霧に覆われた大通り、まだ朝の来ない冬先の暗闇 街灯だけが道を照らし、青白い光がかすかに建物の輪郭と少し先に見える道を示し光る タッタッ..と軽快な音を立ててその霧の中を黒い影が駆け抜ける それはまるで暗闇よりも暗く、朝焼けとは最も遠く、しかし輝く金十字が嫌に目立つ 近頃、立中市で頻繁に目撃情報の飛び交う「変神」その者だった 「[むっ...あれか、機械触手の奴」」 その「変神」が足早に後を追う、その目先に見えるのは無数にうねる金属の触手 そしてその前にある本体であろう何か緑色の影が光る謎の物体 それはまるで「変神」から逃げるように、機械的な短い足を前後に動かすが その距離は徐々に縮まってゆく、軽快な足音と妙に小さい金属のかすれる音が徐々に近づく 「「1機ならばこれでっ...亜空スライサー!」」 「変人」がスッと手をかざすと影が手の中に浮かび、割れる するといつの間にかその手の中に合った影は小さな手裏剣のような物へと姿を変える そして出現したか否かの刹那、軽く前に投げるようなアクションを「変神」が見せると 目の前を走る機械触手の背中に一目散に跳ねるように飛ぶ ”ガッガッ!!” まるで磁石のSとNの極のようにスライサーが機械触手の背中に勢いよく突き刺さる ヒュンヒュンと軽快な回転音を立てながら空中を舞うスライサーが瞬く間に1つから2つと数を増やし 機械の宿主に鈍い音を立てて突き刺さる時には4本にまで増えていた 「ギェェェェッ!?」 奇声のような機械が故障したような日常では聞かない類の音が響く スライサーが直撃した衝撃で軽く吹き飛んだ機械触手は回転しヒクヒクと小刻みに震えるように動いている どうやら既にダメージを受けていたらしく、前面にある無数の機械やメーター類は破損し 特徴的な触手も4本全てが項垂れ、既に機能していないように見える 「「...このタイプばかり..確かスノッブとか言ったか」」 最早虫の息となったスノッブと呼ばれた機械触手の前に影が迫る その手には既に刀が握られている、緑に光を放つその刀は日本刀の形をしている しかしその周囲に放たれる赤紫オーラ、緑の半透明な刀身は極めて異質である 「「一つ問おう、お前たちは何者で目的はなんだ?」」 男女の織り交ざった声がスノッブに疑問を投げかける 中の脳味噌のようなエイリアンのような物が見える、それを守るためであろう風防は割れ 既にその中身に刀の切っ先が向けられている、言わねば斬るという合図にも見える 「ギギッ..ヒーポクリシー..地球、友好...支配スル」 驚いた事に機械の中の脳味噌のような物体は日本語で返答を始める しかし単語単語の意味は正反対で繋がりが見えない 「「...友好だと?では、何故人を襲った」」 刃の切っ先から溢れた赤紫のオーラが目前の緑色の物体に辺りジリジリと焦げたような煙を上げる その度、その物体は小さな悲鳴を上げギリギリとかすかに機械の体が動いている 「オ前は..変ジン..シュリョー..ン..データアリ...破壊」 「「最早、問答も無用...と、それも良いだろう...ッ!」」 言葉の強さとは裏腹に、変神が言葉を良い終えると刀を振り下ろし 先ほどまでかすかに動き言葉を発していた緑の物体を切り裂き破壊する 真っ二つになった緑の物体はけたたましい音のような物を放ち泡となり消えた 「「ヒーポクリシー...やっと見え始めたようだ..が、まずは後片付けだな」」 変人..シュリョーンが左腕に付いた機械のダイヤルを回すと 腹部に装備された装置から彼が武器等を呼び出す時と同じ漆黒の霧が噴出される 瞬く間に小さな何もない黒い空間を作ったそれは機械の残骸と化した先ほどまでの怪物を まるで食事でもするかのように「食べ」、そして徐々に闇に飲まれていく その暗闇は夜の闇のようにだが、残骸を食う「亜空の世界」が少しだけ開いた この世に存在するが、見えてはならない世界...異端はここに食われて往くのだ 「「奴等は...本格的に地球に入り込んでいたのか?あの時の奴等と同じ...エイリアン... 明らかにあの頃よりも統率が取れている...指導者がいるのか..何かしらの技術を持っているやも知れないな」」 朝の青白い光が見え始めた頃、先ほどの漆黒の世界は既に消え シュリョーンはまだ寝静まった静かな世界を振り返り歩き去る 彼が求める物は平穏...それよりはなにかエイリアンの技術なのではないか まだ彼の謎は多く、その存在は未知。 彼が口にした「あの時」とは? ...それはシュリョーンが誕生した時 かつて、桃源が愛した葉子が人であった頃、2年前に遡る --- -2011年・初夏 街外れにある洋館、巨大だが伸びきった蔦が絡んだその外見は見るからに怪しい 大きな門には「亜空機関・再装填社」と書かれたプレートが表札代わりに掛けられている その下に本来掲げられるはずの表札が黒く汚れて落ちかけている かすかに読み取れるのは...「礎」、この家の主の名前か 音こそ聞こえないが、幾多の窓の向こうにかすかに光が見えている 「いけない、いけない...おー遅刻してしまう〜」 洋館まで続く昼間でも薄暗い雑木林を、自転車が駆け抜けていく 鮮やかな橙に近い茶色い髪がなびき、暗い道筋が少し明るく感じられる その表情は少々の焦りが見えるが、どうにも楽しそうにも見える 「うわっ..とと、急いで転んだりしたらまた矜持君に怒られちゃうよね...っと、到着!5分前〜」 前輪が小さな穴にはまり、舵を取られてヨロヨロと自転車は停止する その間もその少女は自分に語るように独り言を言いながら、時間を確認し顔を上げる 目前には巨大な洋館が聳え、威圧的な空気をかもし出していた 「何度着ても慣れないな、なんと言うか怖いというか...アキさんは怖くないのかな?」 そう言いながら、ドアの呼び鈴を押すと、見た目より近代的なチャイム音がなり ドアの鍵が「ガチャリ」と開く音がする、ドアの先は誰もいない、いつもの事だが少々不気味だ 少女は、それを見ると小さく「おじゃましまーす」と挨拶をし中に入る 玄関を抜け、通路を抜けると、 絵に書いたような富豪の家といった感じの豪華な内装の広間にたどり着く 外観とは違い落ち着いた、オレンジの光と綺麗に片付いた美しくそして広い空間が広がっている 左右には壁で隔てられたスペースがあり、本棚があるかと思えば刀があったり 小奇麗なのだがまとまりはなく、家主の性格が少しだけ垣間見える 「あっ、アキさん?今日は地下じゃないんですね」 少女が目をやった先、本棚の前に置かれた椅子に座っている女性を見つけると 少女は嬉しそうに声をかける、「アキさん」と呼ばれているがその見た目は少女と同年代程度に見える 「おや、葉子か。早いじゃないか、まだ約束の10分も前だ」 驚いたような表情を浮かべたアキは、少女の事を葉子(ハジ)と呼ぶ 彼女の名は葉子・F・桃源、海外で生まれ育った桃源矜持の妻である少女であり アキと呼ばれた女性の数少ない友人でもある。 「いや、10分前行動は普通ですよ〜矜持君に日本の常識と教えられました」 アキが読んでいた本を閉じ、ゆっくりと葉子の方へと歩みを進める その姿は名門「ベリアーゼル」の制服、見た目も高校生といった風だが その耳は長く、人間とは違う「何か」であることを感じさせる 「そうか、まぁ事が迅速に進むのは良い事だ...おや?今日は奴は来てないのか」 「ええ、急に本業の依頼が入っちゃって。いないとダメな感じですか?」 既に到着が解っていたかのように、準備された紅茶を注ぎ 広間の中央に用意された大きな机にアキが手を置くと、機械が軋む様な音がなり始め 中央部分がアキと葉子のいるスペースそのまま下へと降りていく だが、葉子もアキも当然といった風に会話を続ける 「いや、むしろ好都合...やはり、見られたくないだろ変身した姿は」 広間から、地下に降りた中央ブロック、降り立った先は様々な機械が立ち並び 巨大なパイプがライン状に走っている 各所には黒い塊が入った巨大なポッドが多数置かれた、少し上の空間とは別世界が広がっている 「ええまぁ、カッコいいけど...ヒーローではないし、まぁ気にしないでしょうけどね」 完全に降下したエレベーター代わりの中央部はまるでそこだけが別の空間かのように 上からの光で照らされ、アキと葉子はその異質な空間で会話している お茶とお菓子と、他愛もない会話の合間に意味深気な単語と、周りの異空間 そのコントラストは、日常にはありえない、全てが何かがおかしい世界を構築している 「でだ、亜空ブレスの調子はどうだ?動きが悪いとか、亜空間が出現しないとかは無いか?」 まだ湯気の漂う紅茶を啜り、更に広がる茶菓子をつまみながら アキはまるで普通の日常会話のように聞きたいことを織り交ぜてくる 「かなり馴染んでますよ、馴染みすぎて変身解除できなくなりそうな位」 葉子の左手に装着された機械の塊のような腕輪 亜空ブレスと呼ばれたそれを葉子がジっと見つめ俯き、何か落ち込むような表情を見せると それを察知したアキは、どこか申し訳無さそうに葉子を見つめる 「すまない、どうやら正義のフリをした奴等に対抗するには私一人で力不足なのだ」 「解ってます、嫌だったら今日も着てないですよ...ふふっアキさん可愛いね」 葉子の手がアキの頭に伸び、まるで小さい子をあやすように撫でる その行動に驚いたアキは、顔を真っ赤に染め危うくカップを落としそうになる 「30近く歳の離れた大人にする事がそれか!?...まぁ、君が選ばれたのは正解かも知れんな」 予想外の出来事に固まってしまうアキ そのまま顔を背けながら言葉を続ける 「でも嬉しそう...偶然ですよ、あの時偶然ここに来てしまっただけ」 あの日、数ヶ月前、偶然道に迷ってこの洋館を訪ねた葉子が 黒い闇の中から現れるアキを目撃した時、二人の交友は始まった もう何十年も一人で「亜空の世界」と呼ばれる謎の空間を研究してきたアキにとって 彼女は2人目、そして久方ぶりに出来た友人だった 「まさか、君があの少年の恋人...いや、妻だったか」 「私も驚きましたよ、矜持君の小さい時からの知り合いだったなんて」 アキはかつて、地球に攻め込んだ宇宙人の攻撃により体を縮められていた時期があった その頃、人間の少年と出会い、彼の力を借りる代わりに彼に生きる術を教えた過去がある その少年こそが、葉子の夫である桃源矜持であり その奇妙な繋がりは、アキにとってある種の運命として作用し続けている 「まぁ、シュリョーンのような悪役がいれば、バランスが取れた平和な世界になるだろう。では始めようか...」 --- 暗い地下室の奥に「強化実験室」と書かれた部屋がある アキと葉子、桃源はそこで3日に1回ほど「異星人との戦い」に向けたある訓練を行なっている 「では、葉子...シュリョーンへと変身してみてくれるか」 巨大なスペースにポツンと距離を置いてアキと葉子が立っている 本当に何も無い空間、アキは片手に大きな計測器のような物を持っているだけで これといって防護するような物すら持っていない 「良いですけど...いつも思うんですが、危なくないんですかね?」 その状況に葉子が少々心配になり思わず声をかけるが アキは「大丈夫だ」と言うと、スッと指を刺し「早くしろ」といわんばかりに葉子へ合図を送る 「もう、しょうがないなぁ...ッ!シュリョーン変神!!」 葉子が左手を大きく翳すと同時に 彼女の左手から徐々に全身を黒い闇が多い尽くしていく バリバリとヒビが入るような音とともに、全身が包まれると同時にその闇は割れ その奥から黒と金の全身に鎧を着たような戦士の姿が現れる 「変神 シュリョーン」 それがその者の名であり、葉子が変身する「悪の戦士」である その登場で風が起こり、実験室の壁がビリビリと振動し揺れている 「うむ、いつ見ても私の最高傑作だ...」 その姿を見たアキは、自画自賛の声を上げるが その手に持たれた計測器を操作することは忘れていない 葉子の身体状態や、シュリョーンのエネルギー源である「亜空力」のバランス 全てを調整し、最善のバランスを見極め、稼働時間や戦闘能力を割り出していくのだ 「感情バランスは悪くない、パワーバランスも上々...完璧だ」 数値は全てが計測できるゲージの限界に近い数字を叩き出していた アキが求める理想、世界のバランスを整える「悪の戦士」は完成しつつあった ...だが、一つだけ彼女にも気にかかる事があった 「数値が高すぎるのは気がかりだな、葉子、調子はどうだ?」 「今日は余裕がありますよ、技の一つでも出しましょうか?」 「技」、亜空の世界から送られてくる様々な記憶がシュリョーンに教える戦いの方法 葉子はアキよりも正確にその情報取り出し、使いこなす事が出来た だが、それでも不完全であり、あまり多用すれば暴走を引き起こしかねない 「いや、無理はするな...もう解除してもいいぞ」 計測器のパネルには「complete」の文字が表示されている データ計測の終了を知らせる合図だ、だがシュリョーンとなった葉子は動こうとしない ...というより、何か固まったようにそこだけ時間が止まっているように感じられる そして、そこにいるはずの葉子が妙に遠く、何か異質に感じられる ”違和感が漂う” 頭をめぐる思考はその違和感の答えには行き着かなかったが その直後、端の方から飛び抜けた言葉がその思考を終わらせる 「...あっぐっ..アキ、アキよ...お前は何をする気だ?」 明らかに様子がおかしい、ほんの一瞬、今の今まで何の問題はなかったはず... しばしの無言・無動の後、前のめりの姿勢でシュリョーンがアキに向かって問いかける 葉子の声だがその主は葉子ではない、アキはその口調に覚えがあった 「お前は、亜空の獣か...なんで今更!?怖くなったか?」 アキはシュリョーンに向かって語りかける 「亜空の獣」、それはかつてアキが契約した亜空の世界を構成するその者であり 次官の狭間に存在する暗闇「亜空」その物が形どった未知なる存在 その獣とアキは契約し、無限の時間と老いず死なない体 そして亜空の力を得て、現在の研究を行なっている それはいあば共生であり、アキと亜空の獣はどちらが消えても片方に影響する 常にその行動は互いが見知り、監視しているに近しい 「そう..ではない...何をする気か..それを聞きたいだけだ」 途切れ途切れに、まるで機械でエフェクトをかけたような声が響く あまり長くこの状態が続けば葉子が危ないと判断したアキは 獣が語り終えるか否か、口を開き答える 「...ったく、世界を良くすんのよ!解った?」 まるで怒った子供化のようにアキが言い放つと 獣はビクッと怯えたような動きを見せる 「...そうか、だが気をつけたほうがいい」 そして、ただ一言。一言だけ言葉を残すと 次の瞬間シュリョーンの体が崩れ、倒れる。 見る見るうちにその鎧は砕け、葉子の体へと戻っていく アキはその葉子に駆け寄ると、抱きかかえ必死に声をかけるが 肝心の葉子は「何?何?」と不思議そうな顔をしている 「...はぁ..驚いた、大丈夫か葉子。体は動くか?」 「う〜ん凄い重い、何かが入り込んだのまでは覚えてるんだけど」 アキに抱きかかえられた葉子は、必死に起き上がろうとするがどうにも力が入らず アキの膝の上で抱えられたまま、話を続ける 「前に話した亜空の獣が現れた、目的は何だ?とわざわざ聞きに来たらしい」 「あぁそれで、でも今日はそれまでは安定してたでしょ?」 体こそ動かないが葉子は至って元気と言わんばかりに笑みを浮かべアキに問う 長い髪に残った黒い亜空の結晶がパラパラと落ちて輝いている 「あぁ勿論、調子はすこぶる良かったとも..だが、今日はもうお終いにしておこう。 勿論、家まで送る。奴にも謝らねばならないしな」 「あっありがとう!矜持君は解ってますから大丈夫です、怒りませんよ...あっアキさんいい匂いだね」 不意な言葉に叉してもアキは一瞬の動揺を見せるが 今回は流さず、頭を軽く叩くように手を置くと「静かにしていろ」とあくまで優しく注意する まるで仲の良い姉妹の様にじゃれ合う二人 薄暗い研究室から、エレベーターを使い広間に戻る最中も アキの頭の中は「どう説明して、どう謝るか」で一杯だったが 謝っても謝りきれない「大事な存在」である彼と彼女を巻き込んだ事に いつまでも消えないモヤモヤした物が心の奥に張り付いて剥がれない 「アキさん?何か顔が難しい顔になってるよ?別に私は大丈夫だよ...まぁ支えられてるけどね」 考えをめぐらせるアキの視界に、葉子の顔が突如として入る込んでくる 不思議そうな顔でアキの表情を見るや、すぐに心配そうな顔に切り替わり 動かせる範囲でアクションを交えて「大丈夫!」と示し続けている その表情はまだ幼さすら感じさせる、考えてみれば年も一回りは違うのだが なぜだか彼女と接していると同年代、それどころか年上と話しているような気すらしてくる 「いや、奴の君への溺愛ぶりを見るとな...まっ、たまには話もしたいし普通に遊びに行かせてくれないか」 何処を見るでもなく、上昇するエレベーター...というより広間の一角を見つめ 「まぁ良いか」と言った風なあっけらかんとした表情でアキがそう問うと 葉子は何度も首をコクコクと縦に振って嬉しそうに笑うのだった。 --- 「...あっ桃源か、すまないが葉子を送って帰りたいんだが...いや、ちょっと体が動かないのだ ...なに?私じゃない葉子の方だ、ちょっと事故が起きた」 アキの長い耳に押し当てられた携帯電話の向こうから何やらガラガラと物が落ちる大きな音が聞こえる 電話の相手は彼女の弟子である少年...は昔で、今は青年。 アキは言葉を選んだはずなのだが、やはり結構な衝撃を与えてしまったらしい 本当ならば最初に「葉子は怪我は無い」と言うべきだったと、アキは後悔した 「あっいや、怪我は無いんだぞ、なんとも無い...ってあせるな、お前は家にいてくれないと困る」 予想していたよりは混乱は無いが、やはりこの状態で彼女に協力してもらうのは辛い物がある いつも何かしら問題が起きて葉子は少しずつダメージを負ってしまう 変わってあげることが出来ない事がアキにとって何より辛く、それは桃源も同じである だからこそ、このタイミングで連絡が来る事は「怖い」のだ 「あぁ、車を出すから10分位で着く...あぁ、すまない..すぐ行く」 電話を畳み、壁に備え付けられたボタンを幾つか押す 一見ボロ屋敷に見えるこの屋敷は各部に機械的改造が加えられている アキの愛車も地下に収納されているため、呼び出す必要があるのだ 「おわーいつ見ても凄いなぁ...で、矜持君ビックリしてました?」 屋敷中に微かに響く歯車の回転音と、丸く窪み、下に降りて行く庭の一地帯を見て 立ち上がれるまでには回復した葉子が楽しそうにそれを見ている アキにとってそれは当たり前になっていたが、葉子の反応を見るとそれが普通ではない事を思い出し 何故だか今日は随分と貴重な物を見たような気分になってしまう 「凄い慌てようだったが何とか説明は出来た...だが怒る訳でもなかった...逆に困ってしまうな」 先ほどの電話も結局いつもの上から目線な口調で話してしまった 性格がそうさせるのか、大人らしい対応を見せたいのだがどうにもそれが出来ない こんな時、結局自分は17歳で止まったまま、何も成長してないのではないか、不安になる 「もっと怒ってくれていいんだ、いい大人が君たちを利用している、騙しているのかもしれないんだ」 彼等は、この夫婦は、怒りを見せる事が無い 少なくとも私は見たことが無い、いつも笑顔で幸せそうで 確かに、最初に彼に生き方を教えたのは私かもしれない 「私のおかげなのか?」そう思い上がったこともある、でも違う、ただ道を示しただけ それに大人になってからは面倒の一つも見ていない、葉時にいたっては最近知り合ったのだ 幸せそうな彼らを見て、ただ「良かった」と思った、 協力してくれると言い出したときは何度も「それはダメだ」と反対した、だが結局頼ってしまった 私は彼らの幸せを破壊している、間違いない、もう止めなくては...そう思い続けているのに言い出せない 何故だろう?一言で済む「もういい」...と一言で済む、何故それが出来ないのだろうか 「歪んだ正義を倒す」なんて事は後から出来た建前、これは結局の所は私欲でしかないのに 「だって、アキさんは矜持君の先生で親友で私のお姉ちゃんみたいな存在だもの、信じてるし怒る理由もないし」 飛び出した言葉は何時もと同じ「許し」 だが何時もそれが私には衝撃的な、彼らと知り合う以前は知れなかった感情 今私は驚いているだろうか、表情に出てしまっているだろうか これだから人間は苦手だ、気持ち一つで誰かを信頼して命まで預けてしまう 信頼が、そんなに君達の心を私に開いてくれる理由になるのだろうか 私には解らない、でも外敵と戦う事より、亜空の世界より何より、友として嬉しいのは確かだ その感情は私にまだあって、目前の少女はそれを言葉で私に教えてくれている 「...あっ..えっと、ありがとう...そうか、じゃあもう少し付き合ってくれるか?」 「うん!悪い奴等にこんな良い所や綺麗な街が壊されるなんて嫌だし、それに矜持君やアキさんを守りたい ...あとね、私、実はあの変身した姿結構好きなんですよ」 真っ直ぐに見据えた瞳、間違いは無かった、彼女で正解だと頭に巡る。 しかし、この不安感はなんだろうか あまりに儚く見える、その満ち溢れる力、才能、そして彼女と言う存在その物 全てが極めて強く明るく輝いているのに、なぜか泣きそうなほど悲しい「何か」が見える この行いは「続けてはいけない」 亜空の獣もそれを伝えようと葉子を通して注意しに現れたのだろう だが、それを悟られてはいけない... これからは自分のためじゃない、守り抜かねばならない、世界...いや彼女等の日常を 彼女等を利用している、そしてダメージを与えることは矛盾、結果としてそれは正解だとしても 思えば思うほど突き刺さるような嫌な感情が巡る、そして、その度に彼女の言葉に救われるのだ 「葉子ならやれる、私が全力で助けて一緒に救おう、だが今日はもう休もう。帰るぞ、奴も待ってる」 アキが笑顔を作ると、は時も嬉しそうに笑いかける 彼女たちはまだ気がついていない、葉時に入り込んだ亜空の獣は 彼女の中に、自身の足跡を残し、「ある時」を待っていることを... --- 亜空の獣との遭遇から数十分が過ぎ、すっかり元通りになった葉子が帰り支度を終える アキは「車を出す」といったまま姿が見えないが、屋敷の中はまた大きな音が響いている 巨大な歯車が周るような、大きいが何故か心地の良い音に安心感を覚える そうこうしていると、窓を開けたすぐ先に、先程出現した穴を塞ぐように既に車が出現していた その横にはアキが立っており、何もしていないのにドアが勝手に開く まるで生きているかのようなその車には運転席には誰もいないように見えた 葉子はそれが妙に不思議に見えて 窓を開けて出現した車の元へと駆け寄ると、アキに問いかける 「あっ、ねぇアキさん...誰か乗ってるんですか?何か勝手に動いてるような?」 「んっ?ああ、それならコイツが...おいパダナン、準備は出来たか?」 アキが運転席に向かって声をかける その先はどう見ても何も無く、誰もいないはずの運転席だが 「急なので、それらしい姿に変幻しておりませんが...良いなら、既にここに」 誰もいないはずの運転席から妙に艶っぽい女性の声が聞こえてくる 口調は明らかに怒りを感じさせるが、言葉自体は割と丁寧だ 葉子自身、ここに不可思議現象に慣れているため、全く驚かないが なぜか妙に気になって身を乗り出して運転席を見てみると 人間用の運転席になぜか縫いぐるみのような四角いパンダが座っている 「あっ!パンダだ!...えっパンダ?」 葉子が見たのはパンダのような何か、それは間違いないが それが先ほどの映画の吹き替えのような艶っぽい声の主であるとは どうしても葉子の頭の中では繋がらない この違和感はそうそう遭遇できるものではないかも知れない。 「...そうか初めて会うんだったか、こいつは家の居候の亜獣パダナンだ」 スッと指がパダナンと呼ばれたパンダのような生き物に向けられる するとパダナンはムクっと起き上がり、葉時に向かって一礼をすると 今の今まで感じられた「明らかに怒っている」オーラが消え、笑顔を見せる 「これはこれは葉子様ですね、お初にお目にかかりますパダナンと申します、今後ともよろしく ...で、アキ、運転すれば良いのよね?普通に人間に化ければ良いのかしら?」 更に葉子は混乱する、目前の「小さいパンダに丁寧に挨拶されて握手までした」 しかも何事も無いかのように普通に会話が進んでいる 解る事と言えばその空気から家主であるアキとはあまり仲が良くないらしい。 感触はヌイグルミのようだが、自在に動いている そして葉子の手を持ち挨拶をしている間も アキの方へは明らかに敵意を向けつつ、「どうなの?」と言ったふうに身振り手振りでアクションし 質問に対する答えを求め、アキもまたそれに答え首を縦に軽くふる 「あっあの、よろしくパダナンさん」 「ええ、お話は聞いていますよ...ちょっと失礼」 会話を止めるとパダナンは見る見るうちに黒い影に包まれたかと思うと 影が人の形を構成し、それが割れると中から黒服の女性が現れる 褐色の肌に鮮やかな色の瞳と整った表情、誰が見ても美人である。 これがパダナンが今言っていた「変幻」なのだろうか 葉子は頭の中を必死にめぐらせてみるが 結果として出たのは「あの声ならこの姿でいた方が違和感が無い」と言う結論だった 「これで運転できます...って葉子さん?どうなさいました?固まっておられますが」 あまりの事態に身を固めた葉子だったが それを見てパダナンが声をかけると、びっくりしたように目を見開き ふと思ったことが口から出てしまう 「あっ...いえ、いいお声をしているんですね」 「ありがとうございます、人間的に言えば変装をするもので 色んな声を出す為に常にベースとして一番良い声を維持せねばならないので、こうなるのですよ」 ニコッと笑った表情は絶世の美女であり 女性である葉子すらも頬を赤らめてしまうレベルだが 先程までの姿を知っていると、中々のアンバランスな光景であり、納得するのに時間がかかる 「ええい、もう世間話はいいからさっさと出発だパダナン」 困惑する葉子と若干イライラしているアキ、そしていい声のパンダでもある美人運転手を乗せて 一向は一路桃源家へと出発するのであった 「...あっアキさん?私、晩御飯の材料買って行きたい」 ...真っ直ぐ進めぬのもまた旅路か 結局一行が目的地へ着いたのは1時間も過ぎたころだったという... --- 「矜持君、今日はアキさんが来るからご飯は豪華な奴だよ、材料は買ったよ!後ね、パンダが凄いの!」 そんなメールが桃源の元に送られてきたのが30分ほど前 添付された写真にはパンダはいないが変わりに前に一度会った異様な美人が写っていた 車で移動しているはずだが、何故こうも時間がかかるのか まず葉子は動けないのではないのか、不安と同時に違う嫌な予感が頭をよぎる 「...女子2人..あっ3人なのか?その状態で買い物とか、より疲れると思うんだけどなぁ」 台所に立ち、最低限の「豪華な奴」の準備をする桃源は 常に誰にでもなく言葉を発し、不安な気持ちを少しでも軽くしようと必死だ ”葉子が動けなくなった” そう連絡が来たのが、全ての原因なのだが それ位は本来覚悟していなければいけないのも解っている 「外敵・宇宙人他が攻めてくるから戦わないといけない」なんて突拍子も無い話だが 妙に説得力のあるデータと、絶対信じられる人生の師匠が言う言葉が嘘だとは思えず 桃源も、そしてその妻である葉子も彼女を信じて協力しているのだ その師匠との出会いを振り返れば...多分この料理の手が止まる程長いのだが また落ち着いたら、それを思い出してみるのもいいかもしれない...が、今はそれどころではない 「まっまぁ、帰りに寄り道できるってことはマジで全然大丈夫って事だし、たまには葉子も遊ばないと」 口ではそう言いながらも桃源はキャベツをすでに三つほど千どころか万切りに近い細さで刻み続けている その表情は心配を絵に書いたかのようだが、これではまるで父親である 家族を失い異国から一人で日本に来て、帰る宛もない葉子にとっては旦那であると同時に父でもあるのだが たまにふざけて「お父さん!」なんて呼ばれるからか、気がつけば過保護になっている気がする ...まぁ今日みたいな状態の時は心配しない方がおかしいのだが そんなこんなで無意識下で仕上げられた料理の数々はいつもどおり自分では満足行かないが 葉子やアキが食べると異様に美味しい、そんな料理に仕上がっている...はずだ いつもと違う点といえば、真ん中の大きな皿にはなにも乗っていない 「何か買ったようだし、葉子にとって豪華と言えば...まぁ、アレで間違いあるまい」 「ふへ〜」と軽く長いため息をつくと、エプロンを取り 無駄に大きなソファーに腰を落としてリモコンを手に取りボタンを押し続けるが どうもシックリ来ない、妙に広いこの事務所は静か過ぎて退屈だ 「もう..そろそろ帰ってきそうなもんだけど...おっ」 微かに聞こえる砂利を巻き上げる音、来客用に用意してある駐車スペースに よく見知った車の姿が見え、エンジンが切れその直後から途切れない会話が聞こえてくる 「そうそう!これこれ!これがないと家は寂しいんだ」 パンパンと足を払うように叩いて立ち上がり 桃源が玄関に向かうと、見慣れた顔が並んで...いるのだが、やはりいつもより1人多い 「たっだいまー矜持君!矜持君!今日はご馳走だぞ魚だ魚だ」 桃源が「気になってたんだけど...」と言いかけるか否か、買い物袋を下げた葉子が強烈な勢いで飛びつき それをアキが楽しそうに見つめ、誰だか解らない女性は「なにこれ?」と言った風な目でこっちを見ている 「あっあの...お帰り葉子、後いらっしゃい師匠と...えっと...お会いしたことはありましたよね」 よろけた状態から立ち直りながら呆れた表情の二人に軽く挨拶と疑問をぶつける 弟子だからわかる「師匠に友達なんていない」その事実が この謎の長身美女を非常に不自然に感じさせるのだ 「あっ...あぁそうか、パダナンもう戻っていいぞ」 アキがそう言うかいなか、パダナンと呼ばれた女性は黒い影に包まれると 一瞬にしてその場から消え、足元にパンダのような縫いぐるみのようなものだけが残されている そして驚いた事にそのパンダのようなものが手を動かしアキに語りかける 「もう疲れましたので先に睡眠状態に晴らさせていただきます」 そういうと目を閉じ、再度暗闇に包まれその姿が消える アキはそれを見送ると「お〜」と驚いたような表情を浮かべ 桃源の方を見て、軽く笑顔を見せる...一瞬安堵しかけたが少し邪悪に見える こういう表情の時は間違いなく「まぁ納得しておけ」というサインだ 「...え〜あのパンダだったのか、あれは食事いらなかったのか?」 「パダナンは人間の食べ物は嫌いでな、今日は3人で...の前に」 急にアキが、真面目な表情を浮かべる どこか申し訳無さそうな、その雰囲気は桃源もあまり見たことがない姿であり 急なことに「ナニゴト?」と立ち上がった葉子も不思議そうに見つめている 「今日は...本当にすまなかった、君たちを巻き込んでダメージまで与えてしまった」 グッと拳を握るとアキが深く頭を下げる その姿は見た目相応の少女と行った雰囲気で、いつもの独特な威圧感すら与えるオーラのような物はなく 彼女の素の状態が垣間見えるように感じられる 「あっえっ...と、葉子はもう大丈夫なんだよな、今元気すぎる位だし」 とりあえず状況を飲み込んだ桃源が、横目に葉子を見つめつつ語り掛ける 飛びついてきた時の感触も、表情にも疲れはなく 空元気という訳でも無さそうだと判断し、続く言葉を待つ 「ええもう全然、だからアキさんも謝まる必要なんて1個も無いですよ」 葉子はそう言うと、そのままアキの手を握り「ねっ」と瞳を見つめ念を押すように見つめ そのまま満面の笑みを浮かべ手をブンブンと降りアキを派手に揺らす 流石のアキも不意打ちをくらい頭をガクガクと揺らす 「おっわっちょっと...ははっ驚いた、解ったよ。ありがとう...でも謝らせて欲しい、そして再度確認させてほしい」 驚いた表情を即座に切り替え、葉子の手を止め再度アキは二人に問う 自身の目的に巻き込まれている事、命を失う可能性もあること そして脅威と戦う為にこの力は生み出されたと言う事を 「巻き込まれれば命を失うかもしれない、どうなるかは解らない...それでも着いて来てくれるのか?」 今まで感じた事のなかった種類の不安がアキを襲う 友などおらず...いや、いたのだが時の流れが止まったアキとは違う時間を生きている そんな人間の世界から離れずっと一人きりで研究や興味の対象の観察に没頭して来たアキにとって 2人は初めて出来た「親友」でもある、この計画はその2人の優しさを利用している事に違いはないのだ 「...なんか今日の師匠は師匠と言うよりアキちゃんだな...今更その答え聞きたい?」 先に口を開いたのは桃源 彼は既に幼少期から彼女とは知り合いであり、その真意も良く知っている 彼女の行動全てに意味がある事位は考えずとも解っている なにせもう10年近くも自ら彼女のワガママに付き合っているのだから 「私はもう断る理由なんて...だってアキさん気に入っちゃったもんね」 葉子も桃源の言葉に続けるように自分の答えをアキへ返す 彼女にとってもアキは日本で始めての同姓の友達であり 何か己の根源の部分で近いものを感じている、理由は友達だから、それ以上は必要ない 「...すまない、ありがとう」 アキの中に長らく忘れていた安堵と信頼、優しさそんな感情から溢れる涙が思い出され まるで線が外れたようにポロポロと涙が零れ落ちる 人の世から外れ、次第に人ですらなくなっていった彼女を何の偏見も隔たりもなく ただ純粋に友として信頼し共に生きてくれるという彼等にアキは最早言葉すら出ないほど感謝していた 「なっなな...矜持君、なっ..なーかしーたー」 「ええっ俺!?というかこれはセーフの方の泣き、全然大丈夫な奴」 あまり緊迫した世界が生まれにくい桃源と葉子の関係では いつもこうなるのだが、なんだかおかしくてアキは泣きながら笑った、大いに笑った 「ふふっ..あぁ君達でよかった、私はやっと幸せが理解できたのかもしれないな」 その後、3人で食事をとり、今日だけは全てを忘れたように 何気ない日常の話をし、ただ笑い合った ただ一時の安心、幸せ 彼等に課せられたのは脅威と戦う未来だが その脅威があればこそ生まれえた絆、そんな物が有り得た、生きている事が可笑しかった たとえそれがほんの僅かな時間でも それが、すぐ未来で途切れる物だとしても。 ⇒後半へ |
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