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街頭の明かりだけが輝く夜更け。
いわゆる田舎である立中市の空は極めて星が美しい
だが、そんなロマンに夢をみるほど、穏やかな毎日はまだ訪れるはずもない

あれから約1時間半、桃源が無数の扉をつなぎ合わせると
異形を捕獲する網のように亜空の扉は街の中に張り巡らされ、その力が漏れ出している。

「さぁて...と、そろそろ良いかね...亜空の扉、開放!!」

桃源の号令とともに、既にそこら中に配置された亜空の扉が開き
それに連なるように各所に配置された亜空間のポイントにある扉も開く

まるで道標かのように、特定のルートを刻みながら扉が開き
合わせ鏡のような光景には暗闇よりももっと黒い、そしてなにか赤紫のような
独特な色が織り交ざった若干の不安感を感じさせる空間が広がっている

「シュリョーン...変神!!」

続いて桃源もその闇に包まれると、シュリョーンへと変化し
連なった扉の連鎖に向けてアクドウマルを構えると、力を込める

「「悪道我二・亜空転斬!!」」

黒い欠片が無数に飛び散り、赤黒い光がアクドウマルから溢れ出し
そのまま目前の扉に向けて一閃が振るわれる
すると、まるで鐘でも鳴らしたかのように思い金属音が扉を伝い
遥か彼方まで鳴り響く...一つ、また一つと音がつながってゆく

暫くの時間、共鳴する音にただ佇み、待ち続けるシュリョーン
すると、音が鳴り止む頃からだろうか、遥か彼方の扉に反応が出始める
「異質な者」が侵入した証、拒否反応を示す音がザリザリと唸りを上げる

「「上手く網にかかったか...さぁ、ここまで来い」」

耳障りな擦れる音が幾つも重なり、次第にシュリョーンへと近づいてくる
その影は確かに先日遭遇した「蟹のような異形」その者である

猛スピードで扉と扉の間をくぐり抜け、その度に閉じる扉は意にも介さず
高エネルギーが発せられた地点に向かってくる
”飢えた何か”と言う表現が相応しいそれは、先日より更に醜く見えた

「さっきの良い輝き、美味しそうなエネルギーは何処ォぉぉぉ!!!?」

明らかに身体が巨大化している
それが第一印象、そして次に感じた感情は
思わず口に出てしまうほど、それを表現するには最適な言葉

「「何て...救いようが無い奴」」

シュリョーンは飛出した巨大な異形を確認すると
すぐさま亜空ナイフを出現させ目前の異形に投げつける

「何処!?何処なの!?アァ..そこね!そこなのねぇェ!!」

意図も簡単に次々と突き刺さるのだが、刺さった事自体に反応はない
肥大した身体には既に感覚というものが薄まりつつあるのだろう
代わりにナイフが飛んで来た位置を「目的のエネルギーがある場所」と思い猛進してくる

最早それは人間だった影はない、哀れな異形であり
解る事はと言えばナイフに無関心である以上
相当深くダメージを与えなければ最早止めることは叶わないかもしれないという事だけである。

「またお前なの!?さぁエネルギーを寄越しなさいヨォぉ!!!」

ナイフが刺さった振動でシュリョーンに気がついた異形は
その巨大な手を振り下ろすと、亜空の扉を破壊するほどの勢いで暴れ始める
ギリギリのラインで自我は保っているようだが、亜空間を抜けてくる過程で
拒否反応がおき、更には残留したネルギーを過剰に摂取し
結果的に亜空力を無理やりに摂取した結果、暴走してしまったのだろう

「「欲張っているからそうなる...今楽にしてやろう」」

威力は高いがあまりに大振り、そして狙いのさ定まっていない攻撃を
まるで踊るかのように軽快に避けて、アクドウマルから一撃、また一撃と刃が放たれる
その一閃は異形の身体を突き抜けたかと思うと
ジリジリと削りとるように、肥大した箇所が切り離され
そこから霧状の青い血液が噴出する

「「悪いが今回は私のフィールドで相手させてもらうぞ」」

周囲へそれが飛び散れば何が起こるか解らない
その為、いかなる状況にも対応できるよう事前に「亜空フィールド」を張り巡らせて
周囲の環境に影響を与えない亜空間の膜が貼り
生命活動が止まった異質な細胞は即座に分解されるようになっている

切り離された異形を構成していたパーツも同様であり
次第に霧状になり異質な物と判断され消えてゆく、それは異形本人も同様であり
暴走は即ち、異形を早期に破壊し、消滅させるために引き起こされているのである。

「「残念だが奴等と同じになった以上、容赦は出来ない...悪道我一..偽善一刀両断っ」」

悪道丸が赤黒い光を放ち、斬撃がそのままエネルギーの帯となって異形を絡めると
その中心に向かい鋭く黒い斬撃が異形を切り裂く

「ちょっと...なによこれ、こんなの聞いてな...いっ嫌...ギャッ」

断末魔の叫びを上げるタイミングすら無い、想定外のイレギュラーに破壊されると言う恐怖が
あらゆる言葉を封じ、力に溺れた怪物を切り裂いた

...はずだった、が、切り裂いた異形のパーツは一部がまだ消えずに動きを止めていない
要は死んでいないのだ、しぶとさも化け物級ということらしい

「「なんだ?まだ動けると言うのか!?」」

シュリョーンが見た先にあった驚くべき光景
切り裂いたはずのパーツが動き出し、最低限のパーツではあるが再結合を始めている

まるで継ぎ接ぎのように位置は合わず手足がバラバラに繋ぎ合わされ
元より異形であるその存在が最早”形”を保てていない
その異様な光景はさすがのシュリョーンであっても驚きを隠せない

「ま”だよ...あ”だぢはまだ...もっど...びっ..みっ皆、にもっと...愛されるのよ」

見る見るうちに最初に遭遇した時と同程度のサイズへと戻るがその姿は最早滅茶苦茶である。
長さの違う肉塊とも言うべき足を閉じかけた亜空の扉の方へとズルズル引きずりながら歩き始め
自身の能力である姿を消す能力も覚醒させると、その場から姿を消してしまう

「残念...だったわね、私の能力は消えるんじゃなくて...再生なのよ
消えるのはその補助に過ぎないの、残念賞〜でも危なかったわ、じゃあね」

数秒前まで肉塊だった異形は
未だサイズの違うパーツ群ではあるが、弾d何と元に形に”再生”している
驚くべき生命への執着が生んだ生きる為の能力なのかも知れない

光も煙もない空間では透明になられてしまえばこちらには勝機はないが
向こうも手負いであるからか、異形はここまでおびき寄せられた亜空の扉へと飛び込む
今の状態で入れば暴走こそ起きはするだろうが、肥大の効果で”元通り”になってしまうだろう

「「そうか、好きにすればいいが...ここは私の得意な舞台であることを忘れるな」」

またしても逃げられる...それ程には、シュリョーンも油断はしていない
流石に完全回復までは想定してはいなかったが
亜空の扉に再び逃げ込まれることはある程度想定している

「「亜空の扉のルートを変更、立中ビルの屋上へ」」

声を受け、遥か彼方まで伸びていた亜空の扉の連鎖が切り替わり
続く道がどんどんと変わってゆく
その先は空に伸び、はるか遠くのビルの屋上に伸びている

「「亜空の扉が使えないのは困ったもんだな...亜空ウイング!」」

残された亜空間のフィールドが形を形成し
割れると亜空ウイングが出現する、シュリョーンはそれに飛び乗ると
目的の地点まで一目散に飛び立ってゆくのだった...

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立中ビル、この市内の様々な施設を内包する建設物である
周囲を巨大な3つのオフィスビルに囲まれた特殊なトライアングル。
この場所を空から見た図は、この市の象徴となっており、市のマークにもなっている程である。

「「適合していない者が使えばやはり時間がかかるようだな」」

既に深夜、夜明けの近い時間になっている
亜空間フィールドを使用していたとはいえ
既にタイムオーバー状態であり、シュリョーンも危険な状態である

「「一撃必殺...それが不可能であっても、5分で決める」」

亜空ウイングがスピードを上げ、即座に屋上に到着すると
冷たく刺さるような夜風が、昼間の春の陽気を忘れさせる

そして、そんな普通の感覚を忘れさせるように
亜空の扉の連なりが、シュリョーンの目前に迫る
その向こうにまるで水流に飲まれたように、異形の者が見え
異様なスピードで迫ってくる、予想に反してそこまで回復はしていないようだ

「懲りない男ね...まぁ、男かどうかは知らないけどさ..なにより早く、今度こそここで死ねぇぇ!!」

叫びを上げた異形は、前方で腕をクロスし、固い装甲に覆われた腕を前に出し突撃を仕掛ける
シュリョーンもそれに反撃し、激しい衝撃の重なり合いに空気がビリビリと震える

しかし、既にその姿を保つこともできなくなった異形がパワー負けし吹き飛ばされる。
鉄階段に激突し、その衝撃で動きを止めた異形に向かいシュリョーンが問いかける

「「その姿はどうやって手に入れた!答えねば直ぐにでも切り捨てる」」

一瞬怒りを宿した口調になるも、すぐさま感情を殺した口調へと戻る
一時的に桃源の意思が強まると感情的な口調になることがあり
未だ不安定であるシュリョーンに制限時間が近い事を知らせている

「改造してもらったのよ、化物みたいな宇宙人...最近テレビとかに出てきたあの宇宙人にね
綺麗でしょ?今はこんなになっちゃったけど、海の生き物の危うい美しさがあるわぁ、誰を消しても見つからないし」

姿勢を立て直した異形がシュリョーンに向かい再び攻撃の構えを見せる
悪ふざけのような口調と、お世辞にも綺麗とは言い難い姿が
実に違和感のある存在、彼女は既に狂っているのか...元からなのか

「「貴様を救えるかもしれないと思った私が馬鹿だったようだな...
宛らお前は神にでもなろうとしたか?そんな姿で美談に、英雄になろうとしていたのか?」」

アクドウマルが弧を描き必殺の構えを取る
赤黒い光と無数の赤紫の帯が出現し、異形を拘束しようと躍動する

それに対抗すべく異形も構え、その姿を消し始める、既に下半身は消えているが
一度再生に失敗しているからか消えるまでに時間がかかっているようだ

「そうよ、たとえ人を殺しても一つの世界の神になれば、今はダメでも未来でなら美化されて
次第に美談になって私も皆に愛される英雄だわ、それに正体もバレてないしねぇ」

半透明の姿になった異形からその姿には似合わない女性の声で
シュリョーンが最も聞きたくはなかった歪みが、本性が見えてくる
その流れに乗ることが人だとするのならば...

「「ならば...ならば私は人じゃないな」」

奥歯がギリギリと音を立て、頭は言葉をひねり出す事に必死に励む
目の前にいる存在は正しく己の敵でしかない
その認識が、穏やかな皮を剥がし、悪であり、目前の異形と変わらぬ姿を剥き出しにして行く

「そうそうあんたも化物。私も化物。仲良くしましょうよ、み〜んな美談になっていくのよ...ヒロインになれちゃうかしら」

自己中心的な支配を目論み、あわよくばその結果、自分は正義になれると主張する歪んだ女と
その言葉を破壊し、今正にその首を跳ね飛ばさんとする歪んだ...最早、人ではなくなった者
どちらも傍から見れば同じに見えるかもしれない相反する者達

「「アクドウマル開放...悪道我四・逆乱」」

アクドウマルが亜空ブレスによって研ぎ澄まされる
通常は使用しないシュリョーン最大にして最強の技を使用する合図である

無数の闇を纏った刃がまるで数倍のサイズに見える程に巨大化し
それを振り上げると一目散に目前の女に向け駆け出し、見る見るうちにその間は縮まり
ついには目前、女の首に刃がかかった...瞬間、その姿は完全に消える

「バカねぇ、幾ら攻撃しても無意味よ私の能力見たでしょ?」

巨大な刃が地面に深く突き刺さる
消えられては手も足も出ない...が弱点は既に見抜いている
ショリョーンが目をこらす、その目線の先には赤い蟹の様な姿を持つ異形のシルエットが見える

「「お前は隙が多い、その能力の割りに頭は良くないようだ」」

エイリアン...その正体である女、その能力である透明化

この異形の弱点、それはその傲慢な性格その物
それを利用すれ能力の癖、その破壊の方法まで容易に計算できる

「「お前はここに誘導された事に気が付いていない...周りを見てみろ」」

朝焼けのビルの屋上
3点で3角形を作るように巨大な広告看板が互いに向かい合うように立っている
その中心点に立つ最早何を模したかも解らない姿の異形は眩しいほどに朝焼けに照らされて
伸びる影は何処から見てもその位置を確認できるほどになっている

「何のハッタリ?ステキじゃない、こんなに照らし出されて..まるで私のステージだわ」

一瞬姿を見せたかと思うと、まるで自分に酔いしれたように軽くステップを踏み
その次の瞬間にはシュンと音を立て姿を消す
しかしその動きもまた、彼女の性格・習性が見せた”隙”となる

この能力がこの世界から消える...であれば打つ手は無かったであろう
しかし、このエイリアンは今存在し、姿を景色に同化させているに過ぎない
...そう物質には影があり、この状況であれば必ず"照らされている"のだ

「「この能力には手も足も出ない...のは、闇の中でだけだ」」

照らされた光になぞられて浮かび上がったその一点に向けて
巨大化したアクドウマルが伸び、見えないはずの異形を切り裂く

軽い悲鳴と共に、幾多の残像が重なりエイリアンがその場に現れる
その表情は受けたダメージと自らの技が破られた事への驚愕で溢れている

「グギャッ!!?あっガッ...なっ何故!?何でよ!?何で当たる...あっ」

言い終わるか否か、その首にアクドウマルの切っ先が向けられる
今まで栄華を極めた愚かな女の恐怖に震える表情が朝の光に照らされ
シュリョーンの持つ刃の側面にまざまざと映し出される

「「このまま永遠に..一人の楽園を演じるがいい」」

首に真っ直ぐに向けられた刃がそのまま押し込まれ
声すら上げられぬ状態で目前のエイリアンが単なる肉塊へと変貌してゆく
赤くは無い、青や緑の特有の色の血液がバシャッと音を立ててシュリョーンを汚す

「「同じ...か」」

弾け飛んだ血液は瞬く間に光の粒となり、そしてシュリョーンに張り付いたその血もまた
光り輝き、その黒い悪の姿を一瞬だけ輝く白色に変えたように見せる

しかし、遠くの空に朝を告げる太陽が姿を現すと
その悪の戦士はまた真っ黒に、影の世界へと帰ってゆくのだった

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あれから数日、立中にもすっかり普段の穏やかさが戻っていた
普通の毎日、その普通は彼にとっては普通なのかは解らない。

「...はぁ、平和だと必然的に赤字なんだよなぁ」

新聞を大きく広げてはいるが読んでいるのかいないのか
1面には「美しき預言者、謎の突然死」という文字が大きく書かれてはいるが
その詳細やシュリョーンの事などは当然のように書かれてはいない

「まぁ穏やかな事に越した事は無い...か、さぁて寝るかね」

桃源がソファーから立ち上がり、奥の部屋へと歩き出す
静かで無駄に広い事務所に足音だけが響いている

外の看板は「定休日」
朝の光に照らされ、飾られた葉子の写真が輝き、その隣には新しい花が飾られていた

そんな静かな眠りへと向かった桃源を
けたたましいアラーム音がたたき起こすのはその2時間後
新たな依頼が飛び込むのだが...それはまた別の話。次回にでも語ることにしよう。

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-第5話「偽善者の罠」 ・終、次回へ続く。
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