「...戻ってきたようだな」

再装填社の来客用フロア
無駄に巨大なソファーには小さすぎる程
細く消え入りそうな淡い色合いの少女が座っている。

勿論、この場所の主たるシュリョーンはまだ帰っていない。
もう一人の主とも言うべきアキも今はこの事務所にはいない。
鍵も、気休め程度とはいえ用意されたセキュリティも機能していない。

では、どうして入り込んだというのだろうか。
簡単な話である、姿は有れど気配、存在が極めて薄い彼女は
セキュリティや何もかもの要素に見過ごされているのである。

彼女は人間としてのあらゆる要素を司る色がない
故にセキュリティも何もかもが彼女を無視してしまう。

完全なる「無」、彼女の大理石のような白い体はまるで空気のように
そこに存在するが、感知される対象ではないのだ。

同時にその存在を特定の対象と同化させる事も可能であり
自らからの存在を完全に消し相手に溶け込む事で、今回であれば扉を
意図も簡単に通り抜けて室内に入り込んだのだ。

「...たまには役に立つな、この体」

色のない者、アウトゥラ。
記憶、それどころかその存在その物を、自らの体の色に表したような白色の者。
己の全てであるその色を全て奪われた、彼女は漠然とした外界からの来訪者

その色は彼女から色を奪った二人の少女の体に取り込まれ
人間だった少女等を朱と蒼の鬼に変えた
その後、彼女等を倒しても色は戻る事はなかったが、代わりに彼女は自由を得た。

今では元の世界に帰るために各地をアンチヴィランと共に渡り歩いているが
その道中で得た情報の中に、不可解なものが幾つもの欠片として紛れ込み
それを繋ぎあわせた結果、ある一つの答えを得て、彼女はやってきたのだ。

「人目につくのはまずいとはいえ、勝手に入り込むのも何か胸が痛む...」

自分の行動への反省もあるが、人目につくのも喜ばしくはない。
事情を知っている仲間の元であれば、行動を理解しても貰えるだろう。

僅かに乱れた思考の後。静寂の室内、微かに流れる風...それに意識を合わせる。
風と同化することで感じる気配、それはそのまま外へと伸び
次第に近づいてくる足音を感じ取る。一つの足音に2人分の声、間違いなくここの主の物だ

「...いきなり居たら驚くだろうか」

漠然とここに存在するはずのない自分がいることで
負担を与えてしまうのではないか、そうは思いもしたのだが
辿り着いた答えは、出来る限り早く伝えねばならない、そう感じさせるものだった

段々と気配は近づき、扉の前まで来ると足が止まり鍵が開く
まだ昼間の明るい室内に電気は必要なく、特に何も触れていない
存在を示さねば驚かさてしまうだろうと、アウトゥラは腰を上げ扉へ向かう

玄関スペースと室内の境目にある段差、その高い位置に腰を下ろすと
正座し、相手を迎える。ここ数ヶ月で覚えたこちらの世界の礼儀作法。
戦士としての礼節を感じさせる姿勢が気に入っている

見慣れた恩人である、そうは理解していても心臓は高く唸りを上げる。
無用なまでの緊張感が扉の開く音が大きくなるに連れて高まる。

何をすべきか。軽く頭を下げ、帰ってきた人間を出迎える習慣
そこまでは覚えている...が、そこでいう言葉はまだ覚えていない

「おおっ...何だアウトゥラか、ただいま」

「ぬぅ...こういう時には何と言えば喜ばれるのであろうか」

「おかえりとか...とか、まぁ何も言わなくても、居るのが判ればいいさ」

扉の先、突然丸まった人間のような何かが居る。
それが何かを、理解していなければそんな可哀想な表現になるだろう。
驚きはしたが、その色合いですぐにアウトゥラであると理解出来なければ
それなりに人間らしいリアクションを取っていたかもしれない。

靴をロッカーにしまい、二足分の室内用のサンダルを取ると
一足を履き、もう片方をアウトゥラへと差し出す
ピンクの樹脂素材のサンダル。甲の部分には妙な字体で「アウトゥラ」と書かれている

「...私の名前。これは私の為に」

「そうそ、この世界じゃ帰る家はここか裏町の廃屋ぐらいだろ。ここは自由に使っていいよ」

少し驚いたような表情を見せると、アウトゥラはサンダルを床に置き
桃源を真似るように履く、靴の中の足も当然真っ白で色がない
そんな自分だが、サンダルを履くことで足には色が戻ったような気がした

「...あ、え〜...んと、あれだ...ありがとう」

この世界の存在であったらしいのだが、今のアウトゥラは何もかもが作り替えられた
その体の色と同じ真白であり、全てのことが手探りである。

言葉の概念は無理矢理埋め込まれたようではあるが
それだけで、知識はあれどそれを表現する術をまだ持っていない。
そんな彼女なりの表現...そして、そこから正解を声に出すことが出来た。


「いやいや、安いもんよ。しかし、色々覚えてきたみたいだなぁ」

それは桃源...シュリョーンにとっては
延々と変化のない世界をこれからも生きていく、味気ないであろう時間の中で
彼女の変化、成長はいい刺激になって行くであろう事は既に感じている。
同時に違う時間軸はあっと言う間に変わり、過ぎていく怖さも感じさせる。

「まぁ、座りなさいな。んで今日はまたどうした」

少し軽い足取りがソファーに向かい、跳ねるようにアウトゥラが腰掛ける
表情は大きく変化しないが、嬉しいのだろう
桃源と対面に座ったその姿は色がない事以外は普通の人間と何ら変わりはない。
感情こそ欠落したままだが、見る限り段々と元の色を取り戻しているようにも見える。

飛び乗るように座り、姿勢を正すとアウトゥラは語り始める。
様々な情報と、自身に残る記憶、それらが繋がり得た、一つの答えを。

「前に話していた不審な奴、風車の顔の男の事...思い出したんだ」

アウトゥラの気配が、一瞬の間にグッと引き締まったものに変わる。
一直線に桃源の目を見て放たれた言葉は、予想外な物だった。

カザグルマの出現、サイセイシシャと呼ばれる存在の動きの活発化
そしてそのサイセイシシャがどうもアウトゥラの存在を奪った悪鬼と近しい存在
若しくは同じ、サイセイシシャである可能性がある事。

もし、そうであるならば、アウトゥラも関係しているかもしれない事実
それは彼女にも伝えてある、知らねば危険事が振りかかる可能性もある。
あくまで注意の意味合いが強かったのだが、
悪鬼どもから逃げ出す以前の記憶が殆ど無い彼女からこの話題が出るとは想定していなかった。

「カザグルマ、あれに...会った事があるのか」

「あの二人に私自身の色が奪われている最中に...植え付けられた、データとしてだけど」

アウトゥラが軽く蟀谷を指で叩く。
その要素を抜かれる最中、悪鬼に都合のいい情報、記憶を挟み込まれ
彼女は人間としての記憶を完全に壊してしまったのだが
その挟み込まれた記憶の中に、どうやらカザグルマの存在があるようだ。

「データ..あの二人もカザグルマの力を借りていたと」

「後、それだけじゃないんだ。埋め込まれたデータには私が本来であればさせられる筈だった事
無理やり与えられた使命があったんだ、全部蘇った...解ったんだ。私もサイセイシャになる筈だったんだ」

アウトゥラの脳裏にあるデータ、それはエレジーとレガシーが彼女の本来の要素を奪い
最終的には自分たちを守る手駒とするために用意した上書きのデータである。

結局は完全に上書きされる前に彼女は二人の元から逃げ出した訳だが
入り込み、起動するはずだったデータは完全には覚醒しないままになっていた。
当然その頭の中に、未起動の上書き用データは使われる事なく残っているらしい。

機械的な表現ではあるが、人間の脳みそと変わらない
記憶をデータとして保存しそれが何らかの要因を使って上書きされる。
最後の改竄が行われる前に、彼女は自由を取り戻すことができた

「頭の中に残った情報、本来であれば私を塗り替えるはずだった物を観覧して...全てが解った」

データ自体は残されている以上、それを理解してデータを精神とは切り離して観覧すれば
内容だけを見知る事が可能になる、アウトゥラはそれに成功した。そして解を得たのだ。

「話してくれないか...上手くやればこのゴタゴタを終わらせられるかもしれない」

言葉に答えるようにアウトゥラが頷くと
一つ一つを自分でも確認するように言葉をつなげていく

「まず私やあの二人、それに最近現れている異形の者。それらは全て進化した結果。
よく解らないけど、次の時代の為に、より強い人間を生み出している...という事らしい」

2人の人間に異界の人間の要素を加え、エネルギーサイクルの違う世界の力を
強制的にとり込み増大させることで覚醒したエレジーとレガシー

愛する人間の思い出と、その人間達の体、そして植物との融合で生まれたザクロ
あらゆる昆虫の力をそのまま取り込み、復讐の為に精神レベルまで融合したバタラバ

これまでのサイセイシシャもエレジーとレガシーも
それらは全て、人間に何かしらの要素を加えた者達だった。

それが進化だというのだ、確かに脆弱な人間を大幅に強化している事は確かだが
これが往くべき人間の進化だとするのならば、あまりにも不安定で歪だ。

「カザグルマ、黒い顔の異星人、彼も改造された者...背後に、何者かが居るみたい。
背後に、もっと強い何かの気配が...確かにある。」

頭を探るように強く目をつぶり、思考の渦に潜り込むアウトゥラ
普段は変わらない表情が明確に険しくなっている

「今は地上に拠点を持って、その...背後に居る存在が動きやすい環境を作っている..のかな。
...簡単に言えば、邪魔者を消すために準備をしている...らしい」

微かな頭痛を感じるのか時折表情は歪み
探ることで無意識に力が入っているのだろうか膝に置いた手が強く握られている

「無理するな、解る限りでいいから」

「すまない、この世界の知識がもっとあれば、何かしらのもっと核心をついた表現が出来るのだろうが」

意識を呼び戻すように、アウトゥラの表情が安定を取り戻す
断片的ではあるが、情報としては極めて有益で確信に迫る物だった。

カザグルマだけじゃなく、その背後にも何かが居る
問題はそれが、勿論カザグルマも含めて何処に潜んでいるのか
それさえ判れば、後は決着を付けるだけだ...それが、例えどんな敵であっても変わりはしない。

「十分だ、それだけ判ればもう戦う相手も自ずと分かる、ありがとう。疲れたろう、何か飲むかい」

「ああ、すまない...では、頂こう。」

言葉を返すアウトゥラはすっかり元の調子に戻っていた。
だが、ほんの数分前よりも表情が少しだけ感情を伴っているように見えた。
記憶を探ることは、激しい疲労と同時に彼女の感情も呼び起こすのかもしれない。
だが、あまりに手荒な方法で、あまり取りたい手段とは言い難い。

「礼というには微妙なコーヒー位しか無いが、自分の家だと思ってのんびりすると良い」

軽く頷いた表情はやはり穏やかに、少女らしさを感じさせた。
完全ではないが、彼女の未来を繋ぐことが出来た。
これは悪だから出来たこと、正義では彼女に気づくことも出来なかったろう。
気休めかもしれない、だが漠然と自分の中にも安心感があった。

悪にも救える世界がある

これまでとこれからの点と線の繋がり
その中で、アウトゥラがここに辿り着いたのも、何かの縁だろうか。
彼女や、アンチヴィラン...戦いに否応なしに巻き込まれ
人間としての箍を外された全ての者が、平穏に暮らせる世界は今はまだ存在しない。

ならば、この表の世界では悪とされる我、その者が
正義の名の元では見出すことすら無い、彼等の未来を繋ぎ
この力で出来るなりで、救うことが努めなのやも知れない...そんな漠然とした未来、夢のような物もある。

「唐突なんだけど...今回の件が片付いたら、アウトゥラやアンチヴィラン達と一緒に
何か、こう俺達でしか出来ない活動を起こしていこうと思うんだ、どうだろう」

コーヒーメーカーのスイッチが入り、微かな機械音と水の流れる音が響く
静けさの中にある日常の音、投げかけられた言葉も何もかも
アウトゥラにとっては未知の世界だったが、それをもっと知りたいとも思う好奇心も生まれていた。

「...よく解らない。でも、楽しそうだ。
救ってもらった礼もしたい。もし始めるならその時は何でも協力する」

淡々としてはいるが、鋭く輝く瞳、ハッキリとした口調
それぞれに感情が乗り始めている、記憶を探ることで何かを取り戻している
...それ以上に、彼女が自分で前に進もうとした意識が体を変質させているのだろう。

常に世界は変る。代わり映えのしない世界も、ミクロの始点で見れば変化を繰り返している。
私も、君も、目の前の少女も...時間は止まってもシュリョーンですら変化はする
感情は変わり未来は変わる、それが人間であり、人間でない者にも伝染する

「そう言ってくれると嬉しいよ、その為にも穏やかさを取り戻さないとな」

一見は穏やかな午後だが、世界は穏やかさを取り戻せないで居る。
しかし、物語は核心に向け、重要な要素を揃える事に成功した。

役者は揃い、全ての準備は整っているが
ここでまだ見えないのは最大の黒幕、この先にいる者は何者か。

ありとあらゆる情報と謎、それらを飲み込んでカップが上げた湯気は、揺れること無く上に上がり消える
嵐の前の静けさ、表面上に残された穏やかな午後はもう数少ない。

「あぁ、そうだ。アンチヴィランが今改良進化中なのだ、それが終わるまでには事が済むだろうか」

「おっ、そうなのか...じゃあ、さっさと終わらせて祝いに行ってやらないとな」

約束はするもんじゃない。それが未練になってはいけない。
だが、そんな事を言うのは正義だけだろう。
残すぐらいなら、全て片付けてちゃんと始末するのが悪というものだ。

何より、言葉を返した少女は少し嬉しそうだった
守らねばならない、彼女達の未来位は。それしか出来ないのだから。

だからこそ、今回の敵はその目的に向かう壁なのかもしれない
次の世代へ未来を託すための戦い、そう思うと何だか似合わない事のようにも思えるが

この悪にも、無駄に長い老い先を生きる意味は出来たのかもしれない。
例え既に生き死にを超えた者でもだ、生を消費してゆくには意味は必要だ。

「ああ、祝いに行こう。きっと...いや、必ず喜ぶ」

かすかな風に窓が揺れる。
その風が示す先、未来は何処に流れゆくのか。

道標を示すもの、先に征く者...その道を示すための戦い。
それはもう始まっていて、その短い季節を削り取るように過ぎていく。今も過ぎ去っていくのだ。

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-Ep:08「幕は落ち、君は往く」 ・終、次回へ続く。
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