「鍵...何か開けちまったかなぁ」

バタラバの言葉に何度か出てきた「鍵」と言う単語
自分の最後を理解した上で「鍵を開ける」と彼女は言っていた
それだけが、あの日の戦いの中で唯一心に引っかかり、取れずにいる。

メイナーの話によれば、同じように遭遇したザクロという異形は死に至った後に
カザグルマによってその体が回収されたという。
同様に、まるで逃げるように持ち去られたバタラバの体も同様だとすれば
自然と「彼女等はまだ生きている」と言う結論に至る。

同時に「自分がこの先どうなるか解らない」そう迷いながら
自分の道を見つけながらも、どこかで止めを刺すよう願っていたのもまた事実
何もかもが咬み合わない、不可解だが理解は出来る存在、サイセイシシャ。

「こうなる事を理解して改造してるんなら、あの風車は相当な屑野郎だ」

この世界は相変わらず理不尽で出来ているようだ。
悪夢の中で力を得た彼女達は、その力に飲まれ死んでいったのだ
...生きているのだとすれば、死して解放されることもなく
今も尚苦しんでいる、それもまた現実としては随分と重苦しい痛みを感じさせる。

何も感じず、ただヘラヘラと生きる人間に比べて
彼らは沢山の事を知る代わりに、知らなくて良かった物事まで知り
結果として狂って行ったのだ...彼等ほどではないが自分もそうかもしれない
違いは、勝ったか負けたか、そんな些細な程度の事でしか無い。

「次会う時は、同じ敵と戦う仲間なら良いんだけどな」

椅子に深く腰掛け、倒れこむように姿勢を崩すと
そのまま僅かに音を立てて大きく曲がった背もたれは
その視線を天井へと運び、陽の差し込む窓が嫌でも目に入る。

見える世界は同じ、だがその能力は常に変化し
シュリョーンと言う存在も、最早、桃源矜持と葉子ではなく
シュリョーンという個体がどちらにでも変わる事ができる...といった風に
次第に異形の存在が主体に変わり、人間の自分は随分遠くに行ってしまった感がある。

遥か遠くが見え、遠方の微かな音も聞こうと思えば聞こえてしまう
気を抜けば、人間らしい言動も何もかも忘れてしまいそうだ
それがこの先、何百年も続いていく。その事実にはもう気がついている。

彼等も自分もそう簡単には死ねないのだ。
同じような力を持つ異形に、完全に消滅させられでもしない限りは
ダメージを受ける事すらも難しい、受けたとしても再生してしまうのだ。

無限にある時間、変わらない数字が続く。その割に周囲は激動の中にあって
出会っては別れていく、短期間でこの先に起こる喪失を
まるで確認させるように濃密に、それでいて瞬く間に積み重ね
覚えていようと思っていた感覚も、新しい刺激と言う名の重みが
次々と上書きされて行き、もう歪な形でしか記憶にない。

「やっぱり平和は似合わないのかねぇ、どうにも落ち着かない」

人間だった頃から、平和な時間は同時に不安で仕方がなかった
だからこそ、悪である自分の事は嫌いではない
悪であればあるだけ、自分を貫けば貫いただけ、波乱は訪れてくれる
平和な中で落ち着かない精神でいるより、その方が自分にとっては余程落ち着くのだ。

「...折角正義も復活したんだ、ケツ叩きに行くか」

様々な同時多発的な騒乱の中
自分が一番明確に関われる物は何か
そう問われれば、ファクタルの事が一番明確に関わりのある事柄だろう

復活し、刃を交えたがそれ以降目撃情報はなく
英雄の復活に世の中が湧き立つ事もない

交えた刃にも迷いが感じられた。
本当に一度死に、生き帰ったとでも言うような状態であるとすれば
その正義は今どの道に向かうべきか迷いの中にいるのだろう

まず、それを正す事が悪の勤めであると、今は感じられる。
それが出来なければ、自分の向かうべき脅威は倒せない
そうとも感じる、だからこそ、もう一度戦う必要がある...迷いし正義と。

「どうせ依頼もないしなぁ、非日常に寄り道するのも悪くない」

どんな状況であっても、人間の日常は続く。
当たり前の毎日、日常の音が風にのって流れてくる。

外は夕暮れ、5時を知らせる単調な童謡が流れ
子供は走り去っていく、大人もそろそろ仕事に目処を付ける頃合いだ。
彼らの非日常はそんな時間から動き始める。

退屈な毎日を砕いて行くと同時に、自分の人間らしい毎日も投げ捨て
最終的には何処へ向かうのか、そんな事は相変わらず解らない。

足音は少しだけ早く、床を叩き、つま先を叩く音に変わると扉が開く
かすかな光と、昼間の熱を冷ます闇が混同した世界が広がり
扉を開けた先の人影はすでに異形のそれへ変貌している

『珍しい、私も使うのね...探すのは、ファクタル。当たりでしょ』

背中に伸びる羽、ティポラーがからかうように語りかけると
一瞬の眩さの後、既に変貌を終えたシュリョーンの姿は数歩先で空に舞い飛ぶ。

ある程度の高さで浮遊状態に入ると、羽先から伸びる光の糸が無数に空を駆ける。
この世界に張り巡らされた亜空間の糸から特定の人物を見つけ出す
...と言っても亜空間の記録にある人物に限られるのだが、ファクタルはそれに含まれている

「見つかるかねぇ」

『ええ、直ぐにね。でも見つけてどうするつもり』

ティポラーの白々しいほどに女性的な声が背後から響く
直接意識下で会話する事も出来るが、彼等は体から発声するのを好んでいる。
やはりどこかで、一体ではなく個であり続けたいのだろう。

「どうやら悩みがあるらしい。そんな時、正義の味方に必要な物は...何だと思う」

夜に向かう風は微かに冷たく、変貌した体であってもその感触は心地が良い
そんな穏やかな夕暮れの景色に無数の光の糸が伸びている。

目前はもちろん、全視界に伸びるその中の1本が
標的を見つけたとでも言うように震え、眩い光を放つ。

『そうね...慰めてくれる都合のいい女かしら。後は強烈なライバルとか、男の子は好きじゃない。
...あら、どうやら彼今何かと戦ってるみたいよ。でも、まぁ関係ないか』

無数の光が収束し、標的への道へと形を変える
赤紫の光の道、無数に揃うとそれは鮮やかな色を持つ。

「前者に俺がなるのはどうなんだ...まぁいい、しかし君も随分人が変ったな」

ティポラーもマニックも、力が強まり、人間2人の境界が曖昧になった頃から
より強く思考が繋がったのか、人間と同様に会話が行えるようになっていた

話してみて解ったが、彼らの素の個性は随分と穏やかで気の良い奴らである。
心強い仲間、それと同時にシュリョーンを成すもう一つの真黒の存在である彼らと
こうして言葉で理解し合えるのは悪いものではない。

『そうね、私も変わったのかもしれないわ...っと、お話もここまで。ロードに入れば一瞬よ』

目前の光の道へ一歩踏み出すと
世界は無数の線へと変わり、刹那の中で景色は変る。
瞬きの間に、世界は次の目的地へと変化し、既に足はその世界へと踏み出している。。

「付いたか、じゃあ今日はもう一仕事頼めるかな」

『あら、嬉しいわ。久しぶりだからやり過ぎないようにしなくちゃ』

シュリョーンの背中に宿るティポラーの羽が光の粒子を舞い散らせ
蛾の姿を模したその体は悪空力を鱗粉として放ち姿を隠す

まるで本当に蛾その者であるかのように、相手を威嚇しその毒で支配する
時に相手の死角野にも影響を与えるなど、無数の能力を秘めた姿は
妙に女性らしい声色も含めて、その内面を知らなければ信用しがたい生き物に見えるだろう。

「別に止めを刺すわけじゃない。程々に頼むぞ」

『あら、そんな事じゃ返り討ちに合うわよ。どんな時も本気で向かうのが礼儀よ』

こんな風にもう一つの意志と言葉を交わし合いながら戦いに向かうのも久しぶりだ
変わらないようで、随分とこの体も変化し続けている
向かう先にある物が、正しいのかは解らない。しかし見失いはしていない
この自らが進むべき道だけは、常に見定めている。

「肝に銘じておくよ...では、行こうか」

彼らは踏み出していく、まずは自分の証明をもう一度確認するために。
善と悪の邂逅に向かい、今日と言う一日が最後に激動の波に飲まれてゆく
鈍く輝く光に、無意味なほどにギラつく悪がその刃を再び翳し、善と悪が今再び相まみえるのだ。

―――

異形の気配を感じていた。
体が自然と何かを救えと、足を動かしその場所に辿り着く

寂れた商店街のアーケード
シャッターは殆どが締まり、営業している店も夕方にはその顔を隠す
懐かしい気配、田舎臭い景色、終わりゆく街並み。

普通にしていても未来はないこの場所に、自分の目前に、それはいた。
人型の異形、シルエットはでっぷりと丸い人間、だがその見た目は異質で
戦う意志がなければ顔をしかめて見る事もしなかったろう

「よく言われないか、ゲームの最初の点数稼ぎの雑魚みたいだって」

銀色の腕が異形に向かい翳される
光が宿り、巨大な刃が瞬く間に形成されると
ファクタルの体がバネのように跳ね、異形に飛びかかる

一撃目、まるで考えも無く伸び飛んでくる異形の腕を刃の右手が縦に真っ二つに切り裂いた
その割いた腕をそのまま引き裂くように突撃し
体を形成する太い骨に突き当たると、さらに力を込め押し通し
異形の巨体は既に廃屋に近しい店舗のシャッターに激突し、醜い形そのままのへこみを作る

「ヒギャァァァァッ」

声にならない声が、巨大な筒状のアーケード内ではよく響く
人もいるのだろう、しかしその状況、異質な気配に誰もが身を潜める
元より老人しかいないような、色彩のない人も店も何もかも、もう浮世には無関心なのかもしれない

「ッ、随分太てぇな...次はこんなのはどうだッ」

力任せに突き刺さったままの刃を引き抜きそのまま背後に跳ねる。
宙を半回転したその姿はかつての正義の戦士のままに鮮やかに光る
しかし描かれる曲線に交じる赤は妙に鈍く光、銀の体に流れる血のように見えて
飛び散る異形の血よりも、妙に鮮やかにその体が異質であると感じさせる。

「ギィ...ガァァッ」

裂けた腕を振り周し、最早狂乱の様相の異形が暴れまわる
人間であれば既に死んでいるはずだが、異形は死んでなお生かされているような者
生命期間を完全に潰さねばならないのだが...今の体を試したい、そうも思っていた。

まるで遊ぶように上、下と繰り出される最早肉塊でしか無い腕を避け
3発目に飛び込んできた尾のような長い何かを見るや
体を捻り、一瞬踏み込むと、その場で尾を避けるように跳ね、勢いに任せ体を回す

左右に刃の腕を構えたそれは回転する刃の嵐。
尾を振るい、一回転し元の位置に戻った異形の目前に
最早理解すら出来ない一瞬の風が突き抜ける衝撃と
微かに何かが切れる音だけが聞こえその動きが止まる

「どんな人間だったかは知らないが、少しだけ長生き出来てよかったな」

異形に背を向け着地したファクタルの背後で
バチンッとブレーカーが落ちるような音が響く
巨大な体の中に詰まっていたその構成物が液体も個体も何もかも
すべて一瞬で弾け、まるで爆発するように音を立て弾け飛んだのだ


「相変わらず汚れないんだな、便利な体だこと」

ファクタルの体は異形の血には汚れない
だが浴び落ちる付着するはずだった物は足跡になって地面に残る
異形の変質した血液は熱を帯び、その足跡には湯気が立つ

「何だってこんなにバケモノが、しかも隠れるようにそこら中にいるんだ」

言葉も話せぬ異形、これもまた人間を芯にした物らしいが
技術が低い...と言うより、何か試しているような
無理矢理に作っては放っているように感じられる

少し現実の世界から離れている間に随分とこういう物が増えたらしい
一つの宇宙人が入り込むとその隙から無数に入り込んで来るとも聞く
悩んでいるよりは、そんな奴等を相手にしている方が楽だが
この世界は相変わらず滅び切っているようにしか見えないのは、どうにも辛い。

「バケモンならここにも一人いるが」

突然声が響く。
漠然と考え事もまとまらないまま見上げた目先
刺さる声、そのシルエットに見覚えが無いはずはない

「...シュリョーンッ」

この間自分が取ったやり方と同じだ、突然現れる
そして気配は明らかに敵対の意思を感じさせる、意趣返しとでも言うつもりか。

薄暗くなり始めた商店街真ん中、広場になった僅かなスペース
この日、落ちる寸前の太陽の光がそのシルエットを鋭く伸ばし
まるで本当に悪魔のように見えた、半ば怒りに任せて異形を破壊する自分を
正義じゃないとでも説教する気だろうか。

当然、そんな筈は無いのだが
今となっては自分のシュリョーンと同じ位置にいる。善も悪も変らない。
その事実がまるで自分を否定するように思考から、空気から、突き刺さってくる。

「言わずとも解るだろうが...どうよ、これから一喧嘩」

異形の刃に何かを撒き散らす羽
前よりずっと悪役らしい、さっきのが雑魚だとすれば、あれは明らかにラスボスの類だろう。
ゲームに例えるようになってくると、いよいよもって自分も末期だと感じる
現実じゃないと思いたがっているのだ、今のこの状況、すべて、架空だと。

「...どうせ押し売りだろ。この前売った分、今日は買ってやるよ」

言葉を聞くまでもなく、シュリョーンの刃がその体の正面に構えられている
よく知っている技、何度も叩きつけあった技だ
だからこそ、手を抜けばこちらが一瞬で倒される事も理解できる。

「見せてやるよ、良くない方向に生まれ変わったこの力をよぉぉぉぉッ」

最早捨て身というべきか、声が出た、叫んだ。
走り始めたその体に、力が宿る。
両腕に出たままのスラッシャーを構え突進する。

「良い面構えになったな、見せて見ろお前の今の正義ッ」

「抜かせこの悪役未満ッ」

両者の腕が勢い良く伸び、その手に握られた刃を振るう
激しい金属と金属のぶつかり合いがけたたましい音を立て木霊する

善と悪、互いに違う可能性を秘め進化し続けてきたもの
輝きの中で迷いに光を照らさんとする者、闇の中に輝きを見出す者。
死闘...否、私闘というべきか。

誰の為か...互いか己か、新しい力が激突する...その先に見えるものは何か。
はじけ飛ぶ光と闇の粒子の中にその答えは眠り続けている。今はまだ...だが。


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-Ep:06「霞んだ光」 ・終、次回へ続く。
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