人は闇を恐れる、だからこそ朝日とともに目覚め生き、火や電気を見つけ出した。
だが、その光は時として傷をえぐり、身を焼く、余りにも強すぎる光となることもある。

傷ついた心には、侵された精神には、光は毒なのだ。
まるでその光から逃げるように、暗闇の支配する時間の内に彼らは集まり
地下に閉じ籠り、そこで安堵を得て心を落ち着けていく。

しかし、そんな中でも反面で彼らはどうしても光を求め続けている
淡い光が漏れる穴蔵の中で矛盾した彼らの世界は歪な永遠を形成し
そのまま老いて逝くまで続くと、信じていた...それがすべて崩れるあの日までは。

---

薄暗い室内、無駄に広いそこは
商店街の少し外れ、外側の道沿いにある地下の店舗跡地。

昔は華やかな夜の世界の電飾の花園だった場所
螺旋状の階段を降りた先には一時、まるで地上の楽園のようなまばゆさが広がっていた
しかし、今となってはそこはもう腐り果てた泥沼とでも言うべきか

「どれ位経ったのかしら、2、3日眠っていたような...もっとかしら」

闇と言う名の沼の底から声がする。
人など居ない、そうとしか思えない吹き溜まりに蠢く一つの影
横にはもう一つの影が見えるが、どうも動く気配はない。シルエットも歪に写る

「あぁ、もうすぐ貴方もこの世から無くなってしまうのね、皆いなくなった...」

蠢く影は思考する、これまでの出来事と、これからの絶望を。
この世に救いの神がいるのであれば、自分の元には来ないであろう。
そんな事は重々承知の上で生きてきた、そのつもりだ。

...しかし実際に直面してみると
やはり恐ろしい物であり、迫る孤独、その先にある自らの死も含めて
漠然と何もかもが恐ろしくなる、「死など怖くない」つもりだった自分が今では愚かしい程に

...まぁ、既に死んでいるようなものではあるのだが
横に無残に転がる塊が、かつて愛した者であった事実が
自分には実感もなかった真実を、強制的に知らしめる。

「嫌だわね...こんな物。食べてしまうのが一番だわ」

不意に影が塊とかした影に手を伸ばす
ガッと地面が擦れる音がする、伸びた爪が掻いたのだろう
掴もうとした腕は、その歪な塊を握りこむ寸前で躊躇したように動きを一瞬止める

「...名残惜しいわねぇ..これが、ヤシャ様だなんて」

暗闇に濁った光が輝き、落ちる。
それがその者の瞳の輝きであること、その瞳から落ちる涙である事
それを理解しなければ、その光景はまるで異形が異形を食らう姿にしか見えないであろう

ただ手が動き、塊を強く握る。
既に腐り始めたそれは、生々しい音を上げて手の間からボロりと崩れるが
意にも介さず異形は食らいつき、それでまた塊が悲鳴を上げる。

その様子はがっつくと表現すると分かり易いだろうか
手の中には収まらない程には残ったそれはグシャグシャと音を立てて更に形を崩していく

何か汁が滴り落ちる、暗闇の中ではそれが血なのか
その物を形成しきれず崩れた末に液状化したものなのか解らない
口であろう穴の端から漏れるそれは異臭を放つが、麻痺した感角はそれを知らせることはない。

「はぁ...ああっ」

開いた口の隙間から音が漏れる、声にならない音。
その端から未だボロボロと崩れ、口に運ばれるそれはかつて人だった...否、今も人なのだ。
もう既に生命活動はしていないが、その影にとっては今も生きているのだ
生きているからこそ、それを永遠にする為に喰らうのだ、行き着いた結論がそれしか無かったのかもしれない。

一人ではない、よく見れば周りには無数の同じような残骸が
かつては華やかな光を放った店内に、全く別の花を咲かせている
赤く、紫色、ピンク色、青もあるだろうか...染まった色は死の証。

「もう貴方の体だけ、これしか残ってないわ...未練だけはこんなにあるのにねぇ」

その色とりどりの花を千切り取り、食らう。
深く閉ざされた暗闇に地下に、それはいる...確かにそこにいる。

同時にその、濁る輝きを見つめ続ける目があった。
闇の沼の中から、不敵に笑う風が導き出した最初の素材は「それ」だった。

吹き始めた風は止められない、眼に見えないまま嵐へと変わっていく。
そうしてこの長い戦いは本格的に幕を開けるのである。

---

人の命も財産も、未来も希望も...世界自体のバランスをも
さも当然起こるべき事と言うように、崩し、洗い流した2013年のあの日から
もう既に1年以上が経過している、そろそろ2年になるだろうか。

「外は...随分とまぁ華やかさを取り戻したみたいねぇ」

夜の世界に生きていた彼...彼女というべきか、その名を「ザクロ」という。
彼女に纏わりつく闇は、今も尚一瞬の陰りも見せず
昼間であるにもかかわらず深い闇の沼に沈んだ黒の中に囚われている。

そんな闇の扉をドンドンと遠慮なく叩く音が聴こえたのは、ほんの数十秒前
幻聴かと思ったが、今も尚聞こえている以上それは現実であるようだ

「はいはい、悪いけどこの店はもう誰も...皆、死んだわよ」

「ザクロ」と言うのは本名ではなく、闇夜の世界で生きるもう一つの名前だ。
と言っても、既に本来の名前なんてものは忘れた...捨てたというべきだろうか

電飾がまばらに輝く店頭の看板「黄金エデン」
この店の電気等は残された莫大な口座残高で未だ途切れずにいた
だからこそ、唯一現世に取り残されたままのザクロは生きながらえている

それを、かろうじて生かされていると考えると、どうにも気が狂いそうになる
皆、ザクロに「生きろ」「後は任せた」「好きだった」そう告げて動きを止めてしまった
皆愛していた、だからこそ、死して尚消えず残る彼らの体が示す事実が受け入れられずにいた。

皆がいた、この店が彼女の家であり、唯一の安息の地であった
その安息は世界の変動に飲まれ、他同様に破壊され今や地獄の様相を呈していた

「こんな泥沼になんて、盗る物もないのにさ。ご苦労なおバカさんね」

何時もなら無視するのだが、あまりのしつこさに負け、地下の扉は珍しく開かれた。
久々に開かれたその中からはホコリ臭さと血生臭さが漂う
腐臭がしないのは、一人を除いて既に身一つ残さず白骨化しているからなのだろうか

開いた先には久方ぶりの客が来ていた。
既に営業はしていない、していたとしても開けるのは何時も夕方からだったが
一応外の看板は無駄に輝いている、勘違いしたのか、それとも単なる強盗か...

「何なのよ宗教ならここが...あらまぁ、随分と変なお客さんねぇ」

漠然と何も考えず開いた扉
その先に経っていた存在は、どうやら人の領分かは微妙な存在だった

「ハァイ!ぼかぁカザグルマといいます。貴方ザクロちゃん?おめでとう!君はチョイスされたよ!」

眼の前にいるのは真っ黒な...風車?
顔が風車の人のような何かが立っている。日本語を話しているのだが内容は理解できない。
一つ一つの単語は理解できる日本語だが、それらは全てチグハグに繋がっている
そう...表現すれば的確か、言葉のキメラが襲ってくるようだ。

「あれ〜どったの?嬉しくなーい?」

フラフラと動く理解不能の存在。言葉をからの理解をやめ、その姿を確認する。
ロングコートのような物を着ているのだろうか、腕は包帯巻
顔も風車の後ろ側は包帯のような物で巻かれているようだ。

喋る度、人間で言えば口にあたる部分がまるで布でも張り付いているように
喋るとその単語に合わせるように動いている...下に顔があるのだろうか

だが、それにしては風車がある位置が後すぎる。
これが素顔、整形でここまで出来るものか疑問である...では噂に聞く宇宙人という奴なのだろうか

思考は巡り、目の前の存在を分析しようとするが、ままならない。
職業病とでも言うべきか、自然と相手の特徴を掴み、弱みを見出すよう癖が付いている
しかし目前の存在は掴み易すぎて逆に掴めない
...得体が知れない、という言葉がそのまま歩いているようだ

「変なマスクね、やっぱり宗教?ご指名は嬉しいけどアタシはマスク男はお断り」

闇深い穴蔵の住人だ、その存在そのものには異質な魅力を感じ若干興味はあった
しかし、彼女の心は最早、何かに関わる気はない。
ここで朽ちるのを待つべきだ。と、いうよりここでもう終わりにしたい気持ちが強い。

どうせ生きていてもこの先どうにかなるとも思えない。
何より自分が行った罪が、この扉より向こうには無残に広がっているのだ
それをすべて飲み込んだまま残りの時間はこの泥沼に溺れていたい、そう思っていた。

「えーやだぁ、人食いの君じゃなきゃやだ〜残った”そこの体”君と組み合わせてあげるからさぁ」

訝しげに風車を見ていたザクロの表業が明らかに固まる。
今、あまりに当然のように出た言葉「人食い」
それは彼女しか知らない、この扉の奥にある闇の中の秘密だ

何故それをこの目前の何かは知っているのだろうか...
知られている以上、逃げ道は塞がれているのだろうか

チョイスとは何か...様々な思考、疑念、混乱と不安と少しの興奮が入り交じる
こんな感覚は抜き打ちの調査が店に入った時以来の感覚...それよりも強い
随分と久しい、刺激的な恐怖が襲ってくる。

幾つもの考えの束の中で、一つだけわかる答えがヒラリと落ちる
「これは取引なのだ」...この目前の謎の男の持ちかける罠
突然の状況は外界とは離れていた彼女にとっては随分と重い

「...何が目的?そんなにアタシに興味があるわけ?」

「うん、そー。君はサイセイシシャに選ばれたんスよねー...アナタ進化の可能性がある」

表情のない顔が笑ったように見えた。
不気味で異質な気配。しかし、何故かその顔を見ると信用してもいいと心は思い始めていた。
サイセイシシャとはなんだろうか?何より興味が湧いているのも事実だった

それ以前に、ここで扉を閉めても次はもっと悪い状況が待っている
漠然と、ここで「NO」を示せば最悪の状況が来ると容易に想像できた

だが、目の前の存在は穏やかそうでいて得体が知れず、一言で言えば「マズい」のだ
今まで散々、俗にいうマズい人間には腐るほどに会ってきた
自分もそれなりにその類の人間だとは思うが...次元が違う、そう感じる。

興味と恐怖、信じるべきか否か。
解を求める思考が争い合い、長らく静かに動き続けていた心臓は痛いほど躍動する。

「いいわ、じゃあ中で話を聞いてあげる」

「イヤッホーじゃあさ、じゃあ、ぼかぁいつもの奴を頼むよ」

「...あんたホント意味分かんないわ」

何の躊躇いもなく、闇の中に入り込むそれはまるで風のよう。
一瞬失敗したかと、自分の選んだ答えを否定しかけはした。
だが、いざとなればコイツも食ってしまえば良いと、そう考えていた。

だが、それは想像よりもずっと、恐ろしい救いの始まりだったのだ。
この時、自分のテリトリーに安易に異質を招き入れた事。

状況を自分が有利に進めようと踏んだ、この時点での自分を
とんでも無い馬鹿だったと見るべきなのか、よくやったと褒めるべきなのか
今も尚答えは出ていないが、私はこの日を持って「サイセイシシャ」となったのだ。

---

昼の世界で闇が風に出会う頃。
あいも変わらず鳥籠の中に眠る地球の外に一つの影が浮かび上がる。
飛行物体...かつては侵略者の象徴であった円盤が飛来したのだ。

姿は完全に背景に同化し目視は出来ないそれは
何の躊躇もなく大気の層を超え、あっという間に日本を目指し
次の瞬間には火入国...そして立中市の中へ飛び込んでいく。

刹那の間に円盤はかすかな音だけを残し景色の中へと溶けこんでいくと
廃デパート等が未だ手付かずで立ち並ぶ通称「裏町」へと静かに着陸する。

僅かではあるが円盤から発せられる聞きなれない金属のすり合うような音
先ほどまで何も見えなかった場所に突然にジェット機程はある円盤が現れる

「よろしくない、一人旅というものは退屈極まりない。しかし...だ」

その操縦席にいたのは、赤い鎧の異形。しかしそれは新たな侵略者ではない
2013年の戦いにおいて大きな功績を上げ、同時にヒーポクリシー星の姫たるイツワリーゼンに忠誠を誓い
その身一つ、イツワリーゼンと共にヒーポクリシー星へと旅立った戦士「メイナー」である。
そのメイナーがとある目的を果たすために偶然にも舞い戻ったのだ。


「姫様より頂いた愛しき使命、果たすためであれば退屈すらも悦楽の境地といえよう」

異質な光を放つ船内、未知という言葉がよく似合う。
かろうじて地球の知識でも理解できるのは計器類とシート位だろうか。

操縦席に座るメイナーが固定具を外し、立ち上がると
外へ向かい歩き出しながら誰ともなく語り始める。
その足は軽快だが無数の鎧がきしみ、重そうに悲鳴を上げる、アンバランスだ。

「では..まず思い出そう、我が密命。頂いた新たな鎧、そして何より進化したこの私が確認しようというのだ」

左右にはなにか文字が浮かび上がり、情報を示しているようだが
地球上に存在する文字ではないようだ、何が書いてあるかは理解できないが
メイナーにはそれが手に取るように理解できているのだろう。

当然な話で少なくとも地球の時間計算でも1年以上の期間
この文字、そしてこの言葉しかない世界で生活してきたのだ
何よりも姫への愛が彼を突き動かし、会得は極めて早いものだったと容易に想像できる。

「ほう、驚いた。この星にはまた脅威が迫っていると...承知。
愛すべき姫様のいる第二の故郷が失った信用を取り戻す今が最高にして最良のチャンスという訳だ」

手を軽く上げ、まるで確認するかのようでいて、誰かに話しかけているようでもある
独特な口調で話は続く、仮面の口元は髑髏状だが笑っているのがよく解る

「なんともう一つ?そんなものは聞いていないが
...この星を覆うこの醜い黒い鳥籠を取り払う準備...姫様との思い出の場ではないか!」

鳥籠。2013年の戦いにおける傷跡とも言うべき物。
ヒーポクリシー星人が地球人支配の為に用意した精神変換器であり
隠されたまま建造されたそれは、未完成ながらも地球の周囲を覆い隠している。

地球の技術だけでは完全に破壊することが難しく
まだ騒乱のざわめきも止まぬ、この数年ではどうする事もできぬまま残されている。

「壊すのは口惜しいところもある、何より籠の中の地球も中々乙な物だ。
それにこれは使い方次第では有効活用できる...さてはこれは姫様発案ではないな、これは却下だ」

幾つかの情報を読み上げまとめ、必要な物だけを取り出す
どうやら全てを行う訳でなく、興味深い要件のみに絞っているようだ

その間、終始動き続ける身体。まるでそれが皮膚であるように追従する鎧は
かつては金属色をしていたが今では全てが真紅に変わり、形からして大きく変貌している
最早シルエットだけを残した別物というべきかもしれないが
正しくそれはメイナーであり、何ら変わりないのも事実である。

「今や私はヒーポクリシー星の大使、姫様唯一にして直属の騎士だ!私兵なのだ!
彼女の意思以外興味なし、よって他は全て削除でいい
私と姫様によって繋がれる未来...素晴らしいじゃないか、さぁ準備に取り掛かろう」

円形のステージのような場所に足を止めると
足下からアームのような物が伸び、外していた部分の鎧を運び体に装着してゆく。
手、足と細かい部分が追加され完成した姿、最後に仕上げとでも言うように銃を腰に装着する
更に全身に赤と黒の装甲をまとった姿は、最早完全に別の存在といってもいいだろう
だが、同時に、構成するその全身のパーツ一つ一つが進化系であると明確に示しているのも事実である。

明らかに戦闘力を増した姿は、里帰りというには余りに凶悪な姿だが
それは当然ながら地球に何かしらの危機が迫っている事を把握してのことである
イツワリーゼンと共にその事実は既に察知しており、それを排除する事が彼に与えられた最優先の任務なのだ。

「久しぶりの地球、使命を受けて私は帰ってきたのだ。
友にも久方ぶりに再会したいものだな、まぁ既に脅威と戦っている最中だろうがそれも良い」

何重もの扉が開く、開いた外は旅立つ前と変わらぬ街
相変わらず何も変わっていないことを喜ぶべきか悲しむべきか
この世界には頼れる機関も正しい指導者も...言うならば大人という物はもういないのかもしれない
皆逃げたか死んだか...諦めたか。だからこそ彼等は我道を切り裂き、彼らなりに道を示していくのだ。

それが悪の道であっても当然構わない、むしろ望む程に突き進む。
踏み外した獣道でも問題はない、求めるは進んだ先にある鮮やかな終わり
その中にこれからも描かれ続けるのだ、終わりなき争いと言う名のあまりにも鮮やかな色が。

---


⇒後半へ
Re:Top/NEXT