地球時間、2013年8月15日。
かつて、凶暴だったこの国が牙を折られた日。
誰かを愛することが出来るようになった国が、68年の先に違う何かに陵辱される。

「して、この国は我々と友好を結ぶ...それでよろしいですな?阿久斗首相」

それは気が付かぬ内に、思えば何十年も前から予兆はあったのかもしれない
彼等は密かに、この日本を、そして地球を狙っていた

様々な神がいる、様々な思想がある、精神だけが嫌に進化したこの星に
彼等は興味を持ってしまった、それは最早、愛のような物かもしれない
だからこそ彼等は善を行う、愛故に。しかしそれは歪である。迷惑な話。

歪んだ愛は地球だけではなく、この宇宙では当たり前に「間違い」である
今回解った事、得た収穫は「それが理解できた事」かもしれない。

「致し方無いでしょう、あなた達を受け入れることは最早この国だけの意志ではない
様々な国が貴方達の力を欲し、魅了された...断れば災害から何とか蘇ったこの国は
今度はあらゆる国からの攻撃を受け、次はもう死に至るでしょう、貴方達はまるで良い顔をした死の病のようだ」

首相官邸、災害により分裂した日本を繋ぎ止める縄のような存在となった建物
現在は日本の中心点に位置する2つの大国「火入国」と「門数国」の間
国境に建てられた広大な宮殿のような建物がそう名乗っている。

今や20個まで減ったかつての都道府県...今は「国」と名乗る各地域
2010年に起きた災害により日本は形を一度失い、無数の独立した国の集合体となった。
そんな日本にとって政治の中心というものは最早存在せず、首相という存在はかつての天皇のように
あくまで象徴として存在し、同時に各国の均等を保つ為の、それらを繋ぐパイプのような物となっている

「それそれは、随分な物言いだ。だがね首相。病がなければ進化は生まれないのですよ。
そして病の元から病を克服するワクチンも生まれるのです。我々はこの星に必要なのですよ」

首相の肩に手を乗せた地球の人間とは違うヒューマノイド、エイリアンは言葉を放つ。
軍服のような服装の男、頭はドームに覆われその頭脳はむき出しになっている
その姿は紛れもなくヒーポクリシー星人の事実上の指導者「ドクゼン」の姿である

「だから、友好関係を結ぶと言っているのだ...新しい..地球の友よ」

不本意な口調、そう言えば解りやすいだろうか
阿久斗首相の言葉は重く、その口から出る単語こそ喜ばしいものばかりだが
言葉として聞き取れば明らかに”それを認めたくない”想いが感じられる。

その目前には半透明なビジョンが投影され
そこに手を当てればDNA採取により「本人が調印」した友好関係を示す書類となる
”これ”に手を当てれば、最早日本は後に戻れない...最早、脅迫に近い友好が結ばれる

「さぁ、早く手を置きなさい。喜ばしい事だ!何を戸惑う阿久斗よ!さぁ我等が友よ!!」

大きく手を広げ、ドクゼンがまるで阿久斗を抱きしめるのか..とでも思わせるアクションを見せる
その狂気に満ちた口調は、一辺の迷いもなく、ただ純粋に彼を求めているようにも感じられる
”異様”まさにその言葉がふさわしい、阿久斗は頭の痛みを感じていたが
それすらも何か解らなくなり、最早どうにでもなれと言わんばかりにビジョンに手を当てた

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液晶画面に向こうに映し出されたエイリアンだという女性
ここ数カ月、地球へと「ファーストコンタクト」を図ったエイリアンの話題は
仕切りにワイドショー、ニュースに登場し話題を攫っている

「ピースリアンの友好大使に日本中が興奮!」

何やら楽しそうなテロップが踊る
確かに2010年以来、この何とか繋がっているに過ぎない国々は
娯楽というものに飢えていた、災害があったからと言って景気が回復する訳でもない
むしろ混乱に乗じて更に酷くなったと言ってもいい

ある人は、「それまでの怒りが、この災害を起こした」とまで言っていた
又ある人は、「ここで滅ぶべきだったのに生き延びてしまった」と言った
全てが、希望を失っていた。そこに現れたのが「友好的」な「エイリアン」だった

「よく出来すぎている...とは思わないか、なぁ我が弟子よ」

「ええ、そう思いますよ...だからこうしてこのアホ面の口を割らせてるんでしょうが」

桃源の手だけがシュリョーンヘと変化している
その腕が、目前のかつては屈強な怪物であったギーゼン
今や単なる面白生物と化した者の上顎と下顎を大きく開くように掴んでいる

「おっ...おぼぼっ」

「バカモン!本当に開いたら喋れんでしょうが!!本当に割ろうとする奴があるかっ」

本来なら桃源の席である作業机に偉そうに座っていたアキが
読んでいた新聞から目を離し顔を上げればそこには何かおかしい光景が広がっていた
思わず履いていたスリッパを投げつけるが、その程度では言うことを聞くはずもなく手は止まらない

「いや、これ位すればビビって喋るかなぁ...と思って、アキさんにもしてあげようか?」

「ちょっ...ばっ..汚いもん近づけるな、おいこらっ私にしても意味無いだろうが!」

ドタバタといつもと同じ光景が繰り広げられる
体の大半を失い、頭脳的にも退化したギーゼンから見ても
その光景はあまりにもふざけているとしか思えない

「こんな奴等に我々は大打撃を受けたのか...甘く見すぎていたのかもなぁ」

ポッと出た言葉を見逃すほどアキは無駄に長生きではない
その哀れな自分に問いかけるような言葉を、アキは見つけた「解れ」だと理解した
解れた布は、軽く引っ張れば直ぐに解けて崩れる、簡単な事

「甘く見ていた?その口調から見るに、軽い考えのコンタクトではないようだな」

「そうさ、もう5年も前から計画し意図的に事件や災害を起こし、準備までしたのにさぁ」

そう言い放つギーゼンは、最後の言葉の母音が切れるか否か
「しまった」とでも表現すればふさわしい動作で口をつぐんだ

「災害を起こした...ほう、あの2010年に起きた奴も...そう言うのか?どうだ?なぁ?」

いつの間にか椅子から立ち上がり、ギーゼンのすぐ近くまで来ていたアキが
わざと大きく靴音を立てて顔と顔がぶつかるとすら思えるほどの距離まで近づく

整った顔、美形の彼女である。普通なら喜ばしい事だがその表情は極めて冷淡であり
それ以前に地球人の美的感覚とヒーポクリシー星人の感覚は違っている、そこに”特”はない
あるのは漠然とした恐怖感だけだ

「どうなんだ...言ってみろ。話せば楽にしてやる。
...まぁ、話さなければ肉体的にも精神的にも死ぬ事で楽になれるかもしれんがな」

その目、明らかに光がなく知り得る人間の情報にはない何か深すぎる黒色の目
何が変なのか、最初は解らなかったがある瞬間答えが浮かんだ、黒目がただ真っ黒なのだ
瞳孔などといったもののない黒、遠目で見るには解らなかったが、この女は”人間とは何かが違う”
そんな結論が目を見ただけでも明らかであり、底の知れない恐怖が体を震わせる

「..そっ、その通りだ。あの災害は我々が意図的に引き起こし、この..日本というのだったか
まずはそれを分断し、人間はどう動くのかを確かめていたのだ」

「何故、日本なのか。それに何が目的だったかも答えてもらおうか」

長く伸び、何やら飾りや色のついた爪がギーゼンの顎に軽く刺さり、そのまま上に挙げられる
嫌な空気と、女性らしい匂いが混ざる独特な空気。
伊達に長く生きてはいない、様々な経験が豊富なのは間違いなく、自然とそんな雰囲気も出てくる。
無意識化の飴と鞭のようなものだが。彼女自体はそんな事は意識もしていないから意味が無いのかも知れない。

人間であれば..ある趣味の層にはこの上ないエロティックな空間と言えるかも知れないが
その場にいるのはアホっぽいエイリアンと、その動きに慣れきったアキの弟子がただ一人

桃源にとっては、全くそんな事は感じることもない無。若干の笑いすら浮かびそうで
考えれば考えるほど堪えるのが辛くなってくる。
いくら見た目は不老の女子高生であれど、その女、人間年齢で御年48歳である。
桃源の頭の中にあるのは「無茶すんな」の一言であった。

「この島国はサイズが小さく、それでいていやらしい程に様々な物事が成長し進化していた
歪でね、興味深かった。それに操作や見張りもしやすかった...」

何か、面倒事を隠すような素振り、質問の後者の方「目的」を言いたくない
そんなところだろう、聞かずとも分かっている事だが、言わせれば目的はより明確になる
「さっさと言え」と口から出そうになる。簡単な言葉だ、「この星を支配したい」それが目的なのは明らかだ
だが、その存在その者からこの言葉を言わせなければ意味が無い。

「理由だけ答えて、目的はダンマリの方向か?」

「無いんだよ、目的は。強いて言うならそれが当たり前。
他星は己達のためにある、宇宙は我々の物。地球も便利な試験場だったのさ」

与えられ、語られた目的はアキの欲しかった言葉ではあるが、予想よりはもっと下品な物だった
この目前の意味不明な生き物はいわば「悪ガキ」と同じように
宇宙にあったものは自分の物だと、勝手に思い込み沢山の命を奪っていたのだと言う

別に人間愛などという胡散臭いものは持ってはいないが
自分も原型は人間である、過去があり思い出がある以上、腹がたった。この上ないほどに。

だが、そういった強い衝動の感情は頭には浮かべど、最早体に支持を出すほどには力がなく
彼女の支配下にあって、押さえつけられ、冷淡な瞳がソレを見つめたまま相変わらず静かに口を開く

「目的なき侵略、いや侵略と言うのもバカバカしい。十分だ。」

「っ!では開放してもらえぐっ!!?」

「馬鹿を言うなクズ、お前にはこれ以後、人員を使わぬより正確な尋問ですべて吐き出させる」

飛び上がるように動いたギーゼンを少女の見た目からは想像もできない程強い力が押さえつける
潰されるような激しい力、ミシミシと内部構築物が音を立てる
「死」という感情が浮かんだが、投げつけられた言葉はそれすらも許さないと言っている

先程まで漆黒だった瞳が見えた、いつの間にか色が見える...幾つもの色が
それは何だろうか、死を想像した頭が次はそれを理解しようとする
しかし数々の色は伝えるその奥にある色の意味を

体が震え、お世辞にも褒められたものではない顔、目から雫が落ちる
悲しいのではなく恐怖を感じて、その内にある無数の何かが彼を疲弊させる
もう離して欲しい、許して欲しい...甘い考えは浮かんでは砕け
その少女の手がギッと強く握りこまれたとき、ギーゼンは悟った「相手が悪かった」、そして諦めたのだ。

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アキの隣に開けられた亜空間の壁の中から無数の機械が飛び出し
まるでギーゼンは食われるように、闇であり虹色であり恐怖の色である世界に消えた
もう帰ることもないだろう、残るのはその存在があったという「記録データ」と
そのチンケな考えを生み出した頭脳の中にある「知り得たいデータ」だけだ

「...何、エロコワ系?」

「うっさい!気が悪いわ、あの下衆め」

桃源が使い捨ての手拭きを渡すと
乱暴にそれを受け取ったアキが右手を強めに拭きとる

飾られた爪は後付けされた物なのか、力を入れすぎたせいで
外れてはいないが剥がれかけてしまっている、それもまたアキの怒りを増長させる

が、その怒りの感情もまた彼女の支配下にある以上は簡単にコントロールされ
ほんの一瞬覗いた彼女の感覚はまた何処かえ消え、いつもの冷静さを取り戻す

「...ええい、まぁ良い。数時間もすればアレも単なる亜空間のお友達になる。
契約もしないまま、あの場にいれば次第に全て食いつくされて無になるだろうさ」

そう言いながら、桃源の椅子に戻ったアキが、引き出しを開け接着剤を取り出すと
まるでプラモデルに熱中する子供かのように、何やら楽しげに爪に細工を加え始める

「何でもいいけど...そう言うの好きだったっけ?」

桃源が知り得る限り、彼女にそんな趣味はなかった。少なくとも半年前までは
最近は正しい形での指導者として、彼女の力が不可欠であるため
必然的に定期的によく会ってはいる...が
この騒動が起こり始めるまでは、アキの方から「迷惑をかける」と
しばらくの間は桃源や葉子の前から姿を消し、距離を置いていたため、会うことは無かったのだ

「少し前に本で読んでな。折角体は若いんだ、見た目の方の年齢相応の事をしようと思って始めたが
...これが案外面白い、お前の作るロボットやら画面の中の絵と同じようなもんさ」

独特の匂い、爪に塗るマニキュアから発せられるそれが桃源から見れば少し懐かしい。
葉子もよく同じ場所で同じようにしていた
それが何だか妙におかしくて、鼻を笑う声が抜けてゆく

「なんだ、何かおかしいか?普通なら油断しきった年頃の娘のサービスシーンだろうに」

「いや、既婚者ですよ俺。てか、葉子と同じ事してるから..今度一緒にやってみたらどうです?」

相変わらず、何だか妙な笑みを浮かべる桃源の言葉を聞いてアキは驚いたように顔を上げ
少し虚空を見つめ、考えかと思うと、彼女も何やら嬉しそうに相変わらず作業を続ける

飾り付けられた花や塗り分けられたラインは、まるで彼等その者を示すかのように
鮮やかなそれは、今まで何もなかった彼女にとって、大事な物が出来た証でもあるのかも知れない
先程の恐ろしいまでの気迫は既になく、出来上がる自分の手先の作品をみて笑みを浮かべる
それこそ見た目相応の少女の姿がそこにはあるように感じられた。

「...そうだな。じゃあ色んな事にカタがついたら現役のお嬢さんに教えてもらう事にするよ」

ほんの僅かな休息、彼等の向かう先にある大きな戦いに向けての最後の一刻
解っている、平和は長くは訪れない事は。
だからこそ彼等は、進んで悪になったのだ。だから彼等は足を進める事が出来るのだ。

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目には見えない黒い鳥籠の中にいる。
それが今、地球が置かれた状況である、極めて簡単に言えば...ではあるが。

その無数の骨組み、鳥籠を形成する巨大なレールライン
その起点は、彼等が目をつけた「日本」の上にある
遥か上空、成層圏を抜けた上の広大な宇宙

そこにUFOが鳥籠の折り重なる一点に貼りつくように止まっている
それこそが、ヒーポクリシー星人の拠点、司令円盤「ライ・ドゥーム」である。

「やぁやぁ諸君、一番偉いのは誰かな?...そーう、ドクゼン様、御大将のお帰りだよ」

見たまま機械と表現すれば相応しい、そんなロボットが妙に軽快なトークで
この司令室の主、引いてはヒーポクリシーの総大将の帰還を告げる

扉の先に見えたシルットは嫌に小さい
そこにいたエイリアン達が口々に言葉をつぶやき、どよめきが起きる
その姿、ドクゼンは首だけになっていたのだ...しかしそれは彼にとっては普通の事

「貴様等沈まれ、少々体を破損しただけだ。変えは既に用意してある」

その背後には過去と変わらない大柄な体が既に用意されている
彼等は頭脳さえあれば容易に生きられる...と言う訳でもないのだが
ドクゼンの場合、自身すらも改造し既にその体の殆どはバイオサイボーグと言うべきか
「生体パーツの機械の体」...そんな類の物になっている

「ふん、とんだ無駄だ...地球人とは案外無茶苦茶なのだな」

グチャグチャと生々しい音を立て、機械の頭は体を支配してゆく
神経の一本一本が繋がる、極上の痛みと体を得る快楽
ドクゼンにとってそれは最も至上の行為であり、最も疲れる行為でもある。

高鳴った胸の奥のコアが激しく動き出すと
まるでその反動は、激しい打撃を何度も受けたようにバクンッと体を震わせる

「今度こそ殺してやらねばな...正直これが悔しいという感情なのかも知れないね、
あの程度の脆弱な生き物に、ここまでダメージを追った。体を失うレベルは生まれた初めてだ」

誰に言うでもなく、言葉が目前の配下の者達へ伝わると
再度どよめきが起きる「あのドクゼン様が倒された」その事実は彼等にとって嘘のように聞こえる

この男は異常、ヒーポクリシー星では誰一人として勝つ事が出来なかったのだ
少なくとも多くの聴衆、配下はその存在は最強だと思い込んでいる
それが負けた、そう思わせざる終えない発言をしている
導き出された先にあるのは「圧倒的な力を持つ敵」その影、彼等は震え上がった

それを見てドクゼンは、暫く考えるような動きを見せると
蘇った体を捻り、大きく振り下ろしたのは拳。目前の机にそれは当たり
激しい音が鳴り響く、配下の者達はその音に怯え再び静まり返った

「恐れることはない、既に仕掛けは完成しつつある。奴等は単なる個人の集まり
力は互角...我々は組織だ、後は分かるな?」

屈んだような姿勢から顔がクイッと正面を向くと
まるで配下達、一人一人の目に直接合わせるように輝いた機械の光を持つ瞳が
濛々と上がる煙のように、薄暗いその場に輝く、そして声が上がる

「さぁ準備に取り掛かれ、時は近い!!この星もいつものように我々の物とするのだ!!」

ドクゼンは声を荒らげ、高く遠くまで響くように怒声を響かせ指令を下す
言葉にせねば、どこかでそう思っているのかも知れない。

植え付けられた「倒される自分のビジョン」
それが何か胸に焼きつくようにじわじわとダメージとなっている、体は変わってもそれが消える事はなかった

ハーフヒューマン・ゼロ、アンチヴィラン...すべて私に反旗を翻した。
それ自体が彼にとっては初めての事だった、屈服しないのだ、たとえ殺しても

メイナー...そして、シュリョーンと名乗る戦士、悪と名乗る者たちが全てのバランスを壊していった
少なくともそう見えた、そして己の体すらも切り裂きありえない確率を超えて行った
解らない、何なのだアレは、何だというのかあの者たちは、何なのだシュリョーンは

彼は知らずにいる、それが「恐れ」だということ
そして指示を出したが何処か引っかかるような、この作戦は真っ当には行かない
そう思わせている頭の奥にある感覚が「不安」である事を。

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⇒後半へ
Re:Top/NEXT