駅近く、数十回はあるだろうビルにその復讐の対象は存在する
表向きは普通の企業ビルのように見える。
実際、表向きではそうなのだろう。漠然と名前を聞いた事はある...そんな程度には有名な企業だ

その問題は中の僅かな人間であり...リーダー格と幹部数人が根源であるらしい。
バタラバと同じく少年少女を拉致監禁し、肉体や精神を汚染している。
自らの商品として、腐れ外道の好む諸侯品として人間を売りさばいているのだという

「ここだ、随分と稼いで...こんなに大きいビルとは予想外だけど」

バタラバの表情には隠すこと無く怒りが映し出されている
人間の姿に戻ってはいても、その表層に表れる感情は異形の姿である時と変わらない。
傍から見れば異様な姿だろう、それがこの世にあってはいけない者が持つ恐ろしさの片鱗である。

隠しきれない怒りのまま、最上階を睨むその目は今にも飛び込んでいきそうな程だ
...それもまた手だとは思うが、関係のない人間を巻き込む理由はない
策を立てるほどでもないが、誰がターゲットなのか解っていれば、それだけを消せばいいのだ

「それで、誰が倒すべき相手なのかは把握しているかな」

「勿論、下調べは済んでる。この最上階、問題ある奴は一番偉い奴、それにその取り巻き数人だよ」

過去に捕まっていた張本人である事実、加えてこれまでにも様々な情報を調べ上げたのだろう
既にその黒幕の存在は掴んでいるらしい、高く指さした先
20階といった所だろうか、意味もなく高いビルの最上階にある部屋にいて
そこまでの道中、内部のフロア構成までも彼女はしっかりと把握していた。

「そっか、じゃあバタラバはどうしたいのか、後はそれだけだね」

シュリョーンの問い、それは簡単な二択
ただ単純にその存在を消し去るか、最大級に苦しめて不自由な形まで生を千切り取るか。
よくある「楽には殺さない」をやるか否かの問い、悪には悪を外道には悪から相応の報いを受ける義務がある。

「んー...精神的な話は苦手かな、何よりそんな手加減できそうに無い」

答えは「死」を。問いに答えを得るとシュリョーンは続ける。

もう一つの可能性、それが起きる場合は多少面倒だが
状況を察するに多分間違い無くその状況は訪れる、聞いておかねばならない

「前にバケモンみたいな姿と言ってたけど、異形化してたらちょっと厄介かもよ、準備は良い」

既にビルの方へ向かう二人の足の先に、余りにも似合わない物騒な言葉が刻まれていく
それは人の皮を被っているだけの異形であり、恐ろしい言葉も本来であれば良く似合うはずなのだが。

厄介な者、宇宙人の襲来で明るみに出はしているが
一度破滅しかけたこの世界は隙を突くように様々な世界の存在が入り込み
力を求める者、それが正義であれ悪であれ無条件に様々な力を与えている

それはほとんどが歪な異形であり、総じて世に出ない形で何かしらの問題を起こす
それらは人間である以上、正義の味方にはその存在を抹消することが出来ない
...だが、悪はどうだろうか。それは意図も簡単な話で一言「出来る」である。

異形が一人死んだ所で、騒がれるのはほんの一瞬。
既に異形になっているような人間に、それ以外の人間はそれほど興味は無いのだ。
甘やかしてくれる正義の味方が来なかった事だけは可哀想かもしれないが
それも因果応報という奴だ、勿論、互いに...ではあるが。

「ったり前でしょ。どんな汚れた面のバケモンが出るのか楽しみな位よ」

「元気がいいねぇ、そういうの好きよ。じゃあ一仕事行きましょうか」

ビルの正門、ガラス製の重いドア、立ち並ぶ二人の少女の影は
すでに異形のそれに変化している、一歩歩く度体が変質し
扉を開く頃にはそれはもう人間世界の垣根を超えた何かへと変貌している

総じて異形はカメラに映ることはない
この世の理から外れると、無機質な物すらもそれを理解できずに混乱するらしい。
人間の思考の範囲で作り上げた技術では動く彼らを記録に残すことは出来ない。

「お邪魔しますよ」

僅かな環境音が響き、それ以外は無言のまま足音だけが響く廊下。
静かで小奇麗だが漂う気配は重く、張り付くような空気は居心地が悪い。

人影も無くフロアに入らなければ、招かれざる存在が入り込んだ事すら気づかれないだろう
幸い、受付に相当するものは無く入り込むのは極めて容易だった。

「デカい割に無用心...まっ、侵入者なんて餌が自分から来る様な物か」

エレベーターに乗り、最上階を刺す20の字を押し、あっと言う間に決戦の地へとたどり着く
これほどまでにあっけない道中の先に、腐れ外道がいる。
当たり前に人間の社会で生きているのだ、余りに違和感が過ぎると狂った景色が普通なようにすら見える
そうして狂った末が、この建物全て...だとすればこの張り付くような居心地の悪い空気も理解できる。

金属音が到着を知らせ、重い扉が開く
目前には受付嬢が当然の如く座っている、だが何も問いかけられることはない

当然だ、目前にいるのは日常にありえない人の形をした異形二人
この姿を見て呆気にとられ無いのであれば、個々の人間は全て異形である可能性すら出てくる
その場合は...少々厄介だが、今回は大丈夫なようだ。

「ちょっと失礼しますね、すぐ済みますんで」

シュリョーンが軽く会釈をすると、受付の女性も条件反射で返しはするのだが
相変わらず声は出ないようで、少しでも触れればそのまま失神でもしそうな危うさを感じさせる
漂う気配の割りに、本当に内部の人間のほとんどは一般人らしい。

「余計な事した奴は全員痛い目見るから...静かに座ってお仕事しててね」

続くバタラバが受付の電話機を破壊すると、脅しの言葉だけを残し通り過ぎる
無音の進行とでも言うのか、彼女等を目撃していない人間には当たり前の日常が続き
そうではない者には、吐き気がしそうな恐怖が支配する世界が広がっている。
結局、電話機が破壊された辺りで受付の女性は気を失ったようだった。

ワンフロアの中の表裏の差が激しく、違和感は加速し続けている。
そんな不可思議なフィールドを少し進むと、目前に目的地が見える。

社長室...と記載はないが他より明らかに豪華な扉は嫌みたらしく主張して見える
一層重い気配、その向こうにいる何かの気配が扉にのしかかっている。
シュリョーンがドアノブを掴むと、その重苦しい気配ごと一気にドアを開け放つ

「ちょっと失礼します...って、バタラバ」

一応の礼儀として挨拶をしかけた瞬間、バタラバが目前に見えた人影に飛びかかってゆく
目前の人間、その顔に見覚えがあったのだ、目的の人間の顔を間違えるはずもない

「っ!?何だね君は!えっええっ!!?」

浅黒い肌の妙に細い男がバラタバに張り倒され絶叫する
状況を理解していないのは当然だろうが、想像以上に弱々しい
こんな人間が...否、こんな人間だからこそ腐れてしまうのだろうか

ただ、一つだけ独特な匂いが漂う室内は異質な気配を見せる
一人の人間しかいない室内であるにもかかわらず、無数の人の感触がジットリと張り付いてくる
まるで幾人もの人間がこの部屋に詰め込まれているかのような感覚が確かにある

「変態野郎に償いをさせに来たのさ、ここにもいるんだろ商品の人間がさ」

今だ共学の表情を見せたままの男に馬乗りになり、振り上げた拳は既に顔面へ叩き落す姿勢を見せている。
同時に言葉を吐き出しながら、肩からは蜂の針が飛び男の頬をかすめる

直ぐに終わらせても良い...だが、まだ知るべき情報がある。
辺りを見回すと、各部に伸びる触覚で全体から気配を感じ取りシュリョーンに伝える。

「この部屋の壁...右側の壁にスペースがあるみたいだ、シュリョーンそっちは頼む」

伸びた触角が部屋の隅々まで何があるかを把握してゆく
同時に目の前の男が当然のように人間ではない事も当たり前のように伝わってくる

振り上げた拳を手刀のように鋭く伸ばすと腕その物が変形し巨大な刃へと変貌する。
口を割るまでも無い、想定外だったのだろう。物隠しは随分と杜撰だ

「解った、それをどうするかはバタラバが決めなさい」

シュリョーンが室内に入り込むと、無数の気配は更に強く張り付いてくる
広く覆う壁の中...それに収まりきるとは思えない程の重なりあい
考えなくても解る、売られた者の強い意識、加えてここで死んだ者の気配も残ったままだ

「あの壁か。マニックさん、威力抑えめでお願いね」

赤紫の無数のエネルギーの帯がシュリョーンを覆う
直後に我導剣が目標に伸ばされると帯の全てがその地点に向かい跳ねる。

まるで生きているように、力の集合体が目前の壁に飛び当たり
木星の外装を砕き、コンクリートの影を抉り取る。その全てが炸裂する頃には壁には穴が開いている。

中に人がいる以上威力は抑えてあるが、弾け飛んだ壁が激しい煙を上げ
無数に瓦礫は力の帯に飲まれ消滅し、次第に穴は広がっていく
...その向こうに確かに人影があった、だが、動きはしない。

『生きてはいるようだが...どうするシュリョーン』

アナの先にエネルギーの帯が伸びると、その先にいる人影の様子を感じ取る。
どうやら生きてはいるらしい、無事であるとマニックが告げる。
数人...数十人だろうか、狭い壁の奥の隙間に詰め込まれていた。

バタラバと同じように薬か何かだろうか、それとも異形の技か
瞳を閉じ、ボロボロの衣服は見るに堪えない、欲望の為に虐げた結果が
当たり前の毎日と壁一枚を隔てだだけの世界に共存している、人間の作る地獄とはこういう物を言うのだろう。

動かない人間達の様子を確かめると、その場からフロア内に運び出し
更に壁を更に破壊してゆく...幸い他には隠し部屋は無い様だった。

「拘束されているけど...大丈夫みたいね。そろそろ人が来るだろうし、この子達は任せましょう」

目前の少年少女は異変に気づいて集まってくるであろう人間に任せれば
彼らは守られ、その上でこの組織の裏の顔も明るみに出るだろう。

今までの様子を見るに働いている人間も一般の人間でこの件には関係はないようだ
ならば今から消える予定の社長と合わせて何かしらの人間のルールでの解決が見込める筈だ

配下の人間もいるだろうが、それ等のその後はバタラバが決めること
そこに介入するのは復讐の邪魔でしか無い。シュリョーンの仕事はこれで終わりだ。

「なんだ貴様らはァァァッ!!」

状態の確認が住むか否か背後から地を這うような唸り声が響く
どうやら相手も本性を見せたらしい、振り向くとそこには欲の塊とでも言うべきか

醜さをむき出しにしたような、茶色く爛れ、各所が異質に伸び爛れた化物が立っていた
巨大化した体は力だけはありそうだ...本当に力だけ、といった感じではあるが。

「シュリョーン、手出しは無用だよ。まぁ一瞬あれば十分、手を出す暇も無いだろうさ」

変化の勢いで後方に飛んだバタラが再び脚を深く踏み込み攻撃の姿勢を見せる
背中の羽が開き、激しい羽音が響くと全身の虫の特徴的な攻撃器官が動き出す

「手加減して甚振廊下とも思ったけどね...気のせいだったみたい」

一瞬あれば十分、言葉の通りだった。
伸びる二本の尾が突き刺さったかと思うと、無数の針が異形の手足を抉り取り
伸びた尾は毒を送り込みながら、自身は相手の懐に飛び込みまずは蹴りを叩きこむ


「ギッ...何..ッ...ギャァァァァァァ!!?」

驚く暇も与えない、そんな言葉を絵に描くように異形を蹴り飛ばし、その勢いで後ろに跳ね
両肩のニードルを放つと、突き刺した尾を引き抜くはねるように回転し着地する。

「骨の無い...まぁホントに無さそうな見た目してるけど」

異形の身体から多量の液体が吹き出し、異形の色が見る見るうちに赤黒く染まる
送り込んだ毒が回り全身に激しい熱と痛みを与えているのだ

「痛い?苦しい?でもまだ足りない。あの子達の分も、私の分も...今までの全員分の怒りで後悔して死ね糞野郎ッ」

戻った尾を収納すると、硬い走行に覆われた足が地面をえぐり
その全身に力を宿し、生まれたエネルギーは全てが両腕へと巡り滾る。
光と共に手が巨大な刃へを変貌すると、そのまま高く振り上げ異形へと突撃する

「あぁ...あぁ..ギャァァァァッ!!」

最早、毒が回り喋ることも出来ない異形が断末魔の叫びを上げる
巨大な刃は羽音を切り裂き異形を一瞬歪めたかと思うと、弾け飛び
異形の弾けたしぶきが室内に飛ぶと、バタラバは既にシュリョーンの方を向いていた。

「弱い、弱すぎる...こんなのにあの子達は..私は...」

バタラバが力なく呟く。最早人ではなくなったその瞳からは涙は流れない
余りにもあっけない、復讐の果て。

喜びや達成感よりも、いまだ漠然と残る与えられた恐怖と絶望感
最早帰らぬ日々、そして変わり果てた身体が重く伸し掛かる。

「お見事。だけど感傷に浸る暇は無いかも。とりあえず逃げましょう」

シュリョーンガバタラバの腕を取ると亜空間のゲートを開く
流石に大人数に見られると問題がある、数人を黙らせるのとは訳が違う。

死んだ異形に関しては、飛び散った汚泥のようなしぶきは残るが
その本体は異形の状態で死ねばそのうち形も留めず消滅する...人間にはその痕跡が把握も出来なくなる。
だが、拘束されていた少年少女はそのままだ。彼らは保護され事件が明るみに出れば
突然起きた不可思議な事件で終わる。その為には当事者は消えねばならないのだ。

同じルートで戻るには既に時間が無い
となれば、少々危険ではあるが亜空間のゲートを使う他無い。

「ちょっとビリッとするけど我慢してね」

本来亜空間は未契約の異質な物が入り込めばダメージを受けるが
今回は短時間、不意に静電気でショックを受けた程度の衝撃で済む
今のバタラバには目覚めにちょうど良い刺激になるだろう

「えっ..ちょ...何ここ...何か痛い!?」

一瞬の幻想、相いれぬものには色とりどりの朱色の世界だろうか
亜空間の壁は本当に刹那の間に通り過ぎ
瞬きする間に二人は既に少し離れた街外れのデパートの屋上にいた

「おおっ変な所に出た...バタラバ大丈夫」

「問題ない...おかげで助かった、けど此処は」

閉鎖された屋上遊園地の跡地だろうか、人影はなく
すでに時間も午前中を過ぎ、すっかり午後の穏やかな陽気を見せている

明るい時間には似合わぬ異形の姿から元に戻ると
未だ異形の姿のままのバタラバの腕を放す
ギラギラと光る身体は、本当に人型の昆虫のようだ

「後数人いるとはいえ復讐も終わったし、この先どうするの」

目的に付き合い、バタラバがどんな存在であるかも掴んだ
今ならば彼女にもう戦う理由は僅かであることは解る
出来る事ならこのまま普通の生活に戻って欲しいという気持ちもある
当然それがかなわない体である事も理解はしているのだが、方法は幾らでもある。

「そうだね、とりあえず奴の配下の変態共を始末したらカザグルマちゃんの所に帰る」

帰ってきた答えは当然ながら敵対への道。
出来れば、仲間に出来れば...そう思っていたが、当然上手く行くはずも無い。

正体不明の存在とはいえ、カザグルマは危険な存在になり得る
バタラバがその筆頭だ、戦闘力が高く現に目的のために真っ当ではない道を歩んでいる
だが、止める理由も術も無い。どうしたって歩み始めて足は止まらない事は良く知っている。

「そっか、じゃあ今度会う時はまた敵になるのかな」

シュリョーンの言葉にバタラバは一瞬目を細めたが
その口元に笑みを浮かべ、手を差し出しながら告げる

「...まぁ、そうなるね。でも今日のことは忘れない。礼を言うよ」

シュリョーンがその手を握り、握手を交わすと
しばしの無言の後、バタラバは後方へ跳ね
そのままビルの屋上から飛び去っていく、一時の共闘の果て
友情に近い感情すらも感じさせる目的のある行動、彼女もまた我道を往くものであると、そう理解できた。

しかし、道を違えるのであれば次会う時は敵となる
互いを知っているからこそ、全力でぶつかり合う事がこの感情に対する答えになるだろう

「争いだけでは解らないこともある...か、分かり合うのも辛いものね」

動きを止めた楽園の中で、亜空の世界の異形が一人呟く
解り会えれば争う事も無くなるのだろうか...その答えは「否」
解り合うからこそ、戦わねばならない未来もある。

感情がある限り人は生き、戦い続ける。
皆が皆、生きるため、進むために常に何かに勝ち続けているのだ
たとえ人の境界を外れようとも、それは続く、終わること無く続く。

だからこそ悲しみがあり、喜びがある。
争う事こそが人間らしさであるならば、異形になっても結局は人間と何ら変わらず
人であることに縛られ続けているのだろう...それもいつかは消さねばならない。
そのいつかに辿り着く為に、今はまだ、争わねばならない。

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-Ep:04「闇夜の饗宴」 ・終、次回へ続く。
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