こんな状態にこの星が陥る前から、それは起きていて、誰かが悲しんでいた。
この国では年間何百..何千という人間が姿を消し、そのまま戻ることは無かったのだ。

ある者は事故、ある者は失踪、ある者は神隠しだと
彼や彼女の行方は知れぬまま、時は過ぎ不幸な事に世界は一度洗い流されてしまった
彼らを探すものすら、探される側になってしまった、今はそんな世界だ。

今も各地に残る古びた立て看板には
色あせた張り紙が「探し人」を求めて風に揺れている。

もう帰ることのない人々は、果たしてどこへ消えたのだろうか
今の時代、荒れ果てた景色の中ではそれは最早、答えを求めるのは困難であったが

それらの中にあって「自ら望んで消えた者」にとっては好都合な世界である
...不謹慎ではあるが、それもまた事実なのかもしれない

同時に、良からぬ者から無理矢理に自由を奪われていた者にとっては
起死回生のチャンスでもあったかもしれない、そう考えれば破滅もまた希望である。

どんな時、どんな場所でも闇があれば光がある。
帰る事の無い人であったその影も、今...暗泥から這い上がり、その世界に舞い戻った。

彼女にとっては目の当たりにした荒廃した地平は、あまりに鮮やかで
取り戻した実感と共に、去来する感覚はまるでワンダーランドにでもいるように
何か背中を押すような、夢の世界を見せてくれているのかもしれない。

―――

「やっと出られた...?何だか凄い揺れ..おかげで助かったわ」

2012年の冬、彼女は外の世界に這い出た
ニヤケ面の汚い男達、薄汚れた歪んだ笑顔の女達。
無数の視線はギラつき、認識はもうそれを顔ではなく、何か記号だと思わせてくれる。

どれほどの時間が経過したのかは記憶にない、一瞬の暗転の後、広がったのは絶望だった。
彼女は好き放題に蹂躙され、最早現と虚の区別も曖昧なまま、徹底的に追い詰められた。

...痛みと恐怖の先に、最も嫌な形での死が待っている。
想像している今よりももっと酷い未来を彼女は拒もうと、その意識だけで立っていた。
そしてその意志が、彼女にとってはこの上ない好機を生む。

大きな揺れ、激しい音、世界がが激しく振り回された...そんな感覚。
この世界に起きた破滅の第一歩。
彼女はそれを切っ掛けに、その地獄と言う名の幻想の中で見た漠然とした生にすがり
崩れる壁を避け、怯える下衆を蹴り飛ばし、無我夢中で光を欲した。

最早崩れ去り姿をなくした瓦礫の上、汚泥と煙と灰が飛ぶ僅かな足場に立ち上がり
息を荒げ、見上げた葵区もなにか違和感のある空
その大きく広がった空に何かを感じるよりも早く叫ぶ、理由はなかった。

大きな声は出ない、既に潰れかけていた
手足には傷と痣、いつ付いたのかは記憶にない。

顔だけは砂煙に汚れてはいたが綺麗なままだと実感できる。
下衆どもの暴行も、意図的に顔だけは避けているのは理解できていた。
考えずとも、最後に売り飛ばすつもりだった...それは解る。

まだ大丈夫な箇所がある、それだけ理解できると気が抜けるようだった。
半狂乱の世界で泣き、叫び、壊れ果てたおかげで随分と疲れていたのだ。
かすれた音が喉を通り抜けていく、相変わらず声は出なかった。

「...痛い、喉もダメなんだな」

崩れた建物の上、周囲は似たような破滅した世界が広がる。
燃える炎、裂け割れて水柱が飛び出しけたたましい音も聴こえる。
何処からだろうか、呻き声と地響きのような音も常に聞こえていた

狂乱の世界、表現するならば生きたままの地獄にいる
だが、閉じ込められた密室の地獄よりは、抜け出た先にある地獄は落ち着く世界だった。

気が抜け、何故か微かな笑いが止まらない。妙に高揚した心。
解放の喜びと、飛び出した先に見える嘘のような世界の姿
それは最早、幻想の世界に迷い込んだも同然の未知なる境地

過去の私は誰だろう、今の私は死んでいるだろうか?
死んでいればまだ楽だったろう、何分全身痛みが激しい、今も深く重く痛む。

「...」

あいつらは死んだ、巨大なコンクリートでに押しつぶされた者、鉄柱で串刺しになった者
感覚的には者というより物、そうなるように押し飛ばし蹴り飛ばしそれらを死に追いやるきっかけを作った

...私は人殺しであるのだろうか、だが奴らに生きたまま殺されかけたも同然
生きるために、相手の生を奪い生きながらえたのだ、罪悪感など微塵もない。
むしろ、その瞬間は何か感じた事のなかった感覚が体を高揚させていた。

折れにくい精神ほど厄介なものはないとこの数日痛感していたが
いざ時が来ると折れなかった自分を褒めたやりたい位だ、よくやったと。

捕まって数日、幸いまだ性的な方向まで手出しはされなかったのも大きかった
汚い口から漏れた言葉は「初物は高い」とか「恐怖を与えてから」とか、そんな反吐が出る物だった。

代わりに、何だかよく解らない薬を飲まされ、針を刺され思考が明らかに変になっている
それだけは感じた、同時に「もう手遅れだな」と漠然と思いもした。
今、目の前に広がる世界を当たり前に受け入れられているのもこれのせいだろう。

「何があったんだろ、変な世界にでもきたのかな」

混乱した頭のままではある、しかし絶望はしなかった。
狂乱の波を吐き気と共に乗りこなしながら、希望を待ち続けたのだ。
偶然にも訪れた可能性には感謝せねばならない。

まるで嵐が来たようだった、私を逃がすように道が出来た
破れたスカートが風に揺れ、煙草臭さと薬剤と汚物の匂いが充満した
ワンルームの地獄から人の形をしたモンスターを蹴散らし私は立ったのだ。

立ち上がり、瓦礫の低い山を降り、歩き出した足は目の前に見えた階段に向かい更に足を進める。
安い金属の階段を登ってゆく、更に高い所から今の世界を眺めたかった。

階段を登りきり、無数のブロックが折り重なったような
かつてはビルか何かであったのだろう山頂に登ると、再び声をあげようと大きく息を吸い込む。

刺激の強い薬と戻した胃液で焼けた喉が今度こそはと無理矢理に音を出す
それは声とは言い難い音だったが、たしかに今この瞬間、勝者の雄叫びを上げた

「...っ..あああぁぁぁぁぁッ」

血の味がした、それも生きている実感になった。
出た音の数だけ、少しだけ心が晴れた気がした。

私は誰だったろうか、脳に随分刺激が行き過ぎたらしい。思い出せない。
思い出そうと強く目を閉じ念じるように考えるが、漠然と七色の渦だけが見えた
穏やかな頃の記憶はあるのだが、詳細にまでは至れない...そんな感じだ。

「本当に、何が...私は何だったっけ...えっと」

パッと大きな瞳を開けて目の前の景色を見て
昔を思い出せるほど、この世界の景色はもう形を保てていなかった
自分の違和感と世界の違和感、どちらも平穏を壊されてくるってしまった。

目を凝らし、燃える世界を見つめても何の答えも出ない
尖った感覚だけが、無数の音の中で背後から吹き抜ける風に意識を誘導している。

「やぁお嬢さん、大変だったね。そこで一つ提案!
その経験を生かしてこの世界を一回終わりに導いてみなーい?」

何かが聴こえる。吹き抜けた風の中にハッキリと...声が聞こえた
風が訪れ、抜けた先。背後を見るとそこには黒い顔の人間が立っていた

まだ幻覚でも見えているのだろうか、それとも、目もおかしいのか
急に現れた存在にある漠然とした違和感は自分よりも、この世界よりも強烈で
嫌でも目立ち、目を離せないほどに印象的に際立っていた。

「...あいつらの生き残りじゃないよね」

「アイツらぁ...あ、あの変態達ね。見ててウザいのでキミの手助けしちゃったの
そしたら、偶然!地震も起きてこの様さ。さすがの僕もビックリよん」

質問に答えているようで全く答えてはいなかった。
しかし漠然と、あの部屋から脱出する時まるで嵐にように吹き抜け
力を貸してくれた風と同じ感覚をその存在からは感じ取ることが出来た。

「もしかして、さっきの風...アナタが助けてくれたのね」

黒い顔、風車のような形をしているその顔...だと思われる部分が頷く。
何故だかその瞬間、酷く心は安心したようで、急激に気が抜けた。

あまりにも突拍子もない存在を目にし、挙句それに助けられたからだろうか
今まであった世界が、次見た時には地獄に変わっていたからだろうか

「良かった、私どうしたら良いか...何も思い出せないし、周りはこんなになってるし」

自分が誰だか思い出せない、これでは家にも帰れない。
増してよく解らない薬物で壊れた頭で戻っても、今は足手まといになるだろう
それ以前に目前の光景を見るに、その帰るべき存在が無事という確証もない

「今はマイナスは良くナイナイ。とりあえず僕とおいで。何を隠そう僕様、宇宙人なんよ。
キミの怪我を直せるし、キミを強くも元通りにも出来る。どうよノルかソルかこのままそこで死ぬか」

そういう類のマイナスな思考が常に巡る、今はプラスの思考に無理やり曲げていても
時間が経てば落ち着いてしまう、それを恐れて更にドツボにはまっていく
そんな思考の渦を持つ頭に急にビンタでも食らったような、そんな感覚を覚えた。

「ノルなら、特等席でゴアンナーイ」

そう言った彼の背後には既に巨大な四角い何かが浮かんでいた
風車のような顔、空飛ぶ箱、宇宙人と言われても疑う余地はない。

まだ幻覚を見ている、やはりそうなのかと混乱こそしたが
今まさにある可能性を見す見す逃すよりは、落ちるところまで落ちるのもまたいい
考えとしてはおかしいのだろう、だけど今は世界もおかしい。

気持ちはまた高揚したプラスに戻り、私はその宇宙人の手をとったのだった。
それが私、今の名で言えばバタラバ誕生の時であり
私が、この世界を正しく終わらせるためにヒロインとして目覚めた日でもあるのだ。

2013年のあの日、世界は変わり、私も変わったんだ。あらゆる意味で。

―――


風を切り裂く刃、我導剣の切先が目前の異形の硬い体表を削る
女性的なラインをしたそれは、人間のように見えるが
全身が虫の硬い外骨格に似た装いに覆われている

「まるで昆虫のキメラのようだな」

頭はカマキリの目のようなものが見えたかと思うと
その髪の毛のような部分は虫の足、バッタの腹のような何かが伸び
背中からは甲虫の腕が伸びたかと思えば直ぐに羽が飛び出し、下半身はカマキリのようだ
昆虫ではないものも含まれているが言うならば世間の認識の「虫」の集合体

「貴方、強いね。でもカザグルマちゃんや私の邪魔はさせない」

彼女もまたカザグルマが生み出した異形、これまでの会話で把握できている。
人間の元が存在し、それに何かしらの融合要素を押し込めることで
異種混合・二身一体の存在としたもの...それが現状解る相手の共通項である

やっていることはシュリョーンと変わりはないが
そのやり方があまりにもストレートすぎる、片方の意識は完全無視なのだ

要素同士が向き合わない融合、それは完全融合を果たさない。
その時は成立していても、次第にその存在からかけ離れ歪に変貌していく
現に確認されている異形たちは総じて表現の難しい人型の異形であった

目前の人間であったのであろう異形もまた
最早何が起きているのか、瞬時には理解できない異形である。

「それで大人しく倒されると思うか?死にたくなければ今ならまだ話は聞く」

硬い拳がシュリョーンの目前に迫る、それを目前で交わすと
異形の体は勢いのまま後方へ飛び抜けていく
その背後めがけ無数の亜空力の針を形成し放つと
キンと鋭い音を立て、隙の生まれた異形の背中へと勢い良く飛び混んでいく

「..ッ、そうはいかんよ」

猛然と迫る無数の針矢、異形は羽根を伸ばすと同時に巨大化させ
まるで腕で払いのけるように全ての針をはたき落とすと
翻り、再びシュリョーンの目前へと飛び上がる

「私は先を急ぐんだ、別に話はする気はない。それに死ぬ気もないね」

鮮やかに輝く緑の体、様々な輝きとくすんだ色が降り混ざる
その見た目と同じ昆虫を織り交ぜたような色合いの腕
その手先は刃のように鋭く、シュリョーンに襲い掛かる

不気味なリズムを刻む羽音、骨格同士がぶつかり合い唸る関節
女性のラインを構成してはいるが、それはまるで巨大な魔神とでも言うかのように
繰り出される一撃が重く、それでいて動きも早い。

完成された戦闘兵器を人間の形で作るとすれば
目前の異形はある意味では最も理想的な完成形かもしれない。

「蝶のように舞い蜂のように刺すってのは...現実にすると恐ろしい物だな」

そんな考えを切り裂くように絶え間なく破壊者の腕が突き、刺し、貫くように飛んでくる
その描く線の後にビッっと空気を切り裂く音が飛び背後に羽音が続く

「押しに押されてる割に随分余裕じゃないッ...じゃあ、これならどうよ」

異形が腰についた虫の腹のような箇所から巨大な針を取り出す
その形、巨大ではあるが蜂の針だろうか
刃のように鋭く光る涼雨腕がその針を掴むと腕と針が段々と融け合い
両腕をそのまま結合したあまりにも巨大な刃となり、そのまま振り上げ
形成された勢いのままシュリョーンに向かい全身を使い振り下ろされる

「面白い、受けて立つぞッ」

叩き落ちるように迫り来る刃に対し、シュリョーンも我導剣を振るい対抗する

叫びと叫びの、刃と刃の激しい衝突
衝撃音とともに巻き上がる風が渦を巻き
ぶつかり合った刃に吸収された力はが全て互いの体に衝撃となって襲いかかる。

我導剣の透き通る刃と無数の色が織り交ざった異形の刃
激しい金属のぶつかり合う音が鳴り響き、無数の音と衝撃が互いを上回らんと犇く

「...今だマニック、こいつを掴め」

衝撃が狂乱を起こす中
シュリョーンが叫びを上げると、我導剣の顔が口を開き
そこから無数のエネルギーの帯が異形へと伸びる

『待ちわびたぞ!悪いがお嬢ちゃん、これも策の内でね』

一撃は囮であり、相手が全力で来るよう仕向けたシュリョーンの作戦
相手が完全に出来上がった存在であるのならば、予想外の手を使えば勝機は見える

「えっ、何...おおっ、ちょっと待てこの」

不意なことに対応しきれず両手・両足を掴まれ異形がその場で動きを止める
逃げようと抵抗するが、エネルギーの帯に飲まれ手も足も出ない

『少々痺れるが、我慢するのだ』

我道剣が異形に注意するように声をかけると
その口から伸びたエネルギーの帯がけたたましい光をあげ、異形に衝撃を与える

「ひっ...ぐぁぁぁぁッ」

亜空の世界の存在意外にはあ空力は触れただけでダメージとなる
それが拘束された状態で直で流される事によりショック攻撃となって襲いかかる。

叫びを上げた異形ノ姿が一瞬の姿がぼやけ、人のシルエットが重なると
次の瞬間姿を変える...至って普通の少女の姿がそこにあった
あまりの衝撃に意識が飛んだのだろうか、動くこともなくその場に倒れこむ。

体からは煙が上がってはいるが、亜空力の反発は現世界の人間には影響を与えない物であり
異形としては衝撃を受けても、人間に戻れば別段生命活動に影響をあたえるような物ではない

「痛ッ...えっ、あれ...元に戻ってる」

一瞬の意識の喪失から回復すると、亜空力の帯に拘束されたまま立ち上がり
もとに戻っても尚戦う姿勢は崩さない、常人とは思えぬ強靭さはやはり既に人間とは違う証だろうか。

「悪いね、別に本当に殺そうだなんて思っちゃいない。だが素直に話すタイプでもなさそうだ
...ってことで暴れて隙が出来るタイミングを狙わせてもらった」

輝く赤紫の帯に掴まれた少女は、目で見る限りは至って普通の人間の姿
怒りを浮かべた顔であってもよく整った、平凡な表現をすれば美少女だった。

それが今の今まで昆虫のキメラに変貌していたというのだから
この世界は最早普通とは違う、もう一つの亜空間の世界と言えるのかもしれない

「私を捕まえてどうしようってのよ。アンタもロリコンの変態か何かなの、答えて」

明らかに声に怒りと刺のような鋭さが増す
言葉の端からも過去に似たような状況、しかもそれを人間のレベルで行われたのであろうか
その放たれる気配からは怒りと同時に途方もない恐怖の色を感じさせる

「アンタも...そうか、少々手荒すぎた。これなら安心してくれるかな」

言葉とともにシュリョーンの顔が黒一色に染まり割れる
するとその仮面の下から女性の顔が現れる
鮮やかな朝焼けの色の髪が風になびき、姿全体も女性らしいものに変化したそれは
同じようでいて何か違う別物、目前の出来事に少女はただ呆気にとられている

「私の方が話を聞いてくれそうだから。私はシュリョーン。貴方は」

「えっ、名前..私は...今はバタラバって名乗ってる。聞いてどうするんだよ、それにその姿」

先ほどまで命の奪い合いをしていた、正体不明の相手が素顔を晒し挙句笑顔まで浮かべ
自分の事に興味まで持つ...罠ではないか、確かにそう思いはしている
姿だって自在に変わる、理解不能の存在なのだ。だが漠然と不安感が無かった。

それに、既に拘束されている以上はこの眼の前のシュリョーンに従うのが正解なのかもしれない
思考を巡らせるよりも、今目前にある状況に従うべきだと感覚が言っている。

「名前を知らないと、貴方を呼べないからね。大丈夫、心配しないで。バタラバ、貴方の目的が知りたいの」

視界の先にいる女性の顔、その目は私の目を見ている
何故だろう、逆らう気も敵意も起きない穏やかな表情にどこか安心感を覚えていいた。

解る事位は話しても良いんじゃないか
別にカザグルマも誰を倒せとか、誰が敵だとか入っていなかった、自由にしていい筈だ。

「目的...簡単にいえば復讐だよ、私や同じような子を捕まえて売っぱらってる奴等がいる。
一番偉い奴はバケモンみたいな奴で...でも大した事無い。今なら勝てる。」

バタラバが動き、戦う目的がその口から説明される。
復讐、そして過去との戦い、異形となってまで何を目指すのかが段々と判明してゆく。

「奴等の本拠地をやっと見つけたんだ、だから頼む...今は見逃してくれ」

嘘を言っているようには到底思えない、口調も表情も真実だと確信させる。
ちゃんとその行動には目的がある、彼女なりの我道があると。

カザグルマ本人の姿も見えないという事は勝手に行動しているのだろうか
それとも個人行動を許すほど完成された存在なのだろうか、まだ謎は多い

...だが、一つだけ解ることは、目の間の存在には復讐心こそあれど
その存在自身には歪な思想も感じない、それどころか使命に燃える正義感を感じさせる

この存在がどうなっていくのか、それにも興味があるが
何より行き過ぎた正義になるか否かの存在、それが歪んだ存在になるのか
はたまた自分を保ったまま己の道を見極めるのか、その瞬間を見定めねばならない

ならば出来る事はただ一つだ。

「なるほど、復讐かぁ...まぁ私も大きく見れば悪役のような者だし...その復讐、協力者は欲しくないかな」

「えっ、それは...私に付き合ってくれるって事」

勿論とでも言うようにシュリョーンが頷くと
バタラバの拘束も解除される、すると姿も元に戻り
少女の姿は見る見るうちに昆虫のキメラ、圧倒的な異形へと再変貌を遂げる。

言葉を信じているのか逃げる気配もない、勿論協力するのは事実であり
この道中で、その相手に対する怒りを貯めこむつもりも十分にあった
気配だろうか、それとも直感的なものだろうか...今は互いに信じても良いと、そう思えたのは間違いない事実だ。

「じゃあ、道中聞かせてもらおうかな。貴方の過去。この復讐の訳を」

「あぁ勿論、シュリョーンも怒ってよ。んで、奴らをぶっ潰すのさ...さぁ行こう」

夜陰に燃える赤の炎、夜明けの陽に影を焼かれた異形が二人
生まれも目的も、信じる正義も違えど今目指すは一つ
その朝焼けのごとく燃える怒りが突き進む。向かう先は異形よりも歪な邪の巣窟。
言葉を飲み込み、その怒りを燃やした悪者が、今この時、異形に手を差し伸べる。

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Re:Top/NEXT