それは夢か幻か、荒れた世界に映る影は今日も異形を形どる。
生き急ぐよう、慌ただしく足を進めるそのその姿は、光に反射し黒い輪郭、人の姿を写す。
...にも関わらず、その影は異端を。歪な影を示し見せる。

「何故そんな姿になったか理由は聞かん、だが矜持は示せ」

影は二つ。
今はまだ交わらぬそれは、数百歩...数十歩だろうか
もう後僅か。互いに視認できる距離にはもう、近づいている。

互いの素性を知る事も望まず、それが求める答えも知らず。
ただ互いに目指すは...立ちはだかる壁の破壊。

「当然よぉ...喰った仲間も、ヤシャ様も、皆いるもの。それが私の誇り、勝つための力」

赤い影はギロリと笑い、紅い輪郭はゆらりと揺れる
硬質の紅と軟質の赤、どちらも陽炎のように力が溢れ、揺れる。

どちらも破滅を超えし者、場所が違えば道は同じやも知れぬそれは
正義でも悪でもなく、ただただ、道を塞ぎ、ぶつかり合う。

そこに理由などは必要ない、自然と起き、自然と過ぎ、どちらかが果てるのだ。
この先で起きる未来、その紅と赤の激突の先、新たな線が繋がれる。
争いは原因もも結果も関係はない。その先にある繋がれた先の未来にだけ価値があるのだ。

―――

裏町の外れにささやかではあるが、小さな墓地がある
大災害を経て生き残った人々は確かに「幸い生き残った」存在ではあるが
すべてを失い、結局は医者にもかかれず苦しみの中で死んでいく者がいれば
怪我や事故で命を落としてしまった者も少なくはない。段々と減っていくのだ。

その中に、ヒーポクリシー星人との戦いの中で
彼等に利用され、挙句には改造されその短い命を散らせた
幼き子供達と、彼等を救おうとした一人の老人の墓がある。

「ここに、我等が永遠に敬愛し、心に刻んだ者達が眠っている」

小さな十字架の前には紅の鎧の姿、メイナーが立っていた
まるで赤い死神のような姿は、この場所にはあまりにもよく似合う
そんな彼が、娯楽浄土の姿ではなくあくまでメイナーとしてここに立つには理由がある。

今となってはヒーポクリシーの大使とも言える彼にとって
ここに眠る者達は皆、第二の故郷の歪な愚か者が起こした問題の犠牲者であり
何よりも先に、彼等へ詫びと新たな交流を目指す決意を表明するために足を運んだのだ。

「出会う事はなかったが、我等の過ちは永遠に忘れず胸に刻み込む。
許してもらえるとは思わない、だが姫様の想いをどうか私を通じて受け取って欲しい」

墓前には青いバラ、「不可能」と「奇跡」。二つの花言葉を持つその花は
一度は侵略者として牙を向いてしまった者達の再度の交流と共存を目指す
あまりにも険しい道を意味しているのだろうか、曇天の元、微かな光がまるで道を照らすように輝いた。

「アンチヴィラン...否、タカヒコとサナエにも伝えねばならないな。もう一度手を取り合う未来を必ず掴もう...」

決意を飲み込むように言葉を噛みしめると
90度反転し、次の場所へ向かおうと姿勢を返す
その視線の先に影が見えた...人影、珍しく自分以外にも客人がいるようだった

元々、身元もないような人間が眠る場所である
客など稀なのだが、スーツ姿で背が高く長い髪を後ろで適当にまとめた
男性とも女性とも付かないその存在は否が応にもよく目立った
...まぁ、真紅の鎧の異形が言える立場ではないのだが

「...おやまぁ、ヤシャ様と結ばれた途端にお迎えなんて運が良いわ」

明らかに異質なメイナーの存在に気づかぬはずもない
何をするまでも無く声をかけられた...そう考えて良いのだろう。
当然ながら死神か何かと思われているようだ

しかし何だろうか、この存在、目を合わせると何故か二重にシルエットが重なったような
なにか異様な気配、同時に強烈な気だるさを感じさせる

...表現するならばそれは「死者」の気配と言うべきか
生気がないと言うよりは、何か入れ物に無理やり魂を縫いつけたような
ベッタリと張り付くような気配が漂っている、普通の人間であれば恐怖感を覚えても不思議ではない

「...残念だが死神ではない、ここに友が眠っていてね。見たところ君も似たようなところか」

彼だろうか?彼女だろうか?判断はつかなかったが
その祈りを捧げていた墓標には無数の名前が刻まれていた
皆、正式な名前とは程遠いであろう名ばかり、偽名か何かだろうか

「店をやっててね..ほら、災害とか色々あったでしょ?その関係で皆...ねぇ」

無理やり高くしたような声、女性的だがその動き気配が記号的な女性の要素である
目の前の存在は男性だが女性、要は境界線上の存在だと理解するのは容易だった

店、刻まれた名はいわゆる源氏名というものだろうか
彼等にとっての仮面、今自分がつけている物と何ら変わりはない
誰かの為に、仮面を纏い戦い生きた者達がそこには眠っているのだろう

「成程、私からも祈りを捧げよう...」

墓前に手を合わせ、息を止め刹那に祈りを捧げる
スーツの男がそれに驚いたように一瞬目を見開いたが
その意を理解すると、口元を緩めその目前の墓標に視線を向け続けている

「うむ、久しい再会の邪魔をした。私はこれで」

親しき仲間であったのだろう、邪魔者である存在の長居は無用
合わせた手を、ゆっくりと下ろすと歩き始めた真紅の鎧は金属の重なり合う音を立て静かに揺れる。
次の場所へと進むべく向きを変え、その足取りは見た目よりも速く、遠ざかっていく。

「ありがとうね...また会うことがあれば、今日のお礼をさせて頂戴ね」

去りゆく背中に、スーツの男が声を投げる
それが彼の...彼女にとっての最後の人間である時間であるとは、流石のメイナーも知る由はない

運命とは常に紐付けられた関係と関係の交わりであり
それが今の出会いであるとすれば、数時間後に起きる激動は
既にこの時点から始まっていた点と点の結びつきであり、既に線でつながっていたのかもしれない。

運命と言う名の人の世界は常に進み続けている
始まれば最後、終着地に着くまでそのスピード緩むことはなく
最後の瞬間に立つ影は、この時になって気づくのだろう

―――――「あの時運命は始まったのか」と。



―――

「メイナーお前もか」

久方ぶりにその姿を見たこの鎧の生みの親の一言
シュリョーンに続きメイナーまでもが自分の意図しない進化を遂げた事は
礎アキにとって怒りとまでは行かないが、漠然と納得出来ないモヤモヤを抱えさせるには十分だった。

「良いじゃないのさ、宇宙を旅するんだその土地で環境も違うんだし」

いつも通り、椅子に座りその姿を見た桃源は驚いた様子ではあったが
その変化をすんなりと受け入れていた、なにせ自分の変化も著しい

変化は当然の事として受け入れない方が不自然な程と考えている
起きた事は止められない、何よりこれは良い方向への発展だ。

「申し訳ないとは思ったのだが、姫様きっての願いでは断れるはずもなく、こうなったという訳だ。
元の鎧をベースに、ヒーポクリシー王家を守り続けてきた騎士の鎧を合成していただいたのだ」

数カ月ぶりに舞い戻った遙か故郷。何一つ変わらずにそこにあり続けている惑星。
鳥籠に覆われたままの球体、ここに新たな脅威が迫っている
メイナーは友好関係の再構築と同時に、それを伝えるメッセンジャーとして舞い戻ったのだ。

「まぁいいさ。鎧は後でよく調べさせてもらうとして...新たな脅威とは?」

「詳細はまだ解らないが、既に地球に数カ月前から降り立ち活動しているようだ」

メイナーが腕を壁の方へ伸ばすと、指先から光が延び
壁にこれまで確認された地球へ侵入した所属不明の宇宙船舶の情報が映し出される
数はそこまで多くはない上に、ただ偶然訪れている可能性もあるのだが違和感は宿る。

ここ数ヶ月、ドクゼン軍の残党は既に全滅まで追い込んではいたものの
エレジーとレガシーの事件を発端に無数の異形の出現
更には死んだはずのファクタルが突然現れる等、怪奇的な事象が頻発。
それと関係しているのであるとすれば...それはもう立派な脅威といえるだろう。

「ここ数ヶ月の事件は全部つながってると見るべきかねぇ...やっぱりあのカザグルマ..」

共通点は人間が異形に変質する点、そしてファクタルを除いて「合体する」という点があげられる。
何かしらの要素と人間が融合し誕生しているのである

それらの事象が判明した段階で、まるで都合よく現れ
シュリョーンが遭遇した異形「カザグルマ」がそれに大きく関与しているのは
今のところ明確な繋がりはないとはいえ、明白だろう。

「風車の異星人か、姫様にもデータが無いか伺ってみよう」

「あぁ頼むよ。アイツは相当強い、しかも作られた強さだ。間違いなく深い所で関わってるだろうよ」

先日の戦い、一瞬ではあるがシュリョーンを跳ね飛ばし
全くその力を発揮するまでもなく攻撃を受け止めたあの力

姿形と言動、その攻撃や特性はまるで強化改造されたような
その生き物が本来持つ力カラは明らかに外れた強さを秘めていた。
あの時点だけで、その存在を判断するとすれば過去の敵の中でも上位の存在で間違い無い
しかし、同時にその背後に何かある。あれ自体が全てではないとも確信させる何かがあった。

「現状は何とも言えんが、その気配を察知もさせず当然の如く異形を生み出している事になるな。
極めて厄介な相手だろう、私も手を尽くすが...」

現状では全く情報がない存在であり、数カ月前から活動しているのであれば
その存在を完全に隠したまま動いていたと言う事実が残る。
まず掴むべきはその存在の目的と真意、それにたどり着かねばならない。

「まぁ悪役らしく襲いかかってとっ捕まえて吐かせるのが一番かねぇ」

椅子から立ち上がり、桃源がわざとらしく言い放ち、笑みを見せる。

彼等は悪である、正義の代わりを務めることは出来ても善にはなれない
しかし、それは同時に善が倒すことの出来ない曖昧な存在が現れた場合
それらを問答無用で相手にできる存在でもある...便利な生き物たちである。

彼等が動くまでに理由はいらない、あったとしても口に出す必要はない
守るべきことは「無駄死にはしない」これだけ守れば十分だ。

「ふむ、君らしいな。では私も私で姫様に連絡をとりつつそのカザグルマとやらに挨拶でもしてくるとしよう。
幸先良く一つ...漠然とではあるが心当たりもある。一つというより一人か。」

「..おや、お早いねぇ。気をつけろよ〜...まぁいざとなったら美味しいところは頂きってな」

桃源に続くようにソファーから立ち上がった娯楽に軽く手を振ると
残された二人も、それぞれの行動に移る。今は動くことでしか先へは進めないのだ。

「さて、じゃあ俺も出かけるとしようかね」

この事務所にこんなに人がいることは久しぶりだ。
一度訪れた騒がしさは、まるで耳に残るようにしばらくは居座り続ける
この騒がしさの中にいるのが、悪にとっては落ち着く世界なのかもしれない。
静けさが訪れる前に自分もまた嵐の中に入り込もうとでも言った風である

「アキさんはどうする?それ次第で戸締り度合いが変わるんだけど」

「そうだな...まぁ一応お前らの心配はしていないが、まだ調べ物もしたいしな。
悪いが少々奥の部屋を借りる。戸締りは私に任せろ」

「手間が省けた、じゃあ後は頼みましたよ」

観音開きのドアが開く、暖かいが風は強い
日も長くなったがそう時間はないだろう、とりあえずは急ぎば屋に心が動く

それは不安というべきか、漠然と、とりあえずの生きる意味を得た喜びだろうか
結局、善ではない者にとって戦いとは美徳であり快楽に近しいものでもある。

つま先を叩く音、適当に履かれた靴が正しく足を収めると
あいも変わらぬ世界へと、また一人、二人と善良な悪が飛び出してゆくのだ。

「なんとも...まぁ、行き急ぐ奴らだ。おかげでしばらくは賑やかな晩酌が楽しめそうで何よりだ」

不敵な笑みは何を思うか。
言葉が終わるまもなく、用意された彼女のための個室には
無数の亜空間へのゲートが開き、必要な情報を取り出してはまとめていく

彼女もまた生き急ぐ、無限の時間の中でも人は人
結局は生まれた時に与えられた感覚に縛られてしまう。
だが、それを忘れてはいけないのだ、特に悪役をやるのならば。

今も変わらず善がいないこの世界、戻り始めた正義の息吹
これまでよりもずっと、この世界には悪役が必要になり始めている。
元いた場所に帰るために。理由はそんなもので十分だろう。
再び悪は駆け出し、この僅かながらに騒がしい騒乱は幕を開ける。

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Re:Top/NEXT