無数の壁を破壊し、激しい爆炎と共に現れた黒い影 それは、あまりにイレギュラーであり、驚異的であり ...そして何より、恐怖を与える存在だったと言えるだろう その驚異が目前に迫り、手に握りしめた刃で我が身を切り裂くべく 以前にもまして強烈な勢いで力を振るう ジッと霞めた刃の先端から漏れ出した熱が身を覆う軍服を焼く、その間に 一撃、また一撃と息つく暇もなく輝ける緑色の刃が乱暴なまでに我が身を狙う 「随分とまぁ、やるようになったね...脆弱な人間のくせに迷惑だよ」 まるで踊るようにサーベルが宙を舞うと それよりも明らかに太く、強靭な筈のアクドウマルが意図も簡単に受け止められる その存在は明らかに、人間よりも強く、そして幾らでも蘇る終わり遠き存在 人間にとって、生まれて初めて出現した捕食者 言わば「自分達よりも強い驚異」それが今目前にいる異形でありその背後にいる軍団である 幾多の戦いの中で、何とか退けはした物の それは一人の力ではなかった、この戦いに最初から勝機などない だが、ただ一つだけ勝ち抜く可能性があるとすれば、自分自身が奴らと同じく 人間とは違う完全なる異形へと変わる事、それが導き出した勝利への答だった 「「人間のくせに、か。残念だが最早私はその範疇にはないようだ」」 振るわれた刃を赤紫の霧が覆い隠すと、更に巨大な刃が形成され 目前の異形、ドクゼンに向けて伸びる それはあまりに予想外の動きであり、流石のドクゼンも不意な、その異様な攻撃に その体を捻り回避するのがやっと、と言った風に不自然な形で着地する 「どんな魔法を使ったのかは知らないが、それでも私に追いつくのがやっとという感じ...っ!?..なんだとっ!!?」 言葉を聞く間もなく、余裕を維持しようとあくまで平静を装うドクゼンに 容赦なくオーラの異形と化したシュリョーンの荒々しいまでの刃が弾丸のように跳ね飛ぶ 不意の一撃は予想外という範疇を超えておりドクゼンに直撃すると その体は意図も簡単に壁に叩きつけられ、そのままめり込むように壁を破壊する 「「全てを知り、お前を消す為に来たんだ。今までのような様式美には拘らんぞ ...これは戦いではない、お前の目的を知り一連の出来事を意味を知る為に来た」」 壁にもたれるように崩れたドクゼンの首元に刃を飾すと シュリョーンはそのままドクゼンに言葉を投げつける その真意と目的を問い、非道を消す為に彼は自らを異形へと変えたのだ これは最早戦いではなく、それまでの激突は作業の一つに過ぎない その体の至る所から吹き出す赤紫の霧がドクゼンを見つけると生き物のように迫り まるで逃げることが出来ぬように用意された枷にように体中に纏わり付く 「「随分と余裕があるな、だが我等にはそれが無い...故に決着は急がせてもらうぞ」」 どこに目があるのかも解らないドクゼンの顔は、それでも明らかに怪訝な表情であると解る だが、ある程度は予想済みだとでも言うのか、シュリョーンの異様なまでの力の増加 そして次第にオーラを纏い変わり始めたその体の各部を見ても関心こそすれど驚く様子はない 「フッ...ククッ面白いねぇ君は。こんなに強くなってまで僕達を止めようとする 普通なら途中で諦めるか死ぬはずなのにねぇ、本当に驚いたよ消すのが惜しくなる位ね」 良く見知った友人に冗談でも飛ばすかのように言葉を返すドクゼン その表情のない顔からあまりにも人間臭い言葉と笑いが漏れ出すと それが生み出す違和感が何ともいえない独特な空気を作り出す そして、その空気にまるで乗るかのようにドクゼンの口から一連の事件の意味、そして真相が語られる 「僕はね、人間という生き物に興味があってね、知ったのは君たちの時間で言う2000年頃かな あまりに強い欲望と生命力を持つ人間、それがどうすれば僕のものになるのか、それを研究し 時に災害を起こし、君たちを叩き落とすことで知り、益々興味を持った、手に入れたかった」 あまりにも饒舌に語り始めた独善 その体は既に力を失ったかのようにガクンと項垂れている 顔だけがシュリョーンの方をありえない角度で向き、異質なそれは 表現するならば一言「気持ち悪い」存在である事は明らかである 「まさか大地を切り裂くような災害に見舞われても立ち上がるなんてね 普段は解りやすい暴力や精神的な苦痛、汚い言葉で塗り固められた連中が そういう時はこぞって「誰かの為に」働くんだ、その時、私は思ったね...「こいつらは恐ろしい」とね そして同時に、こうも思った、こいつらを使えば「最強の兵隊」が作れるってさ」 まるで点を線で繋ぐ作業を頭の中で続けている そんな感覚を覚えながらシュリョーンはドクゼンの言葉を飲み込んでいく 2012年の大災害もそれ以前の大小の災害の多くも 全ては目前にただ項垂れる異形が引き起こした者だった 解ってはいた、ギーゼンの記憶から取り出したデータに確かにその記録はあった だが、解っていたとしても実際にその口から語られることで 「目前の存在の勝手な欲望」で消されたあらゆる物からの怒りが見えるようで 浮かび上がる殺意を、向かう先に感情として叩きつける理由とするには十分過ぎる威力がある ギチギチと力が篭りオーラの浮き出たシュリョーンの腕を..全身を覆う鎧が力に押され音を立てる それは怒りを示すのか、それとも何か違う感情から生まれた力なのか 「「全てお前の遊びだったと言う訳だ、人間はお前達のゲームの駒になる予定の物だった...と」」 まるで巨大化したように見える手を振り上げ刀を握ると、シュリョーンは眼前でそれを構える 男性と女性の声が完全に重なり、その声は「人ではない」音声となり響く 変貌した体は無数の赤紫の霧を放ち、依然としてドクゼンとシュリョーンを一定のフィールドに固定している 「そうさ、だからこんな大掛かりな舞台まで用意した。一斉に洗脳して「作り替え」ないと君達は抗ってくるからね ...出来ればそのままの状態で欲しかったんだけどね、洗脳してしまうと下品なほどの野性味がなくなる。」 そう言うとドクゼンはまるでスイッチが入ったかのように、体中をビクンッと震わせ その体をまるで馴染ませるように震わせ力を込めると、機械的な動きで立ち上がる その間も言葉を放ち続け、あまりに自然に立ち上がってはいるが、相変わらずその首には刃が向けられている 「僕はね、人間の都合よく変わる精神が好きでね、さっきも言ったように状況で善にも悪にもなる 特に人を憎み、あわよくば殺してしまう、だがその反面で飢餓に苦しむ見えもしない遠くの国の人間を救う事もある 自分は今日の生活が精一杯でもそういう事を平然とする、ある意味で歪だ、見ている分には美しいかも知れないがね」 ドクゼンが数歩足を進めると、その首に向けられた刃が軽く首を擦り切る 機械と生身のちょうど境目の部分に当たり、青緑の血液のような物が垂れる それを意にも介さず、相変わらずドクゼンは表情のない顔に満面の笑みを浮かべる ...少なくともシュリョーンの目にはその顔は笑っているように見える 「でも解ったのさ、人間は一度ゼロに戻さなければ支配で出来ないとね、君達の登場も大きかったよ 今までは精神的驚異だった存在が物理的に驚異になって襲いかかってくる、正直言えば怖かったさ だから、急いでこのリングを完成させた...後はこの宇宙船を最後の接合部分に固定すれば準備完了だ」 言葉が終わるか否か、その体を覆うオーラがある一定の意志を宿し巨大な太刀へとアクドウマルを変える ドクゼンに真っ直ぐに伸びるその刃が静かになびく、張り詰めた空気と静寂 鋭く伸びた切っ先が空気を切り裂き、一定の金属音が別の激しい音へと変わり目前の異形へ振るい降ろされる が、既でドクゼンがその刃を交わし、拾い上げた自身のサーベルで受け流す そして、互いのその行動を予期していたかのように後方に跳ね飛ぶと 大太刀と化したアクドウマルを振るいシュリョーンが叫びと共に猛然と飛びかかる それに答えるかのようにドクゼンのまたそのサーベルの形状を変化させる 巨大な刃、それはアクドウマルに匹敵する刀身を見せる ギーゼンが以前その最後の力で発現させた物と同じ、いわば切り札...最後の手段。 「「命の結晶というべきか、そんな所は善を気取るだけの事はある!」」 オーラが色づき刃にあわせ肥大した腕が軽々と巨大な刃を振り下ろす その度に赤紫の霧が更にシュリョーンを覆い、彼の力を後押しする様に姿を変える 理性は飛ばず、あくまで自らの意志でそれが進んでゆく、暴走ではなく...それは進化に等しい 「光栄だね、しかし..これを使うほど追い込まれる現実は受け入れがたい」 振り下ろされる異様なまでの力をそれと同等か、それ以上の力でドクゼンが返す まるで終わりのない進化の折り重なり、受けたら返す...人間の基本思考 それが彼らヒーポクシリー星人にも宿っているのかは定かではないが、今はその法則に飲まれている。 跳ね飛んだ体を足が支え地面が悲鳴を上げ 重さに負けた刃は地面の砕く、そしてまた不意に持ち上げられると 相手の刃へと激突してゆく、あまりに巨大なる物があまりに軽々と叩きつけ合い火花を散らす 激しいぶつかり合いにまるで赤紫の霧が反応するかのように周囲を輝かせると 進化した姿からは想像もつかない軽快な走音が重なり、幾度と刃がぶつかり合う その力はほぼ互角、終りく刃の激突が続く 「本当に恐ろしい程に強くなった、道具だと思っていたがこれは尊敬せざる終えないよ人間」 ぶつかり合った刃が激しいエネルギーの衝突で弾け 互いが距離をおいて滑るように後方に飛ぶと また静かに立ち上がり、対峙する偽りの善と歪な悪 「「お前に誉められても何ら嬉しくはないな、それに生憎...もう我が身は人間ではない」」 その効果の際漏れる音がガリガリと、まるで空気を削り落とすかのように響き ドクゼンとシュリョーンが互いに刃を構え 来るべき最後の一瞬に向けて大きな叫びを上げる 一瞬の静寂、構えを取る二つの影、次が最後である...そう感じられる 「「悪道我一・偽善一刀両断ぁぁぁんッ!」」 先制の一手を放ったのはシュリョーン アクドウマルから夥しい黒い光が発せられ、ドクゼンに降り落ち 瞬く間に漆黒の壁に覆われ、即座に一閃、また一閃と斬激により破壊されていく 怒号と共に砂煙が上がり、シュリョーンが刀を振り下ろす 黒い壁が破壊され怒号と共に砂煙が上がる 目前の影が激しい衝撃と共に吹き飛び、赤紫の霧がまるで濃縮された爆炎かのように激しく吹き出す 「..偽善なる者ぉッ!破壊っ..!?」 振るい裂いた刃が霧の壁を真っ二つに裂き、勝負はついた...かに見えた しかし、その刹那。煙の中から影が走り、シュリョーンの腹部にに刃を突き刺す 飛び出したドクゼンは隙を突きシュリョーンを突き刺したのだ 「ウフッ..ククッ..油断したねぇシュリョーン..その技は多くの捨て駒という犠牲で対策済みだよ」 そう言い放つと、突き刺した刃を放し腰から銃を取り出し容赦なく撃ち抜く 形成されていたシュリョーンの鎧は意図も簡単に砕け 刃の貫通した腹部からはまたしても夥しい赤紫の霧が噴出している 「ん〜?どうしたどうした?この程度では地球どころか蟻一匹護れないよ?時間もないのに此処で終わりかい?」 絶え間なく降り注ぐ銃弾にシュリョーンがついに膝を突く その度、シュリョーンを覆う砂煙の向こうから声にならぬ叫びがまるで金属音のように響き その周りには赤紫に霧は立ちこめ、全身の鎧が異質な音を立てている 鎧の無い部分に弾がかするがその傷からもまた霧が噴出す 「「幸い、この体は最早傷を負えるようにはなっていない、我も異形」」 そう呟くが先か、霧がシュリョーンを覆い隠すが先か 各部から噴出した赤紫の霧は視界を奪う程に濃く張り詰め まるで鮮やかな、それでいて透明感のないそれは織り交ざった色の闇のように辺りを覆い隠す ドクゼンも想定していない異様な光景を作り始める 「何だいこれは...まぁいいけどさ、どうせ最後の悪あがき。 奴はもう死んだも同然。怖い相手だったけど結構好きだったよ」 ドクゼンが軽いステップを踏むようにシュリョーンが存在していた位置まで足を進める ほんの数メートル先、だが赤紫の霧はその先すらも見えないほどに濃い ドクゼンはまるで勝利を焦らされているかのようで興奮と不安が入り混じった物を感じている そして、その目先に膝を付いた影を見つけた時、その興奮は絶頂に達する 「さぁ見せてご覧ッ!散々我等を邪魔した悪の最後の姿!!」 大きくてを上げたその拳にはた巨大な刃が握られている 写るシルエット、シュリョーンであるそれに向かって刃が勢い良く振り下ろされると ズバンとまるで漫画のワンシーンのように頭から足先までシュリョーンを真っ二つに切り裂き 霧が一瞬二つに割れ、その感触と音は確かに死を意味する音を放つ ...だが、一つだけ違和感があった。確かにドクゼンが持っていた 今、シュリョーンを切り裂いた筈の”己の刃”が途中からなくなっている事、そして目前に何かの気配がある事 ドクゼンは一瞬その真意の理解を拒み、頭部がギギと音を立て左右に揺れる 「そんな筈はない」と「勝った」栄光と失望の二つが交互に襲いかかってくる そしてその二つのうち、失望が次の一言でドクゼンを恐怖に叩き込む 「お前の勝ちだなドクゼン...そう、思っていた方が幸せに最後を迎えられるだろうさ」 霧が徐々に薄まり、今切り裂いたはずの影が起き上がる その姿は良く知った黒い戦士...だが何かが違う 「あぁぁ..なっ..!?なぜだっ!?...お前は、なぜ死なないのさ!?」 ドクゼンが始めて驚きの表情を見せる、表情のない顔は明らかに怯えている バケモノを見た、言うならばそんな感触。異形すらをも恐れさせる”それ”が今目前に立っている 先程までの子供のような希望溢れる感触が絶望へと変わる そこの立つのは新たなる悪の戦士...そう 「我が名はシュリョーン..ここに見参、二度目だがな」 全身が黒と黄金に輝くシュリョーン 赤と紫の闇を切り裂き表れた 悪を越え、偽善を砕くその名は、変神シュリョーン 「ドクゼン、お前が霧を切り裂いてくれたおかげで、俺の目的は果たされた...助かったよ」 足は軽快な音を立て静かに、しかし確実に目前へと進む その姿はシュリョーンと変わりは無いが、各部が鋭く研ぎ澄まされている そして声が混声ではない、それは桃源矜持の声であり口調も変わっている いわば、一人のシュリョーン。 決して正義の味方とはいえない凶暴な姿をしたそれは 最初で最後の”たった一人”で戦う為に転生した姿 「最後の時を迎える前にもう一度問おう、なぜ地球..街の人を狙った?」 立中市の人間を襲い時に誘拐し、時には宇宙人と融合させ 彼等がなぜ人間にこだわり続けたのか、今まで明確な答えはその口から吐き出してはいない シュリョーンが、桃源が最後に求めた物、それは目前の最大の悪を消す理由 「...見えるだろ、あの巨大な壁が、あの中に今まで死んでいった我等が兵の魂が眠っている その魂を地球の人間に植え込むのさ、最高の素体として彼らの肉体にする 欲と傲慢とそしてなぜか妙に美しく見える善にまみれた人間ならば 我々が入っても十二分に適合する、知的生命体が欲しいのだよ...体として、ねぇ」 霧を切り裂いた際に軽く飛ばされたドクゼンが立ち上がりながら言い放つ 壁...とは破壊された管制室の向こうに見える巨大な黒い壁の事を指している ドクゼンが示した答えは「人間を洗脳した上で」その中身を「異形の戦士の魂」と入れ替えること 「貴様が仲間...それも死んだ者の為に動くとは思えないがな...裏があるな?」 瓦礫の中から立ち上がった影、ドクゼン。 激しい戦いの結果各部の関節が砕け、それでも立ち上がりシュリョーンと会話している いつもの背筋を伸ばし立つドクゼンの姿とはかけ離れた獣のようなスタイルで 息を荒げ、常に薄ら笑いを浮かべるドクゼン、その姿はもはや怪物と形容した方が相応しい 「ククッ..フッハハ!もはや隠す事もあるまいか、そうよそれら兵士の魂は依代に過ぎない 最終的にはさぁ60億の意思と私が融合して地球も我が星も支配するのよ 我が星の高度な知識と欲深い地球人の太く強い精神があれば私は究極になれる そうさ、その力があれば宇宙...いや存在する全てを支配できるってねぇ!!」 独特な口調すらも狂気をはらんだ今のドクゼンは 圧倒的なまでの力も、威厳も感じさせない 最早、それは獣、欲にまみれた獣...皮肉だが彼が蔑みある意味で求めていた 人間の持つ強い欲望は彼の中にも色濃くあるように見える 今にも襲い掛かって来るようなドクゼンに対しシュリョーンが刀を構える その放つオーラは威圧でも圧倒でもなく、言うならば呆れ果てた、そんな感覚を与える 「もう少し、利口な支配者だと思っていたが...もういい、終りにしよう」 シュン...と音が響く まるで瞬間移動でもしたかのようにドクゼンに背後にシュリョーンが現れ その手に握られたアクドウマルを軽く振り下ろす 一瞬の静寂、そのワンテンポ後、ドクゼンがまるで紙切れのように吹き飛ぶ 「んひっ!?あっ..アガッ!?あれは..なっ」 ドクゼンが声を上げるが、あまりの事態に思考が追いつかない 何が起きたのか?今の動きは何か?この激痛は何なのか? 理解するまもなく、頭にはこの光景を以前目にしたことが思い出される ...そう、かつては自分が同じ事をする側にいたのだと シュリョーンが強くなったのも確かにある、進化を果たしたその体は前より格段に強い だが、それと同時にドクゼンが弱くもなっている その体は既に限界を超え、最早視覚野が破壊されている...なによりその心に「敗北」の感情が浮かんでいる 消えたように見えたのも、ただ単純に追いつけなくなっていた、目が壊れたのだ だが、ドクゼンはそれを理解しないまま シュリョーンを圧倒的な化物として恐れ、激しい痛みに悲鳴をあげる そこにかつての圧倒的な驚異はもういない、ボロボロの体に衝撃が到達し全身に激痛を与える 混乱したまま管制室の壁にめり込んだドクゼンにシュリョーンが近づく 刀を眼前で構えると、これが最後だと言わんばかりに大きく刀を振り下ろす 「さっきの礼は、止めを刺す事で返させてもらう..悪道我終・大両断ッ」 一瞬の静寂の後、黒と金の光がまるで鋭い光の刃となり 暗闇の刹那、ドクゼンは自身が左右の二つに分かれる感覚を覚えた 一瞬、宙に浮かぶような穏やかな感覚の後、熱く、そして重苦しい 感じるだけでも吐き気がするような痛みが全身を襲い、次の瞬間にはビシャリと生々しい音を立てる自分がいる 以降は自身が消え、散りになる様を目で追うしか出来なかった...それがドクゼンの感じた最後の感覚 あまりにも脆く、弱い...かつての巨悪の野望は今正に絶えた 2013年という時代、ほんの少しのイレギュラーに..しかし大きな闇にその偽善は砕けた 「うっ..イギィィ!!諦められないのよぉぉぉッ!」 漆黒の波に飲まれ無残に飛ぶ体のパーツ、ヒーポクリシー最強の将と言われた体は 最早その姿を維持する事も限界に近い、もはや打つ手は無い様だが...まだなぜか体が諦めてくれない 感覚は既に無い体...と言うにも何も無い、最早、頭だけが這いずるように動いている 生々しい音を立て地面に落ちたドクゼンの体は 既に頭部と幾つかのコードで右腕が付いている程度の「かつてドクゼンだった物」でしかなくなっている が、彼の頭脳と執念がその既に「物」となった自分を突き動かす、頭脳さえあれば生きられる体は 最後まで彼を野望のままに突き動かす、無残なそれは最早肉塊によく似た頭脳の入れ物でしか無い 声にならぬ声が奇怪な音となって後頭部から流れ出る にじりと見たその先にあったのはボタン、厳重に護られたボタンが写る 【ライドゥーム降下ボタン】 洗脳開始の鍵、地球を覆った鳥籠最後のパーツ...これにより鳥篭の内部に用意されたシステムが連動し 影の中から異形の魂が人々と融合しドクゼンはそれの中で蘇る...死すれども作戦はこれにより成就する 正に勝負に勝つ、勝ったのだ..ドクゼンは確信し腕だけで這いずる ...が先に進むにつれ彼の目に絶望の影が宿り始める 黒い足、十字模様の鎧..絶望が形を変えたようなそれが、目にまじまじと映る 「...執念だけは、確かに全ての頂点だよ。だが...それじゃあまるで悪だ」 感情をかみ殺した、そんな言葉の良く似合う静かな、しかし奥深い暗い闇のような声 それは桃源の声であり、別の何か...シュリョーンその者の声なのかも知れない 「アァァァギィィィィ!!殺ジないさいよぉ!せめて...ゼメデェ華やかニネェ!!」 ドクゼンにはその声が何か助けの声にも聞こえたが既に狂い、野望を達せず死ぬ事を嘆き 自らが破壊される事を願っていた、死を欲してしまった...最後の瞬間にその弱さを示す 「...悪道我一・偽善一刀両断」 グッと握られた刀がまるで目前の瓦礫を打ち飛ばすように 「最も奴らに知れた技」があまりにも簡単にドクゼンだった何かを叩き潰す その衝撃でドクゼンの機械的な部分が吹き飛び 最後まで守られていた頭脳ユニットが穴の開いた宇宙船の壁から外に飛んで往くと 緩く孤を描いたそれは、落ちる前に小さな爆発を起こし絶えた --- |
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弾け飛び爆散したドクゼンの影を見つめながら 黒い戦士はまるで糸が切れたかのように膝を付く 既に赤紫の霧は出ていない、代わりに彼の足下を漆黒の世界が覆い始めている 「あぁ、終わったな何もかも...偽善者宇宙人も..俺も。もう随分と残り時間が少ないらしい」 長時間に及ぶ暴走、更には連戦、連続での能力の使用 本来の想定を上回り、挙句の果てにはリミッターをも外し 規格外の運用を「一人だけでもう一度変身する」という力技で押切はした しかし、その反動も当然のように存在する...かつて葉子が人でなくなった時と同じように 亜空力は使い過ぎれば、その使用者を取り込む。いわば食べてしまう 桃源矜持の体は既にその補食が開始され全身のシュリョーンの鎧がひび割れ初めている 「前から思っていたけどさ、意外と悪くないな亜空力の感触は。 葉子みたいな綺麗な子より、俺みたいな外れ者の方が合ってる世界なんだろうね、なにせ真っ暗だし」 円状に広がる漆黒の世界はゆっくりとシュリョーンを飲み込む 飲み込まれてしまえば亜空の世界に飲み込まれ、人ではなくなってしまう それだけなら良いが、ほとんどの場合はその存在が消え、単なる闇になってしまう が、シュリョーン...桃源はその時を待ち続けていた、既に近い..彼女が来る ドクゼンとの戦いの最中に「切り裂かれる事で」半ば強制的に彼女の存在を亜空の世界へ残した際に 言葉にする時間はなかったが、後で戻るように思念は送り込んでいた 「...矜持君、早く人の姿に戻って。まだ間に合う」 桃源を飲み込んでいた黒い闇の一部から 葉子の姿が、まるで水から上がったかのように突如として出現する その体は黒い闇に覆われてはいるが、それが割れ、次第に「人間の彼女」の姿を形成する 「よぉ葉子、さっきはいきなり置いてって悪かった...でもほら、凄いだろ悪役なのに地球を救えたらしい」 桃源が大きくてを広げる、その背後には砕け散った壁がありその奥に地球の姿が見える 守ったと言うにはあまりに大きい、しかし、確かに一刻ではあるが救った世界がそこには写る 「別に怒ってないし、置いてった意味は解ってる。 そんなことは後で聞くから...今はそれより、早く戻って。もう帰れなくなっちゃう」 軽い口調で桃源が笑って葉子に語りかけているのだが 葉子の目には涙が浮かび次第に大きな雫になって幾つも零れ落ちる 「化物の私とは違うんだから..消えたら..矜持君が消えたら誰が私を覚えていてくれるの ...誰が私を呼んでくれるの、一人は嫌だ、私を苦しめる気なんだ」 誰よりもこの世界の事を知っているからこそ、こうなる事を葉子は避けたかった 今なら葉子の力を使えば現世に彼を送り返すことが出来る可能性はある。 本当は自分の事などどうでも良い、桃源を動かす為なら我侭を言えばいい 怒らせることが出来ればきっと諦めてくれるだろう 心にもない自分の欲望を無理やり口にし続けるからか、どうにも言葉が詰まってしまう 「そうそう、もっとワガママをいつも言えばいいのに。我慢してる君はもう見たくない」 しかし無常にも闇は桃源を飲み込むスピードは上がり続ける 既にその大部分が飲み込まれている、こうなってしまっては 彼を救う策が葉子には無い...時間切れだ 愛した人が消える、過去の自分がした過ち、その重みは誰より良く知っている だからこそ救いたい、でも間に合わなかった。 頭を整理する間もない葉子が同様したまま必死に堕ちゆく手を掴む その手は既に亜空間の闇の色に染まり変わり始めている 「大丈夫、あの時と同じ事をすれば良い。今度は私が君を守る盾になる」 彼がしようとしている事、それは今の自分と同じ状態になり 私と契約する事で私を人の世界に引き戻すという事 シュリョーンの鎧を贄に桃源郷時の体を亜空間の物とする、それが狙い いわば現世での「死」 そして現世に彼は残されなくなるということ それは嫌だ、知っているから嫌だ...この世界は全てが足りない だから避けたかった...いつかこの日が来るのは解っていた、だからこそ止めたかった でも...間に合わなかった、止めれば地球が支配されてしまう 「止められないタイミング」を予測していた、彼は最初から私を含め救うつもりだったのかも知れない 「葉子は俺と同じようにこれからも覚えていてくれる、俺は...君がいれば十分だ」 何もかも遅かった、それも相当な以前からその事実に気がついた葉子が絶望の色を浮かべる その様子を見た桃源が静かに手を伸ばすと、軽く笑みを浮かべ葉子を引き寄せる 「亜空人間も悪くない、亜空の獣と話したい事もあるしさ」 人間は亜空の世界の生物と契約する事で亜空人間となる事が出来る 葉子は既に「亜空の世界の住人」であり彼女は契約の対象となる だが、契約したからと言って葉子のように「そのままで生きていられる」保証はない たとえ成功したとしても、それは葉子自身が良く知っている真っ暗な寂しく辛い 生きるのには向かない世界へ最も愛する人を送ることを意味している 「ダメだよあんな世界に矜持君を送るなんて...それに魂を入れる体が無いから出来ないよ」 必死に問題点を探し出し、何とか桃源を諦めさせようとする だが、葉子自身も解っていた、常に感じていた、自分の体はそこにあると 「言わなくても、自分が一番解っているはずだよ、いつも鎧になって俺を守ってくれていたじゃないか」 あの日、葉子が亜空人間になった日 ヨービーと契約した葉子はヨービーを現世に定着させる媒体として 変身していた自分、「シュリョーンを含めた全て」を選んでいた 変身した自分ごと贄とする、彼女の体は彼女自身の心と共にシュリョーンとして何時も共に戦っていたのだ シュリョーンが「男女混合」であったのは、中に彼女の体が必ず存在していたから そうでなければ成し得無かったのだ、そしてその体は最後の戦いの直前 亜空、そしてシュリョーンから開放され既に葉子の体として返還されている 彼女はもう、契約をするだけの状態まで用意されていたのだ 「最後の最後で一人で戦うとは思ってなかったけどね、葉子の体は無傷で戻してあるから大丈夫」 「そんなこと言って...矜持君、全部最初からこれを狙って...そうじゃないよ..ダメだよこんなの」 葉子は闇の中から抜け出すと地面に足を付き 精一杯の力で巨大な亜空の扉...亜空の門から桃源を引っ張り出そうと何度も試みる だが引き込まれた体は既にその世界に同化し始めており、力で何とか出来る状態ではなくなっている 「葉子、早くしないと時間切れになる。契約してくれ」 「くっ..矜持君..解った..解ったよ、それが貴方の願いなら ..いや、違う。これは貴方と離れたくない私の我侭なんだからっ!」 叫びを上げ、葉子が桃源の手を強く握ると その手の間から眩い光と無数の文字が浮かび上がる 「その気持ちを貰えて嬉しいよ。なに、またすぐ会える...さぁ早く!」 葉子の左胸が光を放つと、中から黒い結晶が現れ光を放つ すると闇に飲まれた桃源を囲い、すくい上げるように持ち上げ浮遊させる 浮かび上がった文字は周囲を囲み、円形を形取り二人を覆い隠す 「契約」、亜空間に生きる物となる為の儀式のようなもの これを行えば人は亜空の世界の存在に、亜空生物は現世の世界の存在に 入れ替わり、互いにその生命を半々にそして永遠に共有する事になる 「亜空の住人と...私と..桃源葉子と契約し、体を与えますか?」 「ああ、勿論だ!葉子...ちょっとだけさよならだ。でも、シュリョーンの魂はいつでも側にいる」 青白い光が二人を包むと、瞬時にスライドするように二人が重なり 瞬く間にその立ち居地が入れ替わり反転するように光る 葉子は外に、桃源は闇の向こうに壁が生まれ闇が吸い込まれるように消える 「痛ッ...んっ、ここは...現世に戻ったんだ」 葉子の体は人間だった頃の最後の姿そのままシュリョーンに変身している 居住区とはいえ異星人用の環境である場所で 最初から変化しているように、最後まで桃源は変化を解除しないでいたのだ だが、スーツ自体は激戦の中で既に機能の大半が破損している 膝から砕けるように崩れたシュリョーンは立ち上がるのがやっとであり フラフラと壁づたいにその足を持ち上げると、項垂れたまま足を進め始める 「矜持君...私の為に..なんでこんな」 崩れ落ちた葉子の目には涙が浮かぶ その涙は仮面に隠れ見えない、だが仮面に浮かぶ表情もまた泣いているように見える 小さくすするように堪えても溢れる涙を拭う事も無く 見た目は何も変わらないシュリョーンの姿はゆっくりと、ただ足を踏みしめ歩み始めた --- ⇒次へ |
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