その命を消費し続ける自分、引いてはこの世界そのものが
何時か終わる物だということを、頭で理解はしていても
どうにも現実的な方向には受け入れられない、それが人間であり
それを受け入れられない理由は往々にして、理解しようとしない、そこに至らないからであろう。

理解不能な物を理解する。要は死を経験し終わりを経験すればいいのだが
それを実現した先にあるのは、次には死であり。要は理解不能なのである。

その理を理解できるという人間がいればそれは「理解した振り」をしている
この世で一番愚かな類の人間か、理解できているが既にそれは人間に見える異形か何かの可能性が高い。

異形は総じて死に至るかそれに近しい現象を超えてその境地に至る
この世界で死の後を語れる存在がいるとすればそれは異形以外にいないだろう。

【では、異形を見分けるにはどうすれば良いか】

自然な疑問であるが、それは簡単で難しい
なぜならば異形は人間らしさを保っているか、完全なる化け物かの2択だからだ
前者を捕まえることが出来れば話を聞くことは簡単だろうが
それは容易ではない、後者の場合は会話が成り立たない場合がほとんどであろう。

唯一簡単に見分けることができるのは、異形同士だけである
何らかの追加要因で異形の力を手にした人間も同様だがそれも既に異形と変わりない
要はこの世界において異形は異形にのみ見つけ出せる存在である。

その見つける能力というものは最早何かの作為を感じるほどに偶然とは思えぬほど
何の要因も必要とせず当たり前に見つけられてしまうのである。

引きあうのだ、互いに見つけ出して互いに潰し合うようにできている。
逃げることは出来ない、戦い続ける運命とでも言うのだろうか。

「...何となく、感じるんだよなぁ。聞いた話では便利屋さんが近くにあるっぽいけど」

これまでの数時間の間、道行く人に漠然としたイメージで話を聞いただけでも
シュリョーンの存在は当たり前のように知られていた
「黒い兄ちゃん」だの「宇宙人キラー」だの色んな名前で呼ばれていた
どうやら正しい名前は知られていないらしい

道中で、ついこの間の宇宙人はどうやらシュリョーンが何とかしたらしい事
悪役を名乗る割に、狙っている敵以外の人間は襲うどころか守ってくれるらしい事
それ以外にも色んな過去が知れた、聞けば聞くほど、その行動はどうにも他人の気がせず、親近感が湧いた。

自分が助けてもらった事も、話を聞いた人達の証言も、様々な要素が重なり
皆違うあだ名をあげはするが、それがシュリョーンの事を話しているのは明白だった

悪を名乗りながら、多分無意識なのだろうが人を助け
名も知られないままに次第に馴染んでいく、少し羨ましかった
こうなりたいというより、こうまでも人を捨てたのにまだ人の形を保ち
平然と生きていることに何か強く惹かれたのかもしれない。

「おっ見えてきた、再装填社...変な名前」

彼と戦う理由はない、だが見つけ出せばもう一度戦うつもりでいる。
私にあるという最後の鍵、それはシュリョーンと戦うことで開くような気がする

話を聞く度に貰ったお菓子やら飲み物やらのお土産で
いつの間にか手に持ったビニール袋が一杯になっていた。

破滅的な災害の後でも、何も変わらず人間特有の優しさを持ち合わせたまま
この火入国の中でも立中市という場所は随分と強い人間が多いらしい
そしてそれを助ける強い力も多数居たようだ、なんと無く気分も軽くなる。
泥沼のような街だと思っていた、だけど違ったようだ。

「わぁ、何だか見た目も結構変だな」

街外れの一角に立つ、何だか特殊な形の事務所
ここに来れば何かが解る、漠然とはしているが、妙な確信を感じる

OPENの札がかかった、金属の無駄に重い扉を開くと
その先には机に向かう男の姿があった、穏やかそうに見えるが
雰囲気がなにか普通の人間とは違う...同類だとは直ぐに理解できた

「えー..あの...」

最初の一声をかけようとした瞬間
机に向かう男の顔はこちらをに向き、バタラバが予想だにしていない言葉を放つ。

「おや、いらっしゃいバタラバ。クズ野郎どもは片付いたみたいだね」

一瞬の空白、考えが頭をめぐる
何故この男は私を知っているのだろう...漠然と思考は巡るが、考えは何も浮かばない
だがその気配が答えを教えてくれた。覚えがある感覚、シュリョーンだ。

思い返してみれば最初に出会った時は男の声だった
それが変質して自分の知るシュリョーンに変わった...理解は出来たが納得はできない
だが、それを確認しなければ話は先に進まない。

「まさか...シュリョーンじゃない...よね」

「何を言って..ああ、そうか。あの時は葉子の姿だったから解らないか」

パッと一瞬だけ姿が女性へと変わる
電気がついて消えるかのような何のアクションも見せない変質
自分も異形であることは間違いないが、ここまでのレベルは見たことがない
最早人間の形をしているだけ、形を保ちながら行くところまで行ってしまった
そんな印象が強く感じられて、やっと理解と納得が平行を保つ。

「姿を変えたほうがいいかな?この方が楽なんだけど」

「いや、別に構わない。それより全て解ってるなら話が早いや」

一直線に対するシュリョーンに向けて指をさすと
バタラバは高らかに宣言するように言葉を続ける

「依頼したい。私ともう一度勝負してくれ。勿論本気でだ」

言葉を受けたシュリョーンが驚いたような表情を見せる
理解したのかは解らないが、一応目的を話しはした

長い道のりだった、だが妙に楽しかった。そしてこれからの戦いを受け入れてもらえれば
今日という日は自分にとって今までで一番楽しい日になるだろう。

「...成程、依頼とあらば受けない訳にはいかないな。良いだろう」

こうして、私の最良の一日が加速していく
これは最良にして私の第二の短い人生の始まりの直前
この時の判断が正しかったのかは解らない。

だが、後悔は一切ない。
刹那の先、移り変わった戦いに適した空間
そこで得た戦いと、過去との決別と、自らの限界を超える可能性
それらから私は変わり、本当の意味でバタラバへと変わったのだから。

今正に、その戦いの始まりの瞬間が目前に広がる
鍵を開ける時は来たのだ。

―――


「まずは場所を変えよう」

私に飛び込んできた言葉がそのまま現象として目に前に描かれる。
未知なる領域に踏み込んだと実感させてくれる現象。

目前に広がる、事務所の中にいたはずの自分の世界が崩れていく
僅かな間広がる虹の景色、この間と同じ僅かな刺激が体を突き抜けていく。

呆気にとられたまま、変わる世界に声も出せずにいれば
次の瞬間には目の前の光景は変貌し、シルエットの世界に色鮮やかな空が見える

「空...本当に凄い力だこと」

相手に有利な世界...そんな手を使うタイプではない事は理解している
周りを気にせず戦える舞台へ移動してくれたのだろう。

漠然と、既視感のある光景。何か過去の記憶の中のような世界。
漠然と時間が止まっているような感覚を覚える...勿論、目前のシュリョーンと自分を除いて。
この世界には時間という概念すら無いのかもしれない

「ほら、もう邪魔は入らないぞ。どこからでも来い」

一瞬の色の切り替わり、深い黒の後に鮮やかな赤と紫の光が走る。
その光に釣られるように対面にも光が走り、二つの人の形が変わる。
瞬く間に、既に両者の姿は異形のそれへと変貌していた。

奇妙な質感の世界に、相反する個性の二つの異形
その間には憎しみも怒りもない、ただ戦うのだ。何かを求めて。

「では...お願いします!」

戦いの許しを得たバタラバが、それに応えるように一礼する。
大きく下げた頭を上げ、元の姿勢に戻った...次の瞬間、大きく踏み込むと前方へ跳ねる
虫の力を持つその体は、シュリョーンの目であっても見失いかねないほどに早く、まるで消えたように感じられる。
超常的能力ではない自然な肉体から生まれる力は素直に強力だ

「はぁぁぁぁッ」

時の動きを止めた世界、自らは音を産まぬ世界に羽音を響かせながらバタラバが迫る
握られた拳は変質し右は刃を形成し、左腕は盾のような円形の装備が現れている
昆虫と言っても無数のタイプを取り込んだその力は外見だけではその全てを理解させてはくれない。

「まだそんな面白そうな力を隠していたか」

音、影、そして動き。バタラバが迫り来るであろう位置へシュリョーンの視線が向く。
体の動きよりも早く飛び込んでくる刃を、まるで待っていたように我導剣が受け止める。

一度弾かれれば次は違うポイントから、まるで弾丸のように空間を切り裂き飛び来る刃。
数発の打撃を受け流すと、飛び込んできたバタラバの腕を掴み、背負投げる

タンッと高速で移動する風の流れが途切れる音と共にバタラバの体が軽く飛び
世界が回転し、天と地が逆転しその手が解放される...数秒の後、地面に投げられたと理解する。

「チッ...」

今は地の方向に見える地面に羽を広げ、風をクッション代わりに再び跳ね
体を捻りながら空へ舞い上がり、今度は高い上空から落ちるようにシュリョーン目掛けて迫る
腕を下方に構えた姿はまるで昆虫そのもの。変貌が戦いの中でも進んでいる、各所の虫の力が強まっているようだ。

「一回位、まともに受けて欲しいけどッ」

「...その望みも聞いてやる」

迫る針のような刃に対しシュリョーンが我導剣を振るい応戦する
エネルギーとその者の勢いで生まれた風が激しくぶつかり合い
何もかもが無に等しい世界に無数の傷をつけていく。

ぶつかり合う金属音、削れ合う刃と刃の耳障りな悲鳴
一点集中の力と力がぶつかり合う事でその場全てが震えをあげ、叫びを上げる。

それぞれの音が重なり、音のない世界を色に追いつくように彩り
この戦いの結末を示すように色合いが一つに統一されていく

「何故戦うことを望む、復讐も済んだろう。ただ純粋にその力を試したくなったか」

「...まぁ、そんなとこ。この体で何処まで戦えるのか、生きれるのかを知りたいだけよ」

人間の形を保った口元が笑みを浮かべる
互いに解っている「敵ではない」と、殺しあう理由もない、だが刃はその生命を今にも狩り取らんと宙を裂く。

私闘であり死闘。互いに強さを求め双方に全開の力を求めている。
総合した力は双方に互角。当然、近しい力が全力でぶつかり合えば
それは自然と命を賭けた争いにならざるを得ない、自然な流れというべきか。

跳ねる刃、それを受け、斬り返す刃、振るい炸裂する拳
火花が散り、衝撃が地面を揺らす、風の切れ目呼吸の合間に隙を見出し
放っては受け、振り下ろしては避ける一進一退の攻防が続く。

「強いな、今まで戦った相手の中でも特に強い...が、素直すぎるな」

我導剣を避け、シュリョーンに向かって伸びる腕を脇で固めるように掴むと、そのまま顔にめがけて拳が飛ぶ
対するバタラバはそれを避ける事もせず、そのまま直に受け止める
勢いをすべて飲み込んだ拳が頭部の甲殻に無数のヒビを入れ、装甲の隙間から悲鳴が上がる

「そう...それだ、女子供でも容赦しない。悪である貴方だから、私と本気で戦ってくれる」

人間の部分から血が流れ、その表情を隠すが
相変わらず口元は笑みを浮かべている、戦いを、今の状況を楽しんでいる
声には笑いが交じり、まるで遊んでいるようにその気配は軽く、心地が良い。

得た力、世界を変える事が出来る自分
そしてそれと対等に渡り合う別の存在が自分のために力を貸してくれる
絶望の底に居た彼女にとって、これはまるで桃源郷にでもいるような気分だった

「俺も、お前みたいなタイプは嫌いじゃない。楽しいよな...なぁ」

仮面に隠れたシュリョーン、その中の顔もまた笑みをうかべている
異形という存在は人である事を失う事を意味する。、快楽は削れ欲望は消えていく
そんな存在になって久しく、この対峙する存在は「楽しい」のだ

「当然、手抜きなんて許さない。殺すつもりで来なさい...よぉッ」

再度、拳と拳が激突する。
それはまるで光が一瞬突き抜けたように鮮やかに衝撃だけを残し
硬い骨格と亜空力の装甲が激突し激しい衝撃に火花が散る。
衝撃に負け、双方の関節の隙間からがその内包する力が吹き出し
既に放たれたエネルギーの余波を取り込んで、周囲にまで軽い爆発を誘発するように巻き起こしている。

「...ぬっ」

「ギィィィィッ」

激しい炸裂音の後、エネルギーの反発は遂に極まり爆発する。
手どころか全身が跳ね飛ばされ、煙を上げながら双方が対局の位置に着地すると、直ぐに姿勢を立て直す。
対したまま、構え直し、それを崩すことはない。そして当然のように言葉での戦いも続く

「私はね、希望を捨てたつもりも、生きることを投げ出したつもりもない。でも試したくはなるのさ。
カザグルマはこの先も生き残れる体にしてくれた、この体の真価を」

希望を失った少女にとって、残された自分の体こそが最後の希望
自分に宿る力こそが、この先も生きるために必要な支え。

その体を最も強い力へと昇華させた。
そういう意味ではカザグルマは彼女にとって神にも等しい存在なのだろう

その神に貰った力にある限界、それを知ることが目的を果たした彼女に残るある意味では未練。
知りたいのだ、自分の限界を。それこそが最高に楽しい彼女にとって最後の欲望と快楽。
そして、それを成せるのはシュリョーンしかいない、そう考えたからこそ今の状況がある

絶対の力を持ってしても敗れるのであれば、限界はそこにある。
それは「この先も生きていく力」ではなかった事になる、だがそれでも良い。
共に戦い、そして今まさに対峙して解る。この存在にならば例え負けようが後悔はない。
...だが、同時に湧き上がるのだ勝ちたいという衝動が。

「個人的には問題を起こさないならそのまま生きていて欲しいが...そんな手は払い除けるだろうな」

バタラバの体は戦いの中で次第に変化している
手の刃は両腕が片腕に、変わりに刃として独立して動きを阻害しないように
左腕の盾は速い動きに対し、大振りな攻撃による隙から体を守るために生まれたのだろう

死に近づけば近づくほど進化している、まるで這い上がるように
絶望を喰ってそれを力に変える、ある意味理想的な進化の形にも見える
歪ではあるが、最早正義の可能性ではない。彼女は立派に正義になっている。

「当然。...正直に言えば怖い部分もある、だけどそれ以上に私は私を知りたい。
だけど、それを知り自分が見えてしまえば渡しは今の私ではなくなるかもしれない。
だからこそ、今この時。悪に頼むんだ。まだ何でもない私を倒せるのはアンタだけだ」

漠然とした恐怖と不安、這い上がった先にあった自分は既に人ではなかった
その恐怖を、若さと精神力だけで補い、彼女がたどり着いた先がシュリョーンだった
彼女はこの戦いを楽しみ、同時にその先にある未来を恐れている。

勝てば彼女は更に強さを求め、その道筋で正義へと覚醒していくだろう。
しかし、戦えば戦うほど彼女の体は適応し、異形として進化していく
それが果たして救いなのだろうか、異形になる、それは自己を捨て違う何かに変わる事

完全なる姿、完成形へと至ったバタラバはもう、誰かの為に動き
復讐という仮面の奥で、自分以上に同じ目にあった他人を救いたいと願っていた
あの人間らしい感情を持ちあわせてはいないのではないだろうか

解らない。
だからこそ、その答えを求めて。その答えを知っている完全なる異形
...そう、悪に解を求めたのだ。

「...君は本当に、正義の味方だな。いいだろう、ならば悪役が最後まで全力で相手してやる」

シュリョーンが正面に剣を構えると
我導剣の顔が正面を向き、その大きな口を開く
無数の赤紫の粒子が集まり、その刀身を覆い巨大化させる。
最大の一撃、その気配、その姿、全てが最後だと予期させる。

「最後の鍵はもう開いてる。私は...私の正義を得る」

対抗してバタラバも右腕を正面に構えると腕を変質させ刃へと変える
そのまま強く踏み込んだ足の周りの地面が砕け、巻き上がった砂利がバタラバを覆う
最早全ての地形、エネルギーが彼女の武器に変わる、驚くべき進化がその身を尖らせる。

「「ウォォォォォォォッ」」

二つの気迫が交じり合い、叫びは交差し互いに煽り高め合う。
どちらが先か、それすらも解らない、叫びの中で両者の足が踏み出された

刹那の後、激しい炸裂音が響く。刃と刃が激突し、再び後方に気配が飛ぶ
そしてまた跳ね一歩、また一歩と最後の一撃へと駆け寄っていく
腕が、足が、激突の度に削れ、砕け、切り裂き血潮が飛ぶ。

「我導剣ッ...一閃」

「貫けッ甲螂刀ぉぉぉぉッ」

幾つかのエネルギーの激突は互いの力を最後まで研ぎあげ
ふたタブ叫びが交錯する、最上にして最後の一撃。
これが最後だと、叫びを上げ告げているようにも聞こえる。

距離をとった先、真っ向から互いに向け駆け出し、瞬時に距離はつまり互いの刃が衝突すると
突き進むべきエネルギーが激突した地点から炸裂し無数の棘のようにダメージとなって襲いかかる
光の帯は身を切り裂き、剣圧は刃自体を砕くほどに強烈な力を放つ、最早それは全ての力の衝突

あと一歩、踏み込んだものが勝つ
意地と意地、力よりも気迫の勝負に近い激突の中、金の刃が声無き叫びを上げる

「お前の正義、確かに見たぞ...バタラバァァァッ」

叫びに呼応するように我導剣がバタラバの刃を切り裂き跳ねる
バタラバの体は遥か後方に跳ね飛ばされ
右腕の刃を構成していた一部が宙に舞う

その背後、刃が通り過ぎた太刀筋はその世界自体が斬れ
だらりと垂れ下がった景色の壁の切り口からは赤紫色の世界がギラギラと輝いている

吹き飛んだバタラバの目に飛び込んだその景色はまるで夢の世界のように見えた。
宙に浮いたまま、ゆっくりと落ちていく中で見える世界
あの日見た亜空間が、まるで世界の傷口であるかのように口を開き、目に焼き付く。

「生きてる...でも確かに手加減はされてないな..でも負けた...どうすればいいんだ、解らない。
あぁ綺麗な赤色...あの世界からシュリョーンは来たのか、綺麗だ」

痛みもない、感覚を失った僅かな時間。現実と夢想が交互に頭をめぐる。
地面に叩きつけられるまでの永遠とも感じられるこの刹那に
バタラバは亜空間の煌きと、その世界を知っても尚
崩れ落ちそうな現実の世界で戦うシュリョーンに漠然と疑問を感じていた

死を超えてもなお戦うこと、強さとは何なのか
守ること...それよりも自分自身のために進み続ける事だろうか
あの鮮やかな世界、あの世界にいた方がもっと静かに穏やかに生きれるのではないか

色々と考えはしたが、漠然とその存在その者、そしてあの赤い世界を見て確信する
甘やかしでも何でもなく、生かされたのだと。生きて己の未知の中で解を得よと
切り裂かれたのは腕と...そして絶望と迷い。私に残る人間らしさの負の部分。

「あっ...最後の鍵ってこういう..」

思考の果て、鍵の意味が理解できた様な気がした。
動かない体は、答えに行き着くとあっという間に置いていく。地面が目の前に迫る。

「我道...生きろ...解ったよ」

「グシャ」と鈍く生々しい音が響き、異形の体が地に落ちる。
戦いの終焉、一旦ではあるがバタラバの戦いが終わりを告げる

死んではいない、まだ意識は自分でも感じられた
しかし同時に右腕と体に激しい痛みも襲いかかり、頭部に至っては感覚が戻らない

微かに残った感覚、耳に何かが走り寄る音が聞こえ
シュリョーンだろうか、礼を言わなければ
最後の鍵を開けることが出来た...そうか、鍵というのは...

「あっ..あぁ、シュリョーン...」

何とか体立ち上がろうとするが上手くいかない
既にぼやけた視線の先にシュリョーンの姿が見える

私の体を持ち上げると壁にもたれ掛かるように座らせてくれた
確かに加減はなかったようだ、随分と限界に近い体は痛みすらよく解らない
...どうやら、私の鍵は開いた、だが体の方は使いものにならない様だ。

「..ありがとう。礼を言うよ」

「何を言っている、まだ生きているだろ。礼を言うのは俺に勝ってからだ」

「そうしたい...だが、貴方との戦いは...ハードすぎたね」

バタラバが残る力を振り絞り、斬れ飛んだ右腕をシュリョーンの胸に向ける
指さしたつもりなのだろう、指した先は人間であれば心臓のある位置

「貴方の...戦う理由、見えたよ..おか..げで私も」

彼女の言う鍵、それは戦う理由とそれに伴い襲い掛かり続ける恐怖の破壊
そして、彼女が彼女のまま異形を受け入れ、正義として生きる可能性を掴み取ること。
彼女なりの我道、それを掴んだ今、腕の中にいる存在は異形を超え立派な正義である。

だが、その正義の灯火は消えようとしている。
彼女は何処かでそれを理解し、超えて勝とうとした、そしてギリギリで打ち勝った。
...だが、体がそれに追いつかなかった。

「俺は何者とも生きられない、代わりに何者とも戦うことが出来る
...だから生きろ、お前は正義として生きてまた挑んで来るんだ」

悪役は楽をすることが出来ない、何故かと問えば悪だからだ。
常に正義の影に存在し続けなければいけないる、天罰なんて愚かな思想はないが
やはり世間の流れは悪に対して何かしらの罰を与えたがる。

彼にとってその罰が「永遠に戦い続けること」であり
彼、彼女、どちらでもなくなったシュリョーンにとってのそれが「不死」だ
人間でもなく、歳をとることも出来ず、ただ失う事だけを強いる

シュリョーンの言葉もまた、失うことに対する否定、願望であり
悪が正義に存在し続けることを求める、矛盾した理想を求めているのかもしれない。

「悪役がそれを言うか...ははっ、面白いな。本当に面白かったよ...ありがとう」

上げた右腕が言葉を終えると崩れるように落ちる
既にその体に生気はない、だが表情はあまりにも晴れやかな笑顔をみせたままだった

何度目だろうか、解り会えたかもしれないものが目の前で消えていく光景を見るのは
人間らしい感覚が段々と消え始めている体の中で
唐突に思い出された傷を伴わない痛みが、漠然と胸に残る

「生きろというのに...正義はいつも話を聞かんなぁ、本当に」

生命活動を終えたバタラバの姿は異形のまま戻ることはなかった
眠るように壁にもたれ掛かるその姿は完成された美しさすら感じさせる
だが、眠り付く時位は人間の姿に戻してやりたい、そう感じるのも事実だ。

「カザグルマ...お前は何を求める、この子はもう...」

シュリョーンがバタラバの体を持ち上げようとした瞬間
激しい突風が吹き抜ける、仮面越しの視界すらも遮るその風は異質。
自然界のそれとは明らかに違う強烈な力で全てを置い隠す様に吹き荒れる。

「これは...カザグルマか」

この風には覚えがある、何時ぞやのカザグルマの放った風と同じ
そう気づいた時にはもう遅く、風が通り抜けた後には
既にバタラバの体はなく、崩れた瓦礫だけが残されていた

「バタラバ...連れ帰ったというのか、奴は一体...」

戦いの嵐の後には何も残らない
僅かにに生まれた友情も、微かな希望も
それらは全てこれより先で起こる激動の波に飲まれ消えていく。

「鍵は開いたね。バタちゃん...帰って直ぐ直してあげるからね〜」

風の中に声が響く、悪ふざけのような声色が後味の悪さだけを残して。
ザクロと同じ様に、その生命を終えた存在すらも弄ぶというのだろうか
そんな事はさせたくはない...がだその姿を目で捉えることすら叶わなかった。

「カザグルマ、貴様...必ず見つけ出してやるからな」

怒れる黒い金十字
役者は揃い世界は嵐の中にいる。

嵐は誰が起こすのか、暗く淀んだ世界の靄を
まるで無理やり剥ぎ取るように、世界は顕にされていく
終わりを拒み続けた結果に待ち受ける、その先にある結末を...

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-Ep:05「望みし者達」 ・終、次回へ続く。
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