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影が走る、闇を抜ける、微かな光。
まだ朝には早い、その光は街頭の光
そこに照らし出された影は、一見人間の少女に見えるが
その実、エイリアンであり、今は人間の味方でもある。

「確かに、各地に黒塔が建っているのは間違いないようじゃの..
あ奴等、この星は生命体との交流を諦めて..いや、最初から完全に支配する気だった...という事かの」

彼女はヒーポクリシー星の皇女...だった、と言うべきかもしれない
現在も皇女ではあるが、既に逃げ出し、お尋ね者も同然だ
再装填社に拾われなければ今頃どうなっていたかなど解らない。

街の人達も良くしてくれた、確かに幻惑のオーラで人間らしい姿に見せてはいる
しかし、それを差し引いても、素性の知れない私を当たり前のように受け入れてくれた
そんな人達を、その世界を、自信のよく知る軍団が今にも狂わせようとしている

「じゃが、一人で行ったところで死にに行くようなものじゃ...どうすれば良い」

夜の闇がじわりと、イツワの足に絡みつくように感じて
それが何やら心地いいような気がした、心のモヤとは裏腹に、この星の居心地は良い
だからこそ守りたい気持ちと、何も出来ない自分が表裏一体である事が疎ましかった

街灯の下、佇む姿。それはまるで絵に書いたようで
何か不思議な程にその情景によく馴染んでいる...彼女もまた闇の中の住人だからだろうか

「考えても仕方がない、今は出来る事をやるまで」

街灯の下から彼女の姿が消える、瞬間移動のような動きは
彼女に鍛え上げられた肉体から、そして異星のテクノロジーを持つからこそ成し得る技

そんな普通の人間には知覚できないほどのスピードで夜の街を駆ける彼女の後を
何かが追っていることを、彼女はまだ気がついていなかった

普通なら気がつくはずだ、彼女はそれほど鈍感ではない、むしろ感覚は異様に発達している。
だが、気がつかない、それは簡単な理由”その存在”が彼女の力を大きく上回る物であるからだ。
灰色の骨。そう見えた”それ”が放つ、聞こえぬ程に静かな足音が、彼女の出す音に重なり、どちらも消えた。

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いつもの街、見慣れた世界が何か不穏に見える
そんな日もある、そう思えばやり過ごせる。そうなのかも知れない

だが不穏に見える、ということはどこかしらが『おかしい』のかも知れない
目線を変えればその世界は一瞬にして狂気に充ち溢れた世界に見える、そんな事もある
だが、人は気がつかずその狂気を超えていく、当たり前に奇跡を起こし続けているのだ

「...胸騒ぎがする、胸騒ぎがするぞ!だからそろそろお腹が空いた!」

「いきなり過ぎるだろ無乳...あっいや、ごめん言いすぎたよアキさん」

「いや、良いんだ...それはたまに役に立つこともある、じゃなく!何か嫌な予感がする」

事務所の並んだ部屋の一番右奥が滅多に使われないアキの部屋である
彼女自身すぐ近くに家があるのだが、気が向くとやって来てここに泊まって帰ることがある。

言葉では言わないが、何かしら寂しいのかも知れないと桃源は思う事もあったが
彼女がいる朝は大体騒がしいので、前日の考えを全力で消しにかかるのがお約束だ

「嫌な予感ねぇ、この間やってたゲームのデータでも消えたんじゃないの?」

「アレは脳を鍛える奴だからな、単発で記録してないぞ...あっいやボケが気になるわけじゃなくてな
ちょっと福引で当たったからやってただけであって..っもがっ」

なぜか妙に慌てるアキの口に、目玉焼きやレタスなどが挟まった食パンを
まるで見事に槍でも投げるようにカポッとはめ込む
寝起きの彼女は大体腹が減っている。何度もそれで酷い目にあっている

というのもあるが、その空腹の大きな要因は、寝る寸前までその頭脳を働かせている余波であり
その結果生まれるのが自分達の装備である事を考えれば、自然と何か用意してあげようという気にもなる

「そういう事してれば可愛げもあるってな、不老の癖にボケるはずもないだろうに」

「んむぉっ?おおっほーかほーか...んっぐっ..して、心当たりはないか?」

口に入り込んだ朝食を勢い良く平らげる、その間20秒ほど
彼女は極めて食事が早い、仕事が出来る人間は食事も早いなんて言葉があるが
彼女の場合はその言葉以上に乱暴な物である

「無いねぇ、まだ朝5時だし。元から毎日連絡よこすような人いないしな、家は」

「何だと?5時?おかしいな体内時計が狂ったか...やはり何かの前触れだな」

アキはいつも決まって0時に寝て4時に目覚める
本来であれば睡眠のいらない体ではあるが、精神統一や肉体の安定した管理のため
食事と同じくほぼ作業的な意味で一日の流れに組み込まれている
もう既に20年近くそうしてきたが、狂ったのこの日が初めてだった

「何も無いといいのだが...で、何でお前は起きてるんだ?」

「ちょいと用事と、遊び半分で作業さね...どうせ起きると思ってたし、どうにも俺も悪い予感がしてたんよ」

言い得ぬザワツキ、それは実際に触っている訳でもないのに
全身にまとわりつき、紙ヤスリで削られるかのような感覚

敵の力は相当弱っているはず、その大将のうち一人から取れるだけのデータも取った
しかし、そのデータが示した侵略の構図はあまりにも途方がない。

「星を洗脳装置で覆い、全ての生命を自分たちの支配下に置く」
それが今地球に見えないまま作られた鳥籠の正体

「その後、生命体たちに自らの命と引換えに地上での破壊を起こし
自身達は手を下さず、反抗しうる物を死滅させる」それが締めくくりとなる

他にも「兵器と人員を洗脳し別の星に送り込み、生命のない星を無理やりテラフォーミングさせる」だの
「我らの破壊兵器の実験場にするのにふさわしい」だの物騒なプランばかりが
あのアホ面の中には詰まっていた、と言うよりそれがほぼ全てだった

おかげで悪素が抜けたのか、データを引きぬかれたギーゼンは今では随分純粋なものに変わっている
キラキラとした目は先程までのアホな怪物にはない清潔さすら感じられた

本来ならば消滅させるべきだったが、イツワが「また会おう」と言って去っていった建前
それを勝手に殺してしまうのも何か悪い気がして、結局今も奴は生きている。
すっかり毒音の抜けた彼は、最早、地球に迷い込んだ純白の穢れを知らぬ可愛い奴だ

「お前もか、流石に考えが似ているだけの事はあるな...奴らは考えが自分勝手で野蛮すぎた
おかげで悪役なのにどんな対抗策をを考えてもうまい方法が見つからん」

「その言葉、出来る限り苦痛を与えて倒す方法が見つからない...って意味でだと信じたい」

データに記された戦略・計画・作戦その内の一つでも、それらが明らかな形で実行されれば
自分たちの力では何もする事も出来ずに支配されるばかりであろう

アキの頭に一番最初に浮かぶのはいつも最悪のシナリオだ
最悪の場合を想定できない指揮官など、無能その物だ...というのが彼女の信条だ
そこから活路を、可能性を見出すのが管理し指揮をするという事だと自負している。

だが、今回の場合はその可能性が希望にたどり着く道が無いに等しい
導き出せた最善の答えは「力押し」だった、しかも相手が動きを起こす前にという、無茶な物
その答えはどんな作戦にも存在し真っ先に「除外」される最も愚かな答えであるが
今回の場合、最早それしか解がない、要は手詰まりの結果と言える

「幸い、まだ少しの猶予はあるが相手も相当なダメージを負っている、最早なにふり構ってこないだろう
それに...あのドクゼンという奴は...」

「まぁ、まず死んでないだろうな...この手で殺していない以上、死んだと思わない方が賢明だ」

アキの言葉を最後まで言わせないかのように桃源が言葉に割って入る
老人があの時確かに自身を犠牲にして殺した、ドクゼンは確かにあの時死んだ
そう信じたいが、今までの無茶苦茶なまでの科学技術や行動を見る限り
欠片の一つでも残っていれば生き返っても不思議ではない、そう思えるのもまた事実だ

「とりあえず、立中周辺...いや火入国にあるその”鳥籠”を破壊するしか無いのか?」

「そうなるな、だが破壊ではなく機能停止が好ましい。そこから敵の本拠地にいけるからな」

「あぁなるほど」と言った表情を浮かべた桃源が、カップの中の珈琲を啜る
空は段々と青ざめ、熱気が訪れる予兆が既に見え隠れしている
今日は随分と天気が良いだろう、可能性を掴むにはうってつけの一日になるはずだ

「これが最後の戦いになるかな」

ふと、思いついた言葉を師へと唱えてみると
その表情は邪悪と言うには少々可愛らしい笑みを浮かべ歪む
「ふん」と吐き捨てるような笑いがもれ、腰に手を当てアキが言う

「こんな物など最初に過ぎん、これが済んだら次は我々が支配者になる番よ!!」

最近忘れかけていたが、この人は悪の大首領である
自分は一応首領、この「大」が付くか付かないかの違いは桃源にとってはどうでもいいのだが
アキにとっては重要な事であり、彼女はこの悪の頂点であることが実に誇らしい事だと思っている。

だからこそ「自分たちより外道」な異星人はさっさと抹殺したい
そんな気持ちが強く出た結果、引きこもり気味な最近の言葉で言えば「ロリババァ」が
いつのまにやら頼もしい、老けない永遠の女子高生兼大首領となったのだ

幸い、篭もり作り続けた兵器や武器は無数にある
それを全て注ぎ込んで行うべき事は今目前に迫っている

「さぁ、総力戦だぞ我が弟子よ。全ては主にお前に掛かっている」

「おい、最後だけ俺と葉子にぶん投げんな師匠さん」

静かに、ただ静かに。総力戦が幕を開ける
命を賭けた、そして誰も知らないままに地球の命運を賭けた戦い。
再装填された者たちのお祭りが始まったのである。

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「私、悪者になるなら一番がいいわ、だって一等賞って素敵だもの」

快晴の嵐、光は突き刺す槍のよう
明るい世界は悪には似合わない、しかし、彼等は今、悪ではないかも知れない

「だって、この世で一番悪い物が空の上からやってきたんだもの」

オレンジ髪の少女が、日傘の向こうのギリギリ見えないその瞳をこらし
まるで美しく開いた切れ目のような唇から皮肉を漏らす

遠くに流れる風は、人に対する重圧か、それとも開放のファンファーレか
幾重の風が重なりあった音と、少し冷たい感覚が透き通る白い肌を潤す。

刺さった光の槍は地面に命をもたらすが、反面で人を殺す事もある
全ての物は表裏が一体、そしてワタシとアナタも表裏が一体

「こんな日はデートがしたいわ、そうね室内施設がいい...青空は空調の中で眺める位で丁度良いわ」

少女のその隣には一人の青年。
彼と私は表裏で繋がる、私が表で貴方が裏?アナタがオモテでワタシがウラ?
手を繋いだその腕が、黒い結晶を産み出して、次第に二人を食い尽くす
まるでそれは真昼の深淵、見えてはいけないこの世の中にある闇の束の間。

「「あぁ、哀れ。支配というのは愛から生まれる甘美な物。愛されなければ支配なぞ出来ぬだろう」」

それは場末の劇場の安いミュージカルのように
歌によく似た言葉が、つながれた手の間より生まれた異形の口から流れる

日傘が落ちる、少女の手が消えたから
キャスケットは風に飛ぶ、青年の姿は影に霞めた幻影だから

二人が影と消えた先、そこに異形が歩みを進める道がある
歌う。その歌は、この季節には似合わない別れ歌。

「「哀れ同類よ、選びし答えはもう堕ちた、君へ捧ごう、この別れのメロディ」」

足音と、闇の砕ける音が何かの音楽のように奏で響く
その手には鋭く光刃が一つ、こんな物一つでお空の上の彼等の未来は断ち切れる
あまりに愚かで、あまりに杜撰なその夢よ、今日でサヨナラしようじゃないか

「...悪道我十・斬歌」

響き奏でた、数々の残響音が無数の黒い刃となって異形を囲う。
現実世界の舞台装置は自分で作り上げる物だ。

今回用意した舞台は、目前の黒い骨組み無数の機械

それを守るは最早見飽きた醜き異形の異星人
何やら汚らしい声は、奏でた残響のメロディーにかき消され
無数の黒い切先が、その人間よりは小さな体を切り裂き暴れる

噴き出てくるのは鮮やかな色とりどりの血液
噴水のように一個一個からバシャァと溢れては落ちる
これが乙女の夢の中の世界ならばそれは鮮やかな夢で終わるかも知れない
だがこれは、命の取り合いの結果生まれた汚らしい飛沫でしか無い

「「これが鳥籠、我らにとっては...否、全てにとっての明日を壊す機械」」

よく混ざり合った混声、唄を歌うには最適な声
その左腕に巻かれたリミッターは何も示していない
彼等の時間は有限”だった”、残り時間は覚悟と共に黄泉の国へと見送ってしまった

「「信じ合えば我は無限、恐れれば有限...君たちは無限になれる可能性がある」」

その戦いを最後に、その体から制御する鎖は外された
一歩間違えば二度と引き返せぬ行い、だがそれをせざる終えない
そんな相手が、彼等の敵なのだ。悲しきかな戦えるのは彼等とその仲間だけ
誰も知らないこの戦いの中で、一組の男女はその可能性を別の次元に逃がしているのだ
...もう二度と元の場所には帰れぬかも知れない、誰も知らない別世界に。

「グギギッ...ガバァ..アッ」

異形の断末魔の声が歌を引き裂くように無数に溢れ返る
腐ったような臭いと血の噴き出た地獄のような光景
その間をまるでそれらに触れる事はないかのように軽快にシュリョーンが駆けてゆく

...とその横に、爆音を上げてもう一つの影が迫る
シュリョーンの出す音に合わせるように駆け寄るそれは
新たな仲間アンチヴィランの変形した姿、そのまま追い抜くと自分に乗れと言わんばかりに前に飛び出る

「「アンチヴィラン!?来てくれたのか」」

「話はあのお姉さんから聞いてる、時間は多い方がいいんでしょ?早く乗って!」

人間の状態であれば足に当たる部分から上がる煙は虹の色
彼か彼女か、どちらとも付かなくなってしまったアンチヴィランという存在が出すものは
ガスでも黒煙でもなく、この世界を織り成す無数の色

「「礼を言う...しかし、君たちを巻き込む訳には...」」

ハンドルを握ると、更に強く光の粒子が七色の輝き
その光がシュリョーンの言葉を遮り続ける
答えなど言うまでもない、この戦いは自分の為の物でもある

「それを言わずとも理解しているからこそ、確認した。そうだろ?...言うまでもないさ、さぁ急ごう」

シュリョーンが大きく頷くと軽々とその背中に跨る
するとシュリョーンから発せられる赤紫の粒子とアンチヴィランの七色のエネルギーが
折り重なり混ざり合って、激しい光を放ち目にも留まらぬ速さで目前に見える
鳥籠と言うにはあまりに巨大な黒い塔へと駆け出していく

「「舞踏会の時間はもうすぐ...と言ったところか」」

駆け抜ける一陣の風
その裏ではもう一つの戦いが繰り広げられている
そう、全ての戦士が今、最終決戦と言う名の譜面の上にいる。

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深夜に呼び出され、亜空の扉を抜けた先
そこにあったのは、愛すべき姫君と灰色の骨のぶつかり合い

巨大な体を振るうそれは、先日の改造された子供たちによく似ているが
それにあった生命感がなく、色が暗闇の中でも解る程、違和感のある灰色をしている

頭に流れる指令は「それを砕き、壊せ」
さもなくばこの星で今、最も興味深い存在の命はないだろう
その行動は極めて簡単、いつもと同じように頭、それが駄目ならば手足を砕く
相手の機能を停止させ、その上で殺せばいい

「通常の手法は命を持つ物であれば通じる...しかし、そうではなさそうだ」

先程から思考よりも早く弾丸は目前の灰色の骨を撃ちぬいている
勿論、高速で動き戦闘している相手であるイツワに当てるような低い腕は持ちあわせていない
全てが灰色の骨に直撃し、確かに打ち砕いている...が、動きが止まらない

最初の数発「外した」と自分でも信じられないような言葉が頭に浮かんだ
しかしそれは確かに「間違い」だった、当たっているのだ
しかしそれが瞬時に再生、そして回復前より強固に、そして巨大化している

「お姫様!一旦後方に飛べ、材料としては惜しいが...クズも残らないほど焼き尽くす」

無限に進化する死なない体、目前の物がそんな存在であるならば
これ程までに興味深い研究材料はないのだが
材料にするにしても敵意がある以上使えない、そんな物は単なるゴミクズでしかない。
ならば守るべきは相変わらずこの地球で最も興味深いお姫様の方だ

「ぬぬぬぅ、なんじゃアイツは!いきなり飛び掛ってきたかと思えば攻撃してきて...危うく死ぬところじゃった」

この数時間前、イツワは突然としてこの灰色の骨の襲撃を受けた
その気配すらもなく、静かに、そして突然に
圧倒的な力、いくら砕いても再生するその存在に一瞬死すらも覚悟し絶望したが
どうやら彼女自身を殺すつもりはないらしく、ある程度ダメージを与えると引いてゆく

しかしそのダメージも相当なものであり、限界を察したイツワが
娯楽に対し亜空の扉から救援のコールを出したのがほんの五分前といったところだ

「すぐに来てくれた助かったぞ...ぬぅ、全身が痛い」

機械と有機が入り交じったイツワの体は既ににダメージを負い
伸びていたアンテナのようなものは折れ、全体に傷がつき
腕からは青白い人間で言えば血液の役目を果たす液体が吹き出ている

「興味深い存在が勝手に死なれては困りますからね...酷い怪我だ、下がっていてください」

彼女自身ここまでダメージを負ったのは初めてかも知れない
今まで彼女の人生の中で、その力を上回るような存在は”ほぼ”いなかった
例外的なものはいるが、そういう存在は「自分に敵意」を見せなかった

だが、今、眼の前にいるのは明確に「自分の敵」である
しかし「殺そうとはしてこない」その違和感が何か気持ち悪さを感じさせる
一つだけ感じたことは、奴は私を捕まえる...と言うより、言葉として言えば「取り込もう」
そうしようとしていたように感じた、それが違和感に強烈なまでの嫌悪感を付加している
半人間達にあった感覚とは違う、その存在にあるのは明確な「嫌悪感」、そんな感触が纏わり付く

「あの姿ということは我が星の物、あのように禍々しい物を...」

「考えるのは後にした方が良い、この星のルールでは正体不明の相手に対しては
...真面目に考えた方が負けですよ」

メイナーの手に握られた巨大なブラスターが2丁同時に火を放つ
激しい音と無数のエネルギーのうねり
亜空間の力を利用した強烈な一撃が放出される

それは最早、暗闇の虹とも言うべき圧倒的な質量の光ではない何か
その乱暴なまでの一撃が灰色の骨を押し、破壊し、次第にその体は砕ける
そしてその砕けた欠片すらも残さぬようエネルギーの炎が焼き尽くす

「おおっ、流石じゃの...しかし抜かった、私ともあろうものがここまで簡単に...」

「いや、お姫様が弱らせておいてくれたから一撃で済んだと考えるべきだ
何やら雰囲気が異常だった、そしてアレの黒いヤツは何から出来ていたか、覚えていますか?」

灰色の骨、その姿はどうみてもハーフヒューマンと同じものに見えた
違うのは色だけ、即ちアレもまた素材は「生命体だった物」なのだろう
至りたくはない想定だが、他に可能性がないのは紛れもない事実だ

色が違うということは、地球の人間ではないのか...それとも違う方法を使っているのか
詳しいことは解らないままだが、今まで以上に「生命的な思考」を排除し
純粋な「目的のために動く機械」にされているのは間違いない。

「材料にされた生命体がいる...という事じゃろう?」

対峙して感じた気持ち悪さはそこから来ている
生命的な雰囲気があるのに、表情なんてものに至る以前の怪物前とした姿
言葉はなく、しかし動きは人のよう、見た目は反して明らかな異形
全てが反し絡み合わない、しかし明確に嫌悪感だけは感じさせる

「1機だけ...ということもないでしょう、何か戦いの中で解った事は?情報があればありがたい」

「そうじゃな...奴は私を狙っていたように感じられた、何か取り込もうとしていたように感じられたのう」

確かに感じた感覚、言葉こそ無いがイツワをそのまま自分のパーツにでもしようかという動き
それはまるで自分が親や恋人でもあるかのような、馴れ馴れしい感触
そんなことを異形にされれば嫌悪感は当然の如く増す、その動きすらも何か嫌がらせのようだった

「取り込む...油断は出来ないな、根源を絶たねば」

「私も行く、こんな体じゃがまだまだ戦える...置いていくとは言わせんぞ」

あの存在は自分を狙っている、ならば原因は自分にある
この星にいること自体、迷惑を掛けていると解っていながら
「自星の問題である以上自分で責任を取らねばならない」という最もらしい理由で
ズルズルと居座ってしまっている。

本当は人間が好きで楽しいから居残っていることは
考えずとも常に頭に常に宿っている、こんな時だけ子供の感覚が表に出てきてしまう自分が呪わしい

「止めても来る、そんな覚悟のある人を放置するほど悪役というのは融通が利く生き物ではないですよ。
ただし、傷が治るまでは後方にいなさい、貴方は死なれては困る存在だ」

そう言うとメイナーはイツワに亜空間から取り出した
彼女でも使えるサイズの銃を取り出すと、手渡し、そのまま歩き始める
これらを送り込んだ諸悪の根源を打ち倒そう、その背中はそう言ったように見えた

「...うむ、では行くとするかの」

歩みを始めた二人、その二人がまだ気がつかぬ者
砂より細かく消え去った灰色の骨だったものが
最も動きやすいミクロの粒子となってイツワに僅かにまとわりついている事を...

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瞬時に色を失い、無数の線へと変わる景色
アンチヴィランがシュリョーンを乗せたまま最高速で黒い柱を登ってゆく
日本の中心点近くに建てられたこのタワーは、世界中にある同様のタワーと繋がり
遥か上空で交差し続け、地球はいつの間にか鳥籠の中にでもいるように囲われている。

過去に得られた情報、そして新たにギーゼンから無理矢理に取り出した記憶情報を辿れば
この鳥籠は地球人全体を洗脳するための洗脳装置だという。

ナノレベルのマイクロロボット、言わばナノマシンをこの柱より無数に散布し
人間の脳を支配、その後指令を与え自在に動く駒とする事らしい
他にも電磁パルス掃射により医師を破壊するだの、様々なプランがあったが
結局どれが採用されたのかは解らずじまいだった。

だた一つだけ共通して解った事は、支配されてしまえば人間は「殺し合い」をさせて全滅させる事も
「代わりはいくらでもいる、使いやすい労働力」にもなる便利な道具へ変えることも容易だという事

「もしそれが起きれば、普通でいられるのは僕達や桃源達位...全て支配されてしまうのかな?」

アンチヴィランがモニター部分からシュリョーンに語りかける
変化後はその意志疎通はモニターから行われるようになってるらしい

「「この世には我々と似たような存在もいる、現に同じように行動を起こしている者もいるらしい。
だからといって安心はできないが、止めなければいけない事実なのは間違いない。
我は悪の戦士だが...悪だから出来る事がある、それが戦うことかも知れないな」」

亜空力がアンチヴィランのタイヤをほぼ垂直に建っている柱に吸い付かせる
落ちることはないのだが、振り返れば嫌でも落ちるような感覚を味わえるだろう
しかし彼等はその足を止める余裕など無い、その車輪は音速で回転し
その体を守る赤紫のフィールドは勢いに押され無数の暗闇に欠片を彼方に放つ

「じゃあ、戦いが終わったら僕たちはどうすればいいんだろうね?」

アンチヴィランがふと、思った疑問を投げかける
それは存在そのものを問う疑問、最早人間ではなくなった存在が
その存在する意味を失えばその先に何が待つというのだろうか

「「生きていることは常に戦い続ける事だ終わりはないさ。それに君達は純粋で美しい心を持っている。
全てが終わったら、君たちは正義として生きてみるのもいいかも知れないな」」

そう言うとハンドルを握りこみ、スピードが更に増してゆく
ギリギリまで内部には侵入せず、大気圏近くで内部に侵入するプランで動いている

ギーゼンから得た情報では、内部に移動用のエレベーターがあり
そこから最上部の合流ポイントまで上がる事が出来るらしい

このエレベーター、要は日本に建っている黒い塔を支配できれば
戦いは非常に楽になる、メイなーやイツワそして、必要であればアキが
ここを使って上へと登ることが出来る、そこから敵の本拠地を潰す事も不可能ではない

「僕が正義の味方に?...桃源はどうするの?」

アンチヴィランがシュリョーンの言葉に少し戸惑うように答え
そしてシュリョーンに来るであろう後の未来を問う

「俺は、ちょっと行かなきゃいけないところがあるから。これが終わったら少しお別れだな」

混声ではない声、聞きなれた桃源の声でシュリョーンが答える
その意味が解らず、アンチヴィランはただ「お別れは嫌だな」としか言えなかった
そしてシュリョーンの中にいる葉子もまた、
その言葉に何か意味があるようで言い得ぬ不安を覚えていた

「お別れ」それは人間が持つ言葉で「最後」へ向かう言葉
誰にも見えぬその胸の内に、桃源は自分の未来を見ていたのかも知れない。

「「さぁそろそろ目的のポイントだ。敵がいるかも知れない...一気に片付けるぞ」」

しかし考える暇など、今その場にいる者にはあるはずもない
今はただ、行かねばならぬ。語る未来を掴むため、生き残らねば未来はない

「「...切り裂くぞっ」」

シュリョーンの刃がアンチヴィランから見れば地面にあたる塔の側面
救急用だと思われる扉を切り裂くと、瞬く間にアンチヴィランが姿を変え
シュリョーンを掴み、内部へ投げ込み自信も背中のジェットを起動し塔内部へ侵入する

「桃源!捕まって!!」

ジェットの噴射により猛スピードで空を駆けるアンチヴィランが
まだ投げられたまま、空中で浮遊するシュリョーンに呼びかけると
それに答えるようにシュリョーンはアンチヴィランへと手を伸ばし、その手をしっかりと掴む

「「無茶な作戦だったが、おかげで助かった...しかし、ここは」」

入り込んだ塔の内部、そこには人もエイリアンの姿もなく気配もない
何か不穏な静寂が支配する空間、何かしらの仕掛けがあるのは間違いないだろう
掌握すべき目前のエレベーターは少し上の合流ポイントで止まっているようだ

「「静かすぎるな...」」

静かに地面へと着地したアンチヴィランとシュリョーンが
エレベーターの制御装置へと近づく
あまりに静かで、警戒されていない状況に不安こそ覚えるものの
気づかれないうちに作業を終えることが出来れば、これほど望ましい事はないのも確かである

「エレベーターのシステムを書き換えればいいんだよね、急ごう」

この地点は情報では管制室とされており
エレベーターユニットの操作や監視カメラなどの制御に使われている場所らしい
より一層何の存在もない事が不穏に感じられるが、躊躇している暇はない

「「データの書き換えは亜空メモリをそのまま挿し込めば数秒で完了する。
これで直ぐにでも奴らと直接対決ができる...というわけだ」」

管制ユニットのメモリスロットに亜空力とデータを宿したメモリが差し込まれると
画面に様々な表示が浮かび、改竄が開始される。

これまでの戦い中で得た情報のおかげで、ヒーポクリシーのテクノロジーは
地球のものに近く、彼等はバイオ面が進化している程度に過ぎないことが判明している
特にコンピューター類は地球の進歩レベルとそう変わらなかったのは幸いだった

「...あれは?桃源、エレベーターが上から降りてきてるよ」

「「やはり一筋縄では行かないというわけか...戦う準備は?」」

そう言うとシュリョーンの右手にアクドウマルが出現する
そしてアンチヴィランも装備された巨大な銃を構えシュリョーンに応える

「勿論!メイナーには及ばないけど、今日は僕で勘弁してしてほしいね」

回転するような軽快なエレベーターが降りる音が聞こえてくる
エレベーターと言っても宇宙までを繋ぐ軌道エレベーターの応用版といったものであり
リニアパルスを利用した超高速の乗り物であるため、そのスピードは圧倒的である

そんな音が近づく最中、エレベーターのシステム書き換えが完了した事を知らせる警告音が響く
今現在降りてきているエレベーターも既に”手中”にある、それは大きな安心感となる

「「既にエレベーターはこちらが支配している、思いっきり暴れて構わないぞ」」

エレベーターの内部を頭部センサーがサーチする
その数は四、高熱源ありと表示されその姿はクッキリと浮かび上がっている
その影は、見れば見るほど、何か覚えのある形を形成している

<過去データベース一致・クラブ・Sスノッブ・ハーフヒューマン・ハイスノッブ>

...そう、忘れもしない、過去に倒してきた異形たちの影がそこにある
センサー察知すると即座にデータベースはその名を読み上げる
差し詰め、奴らは過去からの亡霊かゾンビ軍団といった所だろうか

「「どうやら、死んだ奴らが黄泉の国からご帰還なさるようだ」」

「まるでゲームの最後一個手前って感じ...お約束が好きなのかな」

軽い冗談のような会話が二人の間で飛び交う
「倒した相手に負ける訳には行かない」当たり前の常識

それを実現するには「昨日より強くある」必要がある
勿論、それは出来ているはずだ...負けられない、負けることは許されない

擦れるような音を立てて降りてきたエレベーターが目前で止まる
そして幾重にも折り重なった扉が開くと
目前には感知したまま、4匹のエイリアンの姿がある
今にも飛びかからんとする勢いは、ある意味で当然の流れだ、奴らは「送り込まれている」のだから

「ギギィィ!!」「グゥルゥ!!」

無数の意志のない声が静かだったエレベーターホールに木霊する
勢い良く飛び出した4匹の異形が無駄に行儀よく2匹ずつシュリョーンとアンチヴィランに飛び迫る

「厄介なのがぁぁ!!」

かつて占い師だった女の末路を写したカニの異形
蜘蛛の姿を持つエイリアンの巨大な怪物の2匹がアンチヴィランに迫る

アンチヴィランは足のタイヤを高速回転させるとその場で回転し
脛に装備されたアームバルカンをトンファーのように装備すると
飛び来る二つの影に自らが飛び込み、同時にその首に銃身部分をかけ全力で放り投げる

「せめて一瞬で終わらせてやるぁぁぁ!!」

地面に着地するな否や、背部のブースターを発動し
再度飛び上がると、折り重なるように吹き飛び倒れた2匹にそのまま膝を落とす
機械化増大した重量が勢によって何倍にも増し、強烈な勢いで叩き込まれる

「ギィギャァァァァアッ!!!?」

無残な叫びを上げ、まずはカニ型のエイリアンが破裂するように2つに割れる
生命を宿していたとは思えないほど簡単に、グチャリと砕け散ったそれは
緑色の血液を吹き飛ばし、破裂する

残された蜘蛛型も既にメインユニットである胴体が破損し
操縦しているエイリアンが脱出装置を発動する前に、衝撃を受け内部で破裂している
しかしあくまで生命維持の装置であり、その活動が止まることはない
8本の足がグネグネと動き、気持ちの悪い音と、死臭を放ちながら立ち上がりアンチヴィランと対峙する

「残念だけど、貴方達は救えない。恨みや怒りじゃない。貴方達は化物にされたんだ
その怒り、苦しみから開放する...例えそれが僕のエゴだったとしてもっ」

巨大な専用銃をアンチヴィランが構える
そのエネルギーは素手充填されており、フルパワーの開放を待つその姿は
まるで止まった血が流れだすのを待つかのように、無の中にドクドクと染み渡り音を立てる

激しい言葉、アンチヴィランの決意の叫びは
銃が放つ命の鼓動にも似たそれを放つ合図となり、トリガーは引かれた

「「こっちはまた面倒なのが回ってきたもんだ」」

アンチヴィランの鮮やかな動きの裏でシュリョーンもまた回された2匹を相手に立ち回る
その相手は見たこともないハーフヒューマン、そしてハイスノッブ...要するにギーゼンだ

シュリョーンはその姿を確認すると、握ったアクドウマルを大きく振るい
まるで今まで付いた血糊を遠くへ払うようなアクションを見せ、瞬時に姿を消す

「グァァ?」

まるで何が起きたか理解できないようなそぶりを見せる異形
彼らはどうやら過去の敵のデータを下に生み出されたコピーであるらしい
しかし、その4匹の中で一つだけ様子が違う物がいた

亜空の扉を短周期で発現する事で発動させる高速移動
その中心点でただ佇む、それは見たこともないハーフヒューマンであった

「「悪道我一・偽善...一刀両断!」」

無数の扉の影の一つ一つからシュリョーンが出現し
まるで影が無数の分身を作り上げたように隙間なく無数の刃が襲い掛かる
まずはハイスノッブがその餌食となり、いとも簡単にバラバラに分解される
その刹那の出来事に声をあげる暇もなく単なる肉の塊へと変貌する

そしてその直後に落ちた体が置き忘れたように紫の血液がその場に残り
巻き起こった風が四方からそれを叩き激しく飛び散る

「「すまないが...このまま叩き切るっ」」

そのまま回転の周期がハーフヒューマンへと向かう
しかしその体はハイスノッブとは違い、最初の僅かな斬激を受けた後
自らの刃のような手を展開し、偽善一刀両断をガリガリと強烈な音を出しながらも受け止める

「シュリョーン!そして我が同胞...だった、アンチヴィラン。
ようこそ我等がヒーポクリシー最重要拠点へ。とは言えまだ入り口だが」

背後に飛ばされながらも、その姿勢を立て直すと
砕けた腕の先端を捨てるように払いのけ、ハーフヒューマンは声を上げる
彼だけはどうやら「意思のある異形」であるらしい

「君は...半人間!?一体誰が...誰が材料に!」

受けたダメージは大きいらしく、既に右半身はボロボロになってはいるが
シュリョーンの攻撃をまともに受けて未だ立ち上がり余裕すら見せている

『僕かい?僕は父さんの子供...君たちと違って本物の息子さ』

まるで王冠を被った王様、と言った風な姿をしたハーフヒューマンは
彼らの父代わりだった「老人」の息子だという

「そんなバカな!?父さんに息子はいない、だからこそ僕達を引き取って育ててくれたいたんだ」

アンチヴィランが声を上げる、その表情こそ機械的だが、明らかに強い力を含んだ
その雰囲気と声は、怒りに溢れている
アンチヴィランの様子を見るに、これは嘘..または知らされていない事実のどちらかなのだろう

「「例えそうであっても、ここは通してもらう、命が惜しくば退け!さもなくば切る事になる」」

シュリョーンが再度、刀を構えると、瞬時に亜空力が刃を覆う
だが、その眼前に手が差し出される、アンチヴィランがシュリョーンを止めたのだ

「奴は僕が倒す、真意を聞き出す...それが出来なくとも、あれは僕の敵だ」

「「君の戦いに決着をつける時...今がそうなのだな。良いだろう」」

シュリョーンの言葉を受け、アンチヴィランが駆け出す
漏れた叫びは機械の体の中からタカヒコとサナエの声を呼び出したように
既に失われた懐かしい二人の声が聞こえている

『さぁおいで僕の弟、僕を捨てた父さんの愛を受けた最高傑作の弟君!!』

アンチヴィランの怒りにまるで反発するかのようにハーフヒューマンも地を駆ける
その言葉こそ一見兄弟らしさを感じさせるが口調がどこか汚く敵意に満ちている

そして互いがぶつかり合う瞬間、アンチヴィランとハーフヒューマン
互いの武器がぶつかり合い、火花を散らす
目前に互いの顔がにらみ合い、その口からは互いの感情が噴出し続ける

「君は、なぜ奴等に味方する、間違っているんだ...沢山死んだ、僕達も体を失った」

アンチヴィランの腕の武装がまるで鍔迫り合いでもするかのようにぶつかり合った力を解き
ハーフヒューマンへと一撃を加え、背後に飛ぶ

『お前達は良いじゃないか、実験は成功し、皆で生き、皆が許しあい愛し合っていた
僕はね、君達の第1号。実験の結果暴走し使い物にならないと捨てられた君達のプロトタイプなのさ』

最初にシュリョーンから受けた一撃により砕け始めていた体が
アンチヴィランから受けたダメージで更に進行し、ほぼ全身にひびが入っている
痛々しい、そして無数のひびのラインが気持ち悪い程に細かい模様を描くその姿は
正に禍々しい異形そのもの、歪んだ心がそのまま映し出されたようにも見える

「兄さん!君が本当に兄さんなら...兄さんも僕たちの町へ来ればよかったじゃないか!
父さんだってきっと悔やんでいた...僕たちだって、貴方を知っていれば兄として貴方を愛せた、救えたんだ!!」

アンチヴィランが武装を全て収納状態へと戻すとその手を広げる
それはまるで何かを抱きしめるような素振り、戦う意思はそこにはない

『何をわかった風な事をぉぉぉぉ!!』

ハーフヒューマンが最早崩れ落ちる寸前のその体を叩き
地面を叩き駆ける、アンチヴィランへ最後の一撃を加えんと猛進する

一歩また一歩、その足がアンチヴィランへ進む
最初は高速だった足は次第に砕けスピードが落ち、最後にはよろける様に
鋭く伸びた刃の手がアンチヴィランの胸へと当たった瞬間、全てが崩れ落ちる
あまりに儚いその姿は、最早、最初から死んでいた...そうとすら思える

「...なんで...なんでこうなってしまうんだ、ただ当たり前に生きてはいけなかったのかな
僕達は...バケモノになって死ぬことしか出来ないのかな?」

最後に残った兄であったハーフヒューマンの結晶を手に握り
その直面した運命を嘆く、それは自分の運命ではない
今消え入った兄、そしてまだ街の中に無数に残された改造された子供たち
彼らが奪われた「当たり前」を、幸せな世界が消された事にアンチヴィランは声を上げる

「「だから...だから行くのだ、我等は。彼らが残した悲しみを悪が背負い晴らす
君の兄弟達も、そしてタカヒコ、サナエ君達二人の分も、私が..いや私達が晴らしてみせる」」

その声は、桃源と葉子の二人の声が分かれて、それでも尚同時に重なり
アンチヴィランの耳に届いていた、彼らの、悪である存在が自分を救ってくれた事
兄弟達が生きられる道が出来た事、せめてそれだけでも今逝った兄に伝えられれば
そう悔やむ心すらも、今は戦う原動力へと変わっている、心が傷を怒りで焼き再び立ち上がる事が出来る

「ありがとうシュリョーン、さぁエレベーターの掌握は済んだ一度降りてみんなを呼ぼう」

「「うむ、急がねばならない...だがその前にしなければならない事がある」」

そういうとシュリョーンは、一瞬にして暗闇に包まれ
それが割れると中から桃源と葉子の姿が現れる

「今、変神を解いて大丈夫なの!?...あっ空気がある!?それに、ここは!?」

「心配してくれてありがとう。だがここも人間が来ることを想定して作られているらしいから」

桃源が指差した先には様々な注意書きが施されていた
それは明らかに人間用のもの、エイリアンが作った者にしては違和感があった

「元はこれは地球で作っていたものを転用した物なんだって、だからこんなハイスピードで完成したらしいんだ」

補足するように葉子がこのタワーの正体を明かす
この鳥篭の骨になっている部分。所謂、軌道エレベーターは元はといえば地球製なのだという

2010年に起きた大災害で開発が大幅にストップし、その後のゴタゴタで放置されていた
「人間が使う事を想定した」軌道エレベーター
そこにエイリアンの技術で補強、再生を施したのが現在の姿である

異様なまでのスピードで地球を覆い完成したこのタワーの裏は
2010年から綿密な計算を繰り返し、災害すらも引き起こし
そうまでして完成させたヒーポクリシー星人の大きな計画の鍵なのだ

「それじゃあ、奴等の狙いはまさか最初から...このタワーだったのか!」

「そう、そしてタワーを災害に乗じて手にした後、最も厄介であると判断された数国と
各国に別れ、更には亜空力が発現した日本を潰そうと動いていたって訳だ」

これらはあくまで推測に過ぎない、しかしギーゼン頭脳から得たデータの中には
彼等が描いたこれらの計画に近い資料や文献が数多く存在していた
それは古くから数買う頭の星と共に狙われたいたこの星の侵略を計画する全て
正しく「地球の敵の説明書」といった内容であったのは間違いない

1990年代に地球を発見し虎視眈々と支配の時を狙っていた彼等が
今、正にその計画を成就させようとしているのだ、それだけは明確な事実である
そしてそこまでに様々な情報を当てはめたこの理論は、ほぼ9割正解といった所だろう

「まっ、日本に建てられたベーターシステムは掌握完了したし、一旦降りて形成を立て直しましょう」

「幸いここはまだ通過点。本拠地ははるか上の宇宙だからな...計画練って仕掛けないと」

そう言うと二人は早々にエレベーターシステムに乗り込む
アンチヴィランもそれに置いてかれまいとあたふたと急いで乗り込むと
無数の扉が折り重なる幻想的なエレベーターは、はるか上空から
先ほどまで戦いを繰り広げていた地上へと再び舞い戻ってゆくのだった...

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-第10話「独善」 ・終、次回へ続く。
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