未だ自由に動く身体、しかし違和感があった。特に胴体の部分
人間らしいシルエットを保ったそれは、あの日以来、何ら変化を感じてはいないが
確かに愛しい人の体を取り込み、その見た目は、感触は..良く知った、あの人の体そのものだった。

あの変な奴が言うには、何かしらのトリガーで
この体はもっと強く強靭に「選ばれたシシャ」へと生まれ変わるというが
そんな事は最早どうでも良くて、言ってしまえば舞い上がっていた。

生きている価値もない自分が、一瞬の幸福を前に自分の世界を忘れ、完全に視野を狭めている
自覚はしているが、どうせ自覚した所で何も変わらない...だから溺れていたい。

「シシャって言っても日本語は便利だから...色んなシシャがあるのだけどね」

不意につぶやいて、ザクロは街を往く
長らく引きこもっていた店のドアを開け、乾いた世界へ足を踏み出す。
奇妙なほど変化はなく、空元気に近い騒がしさは棟を貫くように痛々しい。

相変わらずあまり好きになれない世界ではあるのだが
どうしてもやらねばならぬ事があるのだ。上手い具合に体は強烈なほどにエネルギーを持ち動く
気分よりも体が勝手に目的に向かい始めたというべきかもしれない。

やるべき事。それはただの一つだけ。
カザグルマと約束があったのだ、至ってシンプルな言葉で交わされた
「生きる理由をプレゼントした代わりに、邪魔な存在を消してほしい」
ヤクザか何かが言いそうな、ストレート過ぎる願い。

それを聞いた時には騙されたかとも思ったが
今となっては一人や二人、命を奪う数が増えるだけで大した差はもう無いと、思えてしまっている。

加えて言えば、その後に湧き上がる食欲、性欲、物欲の三大欲求全てを刺激する
その存在を言葉通り喰らうことが、何より最早我慢できなくなっていた。
愛着を、情を、それらを取り込むはずが、欲望に自分が取り込まれているのかもしれない。
だけど、それもまた良いのでは無いかと...もう何もかも甘やかしに近く許し続けている。

「聞いた話だと黒に金色。銀色に赤。鉄色の拳銃持ちに銀色の少女に黒いバイク...」

カザグルマの首に巻かれていたマフラーのようなものの切れ端だろうか
焼け焦げた布に書かれた下手くそな日本語の文字

それは倒すべき存在の特徴を書いたものだが、抽象的すぎて理解不能だ
都市伝説か何かだろうか、それとも宗教か何かか...なにはともあれ漠然としていることは確かだった。

「なんなのよこれ、記号しか無いじゃない...ま、目に何か細工はしてあるようだけど」

外に出てみてのそいた世界を見て驚いたことに、視界が少しオレンジがかっている。
何なのかは聞かされていないが、通りがかった人間の気配のような何かが目に見えた瞬間
これが「敵を見つける為」に用意された能力であることは理解できた。
少し色味は変だが、日常生活に支障はないレベル...の筈。それはどうでも良い事だ。

「もう一人は見当はついてる、良い人だったわ...多分、人。人じゃないなら一層食べてみたいわね」

感覚が彼女に伝える、「目的の人間はこっちだ」と。
幾つかの道を抜け、人混みを潜り、外の世界を闊歩する。

その間、幾つかの強い気配がピリピリと体を刺激していたが惑うことはない。
既に目的の存在には会い、会話をしている、その色が手に取るように解る
あまりに強烈な気配は、あの時点では理解できなかったが...その者が持つ力だったのだろう

途中興味深い気配も幾つかあった、ただ、今は感じたあの気配が良かった。
歩く歩幅は更に広く、まるで早足のように示す方へと伸びていく。
知らない道だが、感覚は知っている。その気配を...その力を。

冷静なつもりでいたが既に冷静という物のハードルが低くなっているらしい
体を抑えることは出来なかったが、それをちゃんと見つめる自分も中にいる。
衝動的なようで落ち着いているとも自分で思う。
言葉にするならば...意味がわからない、確かに私もそう思う。2つの意識があるようだった。

「アンタいい人覚えてる...そんな歌があったかしらね」

歩いていた足は段々と早く駆け出し、景色は少し揺れる
既に陽がほぼ落ち、世界は闇に片足を浸け始めた深い青の一時。

夢中で求めるその足はまるで少年のように
大の大人が見せるには少し違和感のある走り
タッタッと地面を蹴り、路地を曲がり、飛び出してきた車を軽く跳び箱のように越え
その体は最早人間の形をした違う何か、動きに違和感ばかりが残る

しかしそれも当たり前と駆使し、駆け抜けた先。
崩れかけた廃工場の跡地にそれは座り、まるでこちらを待っていたかのように
涼やかに私の姿を見つめている...仮面の上からでも何となく、その気配は感じられる

「おや、誰かと思えば先程の...礼など良いのに。別に気になどしていないのだが...」

廃材に腰掛けた真紅の鎧の男
何度見ても口元はニヤリと笑う髑髏のようで、その姿はまるで死神に見える。

既に死しているに等しい私に漠然と、後ろめたい気持ちが宿り
それがある意味では恐怖心、同時に欲をかきたてる好奇心となって煽り立てる。
倒して喰らってしまいたいという衝動が弱い心をまるで利用して同調させ、狂わせるのだ。

「悪いわね、お礼は無理矢理にでも渡す主義なの...義理堅い性分で申し訳ないわ」

歩くたび砂利が巻き上がる。
崩れ落ちそうな肺野ばかりの地帯、この世界の負の象徴の中に死神が笑う。

真紅の鎧に近づけば近づくほど、体の内側から何か強烈な衝撃を感じる
痛みと近しいが、どこかが違う湧き上がるような衝動が疼いている
身体、特に入れ替わった体から、衝動が、欲望が、溢れている

「これがトリガーね...そう、じゃあこれでアンタを喰ってあげるっ!」

問答に至る以前。最早我慢出来ないとでも言うようにザクロが駆け、メイナーに迫る。
握った拳をまるで弾丸のように突き放つと、空気が裂ける音が響く。
その拳の周囲には何かぼんやりと形成されつつある何かが見える

「随分とワイルドな礼だ、嫌いじゃないが受取は拒否させて頂こうか..それはつまらん物だ。」

ザクロの拳がメイナーに迫り、その下面を砕くか否か
その姿は赤い影のように霞め、拳は座っていた廃材を砕き散らす
その腕は...その顔は...次第に何か異質な物へと変わり始めていた
まだ形成しきっていない漠然としたフォルムだがたしかにそれは異形を形取っている。

「やはり、貴様も異形。何があったかは知らんが、人間だけではその境地には至れまい」

メイナーの姿は既に拳を叩き込んだままのザクロの真後ろにあった
その手には大型のリボルバー銃が構えられている。
後頭部を狙う銃口、撃鉄が上がり今にも火を吹こうと静かに疼く

「あら、お強いのね」

...ガチンッと重さを捨て軽く弾丸を解き放とうとした瞬間
弾を放とうとしたその銃口は遙か上空に向いていた
”何か”が自らの命を奪わんとするそれを跳ねあげたのだ

「随分余裕じゃないのよ...私だって奥の手ぐらいはあんのよ」

目前のザクロが、次第に周囲の漠然とした形状を取り戻すように形を変える
まるでそれはその名を示すかのように、頭部は割れ中には無数の結晶が見える
無数の顔が混ざったような左の顔と妙に整った右の顔...
その姿は完全なる異形、しかし微かに見える胴体は人間のままのように見える

「成程、柘榴か...その姿なら後味も悪くないな。さぁ、お前の血は何色かな」

そんな眼の前の状況に関心こそすれど、何の躊躇いも見せずメイナーは正面に手を伸ばす
右腕に加え開いていた左の腕に亜空間から取り出したバルカンを取り出し何の間も与えず撃ち放つ。

軽快な銃撃音が響き、変態したばかりのザクロが容赦なく後方の壁へと吹き飛ぶが
それでも遠慮などする気配もなく弾丸を浴びせ続けている
解っているのだ、この弾丸では効果は薄い事、意味を成さない事が。それでもあえて選んで撃っている。

「..チッ、あんた滅茶苦茶ね!?バケモンになった気が全然しないわ」

舞い上がった煙の中からシルエットが立ち上がる、影だけ見れば正しく鬼のようだ
生身に見えた身体は周りを肋骨のような物が覆い、その骨もかすかに動いているようだ。
顔以外の各所からも無数の人間がいるような感触と、気配が声のように唸りを上げている
血腥い、正に異形と言うべきその姿は相手としてこの上なく都合がいい。

「死にたくなければ誰に何をされたのか、それとついでにお前のその異質な気配の理由も知りたい。
何故か聞きたいだろう。前者はこの世界に必要。後者はただ、興味がある。理由は話した、さぁ答えろ」

問答は無用、円を描くように動きながら変わらず弾丸を流し込み続けている
ダメージは薄い、しかし煩わしいそれは精神を削るには十分な効果を持つ
苛立ちを感じとったのか、目前の赤い鎧はケタケタと笑っている。

弾丸と同じように、「さぁ答えろ」と言葉も絶え間なく降り注ぐ。
「死神」正にその通りの存在だったのかもしれない。

無数の瓦礫を肥大した異形の腕で跳ね除け、ザクロが再びメイナーへと飛ぶ
跳ねの一飛で距離は詰まり、地面が割れ砕ける音が空気を切り裂く

見た目によらず軽快なそれはまるで腹を減らせた獣のよう
鬼であれなんであれ、最早人間としての面影が感じられない

「遠くからなんて卑怯じゃないのよ」

刹那の間に距離を詰めたザクロの巨大な腕が
体ごと捻られそのまま振り落とされる。
当然、両の腕が同時に周り迫っている時間差、そしてその巨大さが隙を作らせない

「案外あっさり潰れちゃうのかしら...後でちゃんと食べてあげるから安心なさい」

巨大な腕が轟音を上げて振り込んでくる
影を作り、赤い死神は黒い闇に隠れ、足を止めるとその腕を見上げている。

さながらハンマーかの如く、巨大な腕が虚空を切り、刻々と迫る中
メイナーはリボルバーを腰に収めると体を捻り、半回転したかと思うと
反動に任せ足をまるで鞭のように振るい上げそのまま腕に蹴りを叩きこむ

炸裂音と共に巨大な腕が軌道を変えメイナーの真横に叩き堕ちる
しかし影は消えない、まだ片腕が跳ねただけなのだ。

「一発目を弾いてもまだ次があんのよっ!」

そこまでは予測できたと言わんばかりに最早勢いのまま止まれないザクロのもう片方の腕が振り落ちてくる
避ける術は無い様にに見えたが、メイナーは開いた右手を腰に回すと
腰に戻したリボルバーをホルダーに装着したまま勢いに任せ放つ

「今お前が言うべき言葉は、私の疑問への回答だと思うのだが」

迫る腕を弾丸が向かい撃つ。
亜空の力を纏った弾は、見る見る内にその威力と勢いを増し
迫る腕に着弾すると、巨大な腕を爆発させる。

激しい炸裂音の中、今まで降り落ちていたはずの右腕に激しい痛みが走る
その勢い、そして腕の重さがそのままザクロの方へと元以上に気負いで跳ね返る

一瞬の意識の空白...次の瞬間には背後の壁に体がめり込んでいた。
まるで手玉に取られるようにザクロが為す術もなく弄ばれている

「あんたホントに死神か何かなんじゃないの...バケモンだわ」

壁のさらに向こうまで飛ばされ倒れる異形、そしてそれに迫る死神
ほんの一瞬の激動の中でその立ち位置が刹那的に変化し
同等の激突は一方的な破壊へと坂道を転げ落ちるかのごとく形を変える。

「バケモンにバケモンと言われるのは慣れているが、残念ながら俺は死神ではない」

言葉の後に訪れる一瞬の静寂、その瞬間に勝負は決する
迫る死神の足音、まだ爆発の勢いで回復しない視界の先に赤い影が迫っている

”ガチャ”

重苦しい金属の重なる音が目前に聞こえる
眉間にむず痒い、嫌悪感を与える感触が冷たく宿る
再びザクロの頭部、額にはメイナーのリボルバーが当てられていた

変質直後の不慣れな身体では相手にしてはいけない相手であると
ザクロは最初の時点で漠然と理解はしていた

...だが、まさかこれほどまでに意図も簡単に自分を破壊する者がいるとは想定できなかった。
自分以上に危険な化物が、逃げ道すら与えず今正に自分を破壊しようとしている

勝負で負けた...それ以前だ、理解できない存在に遭遇したというべきか
既に熱も飛び、冷たく伸びた銃口が容赦なく頭部を押し込む

「...ッ」

声も出ない、理解できないと同時に、この存在に躊躇いは感じられない
今生かされている理由はただ一つ、私が奴の知りたい情報を持っている、ただそれだけだ。

「異形となりても生き続けている、生に縋ってか、自棄になってかは知らんが...
答え次第では楽にしてやる...だが、その前に先ほど問いに全て答えて貰おうか」

最早死の間際だというのに、何故か恐怖はなかった
既に死んでいるようなもの、解放されるならばいいかとも思った

だが、そう思えば思うほど自分の物ではない体が意識と離れる感触を覚える
バリバリと剥がれるように、身体が勝手に意思とは違う動きを始めようと反発する

「そうしたいのは山々なんだけど...どうやら身体が許してくれないようよ..ッ」

最早万策尽きたはずの身体、その尾が突如伸び、メイナーの銃を跳ね飛ばし
めり込んだ体を壁越と後方に飛ばすと、瓦礫の山の上に姿勢を立て直し構える。

「気配が変わった...変質しているのか、それとも何か別の力か」

距離をとって、改めて顕になったザクロの姿は最早異形と人間の間を彷徨う存在へと変わり始めていた
息が上がり、その異形の瞳は濁った光を見せる。
体を覆う気配、そして無数の人間の意識はさらに色濃くザクロにまとわりついている。

「んっふふっ...もう意識が限界みたいだから一つ教えてあげる...私のこの体を覆うもの
それは今まで食べてきた人間の気配でしょうね、糞みたいな強盗どもやら店の仲間...それに...ッ」

意識を保つ限界が近い、その言葉通り次第にその気配の色が変わり始めている
人間から単なる異形へ変わってしまえば、もう二度と人間へは戻れない
...戻れないというより、戻らないのだ。精神が異形であることを望むのだから。

「成程、ならば何故それに頼らない、人間とはいえ別の力を喰らったのなら...その力も使えばいい」

解を得たメイナーの腕に亜空間の光が宿る。、もう十分とでも言うかのように
2丁のバルカンを取り出すと、それを瞬く間に連結し巨大なブラスターを作り上げ
高く構えると前方に集められたエネルギーは、ザクロを消し去るには十二分な程にチャージされる
流れるような動き、それはまたたく間の出来事...最早容赦はない。

「お前の中に無数の人間の特性があるのだろう...見せろというのだ」」

だが、それだけでは面白くはない。彼の発言はそのままその意を示しており
異形に覚醒したばかりのザクロに対しては感覚をつかむのには解り易い言葉であると同時に
既に手遅れとも取れるタイミングで言い放つ事に、最早悪意すらも通り越して
なんとも形容しがたい感情が言葉を奪い、その異形化の進行を進めるような気すらさせてくる。

「ッ...ホント意味不明ねアンタ、ちょっと惚れそうだわ
...だけど助言を活かす程、私の精神が持ちそうになイ...わっ...ッ」

人間と異形の境目にある者。それが今目前で立ち上がろうと足掻いている存在であり
幾つかの経験則から言えばそれはもう這い上がれないレベルで手遅れである
元より救うつもりなど無いが、意志を持たぬ異形ほど倒す価値のないものは存在しない。
最後まで人間らしい願いを、矜持を示すものを消すからこそ得られる物がある。

「さっさと...撃ちなさいよ」

チャージはとうの昔に完了している、放てばザクロを消し去ることが出来る
風、そしてエネルギーが満ちゆく音だけが廃工場に響き、不気味な音色を奏で始める

「では最後に問おう。意識を無くした醜い異形として死にたいか、それとも意識ある
...ふむ、いかん。最後の前に一点...貴様名前はなんという?」

不意に必要性を感じ、名を問う。
それに対しザクロは気が抜けたように、それでもギリギリで耐え続けながら返す。

「...ザクロよ、先に名前ぐらい..っ、聞いときなさいよ。アンタは?」

「これは失礼した。私はメイナー。礼節を欠いた、詫びよう。
...そうかザクロ、一つ問う。お前がお前である内に死にたいか?」

あえて苦しめて楽しんでいるのだろうか。
この死神は随分と自分の長所と趣味を理解しているようだ。

既に体中に何かが這い寄るような感触が所狭しと走り
その道筋に焼けるような痛みが走る、無理やり皮膚を剥がすような
意思とは違う無理矢理な激痛、気絶すれば飲み込まれて後は死ぬか
...目前の死神、メイナーが言うように完全な化物に支配されるのだろうか

別に死んでもいい、軽く思っていた。カザグルマにもこの生命を軽々と渡した
しかし今では何故だろうか、無性に死が怖い
漠然と狭まった視界が恐怖心を倍増させる、全身の毛穴が開くような感触が気持ちが悪かった

「どっちって...っやだ何...あぁこれは...あぁ..」

痛みの先に目をやれば体の傷という傷から何か赤い粒が飛び出している
その一粒一粒に眼や口、人のパーツが半透明に浮かび上がっている
今まで喰らい取り込んできた人間のパーツに見覚えがあった

かけた耳たぶ、変な色の瞳、変色した歯...全て吐き気と気持ち悪さを感じながらも
無性な欲に惹かれ、その口に入れ取り込んだ、筋張った感触、固く折れゆく音。
何もかも覚えている...これらが落ちてゆくということは、最終的には愛しい体も落ちるのだろうか
そう気づいた瞬間、口は痛みを超え叫びを上げる

「私そのまま死にたいに決まってんだろうがあぁぁぁぁッ」

無数に人の声が重なり値を這いずるように唸る声が叫びと鳴り響く
捨て去った性別も、キャラクターも...何もかも構わずに。

「いい鳴き声だ」

その声にリズムを付けるように軽快な「タンッ」と言う音が一度響く

次の瞬間には叫びを上げた頭、その額に弾丸が突き刺さっていた
人としての死を選んだ者に、高エネルギーによる消滅ではなく形あるままの死を与える
構えたキャノンを直前で投げ捨て、引きぬいたリボルバーの銃口が煙を上げる。

「お前の分の祈りは、私が上げてやる。祈りの先にお前も...もう往くがいい。」

彼の言う二択、それは異形としての死か人間としての死か
生命の間にある希望と絶望、その人間の最たる本質を見る瞬間こそ戦いの中の美
彼を悪に留めさせる最大の理由であろう、しかしそれは同時に情けのようにも感じられる。

「...」

既に生命活動の止まったザクロを見つめその様子を窺う
どうやらこの異形、噂のカザグルマが噛んでいるのは間違いないようだが
死んでも消えるわけでもなく、元に戻る訳でもない、今までに無い存在であることは間違いない

「元に戻らないか...形があるだけまだ良いか、せめて仲間と一緒に眠れるようにしてやろう」

倒れた体、その瞳に既に輝きはない
異形のままの姿であっても祈りを捧げた仲間と共に眠ることは出来る。
平穏を得たのであろうか、一瞬で奪われた激しい生命活動の終わりに見せた表情は微かに笑っている

短い間ではあったが、鮮やかなまでの我道を見せたザクロ
その戦士としての願いを聞き入れるため
その身を仲間の元へ運ばんとメイナーが手を伸ばした...その刹那、声が響く

「それを埋めるなんてとんでもない!ダメダメダメよー僕のザクロちゃんだもの」

不意に響く声、機械的な異質な声。
一瞬風が吹き抜けたかと思うと、目先に人のような影が立っている
...その顔面は黒い風車、話に聞く問題の根源がそこにいた。

吹き抜けた風はそのまま耐えること無く異質な気配を運ぶ
それっはザクロが放っていた物と似ている、人間にはない気配
刺さるようで直前で通り抜ける、まるで予想だにしない感触
それは人間がベースであったザクロより分かりやすくはあるが、かえって理解が遠ざかるようにも思える。

「ほう、お前が噂に聞くカザグルマか。お初にお目にかかる。我が名はメイナー
次はないぞ一回で覚えろ、刻み込め...重装メイナーだ」

臆さず、引かず、この相手には配慮もいらぬ。
忘れていた感情、そうそれは怒りとも言えぬ破壊の衝動
ある時からか忘れた感覚が、漠然とこの相手には隠し切れない
気配に飲まれているのかもしれない...だが好都合だ。

「メイナー!うん覚えた」

瞬時に消えては現れる、そうとしか表現できない
馬鹿にしたような口調、不快感のある声でそれは飄々と動き続けている。

瞬間移動のようにも見える瞬間的な移動を繰り返し、カザグルマが瞬く間にザクロの身体に近づくと
次の瞬間には持ち上げている、早いというより別次元の動きというべきか

「んじゃこれで...っと、痛ってて!?何で!?」

カザグルマが逃げ出そうと消え、現れる次の出現地、その足元に銃弾が跳ねる
ただ見ているだけのメイナーではない。漠然と音、そして風の流れ
独特なテンポから次の出現位置を大まかではあるが割り出し
先程まで対峙していた拭えないザクロの気配を追うことで狙いをつけることは容易い。

「案外隙があるな。待てというのだ、そいつは置いていけ」

既に片方の手にはマシンガンを連結したブラスターが握られている
いくら逃げようとも、逃げ切れない範囲で乱射すれば数発は当たるだろう
足なり体なり、大まかに穴を開ければ動きは止まる。後は仕留めるだけだ。



「ザクロちゃんはサイセイシシャとしてまだしてもらう事があるんだ!だからバイバーイ」

求めていた答えが返るはずもない、言葉を聞き終わる間もなく
ブラスターが軽快な音を響かせる、それはまるで雨音のように
屋根の残る廃工場はやけに音が響く、風向きを判断できたのもそのおかげだ

「わぁ...ちょ...もうめんどくさい!!ザクロちゃんならまた直ぐ会えるよ、しつこいの嫌い!」

弾丸の雨を辛うじて交わすもそれも時間の問題と判断したのか
ただ純粋に怒りが感情として勝ったのか、カザグルマが子供のような叫びを上げ手を大きく振るう。

その手に合わせ激しい突風が弾丸を跳ね飛ばし自分より前にある
何もかも全てを弾き飛ばす、まるで突発的な嵐のように折り重なる風が襲い掛かる

「...ッやはり常識の範疇で対応できる相手ではないか、来いメイナード」

漆黒の嵐、巻き込まれた弾丸、瓦礫、何もかもがメイナーを巻き込んで吹き荒れる
既の所でメイナードを亜空間より呼び出し、盾替わりに床に突きカザグルマを追うも
風の壁が全てを覆い隠し、気配もかき消されてしまっている。

「ばいばーい...またね怖い赤い子」

数十秒の後、全てがかき消され、突発的に生まれた瓦礫だらけの荒地に既にカザグルマの姿はなかった
風のなかでさり際の声が聞こえた...まだ余裕がある現れだろう。
当然ザクロの身体も持ち去られている。
...想像以上にカザグルマは厄介な相手であるという事実だけを残して全ては消えたのだ。

「死して使者となるとでも言いたいのか、終わりという安息すらも奪う権利が奴にあるというのか。
否、断じて無い。ではどうする...そう、当然あの気狂いを撃ちぬかねばなるまい」

吹き抜けた風が雨雲を切り裂き、宇宙には紅い月が輝いている
崇高なる理想の邪魔者がここに居るのだ。
この星は未だ友好以前の状態である、余計な邪魔を排除せねばならない。

そしてそれ以上に、安息を願い、友に祈りを捧げられる者を
あそこまで狂わせた存在を、ただ個人の思想の上で排除したいと思考が言うのだ

「随分と幼稚な言葉で色々と吐いてくれた、それにザクロが残した言葉を合わせれば...」

策はある、仲間もいる。何より今の自分の力で叩き壊すべき壁がある
それは悔しさや悲しさ、そういった感情からは縁遠いただ単純な衝動。

正義や悪ではなく自分で決めた道を往く
そしてその道には、並び歩く同じ道往く者がいる
握られた拳の先に、目的という道筋が見えた時、既に足は激動へと向かっている。

「あの邪鬼、善が裁けぬというのなら...この悪が引き受けよう」

最早理由はない、あの存在はただ...ただ邪魔だ
風を辿ってその目を焼くか...一度着いた火は、炎となり燃え盛る。
一度着いてしまえば容易くは消えない。もう着けてしまったのだその火を。

「確かに刻み込ませてもらったぞ...カザグルマ」

残された数々の言葉の線をたどり
また一人、終わりに向かう戦いの中へと入り込む男が一人

その名はメイナー、ただ自分の信じた道を往く
その男、目前に見える不可能をねじ曲げてでも可能にする。
次に風が吹く時。嵐は震え次の瞬間には止むだろう。
最早逃れることは出来ない、悪と言う名の渦が風を取り込み始めているのだから。

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-Ep:03「狂愛の果実」 ・終、次回へ続く。
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