甘い誘惑は人の心に浸け入る油のような物。
人が柔らかな複合素材の人工物であったならば
その油は工業油の黒い色で染まり、その体を粉々に砕くだろう

人の心が乾いた肌であったなら
その油は刺激を含んだ潤滑油、染み渡る痛みに人は涙を流す

だが、痛みや破壊を知らなければ、愚かな人は進化しない
過去にそうであったように、彼等を救ってくれた正義を失った時と同じように
あの時も人々は「自分は悪くない」「助けてくれ」そう言っていた。

この世に「二度と」なんて言葉は本当は存在しない
起きた事はそれで終わり、同じ事は二度と起きない
この世に既に正義はいない。

失った者は戻らず、失われるのは次の力無き命、それを忘れて
都合よく人は「新たな助け」の発する甘い言葉の滑りの中へその体を浸してゆく

「「大層な事は言えないが、我が救うのは我の世界。それだけだ」」

暗闇の中、黒と金の戦士が声を上げる
その手には刃、緑に輝く半透明の切っ先が今にも何かを切り倒そうと力を発する

そんな彼の背後から世界は白い世界に飲み込まれていく
白と黒の間には何か鮮やかな緑色が輝き、蛍の光のように点々と彼へ道を示す。
その砕けた結晶が美しく舞い散る中で、戦士が足を踏み込む

「「畜生になるつもりなど毛頭ない、しかし我は悪。与えられた運命で出来る事がある。
...正義の最後の願い、今叶えねばならぬ『この景色を救え』...それが我のすべき事」」

目前に広がる白い世界
そこに次々と現れる無数の黒い影、それはまるで意志を持たぬ獣のようで
声もあげずに不気味な姿で戦士に向かい立ち塞がる。

鎧武者のようなもの、吸血鬼のようなもの、女性のような影もいる、無数の「何か」
それが彼に「戦い」そして「この世界へ来るように」と求めているように感じられる

それに答えるように戦士も、その手に握った刃を更に強く握り締め
体の関節、鎧と体の隙間、その全てから赤紫色の気迫と己の命を乗せたオーラを噴き出すと
その足は一瞬にして黒き獣達の中へと飛び込んでいくのであった...

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「...っ!?」

意識の微睡み、一瞬の意志喪失
地上へと下る軌道エレベーターの中で、桃源が見た幻
それはまるで、これから起きる戦い、そしてその先にある出来事に対して
何かが警告を告げているようにも感じられた

「大丈夫?制限時間を超えて戦ったんだ、少し疲れているんだね」

対面に座る桃源の様子に気づきアンチヴィランが声をかける
先程の戦闘から数分と言った所だろうか

掌握した軌道エレベーターを使用し地上に降りる為シュリョーンは変神を解除し
アンチヴィランと共にエレベーター内部へと入り込み、降下を始めた

「ああ、大丈夫。少し意識が飛んでたみたいだ...って、何だそれ!凄い姿勢だなぁ」

動き出したばかりの軌道エレベーターの中は明らかに人間用に作られていた
アンチヴィランの体はシートには大きすぎるため、椅子を外し固定バーに直に体をジョイントしている
そのため、斜めに体を固定し首を曲げた、随分とおかしい姿勢になっている

それに気がついた桃源は悪いと思いつつも、少し笑ってしまい
必死に堪えるのだが何ともいえない表情を浮かべている

「仕方ないじゃないか、僕だって結構辛いんだぞ...あっ笑うなっ」

「悪いって、でもその格好はちょっとな...ふははっ」

光速に近いスピードで下ってゆく軌道エレベーター
地上までは、ほんの数十分で到達する短い空の旅
決戦を控えた今、この僅かな談笑が、最後の休息と言えるのかも知れない

二人を乗せた未来的なデザインの円形のリングは
そのまま瞬く間に地上へと降りてゆく、それはまるで戦いの火蓋を切るようににも感じられた。

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軌道エレベーター到達地点
簡単にいえば柱の根元、無数の煙が上がり、同様に異形だった者が転がっている
しかし、それも少しすれば泡となり消える、エイリアンというのは真に不可解で興味深い

「で、この現代の地獄とも言うべき現状から、遥か天空にあるという
姫様の故郷の軍隊の総本山に向かえるという訳です、流石にこれはご存じなかったでしょう?」

黒鉄色の甲冑に似た姿の戦士が残された異形を簡単に撃ちぬく
それはまるで当たり前の行為と言わんばかりに
何処かその動きは軽快で、何か楽しそうですらある

それもそのはず、彼にとっては研究材料が動いて逃げ回っているのだから
それは物であり生命であるという感覚は極めて薄い

だが、そんな考えに至るにも理由がある。
相手も同様の考えなのだ、突き詰めれば自分より随分酷い思考を持つ外道である。
なにせ侵略行為を行ない、今や地球全土を支配せんとしているのだ、物以下の扱いでも十分であると言える

「しかしまぁなんでしょうね、ゴミと言うにもゴミに失礼な侵略者がいる裏で
姫様のように高貴で麗しく、そして何より美しい者もいる、地球と同じで千差万別だ。
少し残念なのは、彼等は下等であればあるほど姿が似ていてつまらない」

小銃が火を吹き、逃げ惑う背の低い異形達をなぎ払う
傍から見ればまさに悪役の所業であろう。まぁ悪役なのだが。

だが、それまでの経緯を見れば形勢逆転した正義の怒涛の追い上げにも見える
目線を変えれば正義も悪も紙一重とは、この事を言うのかも知れない

「それは人も同じではないかの?つまらん奴は皆死んだような顔で同じ様に見えるぞ」

メイナーを援護するように銀色の少女も、軽快に「同族」を切り倒してゆく
バク転し、そのままの着陸の流れで上から下へと切り裂かれる異形
投げられた巨大クナイが突き刺され爆散する異形
全てが本来であれば彼女を崇拝する”はず”の生き物だった物

それを、さも当たり前のように相手として戦い、切り倒す
彼女はそれを躊躇わない、彼等を殺してでも、故郷の暴走止めねばならない
覚悟が彼女を修羅へと変える、それはそれは軽快で鮮やかな美しき鬼に

「仰る通りかも知れませんね...と、お喋りもここまでのようで」

無尽蔵に現れでもするのかと思われた異形達の姿が消え
久方の沈黙が辺りを包み込む
既に最初に倒された異形は霞のごとく消え去っている

その静寂の中、メイナーが四方に配置したブレイカーと呼ばれる機械を起動させると
目前に、巨大な柱の姿が次第に見え始める
柱を覆っていたステルスシステムが破壊され、その姿が顕となったのだ

「ほう、これはまた随分と...無意味に巨大で、美しくはない建造物だ」

様々なブロックがピッタリとくっ付くように張り付き
透明なガラスで覆われたような壁の向こうに黒い支柱が見えている
普通に見れば綺麗に見えるが、普通すぎて面白みがないのも確かである

常時回転している支柱の中央、透けて見える内部部分だけは
機械的な面白さを感じさせ、そこに気がついたイツワが何やら楽しそうに覗き込んでいる

「どう降りてくるか解らないですから、姫様は下がっていて欲しいのだが」

勿論、この支柱が動いているということは、エレベーターは起動している
予定が確かならば、そろそろ桃源と、それを救援に向かったアンチヴィランが降りてくるはずだ

「別の何か」が降りてきた場合は...最悪のケースを想定しなくてはならないが
まずその心配はないだろう、酷くて相打ちで死にかけで降りてくる...それ位があり得る線
そのレベルには意地でも持ってくるのはよく知っている

「大首領の想定する、奴らの目的が正しいとすれば...これは利用した後には破壊せねばなるまい」

回転を続ける支柱の遥か上空を見つめメイナーが呟く
数時間前、シュリョーンが軌道エレベーター掌握に向かったすぐ後
娯楽の前に唐突にアキが現れ、語った「敵の目論見」
それはあまりにもストレートに、そして予想外な形で人間の弱さを付いた物であった

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薄暗い室内に鳴り響くチャイムの音声
二回連打し一回完全に鳴らし、直後にもう一度二回連打する
普段は呼出に出ない家主を確実に呼び出す、それは「暗号」

「ここに来るのも久しぶりだな、あまりプライベートにまでは関わるべきではないのだが
...とか言うと矜持にまた小言を言われるな、奴の家には入り浸っているからなぁ」

外観こそ若干古びているが、何かレトロな良い雰囲気を感じさせる
そんなビルの一室、そこに娯楽の住まいがある
当初はアキの手配で家を与える話もあったが、提案の途中で断られている
それ以後も「用事がある時だけ呼んでくれれば良い」と早々に宣言されていた

しかもその呼出も、元々友人である桃源が連絡していたため
アキがこの家まで足を運ぶことは早々無かった、良く周囲を見るのも初めてに近い
何か雰囲気は重いが妙に居心地の良さを感じさせる

「まだか...?まぁ急に来たのだ仕方がない。いや待て私は曲がりなりにも大首領だぞ
ここで部下に気を使うのも変だな...うむ、堂々と待つべきだ、うん。」

なぜか妙に緊張してしまい、口数が増えているのに気が付き
気まずそうに口を閉じると、また辺りを見回す、右足は常に地面を軽快に叩いている

「この街は本当に意味が解らないな、色々と目茶苦茶だ。まるで漫画の中にでもいるみたいだ
...まぁ、おかげで私達も違和感なく馴染めている訳だが」

ステンドグラスのような模様の窓ガラス、そこに大きな蜘蛛がダラっとぶら下がっている
その向こうにはまだ午前中だというのになぜか薄暗く感じさせる木々に囲まれた公園
その先には神社だろうか?鳥居のようなものが見える、しかし近くには教会もあって
何かもう様々な物が混在している、普通の世界では中々拝めない光景

「おや、今日は大首領直々のお出ましとは...何か大事ですかな?」

アキが遠くの景色に目をやっている間に、重い鉄製のドアが開かれ
娯楽が姿を見せると、早速アキに言葉を投げかける。

その背後の室内は微かな明かりだけが感じられる、この建物や周囲同様に何か暗い。
しかし、その暗さは嫌な物ではなく、住んでいる人間や生き物にとっては極めて最適な環境
言うならば楽しそうに感じられる、穏やかな闇の中...まるで亜空間のようだ。

「おっ、やっと出てきたか、確かに大事だぞ...なにせ最終決戦が今から始まる」

不意をつかれたアキは、思わず先ほどまで考えていた大首領らしい態度を忘れてしまったが
最早そんな事はどうでもいい、これから起きる戦いを目前の部下に説明せねばならない
何分時間がない、既にもう一人の部下...と言うより弟子は戦いを始めているのだ

「最終決戦?何だ、奴等もうそんなに追い詰められているのか、骨の無い...で、俺は何をすれば良い?」

明らかに手順のミスをした、そう思ったが、上手く行けばこの上なく「ハイスピードな決着」が望める
それが出来るだけの力が我々にはある、確信があった

...しかし、その前に明らかにしておかねばならない事がある
彼女は気がついてしまった、「異星人」が何をするために柱を建造し
地球人に対し最も面倒な「友好的な」接触を試みたのか、その理由に...

「うむ、事態は急を要するのでな...止まっている暇はない、というより時間切れで今はロスタイムだ。
外に車を用意してある説明はその中で行う事にしよう」

アキが親指を立て、ビルのエントランスの方を指さす
そこには彼女の使用する愛車、黒いオールドカーが止まっている。

勿論、運転手として、白黒の服に、褐色の肌を持つ女性が乗り込んでいる
見た目こそ変化しているが彼女は亜獣・パダナンである

「良いだろう、既に準備は出来ている。事の顛末を詳しく聞かせてもらおうか
...しかし距離は?近いようであればそうも行くまい?」

「ここから車で30分といったところだ、ショリョーンが既に作戦を開始している
何分、今回は突貫に近いからな...連絡出来ず、済まないと思っている」

階段を降り、車へと向かう道中
アキは娯楽に対し、詫びの言葉を告げる
本来であれば万全の状態で、全員で戦う事に意義がある、そう思っている。

それと同時に、作戦の成功率も下がる、「死」が近くなるのだ
そんな事は最上位に立つ者が最もしてはいけない愚行である

しかし、今回は時間が無かった、急がねば直ぐにでも地球全体の洗脳は開始されようとしている
始まってしまえば一時間と持たず、地球人本来の文化は終わりを告げるだろう

「構わんさ、戦いと言う存在はこの世で最も気まぐれな物。唐突ではなくては面白くない」

二人が車に到着すると、ドアが自動で開かれ
そのまま中へと乗り込む、見慣れた光景。
それすらも、何か緊迫感を感じさせる。事態は良くも悪くも急速に進んでいる

ドアが閉じられ、黒い車体はまるで滑るように街を走り抜けてゆく
流れる景色、数秒間の沈黙の後...その後にアキの口が開く

「奴らの真の目的、まず知っておくべきはそれであると思う。
今までは、ただ単純に地球の資源や星自体の支配が目的だと思っていた」

吐出される言葉、長く息を吸ってから吐き出すように無数の単語が繋がれる
穏やかな声はその単語を記憶させるには実に良い声だ。

「しかしそれならば明確に「武力」を持って力で押してゆけば、直ぐ目標は達成可能であったはずだ
ではなぜ面倒極まりない「友好的な」姿を用意して侵略してきたか...そこが問題だったのだ」

この戦いの「相手側の目的」、今までは漠然とした「侵略」飲みにとどまっていたそれが
今までの戦いやキーワードの中から次第に紐解かれていった。

そして最後のピース、「敵の幹部自信から得た情報」...言わば答えを手にした事で
今までの推測の答え合わせを行ない、憶測のままに選んでいた回答が正解であったことを知る。
そして、その正解の先にそれ以上の目的があった事、敵の目的というピースが繋がっていった

「奴らの目的、本来の狙いは地球人を「無傷」で「全て」支配下に置く事だったのだ」

「ほう、無傷で...即ち一人も殺さず、全て余す事なく...それは不可能としか言えんな」

娯楽がアキの語る真実にの隙間を縫ううように言葉を繋げる
それはさも当たり前の「疑問」であり、アキ自信が待っていた言葉でもある

「そう、不可能なのだ。だから想定にそんな選択肢は用意していなかった
あるのは全滅、良くて家畜以下の使い捨て、使えない者は殺されるようなそんな結末だった
...しかし、あったのだ。地球人全てを「彼らの忠実な配下」にする方法が、一つだけ存在していた」

軽く人差し指を立てるとアキが車内の天井を指さす
『天』そこに答えはあった、見えぬよう極秘裏に開発されていた
地球の特定箇所から伸びる軌道エレベーター、そしてそれを繋ぐ黒い橋
それこそが、「完全なる支配」の鍵であるという

「前にも話したが、今、地球の周囲にはまるで鳥籠のように無数の巨大なラインが通っている
これは全てが繋がっている、そして地球の地表側には巨大なエナジー掃射機が無数に取り付けられている
分かりやすく言えば、タコの足だな伸びた鳥籠の部分が足、掃射機は吸盤のようなイメージだ」

アキはいつも説明の際には何かしら例えを交えて説明する
誰かを率いる立場になる時、彼女が真っ先に考えたのは
「的確な指示ができるリーダー」であった、その結果なのかも知れないが
たまに行きすぎて分かりにくくなる事もある

「この掃射されるエナジーというのが地球人から『闘争』という情報を消去し
代わりにヒーポクリシー星人の考える『正義』を植えつけてしまうのだ
その結果生まれるのは、行き過ぎた善行を行う加減を知らぬ正義のマシーンと行った所だろう」

アキが言葉を一旦区切ると、娯楽が再度浮かんだ疑問を投げかけようと口を開くが
どうも何を言ったらいいのか判断がつかず、再び口を閉じる
それを見てアキが、大体の事は察していると言った風に、何か得意げに更に自分の言葉を繋げる

「『闘争』がない人間がどんな物か、そこが解らない...疑問だろうとは思う
これはだな、難しいが要は「意思なき暴力」とでも言えばいいか、普通であれば「憎しみ」や「憎悪」
人によっては「快楽」、何かしらの理由があって人は相手に対し「物理的な力」を送り込む、これが言わば「戦い」
...まぁ、当然「暴力」もここに含まれるな」

アキが一息つくと、頭の中で何かを組み立てるように考えを巡らせる
頭で次の言葉が繋がると、結ばれた唇が再び上下に分かれ言葉を放つ

「しかし、この『闘争』が消失してしまうと「争う」という「感情が原動力の力」ではなく
あくまで「目的の為の道具」とし潜在する力が振るわれるようになる
これをコントロールするのが入れ替わって入る『奴らの正義』だ」

人差し指をピンと突き出し、虚空の何も無い一点をつつく
そこにはまるで「奴らの正義」というポイントマーカーが見えるような感覚がある

「感情の「原動力」たる『闘争』が奪われれば、人々は競争する事がなくなる
要は全てが平行に微々たる違いはあれど「同じ目的を持つようになる」
この場合そのポジションに「奴らの正義」が収まる事になる」

アキが両腕を使って、アクションを交えながら説明する
その姿は十代の少女のそれであるため、何だか現実味がなく
旗から見ていれば空想の世界の話を大真面目に話している...そんな面白い光景にも見える

「その結果「正義の名の元」人はロボットのように奴らに従う
なにせ従うことが生きる目的だと書き換えられているんだから当然だろう。
そして『闘争』が失われても体に残った本来ある「戦う力」は
無意識化に発揮される彼らの武器として、彼らの意に反する者に振るわれる事になるのだ」

景色は相変わらず高速で流れ、次第に街の中を抜け木々の流れに切り替わる
既に二十分程度経過したろうか、話も佳境へと至ろうとしている。

「勿論、「当たり前にある自分の道具」であるそれは容赦などしない、全力の力で振りかかる
己が壊れることも厭わない...最上級の仕上がりの駒
要は体の良い武器になるのだ、生きて自由に自分達のために動き行動する武器、便利だろ?」

整った顔が一瞬邪悪に笑う
彼女も同じような事を頭の中で夢想した事位はあるのだろう
忘れてはならないが彼女は少なくとも日本ではトップレベルの「悪」なのだ

「長々と解説を..感謝する。しかし随分強引だな、人間の必要構成物を書き換えるとは」

呆れたように娯楽が窓の外を眺める、既に黒い柱が見える距離だが
当然のように姿は見えない、エイリアンの技術を使い巧妙に隠されているのだ

「思考や感覚といった見えない物を利用するから実現できるのだろう
...おっと、もうすぐ着くか...そうだ、これを持っていくといい。」

アキの手から娯楽に渡されたのは、何かアンテナのような長い棒
小さく、とても役に立つようには思えないが、そんな物を渡すような女性でもないことは解っている

「見えない物を見えるようにする魔法の道具よ、塔の近くで地面に突き刺せば勝手に起動する」

差し出されたアンテナを受け取ると、娯楽はそれを亜空間の自身が持つスペースへと収納する
亜空間の使い方は人それぞれ、その人によって姿から色まで違う

「面白い使い方だな...して、任務を任せたぞ。我が僕たる戦士・メイナーよ」

アキが手を差し出し、いつになく真面目な表情で言葉を与える
大首領として、悪の頂点として自身の配下たる戦士を戦いに送り込む事

それは即ち「死地に向かわせる事と同じだ」昔はそう感じていた
だが、今は「コイツらが死ぬはずはない」そう思える程までに全ては変わった

「栄光の日々を約束しよう、我が主君よ」

差し出された手を軽くとると、自身の額のあたりまで掲げ軽く頭を下げ
忠誠と願いを果たす約束の証を掲げる

「うむ、良い配下を得たな私は。あのバカ夫婦とは大違いだ」

静かな空気が一瞬で砕けるように緩む
悪の組織らしい存在がいない悪の組織である「再装填社」において
真面目に悪をやり続けることは随分と難しい

「アレはアレで、ちゃんと貴方を愛していますよ、私なんかよりずっとね」

その言葉を受けて、アキの頬が少し赤く染まったように見えたが
まるでそれを消し飛ばすように軽く髪に手を当てると
ふと、何かを思い出したようにそのまま髪を止めていた黒い薔薇型のピンを取り外し
それをそのまま娯楽に手渡し一言だけ発する

「あぁ、そうだ。これを桃源に、渡せば解る」

そっと添えられた手は、何か躊躇するように少し引いたかと思うと
その躊躇いまでも押し出すかのように、娯楽の手のひらに贈り物を残す
鮮やかな黒い薔薇、それが何を示す物なのか...今は解らない

「彼らの気持ちを、自分でもしっかり理解している。そうでしょう?」

受け取った作り物の薔薇は何か力を秘めたように輝いている
それはまるで危険な光のようでいて、どこか安心感も与えてくれる
そう、例えるならば目前の女性と同じ様な何かを感じる

「解っている、解っているからこそ...私は、彼等に甘え、最後まで平穏を与えられないのかもしれない」

目を伏せ、自身の力の限界を言葉として吐き出すと
強さの中に隠された彼女の本心が見えるような、そんな気すらする
涙こそ見せないが、彼女はいつも泣いているのだろう...心の奥底で

「平穏だけが理想ではない、彼らも俺もそんな退屈は望みませんよ」

普通ならば行わない行動を起こす時、人は何かを覚悟している
戦わねばならぬ時、人は常に死の恐怖に怯えている
だからこそ、それを超えてなお笑う、それを押し殺して刃を振るう、それを隠して泣くのだ。

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Re:Top/NEXT