「ザクロ、お前と俺でこの街をもう一度輝かせよう」

心優しき夜の王子「ヤシャ」
私の愛した男、男でありながら女であろうとする私を当たり前に受け止め
それを強い事だと、認め愛してくれた、私にとっては本当に王子様だった

世界規模の大災害を経て、変わっていく街の中でも
自分達を人を喜ばせることが使命だと、彼はずっと言っていた

「勿論よ。腕っ節はからっきしなヤシャ様の代わりに、そっちの方は任せて」

秩序を失い、国その物が一度完全に機能しなくなったこの小さな島国は
いつの間にか潜んでいたその土地を狙う様々な者達が忍び込み
荒廃した世界には驚くほどに凶悪な闇も無数に潜んでいた、人もだが人在らざる者も無数に。

そんな世界の中でホストまがいの家業なんてものは、需要こそあれど危険極まりない
いつも何かしらのトラブルと隣り合わせの綱渡りのようなものだった
そんな危険な毎日の中で私は彼を守りたかった、それだけが生きている理由だった

勿論そんな平和な時間が長く続くはずも無い事は、考えずともよく解っていた
頭では理解していたというべきだろうか。理解していながらも、避けていたのかもしれない。

数カ月前の晩、金目当てで乗り込んできた数十人のゴロツキ共
どうにも人間とは思えないほどの力を持つ化物のような奴らに対抗し
一人、また一人と無残に引き裂かれ、次第に光は闇に侵されていく

何人叩き伏せても湧いて出る蛆のようなその人のような悪鬼を相手に
ついには倒れこみ、止めを刺そうとした瞬間、私を庇い貴方は生を終えた。

愛しい貴方は無残に引き裂かれてしまった。
その瞬間から私も鬼になったのだろうか、既に満身創痍の体は
怒りだけで立ち、それからはシーンごとに区切ったような、まるで漫画でも見ているような記憶しかない。

血を吐こうが何をしようが首を掴み床に叩きつけると、そのまま顔面を蹴り飛ばし
折れ飛んだ歯はまるで種の残るザクロの実のようだった
今でも思う「何でこの力がアナタを失う前に出せなかったんだろう」と

「うぁぁぁ...ガァァァァッ」

そう思うほど怒りがこみ上げ、声にならない声は叫びとなり
殺せば殺すほど、怒りに心を許す程に私の力は強まっていった気がする
それと同時に、体中に付いた血肉が嫌に魅力的で美味く感じた
この時既に、私はもう化物だったのだろう。目には目をという奴よ。

「許してください」

...と、何か醜い鬼が許しを請う、勿論許すはずもない。
何十人もいたそれは既に皆、虫の息と言うにも危うい状態で倒れていた
何だかそれが嫌に輝いて見えて、先程からちらつくザクロの記憶はなんだろうと記憶を巡らせる
...あの日アナタがくれたザクロの実。それによく似ているのだ

そう思った瞬間、既に目の前のそれを私は喰らっていた
言葉にならない声...と、いうより音が聴こえた、五月蝿くて汚い音が

「お前か、お前が」

そんな考えだけが頭を支配している、考えだけじゃない、言葉として叫び続けていただろう。
同時に「美味いな」と漠然と思っていたが、もう、どうでも良かった
この眼の前の鬼を、完全に消し去るにはこれしかなかった
..確証が欲しかったのだ、喰ったことで完全に殺したという確証が。

「...アナタがいない世界ならば、私ももういなくていい。今の私はもう」

あれから何日か後、私は残された残骸を喰らい続けた
最早それが憎らしい鬼でも、かつての仲間でも関係なく。

そして最後に残った、愛しいアナタすらも...アナタだから、なのだろうか
まるで自分に取り込むように噛み砕き、私はついに何かを捨てた―――


―――夢、思い出したくもない過去を平然と描き出す。悪夢だ。


「..ちゃーん...ザクロちゃんオッハーできる?」

あれから何時間が経ったろうか、数日ぶりに目覚めた...数日だと思いたい。
目前には黒いカザグルマがいる。何かあったかかすかに取り戻し始めてはいる、しかし記憶が混濁している。

生きているのか死んでいるのか、バスタブのような桶に浸かった身体は
人の血肉に汚れた自分の姿を随分綺麗に洗い流し自分を、あの日から人を捨てた体を再確認させる。

「...何してたんだっけ」

不意に見つめた先に存在するのはカザグルマ顔の変な男、今自分を起こした声の主。
アイツと少し話して、妙に意気投合してしまって...それ以降記憶が無い

思い出そうと頭の奥の奥まで思考を突き刺していく
アイツはこう言っていた「君の一番愛しい存在と永遠に一つに、一緒にいさせてあげる」と
その甘い、罠にしか見えない言葉に、私は縋ったのだ。

「あぁ思い出してきた...何か寒気がする」

漠然と脳は「思い出すな」といっているような気がしたが
思い出さねばならない、思い出さねば今の状況がつかめない

次の瞬間は...そうだ、アイツはヤシャ様の最後に残った体のパーツを...
一瞬の焦り..しかしその不安は次の瞬間には解消される
体の中から感覚が知らせてくれた...探し物はお前の胸についていると。

「おっおー起きてるね、おはようサイセイシシャ3号!ザクロ...う〜ん名前オニューにする?」

自分の中に愛しき者が宿り続けている、安心感を得たことで少し落ち着く。
するとその空間に疑問が浮かび始める。目前の白い空間、ここではどこなんだろうか。
店内ではなくなっているのは確かだが...いつの間にか直ぐ目の前にカザグルマが立っていた

「何言ってんのよ、私はザクロ。それ以外は名乗らない」

言葉の意味は解らないが、何となく掴めはした
あの後、私はヤシャ様の身体を取り込んだ、そのシーンは記憶にある
感覚もそれと同じ答えを教えてくれる。確かに暖かさを感じている。

「これは大事な名前...って、何処いったのよ」

カザグルマが一瞬消えたかと思った瞬間、体が激しい熱を持ち湯気を上げ始める。
不思議と不安感はない...まるでつぎはぎの体が結合していく感覚を覚えたからだろうか。
言葉通り、私はヤシャ様と一つに今完全に融合しているのだ。

「体を見てご覧よ、もう全然別物ちゃん。勿論元の姿にカモフラージュも出来んべさ!」

僅かな、瞬間に近い熱。その後、一周の暗転の先に元の部屋が目前に広がる。
違うことはといえば、視界が何かカバーのようなものに覆われた先から見えている事位だろうか。

何も理解できぬまま、言葉に釣られ持ち上げた腕は無駄に赤い巨大な爪のある腕だった
顔も漠然と元のそれとは違う質感を空気から感じる

しかし体だけは...よく知っている、先程から変わらない愛しい体。
触り慣れた生身の体。自分のものではなくヤシャ様の物、直感的に判断できた
人間のままなのだ、ここだけは赤い化物の体ではない。

「あらやだ、随分とまぁ面白いこと出来るのね。永遠に一つにってこういう事?」

化け物になりはしたが、目的も約束も果たされている。
最寄よりあの晩、私はもう既に人間ではなくなっていた。
この程度、どちらかと言えばお誂向きな姿になった...何よりこの体は愛おしい
あのまま朽ち果ててしまうより、ずっと...もっといい。絶望の中に光を見たようだった。

「うん、そーゆー事。その体と君の記憶に強くあるものが強烈に結びついてんのよ」

理屈はわからない、ただ現に変貌している以上理解は出来る
体中に巡る感覚は、常に何かに守られたように暖かく滾っている。

「永遠に一緒の意味が...まっ良いわ、これも直球で悪くない。アンタ面白いわね」

永遠に一緒と言う意味を大きく勘違いしているのは、まぁ文化の違いなのだろう。
その身をそのまま取り付けられるとは、想像の範疇を超えているが面白い。
何より想像していたよりもダイレクトで、嬉しい誤算だった。
実際既に死んで私に喰われていたアナタが私の中で生き返ったような気すらする

「で、この体にして何しようってのよ。一応お礼に1個位なら手伝ってやるわ」

薄緑の液体の入った桶の中から立ち上がると
身体はその殆どの部分が変貌しているのが解った...だがまぁ、そんな事はどうでも良かった。

興味があるのは身体だけ、愛しいものはもう離さなくていいのだ
残っていた愛しい顔もそのまま取り込んだのだろう、自分の顔に重なるように気配を感じる

最早常軌を逸している、解っている。だけどそれでいいのだ。
あの瞬間、怒れる鬼だった私に最後のチャンスと歪な贈り物が与えられた。
だからこそ、一つぐらいはこの眼の前の存在にお返しをしてやろうという気も起きる。

「あっホントーじゃあさじゃあさ、この星に終わりを運ぶお手伝いして頂戴」

言葉のいいは相変わらず理解に苦しむ。
随分と大それた言葉が出た事にもは驚いたが
今自分の体に起きた事象、それにここ数ヶ月テレビで流れていた宇宙人云々の話
それらを踏まえると、割とと現実的なようにすら感じられる、なれとは恐ろしい物だ。
その程度ならいいか、そう思う自分はもう既に狂っているのか、それすらもどうでもいい考えだった

「この星の終わりねぇ、まぁ私はもうヤシャ様と一緒だし別に良いわ。手伝ったげる」

再生された異端の使者。
呼び声に再び起き上がるそれは使者であり死者なのかもしれない。

異界より現れた黒い風の使いが、運命を弄ばれた人々を掘り起こし
まるで歌い踊り、祭りでも始めるかのように世界は次第に巻き起こされる嵐に巻き込まれて往く。

「やったね!じゃあザクロちゃん。とりあえず仲間を増やそうじゃん!」

愉快な声はまるで無邪気な子供のような...
一見可愛らしく見えるそれが終わりを運ぶ者なのだろうか

「いいわねぇ、どうせ壊れてる世界だもの。一暴れと行きましょう」

静かさ...確かに、穏やかに進むそれは嵐の前に感じられる。
だがどうだろう、既にもう嵐の中にいるのだとしたら、それが当たり前なのだとしたら。

彼が訪れた時点で、この世界は既に嵐の中にいて
今は偶然その中心で静かに終わりを待ち震えているだけだとすれば...

だからこそ、生きることは楽しいのだろうか、死ぬことは平穏なのだろうか
絶望は美しいのだろうか、希望は不安を呼ぶのだろうか...表があって裏がある
次の嵐は誰の手に光をもたらすかは過ぎ去ってみなければ解らない。

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-Ep:02「穴蔵の夢」 ・終、次回へ続く。
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