとかそういうモノかね」

影が笑う、実体も笑う。
途方も無い者も結局対立出来たということは、レベルは大して変わらないのかもしれない。
それはこの異形が強くなりすぎたということなのか、それとも相手が弱り切っているのか。
真偽はどうあれ、冗談のような存在でも負けは許されない、悪に世界はとても厳しいのだ。

「勝てなくても、延々と延長線に持ち込むぐらいならなんとか」

「ああ、なるほど...そういう手もあるか。不死も悪くないね」

歩く背中から漏れる声が、世界を往く先を占う。
漠然としたそれは、自分の未来であり、この地上にいる人間の未来の話。
誰にも未来は解らないが、同様に未来を描き出すことも出来る。
どうせならば諦め逃げるよりは抵抗するのが彼等の性分。

善にも悪にも、同じように歴史があり、それを繋いだ時間がある。
それらを根底から消す者を、ただ単純に打ち倒すだけだ。
規模や存在なんて関係なく、それをやれるのは悪だけなのだ。

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