正義とは何か。 そんな当たり前に行なっていた事が、今の自分にはぼやけて見えて 随分と難しい事として認識されて、とても出来そうには思えない。 この体は何だ、お前は何を守れた 漠然と、思考が走る...走るだけで結論には辿り着かないのだが。 変身を解いた体は昔、一度死ぬ前から何も変わらない 変わった事といえば、時の流れを至って感じられない事位だろうか 別に全ての人が止まって見えている訳でも、同じ日を連続している訳でもない 自分の中の時間が止まっているのだ。 人間は生きていれば皮膚なり髪の毛なりが入れ変わり続ける そしてそれを無意識に感じて生きている...それが無い。 「シュリョーンの奴も、今はこんな風なのかな」 確かめるように天にかざした掌は、かつてのように光を透かすことはない 光を通さないその体は、光と同じ存在、即ち光の戦士その者なのだが かつての眩いばかりの光ではない、何か濁ったように鈍く光る。 かつてライバルとして戦い、敵でありながら何処か友のようにも思っていた存在は 自分の最後の言葉を受け、その使命を全うしたらしい。 そして自分の世界を、新しい道を切り開き続けているようだ。 ...では、自分はどうだろうか。 姿こそ変わりはしたが、力には淀みがあり、違和感も感じたまま。 帰るべき場所も、大切な相棒も何もかも失っても尚、この世界に引き戻されてしまった。 あの日、思ったんだ。 その死、最後の瞬間に「やっと終わった」と 死ぬという事に安堵し、正義や世界の事よりも自分が楽になる事を喜んでいた。 あの時だろう、自分の光が濁り始めたのは 自らを焼き溶かしたレーザーの中にアンチヒーローとも言うべき 光を侵すウイルスは含まれていたらしい だが、それは深く関係はしない。 と言うより、そんなものが効果する暇もなく死んだのだから いっそ受けて、狂ったまま奴等を皆殺しに出来ればよかったかもしれない 考えれば考えるほど、過去を後悔し...逃げてしまう、生に怯えている。 悪を砕くこと、世界を救うことよりも 自分自身の目的、安堵...いや、欲望を選んでしまった事実が 漠然と信じ続けていた自分の正義を脆くしてしまった。 その咎が今の自分だというのなら、随分と恐ろしいと思う。 「こんな世界の中で、死ぬことも出来ないんだから怖くもなるさ」 漠然と見上げたままの空は青い。 過去と変わらぬまま美しく澄んでいる ...だが、目には見えない空気の中にも汚染は進んでいる 何より空の先に見える黒い柱が不安を煽る −体が溶ける、消失する。 そんな感覚を、あの日、ヒーポクリシー星人の母艦を破壊した瞬間 この体は感じ、それ以降、ついこの間まで全ての時間は停止していた。 その間に脅威は去ったようだが、世界はひどく歪み、傷跡は残されたままだった。 時間が経っている、もう自分の存在も忘れられ...必要ないのだろう。 だが、戻った世界の姿はまるで自分と同じだ、そう思えた。 だからこそ、まだ僅かに正義として折れずに立っているのかもしれない。 「...次の脅威は、解ってるんだ。だけどよ」 彼も感じていた、世界に宿る違和感の存在に。 その正体が、信じがたい者である事も。 再生と運命、彼に与えられたのは果たして咎だろうか もう一度、正義として彼を求める声だったとしたならば 本当は正義を、彼を忘れてはいないと...誰かが願いを込めて叫んでいる。 正義の再来を願う光だと、彼は早く気が付かねばならない。もう時間はないのだ。 --- 「沙来 明日人」-ザライ アスト それがファクタルの正体である少年の名前であり 地球意思により正義の力を得た、この世界の正義の化身の一人。 ...彼はあの日以来、消息不明になっている。世間的には。 街を歩く彼は、今までと同じ姿 何も変わらず、約2年の歳月が過ぎても年をとることもない 一般人は彼の正体を知らない、正体を知る人間も皆その最後を知っている。 捜索願も出ていなければ、探す者もいない、だからこそ誰にも気づかれず この数週間は過ごしてきた、食事の眠りも欲すれば感じ、摂取する事はできるが必然では無い 何も必要とせず、彷徨い続けることが出来た。 もう人間では無いとでも言うかのように不思議と体も服も 何もかもが汚れない、綺麗なまま...見えている人間の姿はまるで投影された映像のようだ 「敵は、地球意思自身...そんな事を言う奴に帰る場所なんて無いもんな」 シュリョーン達と同じ、ほぼ不老不死である事には変わりないが 彼の場合は生ける幽霊、腐食せず綺麗なまま思考するゾンビ そんなマイナスの方向の言葉がよく似合う その迷いと、濁りを見せる光が妙に馴染んで嫌に綺麗に輝いていた。 あるのは一つの決意だけ 与えられた使命とは別の、自分の意志で彼は動く。 何故ならば、その使命は余りにも歪なものであったから。単純な理由だ。 「進化は自分で起こす事であって、与えられ起きるものじゃない...」 眠っている間、世界は代わり 起きた瞬間に世界は終わりに向かい走り始めた。 漠然と解る事は、悪が世界を救えば均等は崩れてしまうのだ その引き金を、半分は自分が引いたのだと、気づいたのはついこの間。 この世界に眠る自分を呼び起こし、現実に引き戻した”それ”の声を聞いた時だ。 真白な無の中に、自分の形が戻り 光の中に声が響いたあの時から... --- 「ファクタル、私の力の子よ」 地球意思、自分の力の根源の声が聞こえる。 優しい声だ、だがもう二度と聞きたくない声だった。 「...」 まばゆい光のフィールド そこに少し前まで明日人は安置されていた。 消耗した体を地球意思が回復させていたのだ。 嬉しくないといえば嘘になる、しかし複雑な気持ちもある 死の瞬間に感じた安堵が、後ろめたさと漠然と違和感になってのしかかって来る。 あの日まで...高校生だった、家族が居た、可愛い相棒もいて 仲間がいて基地があって乗り物があって...そんな毎日の中で 悪と戦い、正義を轟かせる彼はこの世界のヒーローの一人だった そんな栄光、激しくも当たり前な日々の中に まるで引きこもるように、彼は空白の時間の中で眠り続けた 光に溶けることで、彼はその安堵を手に入れもう二度と戻りたくないと願っていた。 「声を聞け、欲望に飲まれた幼き正義よ」 深い眠りの中、相変わらず声が聞こえていた。 夢のなかで見る夢、幻と現実の境界、生と死の間。 何か懐かしいその光は、段々と追い詰めるように声を荒げている。 薄く開いた目の先、確かにそれはいた 己の力の根源、地球その者の意思の姿。 漠然としたイメージ、不定形の存在はよく見えるがその実態は見透かせない。 「宿命を背負いし者には死は許されない、御生きなさい。 そして果たしなさい、悠久の時間の中で貴方の使命を。」 問答無用というのか、勝手に指示をして勝手に結論を出す この世の偉い者は皆そうだが、地球意思、言わば神すらもそうであるというのか。 ...驚いた、今までは感じた事もなかった地球意思への怒りだった。 言葉全てが違和感を持っている、だが、その違和感を、自分を信じてみたくなる。 「何故生かすのです、もう我が使命は終わった。変わりは幾らでもいるでしょう?」 思わず言葉を返してしまった 感情に乗るように、世界の背景が地球意思に向かい、色を変え伸びる 感情が昂ったからだろうか、姿は変身した後...ファクタルの姿に変わる。 漠然と脳裏に浮かぶ言葉も、戦いの中でいつの間にか得た 相手を攻撃するための冷静さと刺を兼ね備えた口調へと変わっている 【今、意見した者は創造主なんだぞ】 軽い不安、強い恐怖心。人間である自分という存在は頭から消えていた。 変身してしまえば自分はファクタル...だった筈だ 強い自分がいる、戦える力だ...それはまだ信じられた。 |
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その力の大元は目の前の存在...だが自分の体でもある、もうよく解らなかった。 思考が固まり、恐怖も何もかも、もうどうでもいいと思えた。だからこそ言い返す事も出来た。 正義にも悪にも、どんな人間にも代わりはいるのだ。 甘い優しさで「君に変わりはいない」と言えるかもしれない だがそれは言えただけであって、実際は何の意味もなく 今自分が消えた後、時間を経た分だけもう帰るべき場所は別の何かに変わっている それが解っていた。 もう何も必要ない、正義は...ファクタルは死んでいて欲しいのだ。 そう、宿ってしまった。欲望が。 芽生えてしまったのだ、相手にも自分にも対して荒ぶる純粋な憎しみが。 知らないように避け、見えないふりをして、精一杯良い子で 皆に愛される正義ではもういられないのだ、だからこそ目前のそれも嫌だと思えた 「ファクタル、貴方が良いのです。 他を用意もできます、だけれど...この星の意志として私は貴方にもう一度、 ファクタルに使命を与えたいのです、これが最後の私の与える使命。」 漠然とした姿、男性でも女性でもあるようなそれは 急に穏やかさを取り戻すと、ファクタルに告げる その口が、多分口であろう物が...最後だというのだ。 瞬時に頭は「嘘だ」と告げた、だが力の根源であるそれの言葉は まるで親、兄弟と同じ解っていても逆らえない、漠然と安堵感と信じる隙を与えてしまう。 ...これが終わればどんな形であれ、何か一旦の終りが来るのだろうか 終わったと思っていたが、もう1回だけあったと そう思えば少しだけ気が楽にもなる...上手く乗せられすぎている、解っていても入り込んでくる。 「最後?次に最後の最後なんて言わないでしょうね?」 既に入り込まれている、だが、言葉だけは抵抗を顕にしたままでいよう。 そう言い聞かせながら、体は怒りと不安でその姿を歪ませる。 追い詰められているのか、安心しない不安定な心は嫌でも刺々しくなり 相手に突き刺さるようにと常に向いている。それを利用し根源に瀬戸際で楯突いて見せる。 同時の世界の背景は再び色を変えてざわめいている。 「勿論、正真正銘の最後。この世界を終わらせるか否かを決める戦いに 貴方にも参加していただきたいのです。既にいろんな者が関わっています。例えば...彼とか、よく知っているでしょ?」 不定形の体が、手の形を作ったかと思うと無数のヴィジョンが形成される そこに写ったのは、シュリョーン...だろうか、随分と姿が変わっている。 それに宇宙人、異世界の人間、善も悪も関係なく無数に表示されている 「そうだな、割と知ってる奴もいる...しかし、こんな中に既に消えた俺が必要かと聞いている」 無数の戦士たち、彼らがいればどうにでも世界は変えられる 自分がいてもいなくても、そう変わりが無い事は目に見えている では何故、無理矢理にでも生かして時分を使うのか 疑問と同時に何か漠然とした不安を覚えたのも確かであった 何かがおかしい、規模が大きすぎる、それに気配も何か...重いのだ 光の意志にある安堵感...優しさのような物が、地球意思から消えている。 「必要なのです、私の力を最も色濃く持つ貴方はこの世界を終わりに導くことが出来る」 何も変わらず、気配すらも変えず、穏やかなまま放たれた言葉 渦を巻くように世界の背景がその存在を象徴して蠢く 鮮やかな異界の色、そこから出た言葉は理解が出来ないほどだった。 やはり罠だったのだろうか、言葉を拒否したくなった。 ありえない、地球意思はやはり狂っている。 「世界の終わり...そう言いましたか?」 夢でも見ているのか、それとも本当な既に死んでいて無間地獄にでもいるのか 自分の力の象徴が、守るべきものを終わらせると、あまりにも軽く言うのだ。 違和感の正体は理解できた...だがそれ以外は理解できる筈もない。 「ええ、私は過去に何度も同じ事を行い、浄化を繰り返してきたのです。 貴方はこれから私の兵となって、地球人類、文明を終わりに導いて往くのです」 幾つかの言葉、気配、そしてその表情...理解した、自分が欲望に捕らわれた ...それも確かにあるだろう、だが目前の存在はもっと、欲望なんて関係ない次元で壊れていると。 即座に気づけなかった、確信が持てなかった。 あまりにもナチュラルな狂気だからだろうか その力や意識が巨大で、見えすぎて見えなかった。 これは光じゃない、地球意思が持つ意識の世界...まるで恐怖その物だ。 平然と言葉で攻撃できたのは、それが無意識に敵だと 人間としての自分に残った正義が相手に対し牙を向いたのだと 「どうする...どうすればいい」 戦うべきか、自分の根源と。それとも従うべきか...手詰まりとしか言えない。 戦えば死ねるだろう、だが内の正義が言うのだ、抗えと。 ...一つだけ、策が浮かんだ。 欲望が生まれたと同時に、この存在に出来るようになった手がある、それは嘘。 力は完全に分離されているとはいえ相手は根源その者根源 ...時を待ち、巻き込まれただけであろう映しだされた戦士たち 彼らを上手く動かしてこの歪な何かに成り下がった光を砕かねばなるまい 「成程...どうせもう死んだような状態だ。何でもしてやる、ただある程度自由にやらせてもらう」 元より既に違和感を感じていた存在だ 情こそあれど...否、情があるからこそ嘘をつくのも容易かった 良かった頃のその存在を思えば、平然と嘘が出た。 「それは構いません。貴方は良い子です。何も言わずとも私の理想を叶えてくれるでしょう」 相変わらず淀んだ光は、微かにその先に希望を見せる。 微かにかつての姿が見えるのが違和感を強めるのだろう。 どうやら、幸いなことに地球意思には、この正義が既に泥のような欲望や恐怖の中で あらゆる人間らしさを尖らせて、淀んだ光として変化していることに、おそらく気づいていない 正義として濁ってしまうことが幸いする、皮肉もいいところだが使わない手はなかった。 時間がどれほどあるかはわからない 加えて、無理矢理に生き永らえさせられたこの体は 一体何が仕込まれているのかも解らない だが、もう少しだけ...最後は自分の為に生きてやろうか そんな、我儘にも近い、漠然として目的が出来たことで 腐ったように淀んだ銀色は、僅かに輝きを取り戻させる。 体に力が戻るようだった、変質の気配。 目覚めた心が体に生命の赤を蘇らせたのだろうか、光が宿る。 「...これは」 変化を感じると、体は異質な姿へと変貌する。 銀と赤の戦士、以前よりも強く...そして歪だと、自分では感じた。 だが、今の地球意思にとってこの姿こそが正義なのだろう。 体を確認する暇もなく、全身が次第にぼやけ始める。 このフィールドから元の世界へ戻ろうとしているのだ 眩い光が次第に青い空に変わっていく 「では、頼みましたよ。私の可愛い子」 元の世界へ完全に戻るか否か、最後に声が響いた 脳内に残るその声は、懐かしく穏やかな声なのだが 今となっては恐怖心も感じる...今までの自分はこれに騙されていたのだろうか 正義という概念が随分とぐらついた気がした、信じるべきは何かが解らなかった。 だからこそ、歪であっても欲望や恐怖で無理矢理にでも 明日人と言う自分がファクタルと支えあって立てている今は 嘘をついてでも生にすがる自分は、何故か正義だとも思えていた。 言い得ぬ自身...というより本来の自分であるようで、何か嬉しくもあった。 「さて、どうする...帰る場所も何もない」 現実世界の気だるさ、それは同時に重さを感じる。ある意味で幸福な事だ。 この世界はまだ無くしたくない、漠然とそう思えた。まだ正義ではあるようだと、安心した。 では何が出来るだろうか。 そう考えた結果、脚は動いたのだ...最大のライバルの元へ。 そして一度再開を果たし、争い、その健在を示すと同時に 進化を垣間見て確信した...奴となら地球意思にも勝てる...と。 「シュリョーン、お前と俺なら何とか出来るかもしれない」 ファクタルは動き始めていた、時間はもう無い。 淀んだ光で照らし出せる未来を、彼は必死に掴もうとしているのだ。 そしてあの日、シュリョーンの前にファクタルは現れた。 過去とは違う姿を持った、この世界の正義として そして、それから数日、世界は動き、彼らは再び相見える。 --- ⇒後半へ |
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