---

それから数カ月、各所で見られた未知の生物
異星からの侵略者と判断された者たちの活動は徐々に活発さを増していた

2010年に起きた多数の災害により混乱した世界では
すでに「怪現象」と言うものは相手にされにくく、それどころではない世界情勢が続いている
悲しい話だが、災害からの復興や度重なる災厄で人口が減った事で
景気自体は少なからず回復したが、世界的に夢やロマンのような見えない物は
まるで光の速さとも言うべきスピードで廃れ、忘れられつつある

そんな中ではエイリアンが現れて悪さをしても「凶悪事件が起きた」程度で片付けられてしまう
事件や事故の数も増え、事件が未解決になるスピードもそれに合わせ早くなる

しかし、それでは侵略を狙う外敵は野放しになってしまう
よって、本来であれば世界を支配する道具であるはずのシュリョーンは
いつの間にかその邪魔になる侵略者と戦うはめになったのだった。

それが、アキを始めとした「再装填社」であり
「変神」と呼ばれる「悪」を自称する謎の組織・集団である。

「ここ数カ月で既に10件以上、大したことが起きていない物も含めているが..」

アキが机に資料を放り投げると
重ねられた紙類が綺麗に滑り、数十枚の紙が広がりながら机上を駆ける

ここ数カ月のエイリアンの急な出現理由が明確にならないのだ
退治したエイリアンも人語を介さなかったり、会話をするような余裕などはなく
軍団なのか、偶然現れた個別の事件なのか、それすらも判断できないでいる

「どうにも多いですね、戦う回数もぐんぐん増えてます」

広がった資料に目を向けながら
自身の左腕に装着された機械の塊のようなリングを見て葉子が呟く
鈍く光るリングは、葉子に向かって光を放っているように見える

「まさか2号まで使うことになるとは想定外過ぎるんじゃないか?」

暗い研究室の奥から金のベルトと3人分の珈琲を手に持ち
2人の会話の中に桃源も入り交じる...そして、3人共が目を細め小さく唸る

少しの静寂が暗い室内を通り過ぎ
桃源が運んできた珈琲が湯気を立て、静寂の中で揺らめく

そんな延々と続くかと思われたその静寂を終わらせる一言は
ジッと資料を見つめていた葉子からのものだった

「...あの、これなんだか出現場所が法則性が無いですか?」

葉子が示した法則性。
ここ数カ月のエイリアンと思われる生物の出現した箇所を辿ると
当初は日本中だったのに対し、ここ数カ月はシュリョーンが主に活動する「火入国」
中でも「立中市」が多い、とはいえ立中がある火入国は
過去存在した4府県の融合した土地であるため
かなり範囲は広いが、立中市内である事も多く絞られてきている

「それは私も気になっていた、だが、単純に敵がいるから重点的に攻めているとも取れる」

アキもこの事には気がついていたようで、火入国の地図に出現位置をつけた物を取り出すと
そのまま机上に広げ、説明するように言葉を続けて行く

「そこで地図で位置を示して行った...結果、ある事が判明した」

アキが示した地図に記された一点
カラー印刷の地図でも茶色く描かれた不毛の土地「火黒点」
ここは日本を襲った災害によりちょうど日本の中心点に発生したものであり
異常は何も無いのだが草木も生えない荒れ果てた土地となっている

ここにエリアンの技術ならば解るものがあるとすれば
それを狙っている可能性もある、同様にシュリョーンにも引寄さられているとすれば
その求めているものが「亜空の力」である事も、不確定ではあるが推測は出来た。

「火黒点か...丁度、立中がこの地帯を覆うようにあるから発生の理由も解るかもしれないな」

桃源が持ったカップを置くと、ベルトを手にとり、早速現場に向かおうと準備を始める
するとそれに気がついた葉子も「急がねば」といったふうに準備を始めるが
その動きは、既に慣れたものと言わんばかりに、桃源に封じられてしまう

「お〜ちょっと、なんで準備の邪魔すんの〜」

「葉子はあんまり無理をするな、シュリョーンは未完成なんだから」

「でも、それは重装システムだって同じだし...全身に装備出来ないそっちのが危険だと思う」

亜空戦士と後に呼ばれる体を亜空の力で変化させる戦士達の力は
この時点ではまだシュリョーンが何とか完成し、調整の暇なく戦いに出ざる終えない状態であり
極めて危険な状態でエイリアンと戦う状態が続いていた

「とりあえず、私が付いていく、葉子は今日は...まぁ来るのは良いだろう、見ているだけにするんだ
...場所が場所だ、何が起きるか分からない二人とも十分気をつけろ...本当に巻き込んですまない」

グッと拳を握り、申し訳なさそうな顔を見せ、またしても二人に詫びるアキを見て
桃源と葉子は、アキを左右で囲むとその手を掴みまるで引きずるかのように車庫へと向かう

「ぬおっ...あっ..ありがとう、私の親友達」

引きずられていたアキが姿勢を立て直すと、そのまま二人を追い抜き車のドアを開ける
表情はできるだけ見せたくはない、こんなことは初めてで、どう対応して良いか分からないが
嬉しいと言う感情と少しの照れが、何故か見られてはいけないような気がして
動きがギコチなく、何処か変な風になってしまう

「いかんいかん...では、行こう!」

一行は一路、不毛地帯「火黒点」へと向かう
アキの邸宅からは約15分程度の場所、アキの私用車を使えばほんのすぐの場所である。

その異質さから人は近寄らず
何が起きるか分からない為、周囲にバリケードが設けられている
明らかに異質な世界がそこには広がっており、その空気は極めて重い

そんな不毛の土地にたどり着いた3人は
人影もなく違和感だけが漂う、丸くくり抜かれた街中の荒野に息を飲む

「...ここか、こんなに近いのに来る機会は殆どなかったな」

手に探知機を持ち、アキがそれを周囲にかざしながら語りかけると
桃源がフェンスの一角にある入り口用のドアを見つけ、それを開けながら答える

「俺はそうでもないですよ、なんかこう音がなくて誰もいないからたまに来ることがあります」

慣れた手つきで扉を開けるとヒョイヒョイと入り込んでいき
フェンス越しに二人を手招きし、「入るだけなら問題なさそうだ」と軽く呼びかける
普段からこういった事には強い方だが、流石にアキも驚いた様子を見せるが
その声に葉子も軽く付いていくため、アキも置いて行かれないなように足早にそれに続く

「見事に何も無いんだよな...葉子は来るの初めてだっけ?」

「うん、と言うかこんな所があったのを今...あれ?なんか亜空ブレスがおかしい」

「あぁ...こっちも、重装ベルトがすごい勢いで起動してるぞ!?」

ちょうど不毛の土地の中心辺りに立った頃
葉子と桃源が装備している亜空戦士になる為の道具、
言わば亜空間へ入る込むための鍵が活発に活動を始める
その様子を見てアキは、この一連の事件と
自分達が此処へ来た事が何を意味するのかを理解し始める

「そうか、ここは...亜空の世界との壁が薄いのか」

先程からアキが手に持った探知機や計測器もけたたましく音を立てている
この地点に入るまでは一切の異変や異常数値は検出されていなかったにも関わらず
その一点に入った途端、「亜空」に関与するものが全て反応を示し始めている

「薄々感じてはいたが..エイリアン共の狙いはシュリョーンの持つ力
言うならば、亜空その物を狙っての活動だったか」

警告音を鳴らし続ける計器類の電源を切り、桃源と葉子の元へアキが駆け寄ると
両手のひらを合わせ「パン」と大きく鳴らす
すると3人の目の前に黒い壁、亜空の扉が瞬く間に出現する

「これが異常の原因だ、これを閉じれば、エイリアン共も活動が少しは減るはず」

アキが過去に語ったところによれば、このような亜空の壁が薄い場所と言うのは
世界の各地にあり、詳細不明の失踪などもここに入り込んだためだと言う説もあると言う

閉じなければ危険ではあるのだが、何分存在が知られておらず、自在に移動するため
その作業は容易ではなく、殆どが放置されてしまっている
しかし、その土地にまで影響を与え、人を遠ざけるほどの空間となっているものは珍しい

「今閉じるから待っていろ、すぐ済む...っ何だ!?」

軽く暗闇に手を置き、アキが亜空の扉を閉じようとしたその時
火黒点の周囲に3つの影がまるで取り囲むように近づいてきている事を察知する
以前までも度々現れていた「多数いるとされる機械エイリアン」だ

「唐突なのはお約束ってか...この力が狙いなら、ここは俺が惹きつける、葉子は師匠の援護を」

桃源が重装ベルトを発動させると両腕と膝下が黒い闇に包まれ
それが割れると中から変化した重装の装備が装着される

瞬時に重火器を亜空間から呼び出すと、エイリアン達に攻撃を加える
...が、未完成の重装システムでは3機を相手にするには分が悪い

「狙っての事だろうが、こんな時に..1機1機を引き付けるしか無いか...」

そう言うと亜空間より巨大なミサイルランチャーを取り出し
前方の1機に向かい発射し、開いたもう片方の腕ではハンドガンがもう1機を狙い撃つ

しかし残されたもう1機は亜空の扉めがけて進行を続けており
1歩また1歩とアキと葉子の方へと向かう

「矜持君、私も戦う...見ているわけには行かない!」

その様子を把握すると、葉子は左手を大きくかざし、自身の体を変化させる
黒い影に包まれ、その影が割れたかと思うとビュンと緑井色に輝く刃が
猛烈なスピードで進んでくるエイリアンに突き刺さる

「グガァァァ!?」

声にならない声を上げて叫びを上げるエイリアン
桃源が相手になっていた2機も爆炎の中に消え、なんとか事なきを得た
...そう思われたが、この時を待っていたとばかりに亜空の世界の扉が反応を強める

「なんだこれは、閉じかけていた扉がまた開き始めた!?」

驚愕の声をアキが上げると、シュリョーンの左手のブレスと重装ベルトが一層激しく反応する
まるで引き寄せられるように2人が亜空の扉の方へと引き寄せられていく
そして閉じかけた扉の向こうから、声ともかすれた風の音とも取れない
微かな、だが、確かに声に聞こえる何かが3人の頭に響く

<あ...の子た..ちが...欲しい>

アキには聞き覚えのあるとても穏やかな、しかし何故か不安になる声
それは間違うはずもなく「亜空の獣」の声だった

シュリョーンや重装システムが世界間の壁の薄いこの場所で発現したことで
本来各世界に干渉出来ない亜空の獣が意思を飛ばしてきているのだ

「...まさか、狙いは2人か!?まずい...二人とも今すぐ変身を解け」

その状況を見たアキは、先日の亜空の獣との遭遇を思い出し
直ちに2人に装備解除を命じる
亜空の世界の技術で作られた装備である以上、亜空の獣が引き寄せるのは簡単だ
しかしそれを外し、収納してしまえば亜空の獣でも手をだすことは出来ない

亜空の獣の狙いは現世で亜空の力を自在に発揮出来る戦士を「コレクション」すること
かつて自分が亜空の世界で見てこた物達と同じように...アキはそう判断したのだ

「変身解除...出来ないよアキさん!?体も動かないし」

しかし、亜空の獣は既に手を打っていたことにアキは気がついていなかった
数ヶ月前の実験中、葉子に亜空の獣は自身の一部を残し、
それを使って自身が入り込んだ時と同様に体の自由を奪っている

「葉子!何だよアレ...なんか手はないのか師匠!」

叫ぶか否か、自身も引っ張られる状態にありながら桃源が葉子の方へ飛ぶ
引き込まれる勢いを利用してシュリョーンの方へ飛びその手をつかむ
その刹那、掴んだ手から闇が桃源を包み、それが割れると桃源すらも全身を変化させる

「何だよ...何なんだよっ、クソッ止まらねぇ...止まれって!!」

全身を変化させた桃源だが、その事に気がつくまもなくシュリョーンの動きを止めに入る
シュリョーンの手に握られていたアクドウマルを握るとそれを地面に突き刺し
動きを止めようとするが強力な力の前では時間稼ぎ程度にしかならない

「くっ...時間稼ぎにしかならないが!」

そこへ、アキが自身の武器であるハンマーを持って駆け戻り2人にめがけ投げ、鎖を絡める
しかし2人分の力でも引き込まれる勢いは止まらない

「矜持君、これはダメッぽいよ...でも、多分理由があって呼んでるんだと思うだ
...だから、すぐ戻るから、その手をもう放して」

動かない体をなんとか制御しようと前に体を押し出しながらも
葉子はこの状況から逃れられないことを悟っているかのように桃源へ語りかける

「馬鹿言うな、アキさんの話も聞いてるだろ?真っ暗な世界になんか葉子を渡せない」

絡みついた鎖が、突き刺さった刀が
そして2人の亜空戦士の体が徐々に亜空の扉の方へと進んでゆく
その距離は既に数メートル、ジリジリと距離を縮め、次第にその力が強まっている

「あっそうだ、矜持君!強制解除すれば..変身解除の勢いで2人で脱出すれば!」

「解除?...そうか、解除の勢いか」

露出した口元に笑みがこぼれ、動かない体を必死に動かし
変身解除のためのボタンに手を伸ばす、通常は亜空間に鎧を返すことで変身を解除するのだが
非常時のために各スーツには緊急解除システムが組み込まれている

これは危険を回避するためのシステムであるため
離脱を兼ねて装着を解除すると装着者は一定距離吹き飛ぶようになっている
解除方法は「亜空の鎧の装着者」であること、お互いに自在に発動させる事が出来る

これを利用すればこの状況を打破する時間稼ぎにはなる
桃源はシュリョーンへ手を伸ばし装置を発動させようとするが
その手を利用し、微かに動く体で葉子が重装システムのベルトに「ガツッ」と音を立て衝撃を与える

ガチッと言う音と共に激しい音を立てて吹き飛ぶ鎧と桃源
その勢いでハンマーも弾かれ、シュリョーンは亜空の扉へと引き込まれていく
アキの方へと飛ばされた桃源は、跳ね返るように立ち上がるが、すぐには足を踏み出せない

「よし、アキさんに届いたか..私を抱えてちゃ、あそこまでは飛ばない...ごめんね...2人でってのは嘘」

衝撃を利用して桃源の方に向き直した葉子が
静かに語りかける、向き直すと同時に衝撃に押され既に亜空へ体が飲まれてしまっている

葉子の方へ向かおうとする桃源をアキが止めると
既に半身を飲み込まれた葉子が親指をグッと突き立て叫ぶ

「大丈夫!この無敵の亜空戦士がこの程度...
すぐ戻るよ、アキさんだってここから帰って来てるし、きっと大丈夫だから。」

ニッと笑うと、シュリョーンの姿の葉子はそのまま闇に飲み込まれ
それと同時に亜空の扉も徐々に狭く閉ざされ始めている

”為す術はない”と顔をしかめたアキの手を振り切った桃源は
まだ閉じきっていない亜空の扉に手をまるで押し込むように突っ込み
今飲み込まれた葉子の手をつかもうと必死に探る

いつの間にか強烈な引き込む力は無くなっている
やはり最初から亜空戦士を狙ってのものだったのだろうか

「葉子...おい!...!?」

しかし変身もしていない桃源では亜空の世界の扉を維持することが出来ず
先程、重装のシステムも強制解除でしばらくは使用出来ない
みるみるうちに扉は閉じ、桃源ははじき出されてしまう

「くそっ、こんなに短いのか...俺まで救う必要はないのに..」

覚悟はしていた、聞き知る亜空の世界の危うさ
力を使い続ければ房総市取り込まれる可能性がある事
しかし知る事と体感することはまったく違う次元の話である

そんな落胆の色を見せる桃源の肩を叩いたのはアキ
そしてその後ろには人の姿に変化したパダナンの姿もある

亜空の獣が出現した時から、アキの中にあった最悪のパターン
それを打破する方法を考えないほど彼女も愚かではない。

「...桃源、一つだけ手がある...”葉子”は取り戻せる、まだ間に合うはずだ」

亜空の世界に飲み込まれたものは「人ではなくなる」
それはアキ自身が経験し得た答えであり、取り込まれた葉時もまた既にそうなってる可能性が高い
だが、その世界に入れるものが葉子を連れ戻せば「取り返すことは出来る」

「私奴が葉子様を救出してまいります...少々お待ちくださいませ」

丁寧に、そしていつもとは違う感情の籠もった声でそう言うと
パダナンは軽く一礼し、先程まで亜空の扉があった何もない場所に飛び込むと
ガラスが割れるように黒い影が砕けて、その姿を亜空の世界へと送り駆けていった

「桃源、お前はこれを...あの子を、葉子と契約して連れ戻せ」

手渡されたのは亜空ブレス、予備として作られた中身が無い只のブレス...のはずだ
まず、アキの言う「葉子と契約する」とはどういう事か
落ち着けたつもりでも、まだ錯乱した頭を更にかき回すような理解し難い言葉だが
アキが真面目な顔をして言うことに間違いはない、長い付き合いの桃源はよく知っている

「前言ってた、人ではなくなる手段...なんだな?」

「そうだ...だが...これしか手がない、私はっ」

「謝るのは無しだ、覚悟は俺も葉子も出来てる...謝るなら戻った葉子にお願いします」

一瞬、ハッとした表情で桃源を見、アキは自分の言葉を思い出す
「覚悟」が出来ていなかったのは自分自身かもしれない
桃源の言葉を受けて、アキは頷くと、再び閉じかけている亜空の扉の維持を始めるのだった

‐‐‐


一方、亜空の世界に飲み込まれた葉子は暗闇の世界に良た
どこまでも暗く、全身に張り付くような暗闇と言うよりは色の黒といった感じの世界

「...おっおお、予想してたより気持ち悪いところだなぁ」

葉子自身、亜空の獣が入り込んだ時から此処に来ることは予感していた
だから抵抗せずに、せめて桃源やアキを巻き込まずに飲み込まれることを選んだ
しかし、あまりに何もないこの世界は予想外だったとしか言いようがない

「あっあの...亜空の獣さんはいますかー」

出来る限り大きい声で問いかけてみると、空間と言うわけではないようだが大きく反響して
自分の声が幾重にも重なって聞こえる
体は浮いているような、でも地面に足が付くような...不思議な感覚を覚える

「...無視かよ〜」

応答はなく、周りにも何もない...と言うより、あるとしても見えない
常に水圧の無い水の中にいる、そんな感じが体を包んでいる

そんな異質な感覚に慣れようとしばらく体をじたばたさせていると
目の前に微かな白い点が見えてきた、たしかに歩くアクションはしていたが
歩いている感覚がえられなかった状態でこの発見は嬉しい

「でも、なんだか危なかったりするんだろうか...まぁ何も起きないよりは良いか」

あまりに予想外の未知なる世界に警戒心も高まっていたが
この状況を打開出来るかもしれない

不思議と不安感はない、体は変化したままである事もあるが
なぜかこの暗闇は不安を感じさせない、一つ心配なのは「亜空の獣」の姿を知らない事位だ
この状況以上に悪い状態など早々はないだろう、そう判断し葉子は白い点に手を伸ばす

「よっし、もうちょっと...っと、届いたっ...って!?」

すると、点が見る見るうちに膨らみ、包まれたかと思うと
葉子は今度は影すらも無い真っ白な部屋の中に立っていた

「ととっ..ここは...部屋?だよね」

絵に書いたような殺風景な部屋
机と椅子が2脚、その内1脚にはまるで狐のような猫のような、それを人っぽいスタイルにした
そんな風な現世ではありえない生き物が座っている
影がなく遠近感が感じられないからか、遠くにいるのか近くにいるのかも解りにくい

しかし、葉子はその姿を見つけると、まるで宝物でも発見したかのような表情を浮かべ
駆け寄ろうかと一瞬足を上げるも、驚かせまいと出来る限り静かに近づく

<そんなに忍び足で来なくても気がついてるけどね>

突如頭の中に聞いたことの無いような音...に近い声が聞こえ
葉子は思わずビクッと驚き変な声を上げてしまう

「ほへっ!?..あっあの...亜空の獣さん...ですか?」

先程から狐のような生き物は一瞬たりとも動かず
葉子の方向とは逆の方を一点に見つめているが
何故か妙に視線を感じて、言葉がしどろもどろになってしまう

<うん、そう。よく来たね亜空の戦士...シュリョーンといったかな?>

最初の一言とは違う穏やかな声で狐は自分が亜空の獣であると言った
女性っぽい声だなと何故か関係ないことばかりが頭に浮かんでいたが
葉子は彼女に聞かなければいけないことがある事を思い出して、亜空の獣へと近づく

「はい、そのシュリョーンですが、私に何の御用でこんな所に呼び込んだんです?」

葉子は何事も疑問を残せないタイプであるが故に
こういう場合は特に何でもストレートに聞いてしまう、彼女にとっては当たり前の行動だった。
しかし、亜空の獣にとっては驚きだったようで、いきなり葉子の方に向き直すと首をかしげる

<確かに呼んだのは僕だけど、君は驚いてもいないんだね...面白い>

不思議そうに葉子を見るその目は、葉子がいた世界のいわゆる可愛い動物の目であり
驚いた表情のため黒目が細くなったりまん丸くなったりとせわしなく動いている

「いや、ある程度予想してたんでまぁ...で、ご用事は?」

明らかに焦った様子を見せる亜空の獣を見て
葉子はちょっと悪いかな?と思いつつも要件を早く聞き出してここから出たかった
心配をかけたくはない、なによりすぐ戻ると約束してしまっている

<いやね、シュリョーンよ、君達はこの亜空の力で何がしたいのか聞きたくてね
...後、そうだな...君達が気に入って欲しくなったと言うのもあるがね>

一瞬とてつもなく怖い目を見せ、亜空の獣は葉子に問いかける
その質問は以前葉子に彼女が入り込んだ時と同じ質問であった
だが、それに続いた言葉は流石の葉子も「不信感」を覚えさせる

「悪い宇宙人が良い人のふりをして人間を好きにしようとしています、
だから戦っていたんですが...ダメでしたか?アキさん悪いことしちゃってますでしょうか?」

何かを確認するかのように言葉という感情を爆発させる。
疑問と、自分の中にある考えが間違いではない筈であると信じるためと
二つの感情が織り交ざった言葉、それは葉子の気持その物である。

「...後、私たちは物じゃないですよ」

至って普通に、しかも若干怒り気味に即答してくる葉子に調子を狂わされた亜空の獣が
「そうかそうか」と言ったふうに軽く首を縦に揺らすと
白い部屋は見る見るうちに黒く染まっていく、そして亜空の獣もまた黒く巨大な姿へと変貌する

「あれ?今度は黒くなるんですね...あのぉ、もういいなら帰りたいんですけ...ど?」

巨大になったとはいえ、葉子の目の前にいるのはやはり狐のような猫のような姿の生き物
体毛は炎のように揺らめいて、昔読んだ男の子向けの漫画のキャラのように見える
今まで戦ってきたエイリアンに比べると、どこか愛着のわきやすいデザインに葉子は安心感を何故か覚えてしまう

<よく解った...だけどシュリョーン、君は欲しいのもあるけど、危険だからここからは出せないんだよ>

まったく動じない葉子を見て、少し強い口調で亜空の獣が葉子に言い放つ
そしてその肥大した腕を葉子の両肩に乗せると、目線を合わせジッ目を合わせる

「まぁそれも寂しいけど、いつか出る方法も見つかるでしょうし...なんでそんな怖い顔してるんでしょう?」

ここから出られない、と言う事実は
ある程度想定していた最悪の事態を上回っている、ショックな言葉ではあったが
来てしまったものは仕方がない、いつか帰る方法もあるだろう
何せアキもここに来て、無事...かは分からないが戻っている

それよりは、今、目前にいるなにやら若干可愛らしい生き物が
なぜそんな怖い顔をしているのかが気になって仕方がない

「あの、もしかしてこの世界ってものすごく危機に陥ってたりしません?」

葉子が予想したのは、この異質な世界が実は普通の世界で
何らかの形で今のような状態になっているのではないか、という推測

<ここは元からこうだ...私とコレクションしかいない世界だからね>

未だ両肩に手を置かれたままだが、相変わらずな調子の葉子に
亜空の獣が驚いたように答えると、まるで力が抜けたように手をズルリと下し
そのまま背を向け、ヤレヤレと言ったふうなアクションを見せ、言葉を続ける

<人間とは随分無茶苦茶なんだな、脅せば諦めるか、命乞いか...暴れるか、何かすると思ったが
まさかこちらが心配されるとは...シュリョーン、面白いね>

亜空の獣はその場に胡座をかく様に座ると
葉子にも同様に座るように手で合図し、更に続けて彼女の真意を語り始める

<あのアキって奴が昔、私のところに来て色々してくれたんだが
ある日ね、目的があるから帰らないといけないと、いきなり消えてしまったのさ>

昨日のことを思い出すように、どこか楽しそうに語る亜空の獣
話に合わせて身振り手振りが加わって、まるで子供のように語り続ける

<今まで人の友達なんて...いや、まず友達なんて認識がなかったから嬉しかったのにさぁ...
目的が無くなれば帰ってきてくれるかなって思って、その目的が知りたかった>

先程までの妙な威圧感は既になく、葉子と同じぐらいの年齢だろうか
もしかすると、もっと若くまだ子供のような印象を受ける
嬉しい感情と悲しい感情が合間合間に見え隠れする不安定な感じがあった

<それで君達を見つけてね、きっと君達が目的なんだろうって、悪い奴らに違いないって
だから奪おうと...あぁ僕は悪い事をしてしまった、シュリョーンはとても面白い子なのに>

1個1個のアクションが大きく、時に嬉しそうに、時に落胆しながら語る姿を見て
葉子は亜空の獣はアキの事が好きだったのではないかと感じ始める

「あっあの、狐猫さん。もしかして...アキさんの事好きなの?」

落ち込んだ表情のまま、言葉を止めた亜空の獣が
葉子の言葉を聞くと「おおっ」と驚いたように少し引いたアクションを見せる

<好き?好きってなんだい?でも、アレはワガママだけど面白いね。
後シュリョーンも面白い、面白いものは一杯集めたけど君達は「集める」じゃダメだ、
前聞いた「友達」ってヤツじゃなきゃいけなかったんだね...>

亜空の獣が言う事は半分も理解出来ていないけれど、向こうも解らない感情があるようだった。
葉子は何となく、感覚的に彼女はひどく不器用だけど良い存在なのではないかと感じ始めていた
「集める」と言うのはアキから聞いている、この暗闇の中にいる生物たちの事だろう

「じゃあ私も集めるつもりで閉じ込めちゃったんだ...そっか、何か帰る方法が無いと困るなぁ
後ね、好きって言うのは命をかけられる大切な人...って事を相手に言ってあげる凄い言葉なんだよ」

一番理解しなくてよかった部分を最初に理解し、少し悲しくなった葉子だったが
亜空の獣が知らない「好き」と言う言葉を自分なりに説明していると、
桃源のことをふと思い出し、またシュンとしてしまう

それを見た亜空の獣も申し訳なさそうに肩を落とすと暫しの沈黙が流れる
そんな二人の背後に、猛スピードで何者かが駆けてくる

<おや?お客さんだね?どうやら僕も知ってる子がすごい勢いで走ってくる>

真っ黒な世界そのものが亜空の獣の体であると言う事は、アキから聞いている。
今見えている姿は仮の姿か何かなのだろうか?

どうもその事に確信が得られなかった葉子だったが、まだ何も見えず聞こえない空間で
彼女には何者かが近づいてくるのが解るらしい

自分の体の中を何者かが侵入すれば、それも確かに見ずとも解るだろうと思うと
葉子はこの世界が彼女の体であることが妙に納得出来た

だが、やはり何も見えない地点を見据えるのを横目に見ると、キョロキョロと辺を見回す
暫くそうしていると遥か向こうから何かが駆けてくるのが見え始めた

「あれ?あれは...パダナンさん!?」

葉子を追い亜空の世界へと飛び込んだパダナンは
葉子のオーラを追い二人が座る場所までやっとたどり着き
姿を確認すると、安堵の表情を浮かべ見る見るうちに距離を縮め、近づいてくる

<まさか...アキってば、僕が集めた亜獣を持っていってたんだね>

亜空の獣が驚いた表情でパダナンを見つめると
すっと立ち上がり、ピョンピョンと飛び跳ねて迎える

それを見るや、安堵の表情を浮かべたパダナンはよりスピードを上げる
完璧な美しいフォームで走り抜けるその姿からパンダ状態の彼女は想像出来ない

「はぁはぁ...葉子さまやっと見つけましたよ、さぁ戻りましょう」

疲れきった表情でパダナンが葉子の手を握り
そのまま一目散に引き返そうとするも
今までの話で大体戻れないことを理解している葉子は
その手を引っ張り、パダナンを急ストップさせる

「落ち着いてパダナンさん...あの、なんというか戻れないらしいんですよ」

葉子が「説明を」と言った表情で亜空の獣に目線を送ると
亜空の獣がまた落ち込んだような表情を見せ
一度目をそらしたかと思うと、意を決したように説明を始める

<ごめんよパダナン、彼女は既に...ほら、集める側で連れてきちゃったし、外に出るには...
あっでもまだギリギリ人間なんだよ、亜空の者にはなってない>

カポッとシュリョーンの本来なら簡単に外れないヘルメットを意図も簡単に外すと
葉子の黒目が燃え盛るようなオレンジ色に染まっているのが解る
それを見るやパダナンは、めいっぱいため息を付き、息を整える

「いや解ってましたよ、アキさんと同じだとは想定済みです。ですから葉子さま、契約なさってください」

その言葉を受け亜空の獣は「その手があったか」と言った表情を
葉子は意味が解らずにとりあえずパダナンと亜空の獣の双方を見返す
そんな状況はお構いなしに、パダナンが亜空の獣に詰め寄り更に続ける

「貴方この世界その物なんだからもう一人契約するぐらい余裕でしょ?」

いつになく乱暴な口調で、詰め寄ると
困った表情を見せながら亜空の獣は押し倒されて
そのままマウントポジションになると、今にも殴ると言わんばかりに詰め寄られる

<流石に僕でも1人しか契約出来ないよ、ゴメンよ...でも待てよ、僕が2人いればいいのか>

そう言うと亜空の獣は自分の数本ある尻尾の内一つをブチッと千切とると
それを勢い良く叩く、すると見る見るうちに小さい亜空の獣が現れる
流石に痛かったのか、涙目になりながらその小さな狐を葉子に渡す

「だっ大丈夫!?尻尾ちぎるなんて...ほらみせて」

「大丈夫ですよ、この姿だって仮初なんですから、というか葉子さんはもっと怒るべきでしょうに」

亜空の生物を心配する葉子とは対照的に、いつになくドライなパダナン
それもそのはず、この世界出身の者は皆この亜空の獣に勝手に選ばれ
外の世界の生物と契約せねば外にもでられない
言わば枷をつけられているのだから、好かれているはずも無い

<ゴメンよ...僕はアキにしかられるまで何も解ってなかった
...いや今日シュリョーンに会うまでだね、何も成長してなかった>

獣の表情と言うものは、普通に生きていたらそんなによく判るはずはないのだが
この世界にいるからか、それとも亜空の獣はやはり普通の獣とは違うのか
目前の悲しそうな表情で謝罪する狐のような生き物は心底反省しているように見えた

そしてなにより、悪意の類が一切感じられない、普通に悪意があれば力で屈服させられるほど
目前の存在が力を持っている事も側にいるだけで大体は想像がつく

「いえいえ、まぁ困った事ではありますが、どうやら帰る方法はあるみたいですし」

そう言いながら受け取った尻尾を見ると、いつの間にか燃え盛るような体毛の塊から
小さな亜空の獣のような姿にその形を変え、静かに呼吸の鼓動を感じさせている

<それは僕の分身、別の存在でもう一人の僕と言ったところか、それと契約すれば戻れるはず
...でも、パダナンなら解ると思うけど...>

何か言いにくそうな、大事なことを言う前に覚悟がいる
そんな感じの空気が亜空の獣から感じられる
パダナンはそれを見るや、しょうがないと言ったふうに言葉の続きを語り始める

「要するにですね、葉子さまはまだギリギリ人間なんでそのチマイのと契約して
そいつが現世で実体化する代わりに葉子さまを人間として保存して
必要な時にそのチマイのと入れ変わる事で現世に戻れる...って事なんです」

要はこの小さな狐と入れ替わりで現世に戻れると言うことらしいのだが
葉子自身、いつの間に「ギリギリで人間」状態になっていたのかすら把握出来ておらず
とりあえずなんとか無りそうなので、まぁ良いだろうと納得していた

「...あ〜この子が開放されると、私は入れ替わることで亜空に保存される...され?あれ?」

「ああっまぁ、難しいですよね、要は今、葉子さんは亜空の世界に来ちゃってるんだけど
まだ人間世界の人なんですね、でももう入っちゃってるから出られなくなってるんです、
だから人間である内にコイツと契約して「亜空人間」になって
コイツを亜空の世界と人間界の架け橋にして移動するんです」

長い説明で生きが途切れたパダナンが再び息を大きく吸い
頭の中を整理しながら説明を続ける

「そうすれば、いつでもコイツと入れ替わって現世にでられるようになるんです...うん、合ってるはずだ
でも、時間制限があって、チャージして数日間しか現世にいられなかったりするんですが
...まぁ週3は帰れるはずです」

難解な説明と、それを課せられた怒りと葉子の境遇を想い亜空の獣を小突く事でそれを発散しながら
今出来る可能な限り解りやすい説明で葉子に説明すると
葉子も「あ〜ん〜」と煮えきりはしないが何となく理解している風である

しかし時間がない、何分既に瞳は亜空の世界に順応し始めている
シュリョーンスーツごと飲み込まれているため進行は遅いが時間の問題だ
このまま亜空の構成物になってしまうと、たとえ契約しても最早人間界へは戻れないのだ

「さぁ早くそれと契約をして一旦外に出てください、契約は血を一滴そいつの額にこすりつければOKです」

急かされた葉子は言われるがままに、軽く指を歯で切ると
手の中に小さな狐のような生き物にスッと擦り付ける
すると葉子の体が一瞬輝き瞬く間に消え、その後には葉子の手の中にいたはずの狐が立っている

「おワー...?何じゃいここワー」

ピタピタと足音を立て人語なのかもよく解らないことを言いながら歩く子狐を見て
亜空の獣は好機の声を上げるが、パダナンがすぐさま抱えて
葉子が出現したであろう元いた場所へと駆け出して行く

「今日はところは急いでるから許してやるが、次は八つ裂きだ、良いな亜空尾!」

走りながらパダナンが叫ぶ
亜空尾とは亜空の獣の本当の名だろうか、名前があるのかは解らないが
まだまだ彼女にも謎が多い、というより謎の塊なのかも知れない。

<何でも罰は受ける...開放の方法も探すよ...ってもう聞こえてないかな>

それを見送る亜空の獣は、なんだかシュンとした表情で、軽くため息を付いて
肩を落とし暗闇の中へ消えていく、自分がしたことを反省しながら...

‐‐‐

草一本も生えてはいない平野
桃源とアキがパダナンを送り出してから1時間ほどが経とうとしている

アキがパダナンに渡した発信機が既に反応を始めているため
近くに戻ってきてはいるのだが、そこからが嫌に長く感じられる

「...っパダナン、まだか」

桃源の様子を見ながら、アキが聞こえるか否かの小さな声で呟く
すると計器のアラーム音が大きくなり始め
目前の何もなかった空間が微かにひび割れ、バリバリと音を立て始める

「やっと来たみたいだ...で、師匠。葉子はどこから落ちてくるんだ?」

この1時間、アキと桃源は入念な打ち合わせを行っていた
アキの経験上、葉子は亜獣と契約し亜空人間となるしか助かる道はない
普段は亜空の世界に閉じ込められるが、呼び出せばいつでも逢える...と言うことだ

が、その最初が肝心であり
唐突に外の世界に戻され、契約の最後の一手を打たねばならないのだ
それが契約時必要となる「対価」である。

本来はその者自身がその対価となり亜空の世界に保存されて出られなくなるのだが
亜獣と契約し入れ替わることで、亜空人間として保存されることを限定的に避けられる。
その契約を行うための言わば料金として「対価」は必要となる

今回は葉子がシュリョーンスーツを着たまま飛んでいるため
そのシュリョーンスーツをそのまま「対価」として使おうというわけだ

「そうだな、大体10m先ぐらいの上空だったはず...っておい桃源、上!」

アキの声に桃源が上を見上げると
先程飲み込まれたはずの葉子が最早目前に降ってくる
聞いてはいたものの用意出来ていなければ結果は同じで潰されるだけ...

「痛ったた...おっお〜元の世界に戻った!...って、矜持君がっ!?」

落ちてきた葉子を捕まえ損ねて潰された桃源が
うなるような声をあげながら葉子に亜空ブレスのスペアを渡す

「はっ...葉子、契約完了してるな...じゃっじゃあ戻るときコレを付けて行くんだ」

「あっうん...でも、これからどうするの?私はどうやら制限付きになるみたいだけど」

押しつぶされた状態から必死に起き上がると
葉子が付けている亜空ブレスと自身のスペア分を交換する桃源
葉子は不思議そうにそれを見ていたが、ブレスが外されたことで自然と変身が解除する

「コレが対価になって葉子は亜空人間になるらしい、
これからは俺がシュリョーンになる訳だ...いや2人で、か」

シュリョーンの鎧を対価として使用する事で、鎧は常に葉子の存在の媒介となる
言わば彼女はシュリョーンの鎧そのものになっていると言って間違いはない
現世に彼女の体を送る間、亜空間ではシュリョーンの鎧が彼女の隙間を埋めている
そう考えれば解りやすいかも知れない。

「二人で...なるほど、そういう事だったんですね」

葉子の全身に付いた砂煙を払い落としながら
体中傷が無いかを見て、桃源は説明しながらひと安心した用に顔を上げる
すると今までつぶっていた目が開かれたことで、瞳の色が変わっていることに気がつく

「おおっ凄い綺麗なオレンジになってる...師匠、これはまだ大丈夫なんだよ...ね?」

アキに確認しようとする桃源を見て
既に全てを把握している葉子が、割り込むように会話に入る

「あっそれなら大丈夫だって、亜空の獣さんが言ってましたよ」

葉子が「亜空の獣」と言う単語を発すると、アキが驚いた表情を見せ
駆け足で葉子に近づくと、肩をつかんでブンブンと体を揺らして問いかける

「アレに会ったんだな!?多分閉じ込めようとしてきただろ!?後なんかヒドイことされなかったか!?」

押し寄せるような質問攻めに少々戸惑いながらも
葉子は「大丈夫」となんとか返すとそのまま中であったことを説明する
亜空の獣のこと、自分が本来は亜空の世界から出られなくなっていたはずであること
そして亜空の獣が間違いを認めていることと、アキが好きだと言うことも伝える

「...ほう、あの大馬鹿者めぇ、ちゃんと戻ると言っているだろうに...しかし葉子すまなかった
謝って済むようなことじゃない...本当に何と言えばいいのか」

アキは葉子の手を握ると、真剣な表情で深く誤り
彼女に貸してしまった運命を言葉では詫びきれないと何度も頭を下げる

「もう謝らないで。いや、ほら戻ってこれてますし、矜持君だって怒らなかったでしょ?覚悟してましたよ」

若干涙を浮かべた表情を見せるアキを軽く撫でると
葉子の背後でガラスが割れるような音がして
先程まで一緒だったパダナンが、あのオレンジの斑点の子狐のような生き物を連れてやってきた

「葉子さま...はぁ..やっと追いつきましたよ、さぁ最後の手順です」

最後の手順、それは目覚めた亜獣の名前を呼び
体を現世に出現させる代わりに対価となる物を譲渡し契約を確定させること、これを行えなければ
再び亜空の世界に飲み込まれ、二度と現世に戻ることは出来ない

「えっと...あの、オチビちゃん!お名前はなんて言うの?」

パダナンの手の中で驚いたようにキョロキョロと辺を見回す小さな生物に
葉子は優しくてを差し出すと、名前を問う
すると、その小さな狐のような生き物は、葉子の方を見て一度ぴょんと跳る

「アーっと、オイラはヨービーだ!」

元気よく答えたその声はどこか葉子の声に似た
しかしとても子どもっぽい印象をあたえる

葉子はその名前を聞き届けると
契約を完了させるための言葉を、スっといきを吸い言い放つ

「私はこのヨービーと契約し、”人間”として亜空の世界の住人となります!」

...僅かな静寂の後
ヨービーと葉子が光りに包まれ、一瞬重なったように見えたかと思うと
次の瞬間、葉子が再び亜空の世界へと取り込まれて行く
先程とは違い、淡い光の玉に包まれ、飲み込まれると言うよりは入り込むように見える

「あっ心配しないで矜持君、もう亜空の獣さんとはお友達ですから!あと週3位は戻れるみたいだから
それより、シュリョーンとしてこっちの世界の調査、頼みますよ!」

桃源をまっすぐ見据えて、葉子が必死に言葉を振り絞る
人間としての自分の最後の姿、又すぐ会えるのはわかっている
だけど、やはり何かが怖い、気がつかぬ内に涙が溢れていた

「泣くな葉子、今は...今は完全には救えないけど、必ず元に戻すから、後は任せろ」

そういった桃源もまた、必死に言葉を搾り出すのが精一杯で
二人とも、生きたまま、別の世界を生きることになる悲しみに涙する

「アキさんも矜持君も、私が帰るまでちゃんと生きてね、あんな奴らに負けないでね
私は貴方の鎧としていつも見守っているから」

それだけ言うと、葉子は再び、亜空の世界へと戻されて行った
残されたのは、シュリョーンの力と葉子と契約した亜獣ヨービー
これからは、桃源が葉子に変わってシュリョーンとして戦う運命が始まったのだ

‐‐‐

それから2年の時が過ぎ
時間の針は本来の時間へを再び指し示す

週3といっていたが実際は葉子が向こうで色々頑張っているらしく
月に2回位帰ってくれば良い方になっているが、新手の遠距離恋愛といったところだ


早朝に、スノッブを撃破し、事務所に戻った桃源だが
いつものように適当な朝食を買い事務所に戻り、鍵をあけ中に入ると
何ヶ月かぶりにアキがいつものように堂々とソファーに座って待っていた

「ぬおっ師匠、久しぶり...あっそうか、今日は葉子が向こうに行った日だっけ」

向こうに見えるカレンダーには8月4日に丸がつけられている
忘れていたふりをしているが、桃源にとって一生忘れてはならない大切な日である。

「覚えていた癖に...こういう時ぐらい素直になるもんだ、なぁ葉子」

「そうですよ、何か冷蔵庫にケーキとかあるんですよ〜」

アキが言葉を向けた先に、いない筈の葉子が立っている
一瞬桃源は混乱したが、よく考えればアキの力を使えば
ヨービーにエネルギーを与えて葉子を呼び出すことなど意図も簡単なのだ

「あっえっ...だってこの間呼んじゃったのに、あっ...えっとおっおかえり葉子」

「うん、ただいま矜持君!今日も宇宙人倒したんだってね〜」

当たり前..とは少し違うけれど
彼らにとっては自然な会話、、本当の彼女を取り戻すため
そして彼女が愛した世界を偽善から救うため、今日もシュリョーンは戦い続けている

葉子は葉子で亜空の獣と共に向こうの世界で自身や過ちによって保存された物達を
何とか開放する術を探しているらしい、向こうで新しい鎧も作っているそうだ
聞いたところでは「今度は女の子らしい奴」を目指しているらしい

そして、あの日壊れた重装システムは
幾多の時間を経て、もう一人の戦士へと渡り、その戦いを続けている
その話は...また次回。



-第2話「その誕生」 ・終、次回へ続く。
前半へ/Re:Top